第29話 逆賊
〜鈴代視点
私と田中中尉との決戦の最中に空から舞い降りた戦艦と輝甲兵。彼らは本国において陛下とその周辺をお守りする『近衛隊』の皆さんだった。
近衛隊と言えば軍学校生でも50人に1人しか選ばれない様な超エリートだ。『息子が近衛隊に入った』などと言うニュースが流れたら、ご近所総出でお祝いに駆けつける。それ程に名誉ある存在だ。
そしてそんな彼らが仰々しく現れて、大きな菊の御紋の旗を掲げ、あろう事か私達を『反逆者』だと言い放ったのだ。
…何を言われているのか全く理解出来なかった。私達ダーリェン基地の人間は、些かふざけた所も散見されるものの、基本的には極めて真面目に軍務をこなしてきたはずだ。
少なくとも本日までの戦死者、行方不明者は全員が国のために、家族の為にと殉じて行ったのは間違い無い。彼ら、いや我らの中に祖国に対して二心を抱く者が居たとは到底考えられない。
一体何がどうなっているのか…? 何かの間違いである事には相違ないのだ。とにかく話せば分かってもらえるはずだ……。
基地側と近衛隊との通信が開始された。
「こちらはダーリェン基地輝甲兵大隊、第1中隊長の長谷川梅三郎大尉です。敵の襲撃により鴻上大佐が行方不明となられている為に、小官が基地司令代行を行っております」
「近衛第3連隊の大槻少佐です。現在後続の輸送船がこちらに向かっておりますので、操者並びに基地職員は全員輸送船に搭乗、本国での軍事法廷に出廷して頂きます」
「ちょっと待って下さい。急に反逆罪などと言われても我々には何の事だか見当もつかない。納得のいく説明を求めたいのですが?」
「問答は無用です。我々も命令を受けて来ているだけなので、お互いに怪我人を増やすような真似は慎みましょう。長谷川代行の賢明な判断を期待します…」
ここで大槻少佐はわざと一拍おいて話を続けた。
「と、言いたい所ですが、先日この基地を立った後に脱走した輸送船がおりまして、追跡した部隊が迎撃を受けたそうです。なんでも迎撃してきたのは、この大連基地所属の輝甲兵だったとの事ですが…?」
「……」
言葉に詰まる長谷川大尉、『鎌付き』による基地襲撃事件の事を、どの辺りまで本国に報告していたのだろう?
まともな神経ならば『幽炉が反乱を起こして操者を吐き出し脱走して行った』などと荒唐無稽な報告は出来ないだろう。
…長谷川大尉の神経がまともかどうかはこの際置いておくとして。
《これって、まどかの件の黒幕が長谷川さんだと思われてるのか?》
71の疑問。
「それで済めばまだ話し合いの余地はあるのだけど…」
でも私にはそれだけじゃない予感がひしひしと感じられていた。
「いずれにせよ、弁明はここでは無く法廷で行い給え」
大槻少佐の声を合図に、空に整列する輝甲兵部隊が一斉に、そしてゆっくりと降下する。続いて憲兵隊を乗せたと思われる小型上陸艇が降下してくる。
友軍に、しかも近衛隊に銃を向けられるなんて想像だにした事が無い。
だからと言って近衛隊に、彼らの掲げる菊の御紋に弓を引く事は、陛下に対して弓を引く行為に等しい。
大東亜連邦の、いや少なくとも日本の人間なら、その様な大逆罪は普通は考える事すらあり得ない事態なのだ。
しかし、このまま叛徒として処されては、とてもじゃないが家族に会わせる顔が無い。それどころか家族もろとも連座して罪を問われる可能性もある。
私達の模擬戦に沸いていた基地の職員達も、突然の出来事に対処の仕方すら分からずに立ちすくんでいた。
不意に私の横手に居た田中中尉の3008が近衛隊に向けて1歩前に出る。
空に並ぶ若草色の輝甲兵達が一斉に田中中尉に銃を向けた。
田中中尉は両手を上げ、無抵抗の意を示す。
「…おい、俺は認識番号0469578、特殊技巧大隊の田中天使だ。俺は数日前からここに厄介になっているだけなんだが、その『反逆罪』とやらの疑いは俺にも掛かっているのか?」
「…貴君の番号と声紋は確認した。言葉遣いに気をつけ給え中尉。そして君はなぜ30式に乗っているのかね? 陛下よりお借りしている貴重な零式はどこへやったのだ?」
「…ぐ、それは…」
「まぁよろしい。先だっての輸送船脱走の件で、『零式を見た』という証言もあったのだぞ? …ふむ、なのに君がここに居る事が解せないが、とにかく大人しく我々と来てもらおう」
田中中尉と私の小隊が一箇所に集められ、15機の輝甲兵に囲まれる。私達は武器を収め、両手を頭の後ろに組む。
《なぁおい、よくわかんねーけどヤバいんじゃねーのコレ?》
確かにヤバい。むしろ『極めて』ヤバい事態なのだが、71も事態の異常さ、重要さを肌で感じているようだ。
《これ下手したら輸送船に乗せて船ごとドカーンって腹かもしれないぞ…》
「まさかっ?! なぜ私達が? せっかく生き残った人達をわざわざ殺しに来たとでも言うの…?」
《よくあるじゃん、『真実を知ったからには消えてもらう』的な展開でさ。あちらさんそんな雰囲気バリバリだし、そういう事を言われそうな所まで俺達は色々知っちゃってるんじゃないの?》
「そ、そんなの漫画の見すぎで…」
そこから先の言葉が出てこなかった。
私自身無意識下で似たような事を考えていたのだろう。71の言葉が欠けたパズルのピースを埋める様に私の頭の中の空白に収まったのだ。
輝甲兵、それも普通なら本土から出る事の無い近衛隊による示威行為、理由の定まらない告発、確かに何もかもが不自然すぎる。
『私達は口封じで殺される…?』
これが答えなの? 今まで命をかけて戦ってきて、その仕打ちが『これ』なの? …こんな事ってあるの? あって良い事なの…?
…私は軍人だ。『死ね』と命じられれば死んで見せる覚悟はある。いや、あったはずだ……。
しかしそれは名誉を伴った戦死であるべきで、断じて無実の刑死など受け入れる訳にはいかない。
今すぐにでも逃げ出したい。しかし、そんな事をしても無駄な事なのは分かっている。
逃げたらそれこそただの脱走兵だ。名誉も何もなく銃殺されるだけで終わってしまう。
頭が動かない。
体が動かない。
どうすれば良いのか分からない……。
…誰かに『命令』して欲しい。
この状況を打開できる作戦があるのならば私は万難を排してでもやり遂げて見せる。その自信がある。
だからお願い、誰か… 助けて……。
コツン、と3071の肩に何かが当たる感触があった。田中中尉の機体だ。私と背中合わせの位置に来るように、田中中尉が微妙に調整したのだ。
「…おいピンキー、聞こえるか?」
機体同士の接触通信だ。私達以外の誰にも聞かれない会話が可能だ。
とりあえず呼び名が『ピンキー』で確定されるのは困るんだけどなぁ。
「…なんでしょう?」
別に声を顰める必要は無いのだが、多分に悪巧みに類する話であろう、その雰囲気に釣られてしまう。
「…このままじゃ大した言い訳も出来ずに処刑されちまう。日本の憲兵の頭の硬さは知っているだろ?」
「ですが、どうやって…?」
「…奴らの隙を突いて俺達2人で『すざく』を制圧する。銃殺されたくなかったら付き合え。俺が左舷、お前が右舷だ」
…いや、それって普通に反乱確定じゃないですか?
そりゃむざむざ死にたくは無いけれど、逆賊の汚名を帯びてまで生き恥を晒そうとは思わない。
「無謀すぎます。武器も無いのに精鋭の近衛隊相手に2機だけで何が出来ると…?」
「…近衛隊が精鋭なのは学力と身体能力だ。輝甲兵の扱いは人並みで、しかもイレギュラーな事態に慣れてない。お前がやらないなら俺が1人で全部やる。黙って見とけ」
そう言って機体が離れ、接触通信は終わった。
《あいつどうするつもりなんだ?》
「私が聞きたいわよ。模擬弾しか積んでない短機関銃と、電磁バトンだけじゃ複数の輝甲兵を相手にするのは無理だわ。まして戦艦の制圧なんて」
《何か特別な策があるのか、それともその装備でやり切る自信があるのか?》
「或いは勢いで言ってるだけかも…?」
《で、どうするんだ? あいつが動いても黙って見ているだけか?》
「…そんなの、私に分かる訳無いじゃない。下手したら本当に反逆者として歴史に名を刻むことになるわ」
《…なぁ鈴代ちゃん、その『分かる訳無いじゃない』って言葉さ、使うのは俺の前だけにしておけよ。…今は部下が居るんだろ、鈴代隊長?》
71の言葉は正しい……。
今の私は小なりと言えども隊長だ。部下の前で弱音を吐く事は許されない。
内心でどれだけ不安を抱えていようとも、部下の前では常に毅然として『強者』として振る舞わなければならないのだ。
もっとしっかりしないとね…。
こんな時、長谷川大尉ならどうするだろう? 渡辺中尉なら? 武藤中尉なら? …そして香奈さんなら?
全員の思考パターンでシミュレートした結果、早い遅いの違いはあっても全員が『ここで決起』していた。
言われるままに連行されるのは第1中隊らしくない。それは傍から見れば悪癖なのだろうが、いつの間にか私もその悪癖にすっかり染まっていたらしい。
ならば私も覚悟を決めよう。船を制圧して圧倒的優位に立てば、いくら近衛隊と言えどもこちらの言い分くらいは聞いてくれるだろう。
…そうであって欲しい、切実に願う。
《…決心ついた顔をしてるな》
何だかんだでまた71に助けられた気がする…。
もし30式を受領してから今日まで私がずっと1人だったのなら、虫の真実や香奈さんの死に私の心は耐えきれずに壊れてしまった事だろう。
この世にも奇妙な相棒が、時にからかい、時に励まし、時に叱咤してくれたからこそ今の私がある。今生きている私がいる。
…礼は言わない。敢えて言う必要も無い。
私達は一心同体だ。
「…ええ、悪いけど付き合ってもらうわよ」
《サーイエッサー!》
方針は決まった。しかし『近衛隊の隙を突く』とはどうすれば良いのかまでは分からない。
背後の田中中尉もあれきり沈黙したままだ。
《っ?! 北から何か来るぞ!》
71の言葉と同時にレーダーが多数の『虫』を補足した。
この基地に向かってきている。虫にも近衛隊の輝甲兵や『すざく』を捉えられた、と考えるべきだろう。
遠からず基地上空で虫と近衛隊との戦闘が始まる。
さてこの事態、吉と出るか凶と出るか…?
私と田中中尉との決戦の最中に空から舞い降りた戦艦と輝甲兵。彼らは本国において陛下とその周辺をお守りする『近衛隊』の皆さんだった。
近衛隊と言えば軍学校生でも50人に1人しか選ばれない様な超エリートだ。『息子が近衛隊に入った』などと言うニュースが流れたら、ご近所総出でお祝いに駆けつける。それ程に名誉ある存在だ。
そしてそんな彼らが仰々しく現れて、大きな菊の御紋の旗を掲げ、あろう事か私達を『反逆者』だと言い放ったのだ。
…何を言われているのか全く理解出来なかった。私達ダーリェン基地の人間は、些かふざけた所も散見されるものの、基本的には極めて真面目に軍務をこなしてきたはずだ。
少なくとも本日までの戦死者、行方不明者は全員が国のために、家族の為にと殉じて行ったのは間違い無い。彼ら、いや我らの中に祖国に対して二心を抱く者が居たとは到底考えられない。
一体何がどうなっているのか…? 何かの間違いである事には相違ないのだ。とにかく話せば分かってもらえるはずだ……。
基地側と近衛隊との通信が開始された。
「こちらはダーリェン基地輝甲兵大隊、第1中隊長の長谷川梅三郎大尉です。敵の襲撃により鴻上大佐が行方不明となられている為に、小官が基地司令代行を行っております」
「近衛第3連隊の大槻少佐です。現在後続の輸送船がこちらに向かっておりますので、操者並びに基地職員は全員輸送船に搭乗、本国での軍事法廷に出廷して頂きます」
「ちょっと待って下さい。急に反逆罪などと言われても我々には何の事だか見当もつかない。納得のいく説明を求めたいのですが?」
「問答は無用です。我々も命令を受けて来ているだけなので、お互いに怪我人を増やすような真似は慎みましょう。長谷川代行の賢明な判断を期待します…」
ここで大槻少佐はわざと一拍おいて話を続けた。
「と、言いたい所ですが、先日この基地を立った後に脱走した輸送船がおりまして、追跡した部隊が迎撃を受けたそうです。なんでも迎撃してきたのは、この大連基地所属の輝甲兵だったとの事ですが…?」
「……」
言葉に詰まる長谷川大尉、『鎌付き』による基地襲撃事件の事を、どの辺りまで本国に報告していたのだろう?
まともな神経ならば『幽炉が反乱を起こして操者を吐き出し脱走して行った』などと荒唐無稽な報告は出来ないだろう。
…長谷川大尉の神経がまともかどうかはこの際置いておくとして。
《これって、まどかの件の黒幕が長谷川さんだと思われてるのか?》
71の疑問。
「それで済めばまだ話し合いの余地はあるのだけど…」
でも私にはそれだけじゃない予感がひしひしと感じられていた。
「いずれにせよ、弁明はここでは無く法廷で行い給え」
大槻少佐の声を合図に、空に整列する輝甲兵部隊が一斉に、そしてゆっくりと降下する。続いて憲兵隊を乗せたと思われる小型上陸艇が降下してくる。
友軍に、しかも近衛隊に銃を向けられるなんて想像だにした事が無い。
だからと言って近衛隊に、彼らの掲げる菊の御紋に弓を引く事は、陛下に対して弓を引く行為に等しい。
大東亜連邦の、いや少なくとも日本の人間なら、その様な大逆罪は普通は考える事すらあり得ない事態なのだ。
しかし、このまま叛徒として処されては、とてもじゃないが家族に会わせる顔が無い。それどころか家族もろとも連座して罪を問われる可能性もある。
私達の模擬戦に沸いていた基地の職員達も、突然の出来事に対処の仕方すら分からずに立ちすくんでいた。
不意に私の横手に居た田中中尉の3008が近衛隊に向けて1歩前に出る。
空に並ぶ若草色の輝甲兵達が一斉に田中中尉に銃を向けた。
田中中尉は両手を上げ、無抵抗の意を示す。
「…おい、俺は認識番号0469578、特殊技巧大隊の田中天使だ。俺は数日前からここに厄介になっているだけなんだが、その『反逆罪』とやらの疑いは俺にも掛かっているのか?」
「…貴君の番号と声紋は確認した。言葉遣いに気をつけ給え中尉。そして君はなぜ30式に乗っているのかね? 陛下よりお借りしている貴重な零式はどこへやったのだ?」
「…ぐ、それは…」
「まぁよろしい。先だっての輸送船脱走の件で、『零式を見た』という証言もあったのだぞ? …ふむ、なのに君がここに居る事が解せないが、とにかく大人しく我々と来てもらおう」
田中中尉と私の小隊が一箇所に集められ、15機の輝甲兵に囲まれる。私達は武器を収め、両手を頭の後ろに組む。
《なぁおい、よくわかんねーけどヤバいんじゃねーのコレ?》
確かにヤバい。むしろ『極めて』ヤバい事態なのだが、71も事態の異常さ、重要さを肌で感じているようだ。
《これ下手したら輸送船に乗せて船ごとドカーンって腹かもしれないぞ…》
「まさかっ?! なぜ私達が? せっかく生き残った人達をわざわざ殺しに来たとでも言うの…?」
《よくあるじゃん、『真実を知ったからには消えてもらう』的な展開でさ。あちらさんそんな雰囲気バリバリだし、そういう事を言われそうな所まで俺達は色々知っちゃってるんじゃないの?》
「そ、そんなの漫画の見すぎで…」
そこから先の言葉が出てこなかった。
私自身無意識下で似たような事を考えていたのだろう。71の言葉が欠けたパズルのピースを埋める様に私の頭の中の空白に収まったのだ。
輝甲兵、それも普通なら本土から出る事の無い近衛隊による示威行為、理由の定まらない告発、確かに何もかもが不自然すぎる。
『私達は口封じで殺される…?』
これが答えなの? 今まで命をかけて戦ってきて、その仕打ちが『これ』なの? …こんな事ってあるの? あって良い事なの…?
…私は軍人だ。『死ね』と命じられれば死んで見せる覚悟はある。いや、あったはずだ……。
しかしそれは名誉を伴った戦死であるべきで、断じて無実の刑死など受け入れる訳にはいかない。
今すぐにでも逃げ出したい。しかし、そんな事をしても無駄な事なのは分かっている。
逃げたらそれこそただの脱走兵だ。名誉も何もなく銃殺されるだけで終わってしまう。
頭が動かない。
体が動かない。
どうすれば良いのか分からない……。
…誰かに『命令』して欲しい。
この状況を打開できる作戦があるのならば私は万難を排してでもやり遂げて見せる。その自信がある。
だからお願い、誰か… 助けて……。
コツン、と3071の肩に何かが当たる感触があった。田中中尉の機体だ。私と背中合わせの位置に来るように、田中中尉が微妙に調整したのだ。
「…おいピンキー、聞こえるか?」
機体同士の接触通信だ。私達以外の誰にも聞かれない会話が可能だ。
とりあえず呼び名が『ピンキー』で確定されるのは困るんだけどなぁ。
「…なんでしょう?」
別に声を顰める必要は無いのだが、多分に悪巧みに類する話であろう、その雰囲気に釣られてしまう。
「…このままじゃ大した言い訳も出来ずに処刑されちまう。日本の憲兵の頭の硬さは知っているだろ?」
「ですが、どうやって…?」
「…奴らの隙を突いて俺達2人で『すざく』を制圧する。銃殺されたくなかったら付き合え。俺が左舷、お前が右舷だ」
…いや、それって普通に反乱確定じゃないですか?
そりゃむざむざ死にたくは無いけれど、逆賊の汚名を帯びてまで生き恥を晒そうとは思わない。
「無謀すぎます。武器も無いのに精鋭の近衛隊相手に2機だけで何が出来ると…?」
「…近衛隊が精鋭なのは学力と身体能力だ。輝甲兵の扱いは人並みで、しかもイレギュラーな事態に慣れてない。お前がやらないなら俺が1人で全部やる。黙って見とけ」
そう言って機体が離れ、接触通信は終わった。
《あいつどうするつもりなんだ?》
「私が聞きたいわよ。模擬弾しか積んでない短機関銃と、電磁バトンだけじゃ複数の輝甲兵を相手にするのは無理だわ。まして戦艦の制圧なんて」
《何か特別な策があるのか、それともその装備でやり切る自信があるのか?》
「或いは勢いで言ってるだけかも…?」
《で、どうするんだ? あいつが動いても黙って見ているだけか?》
「…そんなの、私に分かる訳無いじゃない。下手したら本当に反逆者として歴史に名を刻むことになるわ」
《…なぁ鈴代ちゃん、その『分かる訳無いじゃない』って言葉さ、使うのは俺の前だけにしておけよ。…今は部下が居るんだろ、鈴代隊長?》
71の言葉は正しい……。
今の私は小なりと言えども隊長だ。部下の前で弱音を吐く事は許されない。
内心でどれだけ不安を抱えていようとも、部下の前では常に毅然として『強者』として振る舞わなければならないのだ。
もっとしっかりしないとね…。
こんな時、長谷川大尉ならどうするだろう? 渡辺中尉なら? 武藤中尉なら? …そして香奈さんなら?
全員の思考パターンでシミュレートした結果、早い遅いの違いはあっても全員が『ここで決起』していた。
言われるままに連行されるのは第1中隊らしくない。それは傍から見れば悪癖なのだろうが、いつの間にか私もその悪癖にすっかり染まっていたらしい。
ならば私も覚悟を決めよう。船を制圧して圧倒的優位に立てば、いくら近衛隊と言えどもこちらの言い分くらいは聞いてくれるだろう。
…そうであって欲しい、切実に願う。
《…決心ついた顔をしてるな》
何だかんだでまた71に助けられた気がする…。
もし30式を受領してから今日まで私がずっと1人だったのなら、虫の真実や香奈さんの死に私の心は耐えきれずに壊れてしまった事だろう。
この世にも奇妙な相棒が、時にからかい、時に励まし、時に叱咤してくれたからこそ今の私がある。今生きている私がいる。
…礼は言わない。敢えて言う必要も無い。
私達は一心同体だ。
「…ええ、悪いけど付き合ってもらうわよ」
《サーイエッサー!》
方針は決まった。しかし『近衛隊の隙を突く』とはどうすれば良いのかまでは分からない。
背後の田中中尉もあれきり沈黙したままだ。
《っ?! 北から何か来るぞ!》
71の言葉と同時にレーダーが多数の『虫』を補足した。
この基地に向かってきている。虫にも近衛隊の輝甲兵や『すざく』を捉えられた、と考えるべきだろう。
遠からず基地上空で虫と近衛隊との戦闘が始まる。
さてこの事態、吉と出るか凶と出るか…?