第11話 風雲! 模擬戦トーナメント:…
今日は虫との戦闘では無く、中隊のメンツで模擬戦をやると言う。表面上は冷静そうにしているが、鈴代ちゃんが遠足前日の子供の様にワクワクしているのが分かる。
試合会場である演習場は基地のすぐ外縁だ。俺達が着いた時に丁度第1試合が決着したようだった。どうやら赤い機体が勝ったらしい。
次の試合は5分後に始まるそうだ。トラメガを持った整備員が告知して回る。演習場の周りには試合の中継用と思しきモニターが数台設置され、基地内の暇な奴が全員集まっているのかと思われる程に観客が来ていた。
少し離れたところにちょっとした人だかりが出来ていた。
《あそこの人達はなにやってんだ?》
鈴代ちゃんに聞く。
「あぁ、あれは『誰が勝つか?』の賭けをしてるのよ。こっちは真面目にやってるのに不謹慎よね… うん? ちょっとアレ…」
そう言って鈴代ちゃんはカメラの倍率を上げ、こざっぱりとした髭面のオッサンに焦点を合わせる。オッサンは整備員の誰かと談笑していた。
「鴻上司令まで賭博に参加してるの? この基地の綱紀粛正はどうなっているのよ?!」
憤る鈴代ちゃん。どうやら基地のお偉いさんだったようだ。
まぁ、娯楽の少ない前線基地での生活を考えたら、そうそう非難できたものでも無いと思う。模擬戦と言う訓練を兼ねた行為自体が、ロボットプロレスと言う娯楽の提供にも繋がっているのだろう。
兵隊さんだって人間だ。適度にストレスを発散させた方が、心身の健康に繋がるのは当然だろう。もちろん幽炉もね。
「そっか、なるほど… 見世物として面白くする為にペイント弾での戦闘に変わったんだわ。長谷川大尉も絡んでるのね、無邪気に喜んで私バカみたいじゃない…」
プンプンと怒る鈴代ちゃんを《まぁまぁ》と適当に宥めながら、
《なぁ、トーナメント形式でやるなら見てる時は選手の解説を頼んでいいかな?》
俺も格闘技の試合みたいに観客として楽しめるのなら楽しみたい。
「…良いわよ。通信でトーナメント表が来ているからそれを見ながら話しましょうか」
鈴代ちゃんも頭を切り替えてくれたようだ。上司の腐敗よりも目の前の試合の方が俺達にとって重要だ。
見せてもらったトーナメント表は参加者7名。鈴代ちゃんがシード枠で、他の6人がまず試合をして、その3試合それぞれの勝者と鈴代ちゃんで準決勝、次いで決勝となる。
中隊の規模を考えたらその倍くらいの人数が居そうだが、機体の損傷が激しい者や、幽炉残量が20%を切っている者は参加対象では無い、との事らしい。
第1試合 武藤vs今井
第2試合 長谷川vs矢島
第3試合 渡辺vs仲村渠
それ以降、第1試合の勝者と鈴代ちゃん、第2試合の勝者と第3試合の勝者が戦って決勝を目指す、と言う形だ。
俺はまだ鈴代ちゃんと長谷川さん、名前だけなら渡辺さんしか知らないので、他の選手の情報が欲しい。
「もう終わっちゃったけど、第1試合の武藤中尉は第3小隊の隊長で堅実な戦い方をする人、頼りになる姉御肌の人ね」
武藤さんってのは女の人なのね。
「今井少尉も堅実な機動をする人よ。見損なっちゃったけど、この第1試合は教本に載るような綺麗な試合だったでしょうね」
なるほど、まぁトーナメントで既に負けた人の情報は要らないや。
《次の試合の長谷川さんは知ってるから良いよ。矢島さんって人は?》
「矢島少尉はねぇ、何て言うか『影が薄い』のよ。でも逆に戦場では強いわ。『いつの間にか後ろに居る』んだから怖いわよ?」
《なるほど、でも試合みたいに正面からのタイマン勝負は分が悪いんじゃ無いの?》
「…そうね。模擬戦で矢島さんが勝っているのを見た事が無いわね… でも今井さんもそうだけど、昨日の激戦で無傷、或いは軽傷で帰還しているんだから、操者としての腕前は2人とも一流よ」
戦闘と試合は全く違うもんなぁ、その辺は分かるよ。
「渡辺中尉は第2小隊の隊長で優秀な狙撃手。遠距離射撃なら彼は中隊随一ね」
昨日は砲撃部隊の指揮をしていたからなぁ、そうだろうなぁとは思ってたよ。
「でも相手が香奈さん… 仲村渠少尉だと相手が悪いわね。正直この2人で潰し合ってくれるのが一番嬉しいわ」
今まで見た事の無い邪悪な微笑みを浮かべる鈴代ちゃん。この2人が嫌いなのかな?
「あ、言っておくけど変な意味じゃないからね? 渡辺中尉は素敵な人柄だし、か… 仲村渠少尉とも仲は良いのよ? ただ、2人とも戦うとしたら強敵だから…」
《お、おう… 名前で呼ぶくらいに親しいのは理解したよ。んで、その『かなさん』って人は?》
もしかして昨日、高橋が鈴代ちゃんに挨拶した時に、鈴代ちゃんの隣りに居た背の高いポニテの女の人かな?
「…彼女は天才よ。私はこれまで彼女と7戦して7敗しているわ」
マジかよ?! 鈴代ちゃんだって結構な天才だよ? その彼女をして『天才』と言わしめる相手が、こんなに近くに居るのか?
《んじゃあ、第3試合はどっちが勝って欲しい?》
鈴代ちゃんはしばし黙りこむ。
「うーん、悩ましいわね… 私が優勝する為には渡辺中尉の方が勝率が高いでしょうけど、香奈さんを『この手で倒したい』っていう気持ちも強いわ」
負け続けてせめて1勝を、と言う気持ちは分からないでも無い。
「まぁ、その為にもまずは私は武藤中尉に勝たないとね…」
鈴代ちゃんは密かに闘志を燃やしているようだ。この娘がやたらと好戦的なのは、性格のせいなのか環境のせいなのか…?
☆
「第2試合が始まるわよ…」
鈴代ちゃんの声に思索を中断される。第2試合は鈴代ちゃんの次に俺と因縁のある長谷川隊長さんの出番か。
白い機体と黒い機体が空へと昇って行く。輝甲兵の基本カラーは白だから、長谷川さんが黒い機体の方だろう。
付近に小型のドローンが数機見受けられる。恐らく撮影して地上のモニターに映像を送っているのだろう。
長谷川隊長さんの機体は俺と同じ30式だ。俺と同様にゴテゴテと装甲板を付け足されている。
鈴代ちゃんの下馬評では長谷川さんの勝ちのようだが、果たして…?
試合開始のブザーが鳴る。途端に矢島さんの白い機体は急降下して森の中に飛び込んだ。
《何だ? いきなり敵前逃亡か?》
「…違うわ。あれは正攻法を捨てて奇襲に賭けたのね」
…なるほど。プロレスでいきなりリング外に降りて、相手を場外乱闘に誘うパターンと同じかな? …ちょっと違うか。
上空から森を探りながら飛ぶ長谷川隊長を、矢島さんは森の木々に隠れながらライフルで狙い撃つ。空中戦ならではの格闘戦を期待していた観客からは失望のブーイングが起こる。
確かに試合としてなら卑怯な行為かも知れないが、戦闘と考えればこれは正当な行いだ。正々堂々正面から戦って負けても誰も褒めてはくれない。戦場に於いては勝った者、最後に立っていた者こそが正義だ。
鈴代ちゃんもその辺は分かっているのだろう、無言で真面目な顔をして試合経過を注視している。
やがてポツリと「矢島さん、それじゃダメだよ…」と呟いた。
通信は入れていないから、鈴代ちゃんの言葉が長谷川隊長に伝わる訳は無い。しかし鈴代ちゃんの言葉と同時に長谷川隊長の機体が動いた。
急降下して一点に止まる長谷川機、一瞬後、その真下に矢島機が現れたのだ。
頭上からの一斉射撃に反応する事すら出来ずに、矢島機は頭をピンク色の塗料まみれにされて試合終了のブザーが鳴る。
長谷川隊長の勝ちだ。
恐らくは長谷川隊長の勝ちに賭けていた連中の歓声が演習場に作られた簡易観覧場に轟く。
《え? どういう事? 何が起きたんだ…?》
事態を把握出来ていない俺はみっともなく狼狽える。
「矢島さんの動きがパターン化していたのよ。それを長谷川大尉に読まれてしまった結果ね」
鈴代ちゃんの解説が入った。なるほど、だから鈴代ちゃんもダメ出ししていたのね。
《飄々としている風に見えたけど、あの隊長さんも良い腕してるんだな》
俺の呟きに鈴代ちゃんはフンと鼻を鳴らす。
「当たり前でしょ。どこの軍隊でも中隊長なんて『どんな仕事でも部下より上手い人』がなる物だわ。長谷川大尉は何をやらせても一流よ」
《へぇー、じゃ輝甲兵の操縦も鈴代ちゃんより上手いのか?》
「…うーん、それはどうかしら? 私と大尉の模擬戦成績は私の3勝2敗だけどね」
誇らしげな鈴代ちゃん、ギリギリだけど勝ち越してはいるのね……。
「あと今さらっと『鈴代ちゃん』って呼んだわね。1ペナルティよ宮本三等兵」
…ちっ、細けぇ女だな……。
長谷川機と矢島機が揃って待機場所に帰ってくる。矢島機はここを素通りして格納庫に向かって行った。厄介な洗浄作業が待っているのだろう。
☆
次に現れたのは渡辺さんの青い機体と、頭にゆっくりと回転する円盤(レドーム)を付けた風変わりな機体。どちらの機体も昨日の戦いで見覚えがある。
《なぁおい、あの円盤頭… まさかあれで試合するのか?》
「そうよ。あのバランスの悪い機体で彼女は負け無しなのよ。凄いでしょ?」
鈴代ちゃんが自慢気に言う。いや、君が威張るシーンじゃないからね。
《ほぉ、それは是非とも後学の為に見学しとかないとだねぇ》
「えぇ、香奈さんの試合は瞬き禁止よ」
俺の嫌味は鈴代ちゃんには通じなかった。それ程までに集中している。俺も素直に注目しよう。瞼無いけど。
試合選手2名が空に昇る。青い渡辺機は狙撃用の長銃を、円盤頭は小型の恐らくは短機関銃を持っている。
鈴代ちゃんと同じセレクトだ。この試合はこの後の鈴代ちゃんの試合の良いシミュレーションになる。狙撃手が決勝進出出来たら、の話だが……。
試合開始のブザーが鳴る。
始まりざまに渡辺機はろくに狙いも付けずにライフルを構えて1発撃つ。それに対し円盤頭が回避運動をする一瞬の合間に、渡辺機は急後進して距離を空けていた。
片や遠距離型の狙撃銃、片や近距離型の短機関銃、距離を詰めないと円盤頭に勝ち目は無い。
《距離が開いたぞ。円盤頭ヤバイんじゃないの?》
「良いから見てなさい。彼女の真骨頂はここからよ」
そう言いながら鈴代ちゃんも緊張しているのが分かる。
距離が開いたものの、円盤頭は急いで距離を詰めようとはしない。むしろ悠然とゆっくりと近づいていく。普通に考えれば自殺行為だ。
渡辺機が今度は狙いを付けて第2射を行う。素人の俺でも感じる『確実に眉間を穿つ』致命的な一撃だ。
《やったか?!》
思わず死亡フラグを呟いた俺が見たものは、
『時計の針が動く様に、体をほんの少しだけ傾かせて銃弾を避ける円盤頭』だった。持ち上がった円盤と肩の間の隙間を弾丸が走り抜けていく……。
ウソだろ? あれを避けるのかよ…? こりゃ確かに本物の天才じゃなきゃ出来ないわ。今のは鈴代ちゃんでも避けられない、避けられるはずが無い。
「見た? これが香奈さんよ…」
鈴代ちゃんの呟きには強い畏怖、いや畏敬の念が篭っていた。気持ちは分かる。2戦先とは言え、あんなのとどうやって戦えば良いんだよ…?
渡辺機は後退しつつも射撃を繰り返す。その都度、最小限の動きで回避していく円盤頭。完全に弾筋を見切っている。
これ『弾がどこに撃たれてどこを通って行くのか?』が予め分かっていても出来る芸当じゃないよ。きっと円盤頭のパイロットはピキーンと額に電流が走る人に違いない。
渡辺さんだって本当は凄腕の狙撃手なんだろう。しかしこれは相手が悪い、としか言い様が無い。
《格が違いすぎる…》
「ええ、今までならここで決着していたでしょうけど、今回はどうかしらね…?」
ここで俺は鈴代ちゃんから今回から模擬戦のルールが変わった事を知らされた。
今までの電子銃での撃墜判定では無くて、実銃のペイント弾を使った物になった事。そしてあの円盤頭のパイロットは壊滅的に射撃や格闘が下手だという事を。
《これお互いに相手に当てられなくて、決着つかないんじゃないのか?》
素朴な疑問。
「…もしそうなれば否応無しに近接戦闘に移行するから大丈夫よ。近接戦闘もお互い当てられなくて、千日手になる可能性も否定できないけど…」
まぁそうなれば判定に持ち込んで終わらせるんだろう、多分。
試合が動いた。渡辺機が弾を撃ち尽くしたのか、ライフルを背中にマウントさせ棍棒に似た武器を右手に構え格闘戦に備えたのだ。
一方の円盤頭はまだ1発も発砲していない。いくらなんでもこれは勝負ありだろうと見えるが……。
鈴代ちゃんは難しい顔をして黙り込んている。ここから渡辺さんに逆転の目でもあるというのか?
渡辺機が突進する。円盤頭が銃を構える。その瞬間、短機関銃の射程外ギリギリの所なのだろう、渡辺機が空いた左手で背中のライフルを取り、円盤頭目掛けて1発撃ち込んだ。弾切れに見せ掛けたフェイントだったんだ。
放たれた最後の弾丸は円盤頭の真芯を捉えていた。今度こそ絶対に避けられない。誰もがそう思ったし、事実円盤頭は避けられなかった。
弾は円盤頭の持つ短機関銃に命中していた。これが偶然なのか意図的に円盤頭が銃を盾にしたのかは分からない。
ペイント弾が爆ぜて、円盤頭の銃と銃を持つ右手の一部をピンク色に染める。
渡辺機は慣性の勢いで止まりきれずに短機関銃の射程内に入っている。そのまま引鉄を引き絞れば円盤頭の勝ち確定だ。
しかし円盤頭は『ちょっとタイム』と言わんばかりに渡辺機に手を上げる。
ここで急に鈴代ちゃんが動いた。試合会場に乱入しようと歩を進める。おいおい、この子は一体何をやらかす気なの…?
円盤頭は塗料に、塗れた銃を不思議そうに見つめて、やがて無造作に『ポイ』と投げ捨てた。どういう事だってばよ?
鈴代ちゃんは演習場に飛び込み、落ちてきた銃を器用にキャッチして元の待機所に戻る。わざわざ銃を拾う為に乱入したのか? て言うか円盤頭が銃を捨てる事を分かっていたかの様に動いたね。鈴代ちゃんも大概ピキーンの人だね。
つまり円盤頭は『銃撃を受けた銃は、本来は壊れてしまってもう使えないから』と投げ捨て、鈴代ちゃんはそれを事前に察知して拾いに行った、と言う事のようだ。
鈴代ちゃんの機転に観客達も拍手で迎える。これは普通に褒められる行為だ。装備は大切にね。
《よくあの人が銃を捨てるって分かったね?》
俺は本気で感心していた。リアルピキーンを見られてちょっと嬉しい。
「まぁ何となく。付き合い長いしね」
と、照れ笑いする鈴代ちゃん。ちくしょう、やっぱり普通に笑うと可愛いな。
俺の足の怪我の時もそうだったが、鈴代ちゃんは勘で動いて正解を引き当てられる子なんだろう。優れた反射神経よりもこちらの方が鈴代ちゃんの戦果に貢献している気がする。
さて、円盤頭も棍棒を手に持ち仕切り直しだ。
ここからは早かった。渡辺機が棍棒を振り上げた瞬間に、円盤頭が沈み込む。そのまま渡辺機を鉄棒に見立てて逆上がりをする様に足を上にして回転、渡辺機の後ろに回り込んだのだ。
上下が逆転して並んだ2体の輝甲兵の様子がシュールな構図を醸し出す。
相手が下に居ると錯覚した渡辺機は、既に後ろに回り込んでいる円盤頭を見失う。
足を上にしたままの円盤頭はそのまま上昇し、渡辺機の無防備な首筋に棍棒を振るった。当たった場所に小さく電流が走る。
そしてブザーの音。
数秒間、観覧場は沈黙に包まれる。やがてパラパラと拍手が起こり、そして大歓声となって森に響いた。
おー、これは歴史に残る名勝負だったんじゃないの? 俺も興奮が収まらない。
《これは短時間に二転三転する良い試合だったな! 俺ちょっと感動しちゃったよ!》
鈴代ちゃんも同じ気持ちらしい。
「ええ、あの人達と同じ部隊にいる事がとても誇らしいわ」
ちなみに本戦の賭けの方は圧倒的に円盤頭に掛かっていて、本命すぎる本命勝ちに賭けに勝った人間でさえガックリきた、と言う話だった。
「さて、いよいよ私達の出番よ」
鈴代ちゃんが再び会場に歩を進める。気合を入れる為か自分の両頬を二、三度叩く。俺の体もそれに倣い顔を叩く動作をする。軽い痛みと共に鈴代ちゃんの気合も伝わって来た。
俺達の戦いはこれからだ!!
試合会場である演習場は基地のすぐ外縁だ。俺達が着いた時に丁度第1試合が決着したようだった。どうやら赤い機体が勝ったらしい。
次の試合は5分後に始まるそうだ。トラメガを持った整備員が告知して回る。演習場の周りには試合の中継用と思しきモニターが数台設置され、基地内の暇な奴が全員集まっているのかと思われる程に観客が来ていた。
少し離れたところにちょっとした人だかりが出来ていた。
《あそこの人達はなにやってんだ?》
鈴代ちゃんに聞く。
「あぁ、あれは『誰が勝つか?』の賭けをしてるのよ。こっちは真面目にやってるのに不謹慎よね… うん? ちょっとアレ…」
そう言って鈴代ちゃんはカメラの倍率を上げ、こざっぱりとした髭面のオッサンに焦点を合わせる。オッサンは整備員の誰かと談笑していた。
「鴻上司令まで賭博に参加してるの? この基地の綱紀粛正はどうなっているのよ?!」
憤る鈴代ちゃん。どうやら基地のお偉いさんだったようだ。
まぁ、娯楽の少ない前線基地での生活を考えたら、そうそう非難できたものでも無いと思う。模擬戦と言う訓練を兼ねた行為自体が、ロボットプロレスと言う娯楽の提供にも繋がっているのだろう。
兵隊さんだって人間だ。適度にストレスを発散させた方が、心身の健康に繋がるのは当然だろう。もちろん幽炉もね。
「そっか、なるほど… 見世物として面白くする為にペイント弾での戦闘に変わったんだわ。長谷川大尉も絡んでるのね、無邪気に喜んで私バカみたいじゃない…」
プンプンと怒る鈴代ちゃんを《まぁまぁ》と適当に宥めながら、
《なぁ、トーナメント形式でやるなら見てる時は選手の解説を頼んでいいかな?》
俺も格闘技の試合みたいに観客として楽しめるのなら楽しみたい。
「…良いわよ。通信でトーナメント表が来ているからそれを見ながら話しましょうか」
鈴代ちゃんも頭を切り替えてくれたようだ。上司の腐敗よりも目の前の試合の方が俺達にとって重要だ。
見せてもらったトーナメント表は参加者7名。鈴代ちゃんがシード枠で、他の6人がまず試合をして、その3試合それぞれの勝者と鈴代ちゃんで準決勝、次いで決勝となる。
中隊の規模を考えたらその倍くらいの人数が居そうだが、機体の損傷が激しい者や、幽炉残量が20%を切っている者は参加対象では無い、との事らしい。
第1試合 武藤vs今井
第2試合 長谷川vs矢島
第3試合 渡辺vs仲村渠
それ以降、第1試合の勝者と鈴代ちゃん、第2試合の勝者と第3試合の勝者が戦って決勝を目指す、と言う形だ。
俺はまだ鈴代ちゃんと長谷川さん、名前だけなら渡辺さんしか知らないので、他の選手の情報が欲しい。
「もう終わっちゃったけど、第1試合の武藤中尉は第3小隊の隊長で堅実な戦い方をする人、頼りになる姉御肌の人ね」
武藤さんってのは女の人なのね。
「今井少尉も堅実な機動をする人よ。見損なっちゃったけど、この第1試合は教本に載るような綺麗な試合だったでしょうね」
なるほど、まぁトーナメントで既に負けた人の情報は要らないや。
《次の試合の長谷川さんは知ってるから良いよ。矢島さんって人は?》
「矢島少尉はねぇ、何て言うか『影が薄い』のよ。でも逆に戦場では強いわ。『いつの間にか後ろに居る』んだから怖いわよ?」
《なるほど、でも試合みたいに正面からのタイマン勝負は分が悪いんじゃ無いの?》
「…そうね。模擬戦で矢島さんが勝っているのを見た事が無いわね… でも今井さんもそうだけど、昨日の激戦で無傷、或いは軽傷で帰還しているんだから、操者としての腕前は2人とも一流よ」
戦闘と試合は全く違うもんなぁ、その辺は分かるよ。
「渡辺中尉は第2小隊の隊長で優秀な狙撃手。遠距離射撃なら彼は中隊随一ね」
昨日は砲撃部隊の指揮をしていたからなぁ、そうだろうなぁとは思ってたよ。
「でも相手が香奈さん… 仲村渠少尉だと相手が悪いわね。正直この2人で潰し合ってくれるのが一番嬉しいわ」
今まで見た事の無い邪悪な微笑みを浮かべる鈴代ちゃん。この2人が嫌いなのかな?
「あ、言っておくけど変な意味じゃないからね? 渡辺中尉は素敵な人柄だし、か… 仲村渠少尉とも仲は良いのよ? ただ、2人とも戦うとしたら強敵だから…」
《お、おう… 名前で呼ぶくらいに親しいのは理解したよ。んで、その『かなさん』って人は?》
もしかして昨日、高橋が鈴代ちゃんに挨拶した時に、鈴代ちゃんの隣りに居た背の高いポニテの女の人かな?
「…彼女は天才よ。私はこれまで彼女と7戦して7敗しているわ」
マジかよ?! 鈴代ちゃんだって結構な天才だよ? その彼女をして『天才』と言わしめる相手が、こんなに近くに居るのか?
《んじゃあ、第3試合はどっちが勝って欲しい?》
鈴代ちゃんはしばし黙りこむ。
「うーん、悩ましいわね… 私が優勝する為には渡辺中尉の方が勝率が高いでしょうけど、香奈さんを『この手で倒したい』っていう気持ちも強いわ」
負け続けてせめて1勝を、と言う気持ちは分からないでも無い。
「まぁ、その為にもまずは私は武藤中尉に勝たないとね…」
鈴代ちゃんは密かに闘志を燃やしているようだ。この娘がやたらと好戦的なのは、性格のせいなのか環境のせいなのか…?
☆
「第2試合が始まるわよ…」
鈴代ちゃんの声に思索を中断される。第2試合は鈴代ちゃんの次に俺と因縁のある長谷川隊長さんの出番か。
白い機体と黒い機体が空へと昇って行く。輝甲兵の基本カラーは白だから、長谷川さんが黒い機体の方だろう。
付近に小型のドローンが数機見受けられる。恐らく撮影して地上のモニターに映像を送っているのだろう。
長谷川隊長さんの機体は俺と同じ30式だ。俺と同様にゴテゴテと装甲板を付け足されている。
鈴代ちゃんの下馬評では長谷川さんの勝ちのようだが、果たして…?
試合開始のブザーが鳴る。途端に矢島さんの白い機体は急降下して森の中に飛び込んだ。
《何だ? いきなり敵前逃亡か?》
「…違うわ。あれは正攻法を捨てて奇襲に賭けたのね」
…なるほど。プロレスでいきなりリング外に降りて、相手を場外乱闘に誘うパターンと同じかな? …ちょっと違うか。
上空から森を探りながら飛ぶ長谷川隊長を、矢島さんは森の木々に隠れながらライフルで狙い撃つ。空中戦ならではの格闘戦を期待していた観客からは失望のブーイングが起こる。
確かに試合としてなら卑怯な行為かも知れないが、戦闘と考えればこれは正当な行いだ。正々堂々正面から戦って負けても誰も褒めてはくれない。戦場に於いては勝った者、最後に立っていた者こそが正義だ。
鈴代ちゃんもその辺は分かっているのだろう、無言で真面目な顔をして試合経過を注視している。
やがてポツリと「矢島さん、それじゃダメだよ…」と呟いた。
通信は入れていないから、鈴代ちゃんの言葉が長谷川隊長に伝わる訳は無い。しかし鈴代ちゃんの言葉と同時に長谷川隊長の機体が動いた。
急降下して一点に止まる長谷川機、一瞬後、その真下に矢島機が現れたのだ。
頭上からの一斉射撃に反応する事すら出来ずに、矢島機は頭をピンク色の塗料まみれにされて試合終了のブザーが鳴る。
長谷川隊長の勝ちだ。
恐らくは長谷川隊長の勝ちに賭けていた連中の歓声が演習場に作られた簡易観覧場に轟く。
《え? どういう事? 何が起きたんだ…?》
事態を把握出来ていない俺はみっともなく狼狽える。
「矢島さんの動きがパターン化していたのよ。それを長谷川大尉に読まれてしまった結果ね」
鈴代ちゃんの解説が入った。なるほど、だから鈴代ちゃんもダメ出ししていたのね。
《飄々としている風に見えたけど、あの隊長さんも良い腕してるんだな》
俺の呟きに鈴代ちゃんはフンと鼻を鳴らす。
「当たり前でしょ。どこの軍隊でも中隊長なんて『どんな仕事でも部下より上手い人』がなる物だわ。長谷川大尉は何をやらせても一流よ」
《へぇー、じゃ輝甲兵の操縦も鈴代ちゃんより上手いのか?》
「…うーん、それはどうかしら? 私と大尉の模擬戦成績は私の3勝2敗だけどね」
誇らしげな鈴代ちゃん、ギリギリだけど勝ち越してはいるのね……。
「あと今さらっと『鈴代ちゃん』って呼んだわね。1ペナルティよ宮本三等兵」
…ちっ、細けぇ女だな……。
長谷川機と矢島機が揃って待機場所に帰ってくる。矢島機はここを素通りして格納庫に向かって行った。厄介な洗浄作業が待っているのだろう。
☆
次に現れたのは渡辺さんの青い機体と、頭にゆっくりと回転する円盤(レドーム)を付けた風変わりな機体。どちらの機体も昨日の戦いで見覚えがある。
《なぁおい、あの円盤頭… まさかあれで試合するのか?》
「そうよ。あのバランスの悪い機体で彼女は負け無しなのよ。凄いでしょ?」
鈴代ちゃんが自慢気に言う。いや、君が威張るシーンじゃないからね。
《ほぉ、それは是非とも後学の為に見学しとかないとだねぇ》
「えぇ、香奈さんの試合は瞬き禁止よ」
俺の嫌味は鈴代ちゃんには通じなかった。それ程までに集中している。俺も素直に注目しよう。瞼無いけど。
試合選手2名が空に昇る。青い渡辺機は狙撃用の長銃を、円盤頭は小型の恐らくは短機関銃を持っている。
鈴代ちゃんと同じセレクトだ。この試合はこの後の鈴代ちゃんの試合の良いシミュレーションになる。狙撃手が決勝進出出来たら、の話だが……。
試合開始のブザーが鳴る。
始まりざまに渡辺機はろくに狙いも付けずにライフルを構えて1発撃つ。それに対し円盤頭が回避運動をする一瞬の合間に、渡辺機は急後進して距離を空けていた。
片や遠距離型の狙撃銃、片や近距離型の短機関銃、距離を詰めないと円盤頭に勝ち目は無い。
《距離が開いたぞ。円盤頭ヤバイんじゃないの?》
「良いから見てなさい。彼女の真骨頂はここからよ」
そう言いながら鈴代ちゃんも緊張しているのが分かる。
距離が開いたものの、円盤頭は急いで距離を詰めようとはしない。むしろ悠然とゆっくりと近づいていく。普通に考えれば自殺行為だ。
渡辺機が今度は狙いを付けて第2射を行う。素人の俺でも感じる『確実に眉間を穿つ』致命的な一撃だ。
《やったか?!》
思わず死亡フラグを呟いた俺が見たものは、
『時計の針が動く様に、体をほんの少しだけ傾かせて銃弾を避ける円盤頭』だった。持ち上がった円盤と肩の間の隙間を弾丸が走り抜けていく……。
ウソだろ? あれを避けるのかよ…? こりゃ確かに本物の天才じゃなきゃ出来ないわ。今のは鈴代ちゃんでも避けられない、避けられるはずが無い。
「見た? これが香奈さんよ…」
鈴代ちゃんの呟きには強い畏怖、いや畏敬の念が篭っていた。気持ちは分かる。2戦先とは言え、あんなのとどうやって戦えば良いんだよ…?
渡辺機は後退しつつも射撃を繰り返す。その都度、最小限の動きで回避していく円盤頭。完全に弾筋を見切っている。
これ『弾がどこに撃たれてどこを通って行くのか?』が予め分かっていても出来る芸当じゃないよ。きっと円盤頭のパイロットはピキーンと額に電流が走る人に違いない。
渡辺さんだって本当は凄腕の狙撃手なんだろう。しかしこれは相手が悪い、としか言い様が無い。
《格が違いすぎる…》
「ええ、今までならここで決着していたでしょうけど、今回はどうかしらね…?」
ここで俺は鈴代ちゃんから今回から模擬戦のルールが変わった事を知らされた。
今までの電子銃での撃墜判定では無くて、実銃のペイント弾を使った物になった事。そしてあの円盤頭のパイロットは壊滅的に射撃や格闘が下手だという事を。
《これお互いに相手に当てられなくて、決着つかないんじゃないのか?》
素朴な疑問。
「…もしそうなれば否応無しに近接戦闘に移行するから大丈夫よ。近接戦闘もお互い当てられなくて、千日手になる可能性も否定できないけど…」
まぁそうなれば判定に持ち込んで終わらせるんだろう、多分。
試合が動いた。渡辺機が弾を撃ち尽くしたのか、ライフルを背中にマウントさせ棍棒に似た武器を右手に構え格闘戦に備えたのだ。
一方の円盤頭はまだ1発も発砲していない。いくらなんでもこれは勝負ありだろうと見えるが……。
鈴代ちゃんは難しい顔をして黙り込んている。ここから渡辺さんに逆転の目でもあるというのか?
渡辺機が突進する。円盤頭が銃を構える。その瞬間、短機関銃の射程外ギリギリの所なのだろう、渡辺機が空いた左手で背中のライフルを取り、円盤頭目掛けて1発撃ち込んだ。弾切れに見せ掛けたフェイントだったんだ。
放たれた最後の弾丸は円盤頭の真芯を捉えていた。今度こそ絶対に避けられない。誰もがそう思ったし、事実円盤頭は避けられなかった。
弾は円盤頭の持つ短機関銃に命中していた。これが偶然なのか意図的に円盤頭が銃を盾にしたのかは分からない。
ペイント弾が爆ぜて、円盤頭の銃と銃を持つ右手の一部をピンク色に染める。
渡辺機は慣性の勢いで止まりきれずに短機関銃の射程内に入っている。そのまま引鉄を引き絞れば円盤頭の勝ち確定だ。
しかし円盤頭は『ちょっとタイム』と言わんばかりに渡辺機に手を上げる。
ここで急に鈴代ちゃんが動いた。試合会場に乱入しようと歩を進める。おいおい、この子は一体何をやらかす気なの…?
円盤頭は塗料に、塗れた銃を不思議そうに見つめて、やがて無造作に『ポイ』と投げ捨てた。どういう事だってばよ?
鈴代ちゃんは演習場に飛び込み、落ちてきた銃を器用にキャッチして元の待機所に戻る。わざわざ銃を拾う為に乱入したのか? て言うか円盤頭が銃を捨てる事を分かっていたかの様に動いたね。鈴代ちゃんも大概ピキーンの人だね。
つまり円盤頭は『銃撃を受けた銃は、本来は壊れてしまってもう使えないから』と投げ捨て、鈴代ちゃんはそれを事前に察知して拾いに行った、と言う事のようだ。
鈴代ちゃんの機転に観客達も拍手で迎える。これは普通に褒められる行為だ。装備は大切にね。
《よくあの人が銃を捨てるって分かったね?》
俺は本気で感心していた。リアルピキーンを見られてちょっと嬉しい。
「まぁ何となく。付き合い長いしね」
と、照れ笑いする鈴代ちゃん。ちくしょう、やっぱり普通に笑うと可愛いな。
俺の足の怪我の時もそうだったが、鈴代ちゃんは勘で動いて正解を引き当てられる子なんだろう。優れた反射神経よりもこちらの方が鈴代ちゃんの戦果に貢献している気がする。
さて、円盤頭も棍棒を手に持ち仕切り直しだ。
ここからは早かった。渡辺機が棍棒を振り上げた瞬間に、円盤頭が沈み込む。そのまま渡辺機を鉄棒に見立てて逆上がりをする様に足を上にして回転、渡辺機の後ろに回り込んだのだ。
上下が逆転して並んだ2体の輝甲兵の様子がシュールな構図を醸し出す。
相手が下に居ると錯覚した渡辺機は、既に後ろに回り込んでいる円盤頭を見失う。
足を上にしたままの円盤頭はそのまま上昇し、渡辺機の無防備な首筋に棍棒を振るった。当たった場所に小さく電流が走る。
そしてブザーの音。
数秒間、観覧場は沈黙に包まれる。やがてパラパラと拍手が起こり、そして大歓声となって森に響いた。
おー、これは歴史に残る名勝負だったんじゃないの? 俺も興奮が収まらない。
《これは短時間に二転三転する良い試合だったな! 俺ちょっと感動しちゃったよ!》
鈴代ちゃんも同じ気持ちらしい。
「ええ、あの人達と同じ部隊にいる事がとても誇らしいわ」
ちなみに本戦の賭けの方は圧倒的に円盤頭に掛かっていて、本命すぎる本命勝ちに賭けに勝った人間でさえガックリきた、と言う話だった。
「さて、いよいよ私達の出番よ」
鈴代ちゃんが再び会場に歩を進める。気合を入れる為か自分の両頬を二、三度叩く。俺の体もそれに倣い顔を叩く動作をする。軽い痛みと共に鈴代ちゃんの気合も伝わって来た。
俺達の戦いはこれからだ!!