▼詳細検索を開く
作者: 栗一
残酷な描写あり
ステルオール――天星の落とし子 2
 バチン! という強い反発が剣に伝わる。
 構わずにアリアは勢いに任せ、剣を押し込んだ。
 しかし――。

「……っ。浅い……!」

 光の竜は、四つ脚を使って獣のように素早く動き、アリアの剣からすぐに逃れる。
 すぐさま竜が反転し、アリアに向けて長い尻尾を振るう。

「くぅっ……!」

 尻尾の一撃をなんとか剣で防ぐが、その威力は先ほどよりさらに重く、魔力の衝撃波をともなってアリアを弾き飛ばした。
 大木に背中を叩きつけられ、崩れ落ちるように地面に倒れる。
 また距離を離されてしまった。それでも冷静に、アリアは竜のほうへと視線を向ける。
 すると、フローリアの声がかすかに聞こえた。

『アリア、大丈夫です……竜の力は削られています』

 アリアの一撃によって、たしかに竜の翼と胴の一部が削れていた。
 それに、ミスリルの剣で攻撃を防いだことで、足先の爪と尻尾もわずかに欠けている。
 肉弾戦の攻撃を防ぐことが、同時に反撃にもなっているようだ。
 もちろん、そのたびに魔力の衝撃波によってアリアもダメージを受けることになるが。

「……我慢比べみたいなもの、か」

 アリアは再度、光の竜へと向かって走り出した。
 竜は怒りに駆られたように、魔力の光弾と稲妻を、でたらめに連射してくる。
 雷鳴と爆音が周囲でけたたましく鳴り響く。
 稲妻を横っとびにかわし、光弾を剣で斬り払いながら。光の粒子と稲妻の余波に焼かれながら、アリアは駆け抜けていく。
 それはさながら、神話の中の一説のような戦いだった。

「とどいて!」

 あと二歩。
 もはや、がむしゃらだった。
 剣先を前に突き出したまま、光弾の爆発と稲妻の余波を受けながら、前へと踏み出す。

 あと一歩。
 反発する磁石のように、体が押し返される。その斥力せきりょくを斬り裂きながら、竜の身にまとう魔力によってその身を焦がしながら、前へ。

「やああ――ッ!」

 アリアは光の竜に向かって、剣を振りかぶった。それと同時に竜が顎を開き、口腔をアリアへと向ける。

(しまっ……!)

 間に合わない。アリアは攻撃を諦め、すぐさま横へと飛び退いた。
 竜の口腔が輝き、直前までアリアがいた場所へと、高密度の魔力が光線となって襲いかかる。

 ビィィィイィ――――ッ!!

「うああッ!!」

 左脚に激痛。青光の奔流ほんりゅうに巻き込まれて、太ももまでが焼け焦げる。
 連続する魔力の爆発によって発せられた衝撃波に体を揉みくちゃにされながら、アリアは地面に叩きつけられた。

「あ……うぁあ……」

 痛みに喘ぐ。
 立ちあがろうと、左脚がまともに動かなくて、もがく手足が濡れた土をひっかくだけだった。
 魔力の光線を放射し続ける竜は、そのまま光線を薙ぎ払って、倒れたアリアに追い討ちをかける。

 甲高い音が迫った。

「……ん、く!」

 全身を使って地面を転がって、アリアは光線の直撃をまぬがれた。だが続く衝撃波がアリアを襲い、全身を打ち付けながら吹き飛ばされる。

『アリア……!』

 フローリアの声が、珍しく切羽詰まっている。
 そんなにひどい状態なのだろうか。意識が定まらないまま、アリアは咳き込むと同時に血を吐き出した。
 左脚は、足先から太ももあたりまでひどい状態で、あまり見たくなかった。
 アリアは使い物にならなくなった左脚に、残った神花の霊薬を少しかけて再生させる。
 それだけじゃ回復し切らず、まだ全身痛むが、ふらつきながら、なんとか起き上がる。

『アリア。まだ体が治りきっていません。もう一口、霊薬を飲んでください』

 アリアはかぶりを振った。
 これでいいんだ。最後の霊薬は、残しておかなくてはならない。

「はぁ……はぁー……」

 大きく息をする。そのたびに、口の中に血の味が広がる。
 意地でも離さなかった剣をしっかりと握りしめて、アリアはまた光の竜へと、システィナのほうへと走る。

『アリア。もう限界です。撤退してください!』

 幼い少女のような声の悲痛な訴えを聞き入れずに、アリアは竜の間合いへと踏み込んだ。
 大技である魔力の光線は、おそらく連続で放つことはできない。魔力の蛍火も減っている今が、システィナを助け出すチャンスだ。
 青く光る竜爪りゅうそうが、アリアの胴を引き裂こうと迫る。

(ここだ……!)

 力強く振るわれた青い稲妻の刃を、アリアは極限まで研ぎ澄ました集中力を持って剣で防ぎ――受け流した・・・・・
 当然、魔力の余波はアリアの体を傷つけるが、吹き飛ばされることはなく、そのままくるんと全身を回転させて、剣を大きく振りかぶる。

「たああッ!」

 アリアの剣に、光が灯る。
 今までシスティナの魔力に当てられていたからか、あるいは、アリア自身の持つ力なのか。剣に宿っているのは、青白い魔力の灯火だった。

 ぎゃりぃぃ! と魔力同士が干渉し合い、青い火花を散らす。
 痛みを訴えるように、竜が咆哮ほうこうを上げた。

 ぶぉん!
 アリアの細い腕により、魔力を宿した剣が振り抜かれ、光の竜が両断された。

 凄まじい光と突風が巻き起こり、蜃気楼のように空間が歪む。
 次の瞬間、蛍火のようなライトブルーの光の粒子となって、竜の体は周囲に散らばった。

『……。アリア、お見事です』

 驚きと嘆息の込められた、フローリアの幼い声。
 だが、まだ終わってはいない。

『獣は、すぐに復活します。……彼女を止めるなら、今しかありません』

 ぼろぼろの体で「はぁ、はぁ」と肩で息をしていたアリアが、システィナのほうへと目を向ける。
 青い魔力の蛍火が無数に宙を舞う中、銀髪の少女もまた、アリアのことを見つめていた。

「アリア……」

 銀髪の少女が、可憐な口を開く。

「……わたしを……止めてくださって……本当に……ありがとう、ございます……」

 荒い呼吸のままアリアが小さく微笑むと、システィナも口元を緩めた。
 一歩ずつ。剣を手にしたまま、アリアはシスティナのほうへと歩み寄っていく。

「あの怪物が……ふたたび姿を現す前に……アリア……どうか、その剣で私を……」

 その懇願を最後まで聞くことはなかった。
 アリアは霊薬瓶を取り出すと、神花の霊薬の残るすべてを口の中に含む。
 そしてシスティナの背中をぎゅっと抱きしめて、その可憐な唇に自らの唇を重ねた。

「……!!」

 驚いて目を丸くするシスティナの頭が動かないように後頭部を押さえながら、アリアは口移しで霊薬を流し込んでいく。

「……んっ」

 こくん。
 と、システィナの白い喉が動くのを確認して、アリアは唇を離した。

「……アリア……?」

 システィナは頬を染め、どこかうっとりとした様子で疑問の声を発する。
 アリアも少しだけ恥ずかしかったけど、それよりも。システィナの両肩を掴んで、しっかり目を見て言った。

「システィナ……がんばって!!」
「……え?」

 システィナはまた目を丸くした。

「私、システィナは本当は勇敢で強い子だって知ってるから。……自分の力にだって、負けないって」
「そ、そんなこと言われても……」

 困る。そう言いかけたのだろうけど、アリアの真剣な目を見てシスティナは口を閉ざした。
 代わりに、

『アリア、それは無茶です』

 フローリアが口を挟んだ。
 それでも、アリアは信じるしかない。システィナなら、自らの力の暴走を抑えられると。
 それに、勝算がないわけではない。いくらシスティナの魔力が無尽蔵だとしても、あの光の竜を倒したことで多少は削れているはずだ。それからシスティナの体が弱っていたことが暴走の原因であるのなら、霊薬によって少しでも回復したことは意味がある。
 アリアはもう一度、システィナの体を抱きしめた。

「アリア……」
「システィナ。私はここにいるから」

 でも……と、少しうつむいたシスティナの頭を、アリアは胸に抱いた。

「もし私が力を抑え込むことに失敗したら、またアリアを巻き込んでしまいます……」
「そしたら、また倒してあげるから」

 アリアはシスティナを安心させるようにそう言ったけど、さすがにもう一度あの竜を倒せるような力は残っていない。
 それでも。

「私は、負けないから……心配しないで」
「……。はい」

 確かな意志を込めた言葉に、システィナはうなずいた。
 直後――周囲の蛍火が、システィナを取り巻く魔力の粒子が輝きを増す。

「うっ……あぁッ!」

 システィナが苦しげに喚く。
 戦っているのだ。自分自身の力と。
 おそらく、まもなく光の竜が復活するのだろう。

「システィナ……!」

 アリアは、システィナを抱く力を強めた。

(負けないで……システィナ……!)

「ん……くぅ……あっ……!」

 システィナもまた、アリアの細い体にしがみつくようにして腕を回した。その力は強くて少し痛かったけど、それだけ彼女は必死に耐えているのだ。
 周囲の闇の中に、魔力の稲妻が吹き暴れ、それはアリアの体を焦がし、傷をつけていく。
 それでも離さない。
 アリアはシスティナを抱き続けた。

「……あぅぅッ!」

 システィナの体が崩れ落ちそうになる。
 何か強い力がせめぎ合うように、周囲の空間がゆがみ、ぐらぐらと揺れた。

『アリア、離れてください! 獣が復活します!』

 木々が騒がしく揺れる。生じた蜃気楼に、無数の青い蛍火が集まる。

「……システィナ……!」

 アリアは銀髪の少女の名を呼んだ。その声に応えるように震える小さな肩。

「あぁぁッ!」

 悲鳴とも気迫の声とも取れる声で、システィナは叫んだ。
 ぐわん! とひときわ大きく空間が歪み。

 次の瞬間――。

 魔力の光が弾けた。
 蜃気楼は広い夜空に溶けるように霧散し、無数の蛍火が、強大な魔力の残滓ざんしたちが、ひらひらと宙を舞う。
 やがて、それも――。
 一つ、また一つと消えていく。

『……暴走が……止まった……?』

 フローリアの声が聞こえると同時に、システィナの体は完全に脱力して、アリアにもたれかかった。

「はぁ……はぁ……」システィナは頬を上気させて、熱を帯びた呼吸を繰り返す。

「システィナ……」
「……アリア…………わたし……」
「……がんばったね」

 システィナの瞳が小さく揺れて、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 そのまま嗚咽を上げ始めたシスティナを、アリアはずっと抱きしめていた。

 いつの間にか降りやんだ雨。青い小さな蛍火たちが闇に溶けて消えて、夜の森を星空が照らし出すまで、ずっと――。
Twitter