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作者: 青葉かなん
残酷な描写あり
第二十六話 あの山の頂きから
 神苑の瑠璃を巡った死闘から半年、レイ達は全世界に向けて帝国が犯した罪を海上商業組合ギルドを通じて発信した。明るみになった帝国に対する他国の避難が多く帝国は徐々に衰退をはじめる。不満を募らせていた一般市民も声を上げて帝国糾弾の輪はそれまで以上に広がりを見せてきた。
 しかし、巨大になりすぎた帝国からしてみれば反乱が大きくなっただけにすぎず、実質的なダメージは然程与えられていない。結果レイ達が拡散させた情報は内戦を悪化させただけだった。いや、いつかはこうなるだろうと海上商業組合ギルドは予想をしていた。それが早いか遅いかの話である。内戦が始まったのは今から二か月ほど前に遡る、南部都市のメリアタウンでは各地から集まる反帝国思考を持つ旅人の重要拠点として生まれ変わっていた。巨大な城壁を作り市民をはじめ反乱を強める人々を守る巨大な要塞都市へと変わったメリアタウン、現在一番大きな内戦を繰り広げているのがこの場所である。
 FOS軍の加担もあり優位はメリアタウンにあった、彼らの力は一騎当千を誇る。帝国側にも実力者は何名も残っているがそれらの大半は彼らにとっては子供と戯れる程度にしかならず圧倒的であった。

 メリアタウンの街並みも徐々に変わり始めてきている、元々貿易都市であったこの街では活気にあふれる中央広場があった。食料品や衣類と言った日常で必要なものが売られるいわば市場である、そこに並ぶ商品は様変わりして今では海上商業組合ギルドから流れてくる戦闘用品がびっしりと並べられるようになる。もちろん食料品などの今までの商品も少なからず並んでいる。こちらに関しては中央広場より十字に伸びる大きな街道に並ぶようになった。

 南の街道は石畳の道が伸び、商店が軒並み並ぶ綺麗で立派な道だった。煉瓦で出来た家々に人々の往来が多数。夜になれば街灯が灯り、酒場では旅人達が美酒に酔う。昼間の顔とは別に歓楽街としての機能も担っている。変わって北側には軍事拠点である海上商業組合ギルド支部が設立され、そこにつわもの達が日々帝国との戦闘に備えて集まる。今では司法にも携わる者たちも集まり政治もそこで行われるようになった。
 その一角、彼等FOS軍専用の建物が建てられている。専用と言っても拠点を置くために建てられた背景もあり様々な人がそこに出入りする。現在彼らの拠点に常駐しているのはいつぞやの医者と数名の志願者たちだ、集まったのはどれも実力者揃いでありメリアタウンの治安維持も一緒にになっている。そう、今この街は彼等FOS軍無しでは稼働しないと言っても過言ではない。
 元々はただの貿易都市だったここメリアタウンが此処まで繁栄できたのは良し悪しかこの内戦のおかげと言っても間違いではない。内戦と言えど戦争だ、大きな消費が生まれれば潤うものもある。今では一番危険な場所とされつつも一番飢餓から遠い場所、安全な場所として各地で噂になりつつあった。

 さて、彼等だが――レイ達四人は帝国の動向を探る為に山に出向いていた。
 メルが亡くなった日、この山のいただきに彼女の遺体を埋葬した。メリアタウンを一望できるこの場所でレイとメルは出会った。山並みは萌え、木々の隙間から木漏れ日が漏れる。鳴いてる蝉の声に混じって木々が風に揺られてざわめいている。そんな日だった。

「おーい、そっちはどうだ?」

 アデルが木に登って双眼鏡で帝国南支部の様子を見ていたガズルに問いかけた。ガズルは双眼鏡を目から話すと首を横に振って下に居るアデルに向けて声を発する。

「駄目だ、今日もそれらしい動きは無い」

 再び双眼鏡を目にあてがい遠くに見える支部の観察へと戻った。うだる様な暑さの中この監視作業も楽とは言い難い、噴き出る汗は容赦なく彼らの衣服を濡らしていた。

「そういえば冷風機はどうしたんだ?」

 ガズルはそのままの体制で下のアデルに問う、だが彼もまたガズルと同じように首を横に振った後、振り返り頂上付近を指さした。

「いつもん場所」
「あー……分かった、毎日ご苦労なこったな。気持ちは分からんでもないんだけどさ」

 冷風機と呼ばれたのはおそらくレイの事だろう、この二人は氷雪剣聖結界使用時にレイから流れる冷気で暑さを凌ごうとしていたのだ。それ故冷風機である、そこにまた一人山を登ってくる少年が居る。ギズーだ。

「冬場は大雪で今度は記録を更新し続ける暑さの夏ね、どうなってんだよ今年は」

 大汗かきながら緩やかな勾配を登ってきたギズー、両手には海上商業組合ギルドから支給される食べ物と飲み物が入った手提げ袋を持っていた。彼の言う通り現在進行形で最高気温は更新されている、去年までの最高気温を五度以上を記録し小さなダムが干上がるといった事態にまで発展していた。海上商業組合ギルドの気象学者達も今後の動向が読めず、さらに上昇するのか、はたまた今が異常なのかそれさえ分からずにいた。

「サンキューなギズー、海上商業組合ギルドはどんな状況だった?」

 近くまで歩いてきたギズーだったが、近くの木陰に座り込み持ってきた飲料をアデルに投げる。右手で受け取るとそのまま木の上に居るガズルへと放り投げる。目線はそのまま上がってきた飲み物を左手でキャッチする。もう一本ギズーはアデルへと放り投げて今度はそれを自分様にとキャッチした。
 それぞれ容器を開けて水分を補給し始めた、購入した時はさぞ冷たかっただろうそれは多少生ぬるくなっていてアデルとガズルはそれに対して苦情を言った。

「ぬるっ!」「冷たくねぇぞギズー!」

 座り込んで自分の飲み物を口に持って行き、二人と全く同じ感想をギズー自身も呟いた。仕方ないと言えば仕方ない。メリアタウンからこの山頂付近までは一時間程度の道のりで、この蒸し暑い中を移動してくればぬるくもなるだろう。しかしギズーはもっともらしい事を二人に叫んだ。

「文句があるなら次からはテメェらで行け!」

 ごもっとも、この直射日光が降り注ぐ真夏の炎天下の中メリアタウンにまで買い出しに出向いてくれたギズーへ向ける言葉ではない。だがこれには背景がある、昨夜四人で行ったポーカーの罰ゲームで一人負け続けたのがギズーだ。

「罰ゲームだろ? んじゃぁまた今夜勝負するか?」

 帽子を脱いで風を起こすアデルが笑顔で言った、それに対して木の上から笑い声が聞こえてくる。

「くたばれこの野郎……海上商業組合ギルドも落ち着いた様子だったぜ、この間の大規模な衝突以降戦闘と言えるような戦闘は起きてないからな」

 悪態をついた後懐から煙草を取り出して口にくわえ火をつけた、煙を酸素と共に肺に送り込み二酸化炭素と共に吐き出す。白い煙が青空へと向かって上り、途中で拡散し消えた。両手をズボンのポケットに突っ込んで木漏れ日の中にある太陽を見上げる。

「あー、でも帝国に動きが有るって情報だ。各地に散りばめていた兵士を北の海路を使って本国に集めてるそうだぜ、すでにフィリップが動いてるらしいけど、一人やばいのが乗ってるって噂だ」

 海上商業組合ギルドで得た情報を思い出して目線だけをアデルに向けて喋った、アデルもまたしゃがみ込んで木に寄りかかっている。

「やばいのって言ってもフィリップ公が直接相手すれば苦戦何てしねぇだろ? アレだってまたレイヴンやシトラと同じで俺からすれば兄弟子だ、『雷帝』の異名は伊達じゃねぇぞきっと」
「いや、確かにそうなんだけど今回フィリップ本人は動いてない、兵隊を送り込んで何とか阻止しようと試みてるようだが」
「流石王族、自分は高みの見物か。こっちは汗だくで監視してるってのに」

 表情を歪ませてそう呟く、ここ数日の単調な監視作業に飽き飽きしてるアデルは退屈そうに山頂付近に居るはずのレイを見る。姿は見えないが何やら作業しているのは何となくわかっていた。
 午前中から監視作業を続ける三人、気が付けば正午を軽く回った辺りだろうか? ますます気温は上昇している。時折吹く風が心地よいがそれも熱風とも思える熱さが彼らを襲う。流石に我慢できなくなったのかアデルはエルメアの上部を脱ぎ始めた。鍛えられた筋肉が露になりそこに汗が光っている。

「こう暑くちゃたまらないな、ちょっとレイ呼んでくるか?」

 腰を上げて裾をはたきながらギズーがアデル同様に視線を向ける、しかしアデルはそれを制止している。

「あれからまだ半年だ、好きにさせてやろうぜ。どの道その時が来たらきっちり仕事してもらわなくちゃならねぇんだしさ」

 この山に監視の任務で登ってくるときは必ずと言っていいほどメルの墓に寄っている、一度戦闘が始まれば受け継いだ剣聖の称号通りの働きをするレイだが、今日みたいな任務の日はアデル達が気を利かせてくれている。普段はメリアタウンの幹部会に出席したり傭兵たちに剣術を施したりと様々な仕事をしている。こんな時ぐらいゆっくりとさせてやろうというアデルの提案だった。
 実質的なリーダーであるレイは最初こそこの案を拒んでいたが「やる時はやるんだからこういうのは俺達に任せておけ」とガズルにまで同じようなことを言われてしまい「それならば」と受け入れた。つい先日の衝突時にもレイの活躍は目を見張るものがある、たった一人で右翼側から攻めてくる大隊を壊滅に追い込んだのだ。正確に言えば先頭集団を突破し、中央から後方の人数に恐怖を植え付けたというのが正しい。そこから先は撤退していく兵士の後は追うことなくただ見つめていた。戦意喪失とみなした相手に対しては決して追うことは無かった。戦場においてこれは甘さなのか青さなのかと疑問視する声もあるが、現在最高火力を持つFOS軍に対してそのような意見を上げるものは案外少なかった。
 実質守られているのはメリアタウンに常駐してる傭兵や他国の軍隊なのだろう。最低限の戦闘だけで今のところ切り抜けられている、これがFOS軍無しで考えた場合どうだろうか? 均衡もしくはこちらの防壁突破も視野に入ってしまうだろう。それだけ彼等はずば抜けた力を保持していた。

「後二時間もしたら戻ろうか、東の空が何やら怪しい」

 木の上で監視を続けていたガズルが二人に聞こえる様に言った、下に居る二人はそれぞれ東の空を見上げてみる。すると発達した積乱雲がゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見える。雷雨になるかも知れないとガズルが言うと二人はすぐさま了解した。

「そしたらレイにも伝えてくるわ、何かあったらすぐに照明弾飛ばしてくれ」

 木にもたれ掛かっていたアデルがゆっくりと体を起こすと帽子を再び被りなおした、右手の飲料をグイッと飲み干すとそれを空に投げた。右手人差し指を鳴らし摩擦熱を利用して炎を作り出し、それを投げた飲料の容器に向けて放出する。紙でできたそれは勢いよく燃えると跡形もなくなってしまった。




 山頂付近、アデル達が居た場所と違って周囲は開けていて眼下にメリアタウンの綺麗な街並みが広がっている。周りに木々はなく少し歩けば崖になっていた。そこに一つの墓石が立っている、墓石の前には少し盛り上がった土があって今では草が少しだけ生えていた。
 その墓石の前に胡坐をかいて空を見上げている少年が居た、レイだ。さわさわと風が彼の体を撫でるように吹いていて髪の毛はそれに揺られている。どこか遠くを見ているように一点だけをぼうっと見つめていた。時折墓石に目線を落としてはまた空を見上げるを繰り返していた。
 墓の主はメルリス、神苑の瑠璃で繰り広げられた死闘で失った仲間の一人である。
 彼女はレイを庇って亡くなってしまった、もう半年も前の事だ。それ以降レイの心にぽっかりと穴が開いたような気分が続いている。一度帝国との戦闘になれば一騎当千の力を誇る彼だが中身はまだ子供なのである、時折涙を流して彼女の事を思う、そんなことをこの半年繰り返していた。

「いい天気だねメル」

 聞こえるはずのない人に向けてそっと呟いた、法術で温度調整をしているレイは一切の汗が見られない。涼しい顔で座っていた。容赦なく降り注ぐ直射日光も彼にとっては穏やかな春の日差し程度にしか感じられないだろう。四人の中で法術をここまで使いこなせるのは彼だけだ、これには師であるカルナックも驚きを見せた。若干十四歳の少年だがこれは同年時のカルナックをも凌駕していた。
 確かに当時のカルナックの法術も世界で五本の指に入る実力者ではあったが、レイはそのコントロールに関しては現状のカルナックにも匹敵する才能を見せていた。これにはメルのエーテルが関与していると思われる。あの時、レイの体内に吸収されたメルのエーテルがレイのと交わったことによりそれまで以上の適性を身に着けたのだろう。故にその剣聖結界時における戦闘能力の飛躍的な向上が見られた。

「アデル達には本当に感謝しないとね、僕だけゆっくりさせてもらってるんだからさ。こうしてメルのお墓参りが出来るのもあいつらのおかげだよ」

 頬を流れる涙を拭い、今度は笑顔でそう言った。だが返答はもちろん帰ってこない、広大に広がる青空の下レイは一人でずっと呟き続けた。
 しばらくの間そんな風に一人で呟いた後、急に周囲の温度が下がったことに気が付く。丁度良い位の温度を維持していたレイだったが、周囲の気温が下がった為予想だにしていなかった事態に気づく。一度周囲に展開している法術を解いて現在の温度を調べる、体感で四度ほど下がっただろうか? その異常事態に気づいたのはもう一人いる。

「何でこの付近だけ涼しいんだ?」

 アデルがこちらへと歩いて来ていた、その声にレイが振り向き左手を上げた。返す様にアデルも手を挙げる。

「どうしたんだアデル」
「ガズルがそろそろ引き返そうってさ。ほら、東の空見て見ろよ」

 体を捻ってレイは東の空を見上げた、遠くに巨大な積乱雲がゆっくりと形成されていくのが見えた。程なくして雨が降るだろうとレイも直感した。

「すごいなアレ」
「雷雨になるかもってさ。で、なんでここだけこんなに涼しいんだ?」
「いや、僕も今気づいたんだ。法術で周囲の温度調整してたのに急に寒くなったから何かとおもって」

 アデルがそれを聞いてため息をついた、彼の体は今は涼しそうにしているが先ほどまではうだるほどの暑さに晒されていた為にまだ汗が引ききっていない。レイも上半身裸なアデルの姿を見てよほど暑かったのだろうと察する。

「そんなに暑かったのか向こうって」
「向こうというかそこら中暑いよ、でも何でここだけこんなに涼しいんだろうな? 風が通るって言ってもやけに涼しいぞ」

 アデルが言うのも間違いじゃない、確かに開けた場所で風の流れは良いだろう。しかしそれは向こうで監視任務にあたっていた時もそうだったが、風は涼しくなく熱風に近い物があった。それでも体感温度だけは下げてくれるからまだマシなのだろうけどここは異常だった。
 ゆっくりとレイが立ち上がって周囲を見渡す、特に何も以上は見られない。アデルも同じように見渡したがこちらも何かを発見することは無かった。

「なんだか気味わりぃな、メルが化けて出てんじゃねぇか?」
「ハハハ、まさかそんな」

 二人がそんな冗談交じりな会話をしているその時、状況は目に見える様に姿を現した。突然強大なエーテル反応を感じ取った二人は瞬間的に戦闘態勢を取る、レイは幻聖石を握りしめていつでも霊剣を具現化できるようにし、アデルは腰にぶら下げている剣を鞘から引き抜いた。

「何だ、この感じ」
「分からねぇ、でも俺でも感じることが出来るぞ。今まで感じた事の無いエーテル量だ」

 レイはもう一つ幻聖石を取り出してそれを具現化させる、出てきたのは小型のシフトパーソルだった。それを空に向けてう引き金を引くと光り輝く球が発射された。信号弾である、何か異常を感じた時に他のメンバーに知らせる為に各自が常備している。打ち上げられた弾丸は空中で弾けると太陽より明るい光へと変わった。

「この反応、一体どこから?」
「位置までは特定できないな、もう少し反応が強くなればわかるんだろうけどな」

 もう一度二人は周囲を見渡す、だが先ほどと特に変わりはなく何かが起きている様子は見受けられない。気のせいとは流すことが出来ない程の反応に二人は次第に焦り始める。もしもこれが帝国側が仕掛けてきた事であれば彼等にとって大きな脅威になることは間違いないからである。そうこうしているうちに信号弾を見たギズーとガズルもメルの墓の前に走ってきた。

「どうした!」

 ガズルが叫びながら辺りを見渡す、しかし彼もまた何か異変が起きてるとは確認できなかった。

「突然異常なエーテル反応が出たんだ、僕とアデルでそれの発生源を特定しようとしてるんだけどその場所が分からない。もう少し大きくなれば分かるんだけ――」

 そこでレイの言葉が止まった、アデルがレイの表情を見た時それは姿を現した。彼らの上空だ、二人は同時に空を見上げるとそこには真っ黒な球体が徐々に形を大きく変えて現れる。

「ガズル何した!?」
「俺じゃねぇ!」

 ギズーが真っ先にガズルを疑ったのは言うまでもない、その球体は彼が作り出す重力球によく似ているものだったからだ。しかしガズルは真っ先にそれを否定した。レイとアデルもこれがガズルの重力球でないことを直ぐに理解する、彼が放つ重力球とは全く異質なエーテルだったからだ。目視で確認するに球体の大きさは半径五メートルほどの大きさで彼等四人のはるか上空に陣取っているかのように見えた。

「何だアレ」

 ガズルは持っていた双眼鏡でその真っ黒な球体を見た、するとその球体の中心部分にどこかの風景だろうか? 見た事の無い建造物らしきものが幾つか見える、小さくて分かりづらいが双眼鏡でようやくわかる程度にしか見えない。

「何か、出てくるぞ?」

 双眼鏡越しにソレを見ていたガズルが続いて言葉を出す、その言葉の直後、何かがゆっくりと球体から出てくるのがガズルの目にははっきりと映っていた。まるで人間の様な姿である、次第にそれはズルズルと球体から生み出されるように出てくるとゆっくりと落下をはじめ、直ぐに止まった。そう、空中に滞空してるように止まった。

「人だ、人が出てくるぞ」

 一人目が完全に出てきた、続いて二人目も同じように出てくる。三人目の足だろうか?それが見えた瞬間一人目の人影は一気に落下してきた。

「え、何アレ……何だぁ!?」

 レイの目にもそれははっきりと映っていた、落下してくる速度は加速し見る見るうちに崖の方に落ちていくのが分かった。そこで彼の体は反射的に動いたのだろう、すぐさま走り出すと崖ギリギリの処で両手を広げて受け止める体制を取った。続いて二人目も同じようにして落下を始めた。

「アデル、そっちは任せた!」
「お、おう?」

 呼ばれたアデルは一瞬だけ戸惑ったが、すぐさま彼も走り出してレイと同じ体制を取った。今度はメルの墓石の少し先の処が落下地点と予想される。

「三人目も落ちてくるぞ、俺が行く!」

 持っていた双眼鏡をギズーに渡すとガズルも走り出した。そしてアデルのすぐ横でまたも同じ体制を取って受け止める準備を整える。最初に落ちてきた人間を崖ギリギリの処で受け止めたレイ、落下衝撃を防ぐため法術を使って風を操り三人の上空に簡単な上昇気流を作り出した、それに落ちて来た人間が一度ふわりと浮かぶび、速度を緩めて腕の中に落ちてきた。

「……女の子?」

 レイが受け止めたのは小さな女の子だった。幼い顔立ちから察するにきっと自分と同じぐらいの年齢だろう。ピンク色の髪の毛をしている。気を失っているのか意識はなかった。

「こっちは餓鬼だ」

 アデルが受け止めたのは黒髪の少年だった、赤いジャンパーを着ていて同じく気を失っている。そしてガズルが受け止めたのも同じく少年だった、こちらは緑色のジャンパーを着ている。
 黒い球体がしだい収縮して小さくなり、最後には完全に姿を消した。落ちてきたのは三人の少年少女、いずれも意識を失っていてぐったりとしているが、外傷は特になかった。レイ達はそれぞれ顔を見合わせてこの状況を分析する。突如現れた黒い物体、そこから出てきた三人の少年少女。突然の事で四人は軽いパニックになる。

「どうなってんだこれ」

 少女を抱きかかえたままどうしていいのか分からずにレイが呟く、アデルとガズルもまた訳が分からずに少年達を抱きかかえている。この三人が一体何者なのか、どうしてあの球体から出てきたのか。何も分からないまま彼等はメルが眠る山頂に立ち尽くしていた。それが結果として彼らに不幸が降りかかる。

「え?」「あ?」「は?」

 崖のほぼ先端に位置していたレイの足元が急に崩れる、正しく言えばメルの墓石から少し先が一斉に崩れだした。一度に複数人の体重がのしかかり、さらに落下時の衝撃を緩和出来ていたが三人の子供の体重が掛かり重量の許容を超えてしまっていた。
 レイ達三人はそのまま崩れた勢いで崖下へと落ちていく、それぞれが大声を出しながら崖下の森へと落下していった。それを後ろで見ていたギズーは恐る恐る覗き込み、

「あー……面倒臭ぇな」

 懐から煙草を取り出して火をつけ、三人が落ちていくのを静かに見守った。
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