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作者: 青葉かなん
残酷な描写あり
第二十二話 最強と最狂
 それは今から二十年ほど前に遡る。
 当時天才と呼ばれる三人の少年がいた、一人は齢十歳で剣帝の称号を取得し天性の才能ですべてのエレメントを操る少年、一人は同じく十歳で身の丈以上の巨大な斧を操る少年、一人は銀髪で槍を使わせたら右に出るものは居ないとまで言われた魔槍兵の少年。彼らは共に親を亡くし孤児院で育ったいわば兄弟のような存在である。幼くして自身の才能に目覚めた彼らは孤児院の為に様々な仕事を請け負っていた。凶暴な動物の駆除や旅の警護等々危険な依頼を請け負う少年傭兵団だった。その傭兵団は「アルファセウス」と呼ばれていた。

 当時アルファセウスは帝国でも一目を置く存在であり、脅威としても見られていた。報酬次第では何でも請け負う事でその道では有名な集団だったからだ。そんな彼らの名前を世界的に広めた事件がある。四竜の討伐であった。中央大陸の北部に一匹、南部に一匹、東大陸と西大陸にもそれぞれ一匹ずつその土地を治める主がいた。彼らアルファセウスはその四竜討伐の依頼を高額で請け負い、見事三匹の竜を討伐することに成功する。残りの一匹、中央大陸南部の竜だけは仕留めることが出来ず、海底深くへと封印する事になった。その立役者が彼らのリーダー「カルナック・コンチェルト」である。
 その功績から十歳という年であるにもかかわらず剣聖の称号を手に入れた、他の三にも同格の称号が与えられ一躍有名となる。それを帝国は良く思っていなかった。そこで当時の皇帝はアルファセウスを帝国内部へと取り込む事を決定し勧誘を始めた。彼らは最初断っていたが加入に際しての報酬金が今までの依頼で受けた金額の総額を遥かに超えていた為孤児院の活動資金に充てるべく加入を決意する。

 事件が起きたのは彼等が帝国の傘下に加わって五年が経つ頃、三人のうち一人が帝国を離脱したことに始まる。カルナックの脱退だ。彼は帝国のやり方に疑問を常々抱いていた。事の発端は矮小国との戦争だった、降伏した兵士を反逆罪と銘打って公開処刑をしてしまった。もちろん当時の世界において国際法なる物はなく、捕虜はどのような扱いを受けても文句が言えない時代だった。だが人命を訴える団体は何処にもいるわけで帝国のやり方に避難を唱えるものも少なくなかった。カルナックもまたその一人である。
 戦争終結後、カルナックは帝国から離脱し再び孤児院へと戻る。孤児院の運営は厳しいながらも彼が戻ってきてからは安定し始めた。カルナックは修道士や孤児達と幸せに暮らし始めたがそう長くは続かなかった。カルナックの脱退によって反逆罪の罪に囚われた残りの二人のうち一人は孤児院の強襲を始めた、後の「帝国孤児院虐殺事件」である。カルナックは仕事で街まで出かけていた時を狙われた、戻った時そこは彼の知る孤児院ではなかった。院は焼かれ周りには孤児達の死体。彼は泣いた、まさか孤児院が襲われるなど思いもしていなかったからだ。悲しみの渦に飲まれながらも孤児達を一つに纏め火葬する。これから如何すればいいか途方に暮れていた時地面に落ちる光る物を見つけた。ギルドより譲り受けた古代の通信機だ、そこから雑音交じりながらも声が聞こえる。その声を聴いた時カルナックは怒り狂う。声の正体は共に旅をした仲間エレヴァファルだ。

「ようカルナック、てめぇが悪いんだぜ? てめぇが裏切らなければこんな事にはならなかった」

 下卑た声が聞こえる、親友だった声がひどく憎い。金と地位に目がくらみ育った孤児院にした行い。カルナックは許すことが出来なかった。

「エレヴァ、今どこにいる」
「さぁな、でもお前なら分かるんじゃねぇか? こいよ、てめぇも一緒にあの世に送ってやるぜ」

 そこで通信が途絶えた、彼は怒りのまま走る。声の後ろから聞こえた僅かなヒントを頼りに彼は走り続けた。帝国本部で時刻を伝える独特の鐘、それがかすかに聞こえていた。おそらく待ち伏せされているだろう、それが罠だとしても彼は走らずには居られなかった、今のこの感情のまま彼は怒りに身を任せて走った。
 帝国本部に到着したのは次の日の夜だった、帝国本部には数千人の兵士達がショットパーソルを構えてカルナックの到着を待っている。

「ずいぶんと早かったな、そんなに俺に殺されるのが待ちきれなかったか?」

 通信機器から再び声が聞こえる。カルナックは刀を抜刀し自身の前に持ってくる。つい数日前までは一緒に戦い、数々の名声をほしいままにしてきた過去の仲間をにらみつける。その男の表情は笑っていた、長年本気で戦いたいと願っていた宿敵と会い見える機会を、この瞬間を願っていたかのように。

「この腐れ外道め」

 カルナックの足元から炎が吹きあがり髪の毛が真っ赤に染まる。真っ赤に染まる瞳には怒りが満ち満ちている。ゆっくりと歩き始めるカルナックに対し兵士達が一斉に発砲を始める。彼はそれを全て刀で弾き飛ばした。流石のエレヴァファルもそれを見て驚く。だが驚いた表情の中に喜びの表情も混じっているように見える。まさに戦闘狂、これぞ最狂と言われる由縁。

「流石だぜ、いう事ねぇ……さぁ来いよ、かかって来い! 俺はここにいるぞ! ここまで上がって来いっ!」

 巨大な斧を振り上げる、すると兵士達は一斉に腰に下げている剣を抜きカルナックへと襲い掛かる。大群となって押し寄せる帝国兵士達に向かってカルナックは一切の迷いなく飛び込む。すべてを切り刻みすべてを殺す勢いで跳躍した。

「うあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 咆哮が鳴り響いた。そこからは一方的なカルナックの虐殺だった。一般の兵士達が剣聖の彼に敵う筈もなく一人、また一人とその場で絶命していく。
 これが後に言われる帝国最悪の一夜である。カルナックは迫りくる帝国兵士をなぎ倒し本部へと駆け抜ける、本部城内にはさらに数万の兵士達が段階的に配備されていた。四方八方から飛び込んでくる弾丸をカルナックはまとめて捌くが無数に飛んでくるそれを全て避けることなど到底不可能だ、何発か被弾し鮮血を噴く。だがカルナックの勢いは止まることを知らない。中央の階段を駆け上がりロビーへと抜ける、ロビーにも何百人と配置されている。カルナックが本部へと突入してからずっと発砲音が聞こえる、それは鳴りやむことが無かった。回避することもできなくなるほどダメージを受けることは無かったが速度が落ちることを嫌ったカルナックはわざと帝国兵が集まる真ん中に飛び込んだ。これならばむやみに発砲することは出来ない、そう判断したカルナックは集団の中から切り崩すことを決定する。飛び込んできたカルナックを迎え撃つために各々が剣を引き抜くが遅すぎた、カルナックの攻撃は目にも止まらぬ速さで兵士達の体をすり抜けていく。あまりにも早いその攻撃に切られたことも分からないまま死んでいく兵士までいる始末だ。

 全ての兵士を切り殺したカルナックはロビーを突破し、二階の場外へと出る。そこにエレヴァファルがいた。すぐさま飛び込み首を跳ねようとするが互いに技を熟知した者同士、そう易々と攻撃が通ることも無く全てがはじき返される。エレヴァファルの顔は笑っていた。当時からこの男は三度の飯より闘争を好む、故に最狂だ。お互いの技は城壁を破壊し、生き残った雑兵をも巻き込みありとあらゆるものを破壊しながら二人は戦った。
 一時間、彼らは戦い続けた。戦闘の途中右腕を切り飛ばされたエレヴァファルだったが両利きだった彼は左手で斧を操りカルナックを翻弄する。彼らの周りには瓦礫の山と死体の山が出来ている。二人の闘争は火が付いたままその日朝になるまで続けられた。その結果事前に連絡を受けていた支部からの応援によってカルナックは逃走する。彼の生涯で唯一の敗北だ。それでも帝国に与えたダメージは甚大だった。死者三万と七人、重軽傷者七万と二人。帝国本部は壊滅しその機能をしばらくの間奪う事になった。当時の皇帝は身の危険を感じ北部の支部へと逃げ延びていた。それ以降カルナックを全国指名手配にし捜索を続けるが今日という今日まで彼の命が危険に晒されることなど無かった。

「よう――『最強』!」「やぁ――『最狂』」

 エレヴァファルとカルナックの刃がぶつかり火花が散る。片や帝国随一の戦闘狂、片や世界最強の剣聖。十五年ぶりの再開はやはり闘争だった。遠い日の幼い自分を重ねて相手を互いが睨む。

「レイ君、コイツは私の客です。君達は先に行きなさい!」

 斧を弾き飛ばして斬撃を放つ、しかしいずれも全てはじき返されてしまう。その強靭な肉体はシフトパーソルの弾丸をもはじき返すだろう。

「待ちわびたぜ! この時を、この瞬間をっ!」

 エレヴァファルが咆哮する、鼓膜が破れるかと思うほど大きな声だ。それに後ろで見ていた四人は委縮する。それ以上に目の前で起きてることが信じられないでいた。あのカルナックと互角に戦える人間が帝国に残っているとは思いもよらなかったからだ。いや、もしかしたら互角以上なのかもしれないとレイは思った。咄嗟に霊剣を構えて前に出ようとしたがアデルによって静止されてしまう。思いのほかアデルはこの状況で冷静に物を見ていた。

「早く行きなさい、必ず追い付きます!」
「ずいぶん余裕じゃねぇかこの野郎!」

 二人の間に入る余裕などないとレイは悟った、まさに次元が異なる戦いである。早すぎる攻撃に防御、そして数手先を予測しフェイントを交えた攻撃。すべてをとっても彼等四人がどうこうできる相手ではない。それに恐怖を覚え足がすくむ。だがその体に鞭を打って足を動かした。

「必ずですよ、必ず追ってきてください!」

 レイが叫ぶ、しかしカルナックから返答はなかった。それでも彼らは先に進むしかない、ここにいれば必ずカルナックの足手まといになるだろうと考えたからだ。彼等四人は最終階層へとつながる扉を開けてその先に進む。その間にもエレヴァファルとカルナックの激しい攻防は続いていた。

「私は会いたくなかったですよ、貴方なんか!」
「俺も本当は会いたくなかったんだけどな、どうしても会いたいって言う奴がいてよ!」

 激しい攻防の末一度二人が距離を取る、カルナックは納刀し抜刀の体制へと移る。エレヴァファルは空高く飛び上がりカルナック目がけて斧を振り下ろす。二人の刃が再び重なりあたり一面に衝撃波が飛び散る。

「十五年前、お前に切り飛ばされた俺の右腕がなっ!」

 巨体から繰り出された振り下ろされる斬撃はカルナックにとってもすさまじい威力となって放たれる。重く強烈な一撃が彼の体を軋ませる。カルナックの足元が窪み体ごと沈みそうになる。

「相変わらず乱暴な技ですね」
「だろう? お前を殺す日を夢見て鍛えぬいてきたこの力、存分に味わうがいい!」

 空中に浮いているエレヴァファルが体を捻りカルナックへと蹴りを放つ、その巨体な体躯のどこにそれほど俊敏な動きが出来るのか。左腕でガードするがその衝撃は凄まじく壁へと吹き飛ばされてしまう。だが吹き飛ばされながらも冷静に納刀すると壁を蹴り再びエレヴァファルの元へと飛ぶ。

「今度はその左腕も跳ね飛ばして差し上げましょう!」

 高速で接近するカルナックに対し左腕を横に伸ばすエレヴァファル、切り飛ばすと宣言された左腕をだ。ニヤリと笑いながら。

「やってみな!」

 そう叫んだ。カルナックはエレヴァファルとすれ違いざまに彼の左腕目がけて斬撃を叩きこむ、しかしここでカルナックの表情が歪む。刀越しに伝わる感触にまるで手ごたえが無い。それどころか彼の刀はまるで鋼鉄以上の金属に当たったかのような感覚を覚え弾かれてしまう。着地したカルナックがすぐさま振り向きエレヴァファルの左腕を確認する。

「何も、テメェだけが仕えるんじゃないんだぜ? 忘れたかのか?」

 その腕は漆黒に染まっていた、まるで黒曜石の鎧を着ているかのような見た目に変わっている。それどころかエレヴァファルの体全てがその鎧のような物に包まれている。そしてカルナックは思い出した。

土竜剣聖結界ノーム・インストール、そうでしたね。あなたにソレ・・を教えたのは私でした。全く年は取りたくありませんね」

 再び抜刀の構えを取る、背中を見せてるエレヴァファルに向かって再度斬撃を叩きこんだ。だがそれらすべてが彼の体に弾かれてしまう。決定打はおろかかすり傷つけることも敵わない。

「神速の抜刀術のお前に鉄壁の俺を倒すことなんざできねぇ、いい加減本気でかかって来いよ!」

 三度距離を取る、ため息を一つついてゆっくりと深呼吸をするカルナック。雷光剣聖結界ライジング・インストールを解いて目をつぶった。

「なるべく温存して置きたかったのですが、そうも言ってられませんね」

 エレヴァファルがニヤッと笑う、ゆっくりと振り向きカルナックへと体を向ける。彼もまた深呼吸をして斧を構える。両足のスタンスを広く取りいつでも迎撃できる体制に移った。

「さぁ始めようぜ、あの時の続きを――あの闘争の続きをっ!」

 カルナックの体の周りにフィフスエレメントのすべてが集まる、思い出してほしい、カルナックがエレメンタルマスターと呼ばれる由縁を、その本質は全てのエレメントとの対話。だがそれ以上に彼にこの称号が与えられる要因がもう一つある。剣聖結界以上の強大な力を付与する上位互換。すべてのエレメントを取り入れそれを一度に暴発させるカルナックだけに許された禁忌。その代償として通常の剣聖結界とは異なり徐々に体力が奪われ必要以上のエーテルが消費される、またそれを使う事によって精神汚染が進み人格をも壊すことがある。

森羅万象現人神エレメンタル・インストール

 かつて四竜との死闘を繰り広げた際に使用したカルナックの究極奥義、そしてこの技が人に向けられるのは二回目である。全く同じ相手、エレヴァファルにだけ使われたカルナックの覚悟。

「そうだ、これこそ俺達の闘争に相応しい! 今日俺はテメェを倒し『最狂』と『最強』の二つを手に入れる!」

 エレヴァファルの足元から突然炎が噴き出した、彼もまた希少な存在であった。レイと同じ二重属性使い、土と炎の両方と対話を可能とする。最強の矛と最強の盾、その二つを同時に使いこなすことが出来る。忘れてはならない、彼もまたカルナックと共に四竜と戦った一人であることを。剣聖と同格の称号である「戦闘神」を持ち合わせる。

 カルナックの体から虹色のオーラが吹きあがる、五つのエレメントすべてを取り込んだカルナックの戦闘力は計り知れない。だがそれに臆することなく受けて立つエレヴァファルもまた人のソレではなかった。二人が同時に動く、互いに刃を重ね相手に一撃を入れようと幾度となく互いの刃が交差する。現人神結界状態のカルナックですら多重剣聖結界時デュアル・インストールのエレヴァファルは強敵である。限界まで高めた攻撃力とカルナックの刃をもってもエレヴァファルに決定打を与えることが出来ない。鍛え抜かれた体と土竜剣聖結界ノーム・インストールの相性は抜群でありまさに無敵の肉体と言える。それだけではない、炎帝剣聖結界ヴォルカニック・インストールをも同時に身に着けるエレヴァファルの攻撃力は今のカルナックにも匹敵する破壊力を持ち合わせる。二人の攻防は想像を絶するほど激しく、刃がぶつかる度に衝撃波で振動する。部屋全体が大きく揺れてまるで大地震でも起きてるかのような感覚すら覚える程だ。

「楽しいなオイ! やっぱりテメェと殺り合うのは血が騒ぐぜぇっ!」

 巨大な斧で足元の岩盤を破壊する、その衝撃で粉々に砕けた岩盤がカルナックに襲い掛かる。一つ一つを丁寧に刀で叩き落すが飛んでくるものは岩盤、硬すぎる。捌ききれなくなりいくつかがカルナックの体に当たる。まるで弾丸を生身で受けているような感覚にも似ている。流石のカルナックもそれには苦悶の表情を浮かべる。しかし彼はレイとの約束の通り後を追わなければならない、このままジリ貧状態の戦いを続けていては埒が明かない。そう焦ったカルナックはエレヴァファルの懐へと飛び込んだ。

「一つ!」

 六幻が始まった、アデルに見せた時より何倍もの速さで斬撃を叩きこむ。初段から斬撃音は遅れて聞こえてくる。

「二つっ!」

 この時点でエレヴァファルはカルナックの斬撃に対処することが出来ていない。体に多少なり傷が付き始めたのは二つ目からだ。

「三つ!」

 この時カルナックの体に異変が起きていた、現人神結界を施して尚六幻を放つ負担がカルナックの体を苦しませる。あまりの攻撃速度に彼の体が悲鳴を上げ始めた。体のいたるところから血管が破裂し皮膚が切れてそこから流血し始める。

「よ、四つっ!」

 まだ決定的な攻撃が入っていない事と体に襲い掛かってくる激痛に顔が歪む、あまり長くこの状態を続けるわけにも行かないカルナック。この先の戦いもまだ残っているのだ。

「五つっ!」

 此処でやっとエレヴァファルの体に異常が見え始めた。体を覆う鋼鉄の黒い物体が剥がれ始めたのだ。その一点に最後の奥義を叩きこむ。

「六幻!」

 六つの剣閃は見えた肉体へと集まり命中する、そこから血しぶきが舞いエレヴァファルは初めて痛みによって表情を変えた。しかしカルナックもまた体の限界を感じていた。この状態で六幻を放てば体の細胞が破壊される可能性もある、それを承知で放った奥義だったが致命傷を与えることは出来ていない。ガクンとカルナックの速度が落ちた。その時初めてすべての斬撃音が重なってその場に爆音となり鳴り響いた。

「今度は耐えたぞ、カルナックぅぅぅっ!」

 斧を左下から振り上げる、咄嗟にカルナックは防御力を高めてその攻撃を右腕で防御しようとした。

「獲ったぁ!」

 その瞬間、カルナックの防御力をエレヴァファルの攻撃力がほんの少しだけ上回った。カルナックの右腕は切り飛ばされ、ひじの少し上の処から鮮血が飛び散る。この瞬間エレヴァファルは勝利を確信した。利き腕を飛ばされた過去の自分をカルナックに重ねて歓喜する。

「終わりだカルナック! あの世の餓鬼たちによろしく言っといてくれ!」
「そうですね、あの子達に――」

 右腕を振り上げて最後の一撃を放とうとするエレヴァファル、後は振り下ろすだけで満身創痍のカルナックを仕留めることが出来る。しかし、彼はその腕を振り下ろすことはなかった。

「貴方があの世で、詫びて来なさいっ!」

 腕を切り飛ばされてからのカルナックの動きは恐ろしかった。防御体制を取ったあの瞬間彼は左腕で抜刀し逆手で刀を握っていた。しかしカルナック自身まさか自分の防御力が打ち負けるとは思いもよらなかった。一瞬だけ自分の腕が切り飛ばされたシーンが目に焼き付き激痛で軋む体に鞭を入れ体を捻る。そのまま逆手で持っている刀をエレヴァファルの一か所だけ防御が剥がれた処へと刀を滑り込ませた。その場所こそ人の急所の一つ。心臓だった。

「……てめぇ」

 口から血が溢れる、ガクガクと揺れる体と遠のく意識。心臓を一突きにされてなおこの男は生きていた。脅威の生命力だった。カルナックは刀を持つ左手に力を入れさらにねじ込む。

「――あぁ、やっぱり強ぇなお前は。それでこそ俺が認めた男……だ」

 狂気に染まっていた笑顔に穏やかさが見え始めた。そして完全に心臓を破壊されたエレヴァファルはこの時、ようやく絶命した。巨大な体躯がカルナックの刀にのしかかってくる。ゆっくりと刀を引いて体を元に戻す。つっかえが無くなったエレヴァファルの体はそのまま地面へと倒れた。

「さようなら、親友ばかやろう――」

 背中越しにエレヴァファルにそう告げ納刀する。いつしか森羅万象現人神エレメンタル・インストールの効果も切れている。彼にもはやこの先戦うだけのエーテルは残っていなかった。膝から崩れるとカルナックもまたうつ伏せで地面に倒れこむ。

「すみませんレイ君、少しだけ休ませてください」

 ゆっくりと仰向けになると右腕から流れる血を最後のエーテルで止血した。同時にカルナックは気を失う。この日、この世界から最狂の称号は消え去り、また一人の伝説がこの世を去った。この男、エレヴァファルが過去に孤児院を襲ったのは地位や権力、金に目が眩んだ訳ではない事を訂正しておこう。この男の本当の目的、それは全力のカルナックと戦いたかったのだ。しかし並大抵の理由ではカルナックは全力を出すことは無い。指定危険種との戦闘ですら八割程度の力しか出しておらず、初めてカルナックの全力を見たのは四竜討伐の時だった。その光景がエレヴァファルの目には輝いて見えていた。

 彼は羨ましかったのだ、これほどまでに強い男が身近にいることを。その男と戦いたい、全力で戦いたい。だがカルナックの全力を出すことなぞできなかった。そう悩んでいた時、反逆罪に問われそうになった時に思いついた大義名分が孤児院の襲撃だ。思いついた時エレヴァファルは歓喜した、そうなればきっとカルナックは全力で自分を殺しに来る。あの美しくも恐ろしい迄の姿をもう一度見られる、あまつさえ戦うことが出来る。それこそが彼の思惑だった。「最狂」、その称号はまさに彼に相応しく、また彼を表現する一言がそれであった。彼が最後に見せた笑顔、それはカルナックと全力で戦えたことに対する感謝と、楽しい一時を過ごせた安らぎだったのかも知れない。

「うわぁ!」

 先を急ぐレイが声を出して壁に寄りかかった。カルナック達の戦闘により洞窟全体が揺れていた、階段を下りているレイ達四人もその振動を受け体のバランスを崩す。揺れが収まることは無くひどくなる一方だった。

「なんっつぅ戦いだ、こんなの人間同士の戦いじゃねぇぞ!」

 その後ろ、アデルも流石に経験した事の無いコレを異常事態だと予想する。あの時、無策に飛び掛かったはいいが相手が本気で殺しに来ていたら今頃自分はどうなっていたのか、考えるだけでも冷汗が流れる。

「剣聖と互角に戦える人間がいるなんて聞いてねぇぞ!」

 文句を言ったのはガズルだ、彼もまたこの振動で足元を掬われて転びそうになっている。初めてカルナックと出会った時の印象から先ほどの彼を同一人物と認識することに抵抗を感じていた。いつも沈着冷静なカルナックが殺意を剝き出しにし感情に任せて刃を振るう姿を見た事が無かったからだ。

「エレヴァファル・アグレメントだ、昔カルナックのオジキと一緒に四竜を討伐した仲間の一人だ。話だけは聞いたことがあったがカルナックと交流を持つ奴ってのは大体化け物ぞろいだなまったくよ!」

 一番後ろにでしりもちを付いているギズーが喚く、彼等四人は揃ってこの振動の中動くに動けずにいた。一刻も早くレイヴン達の後を追わなければならないのだがこの揺れの中階段を下れというのが無茶な話である。

「四の五の言っても仕方ない、みんな一気に下るよ」

 先頭にいたレイが三人に呼び掛ける。するとこの揺れの中足元の階段を蹴って一気に下り始めた。一段一段降りていては確実に追いつくことが出来ないと悟ったレイは先の見えない下り階段を飛び降りる様に飛んだ。それに続いて残りの三人も同様に飛ぶ、そうやって四人は一気に階段を下りきると明かりが見えてきた。その明かり目がけて最後の跳躍を四人はした。
 階段を下りきるとそこは空間が広がっていた。二十メートル程の段差がありその下には平な地面が広がりその向こうは更に崖になっている。その崖の手前に人影が二つ見えた。レイヴンとシトラだった。最終階層に降り立った彼等はすぐさま異常を感じた。先ほどまで寒いほどの温度だったがここだけなぜか以上に熱い。その正体は直ぐに分かった、溶岩だ。崖の奥から溶岩が噴き出している。真っ赤に焼ける岩石が解けてどろどろの溶岩を作り出している。まさに地獄のような場所だった。あまりの暑さに四人の額からは汗が噴き出している。

「レイヴンっ!」

 アデルが叫んだ、その叫び声は空間の中で反響しレイヴンの耳へと届く。気が付いたレイヴンとシトラは振り返ると不敵な笑みを浮かべてこちらを見た。

「意外と早かったじゃないかアデル君、シトラから話は聞いているよ。剣聖結界を取得できたんだってね」

 細い目が静かに開くと何とも冷たく冷酷な視線が彼等四人を襲う。思わず竦んでしまいそうな視線だった。その隣でシトラも笑顔でこちらを見つめている。二人は互いに自分の獲物を幻聖石から取り出すとそれを四人へと向ける。次にレイヴンとシトラはそれぞれ剣聖結界を発動させ、レイヴンは炎、シトラは氷が足元から広がる。

「しかし一足遅かったですね、まもなく瑠璃は姿を現し私達の物になる!」

 叫ぶレイヴンの後ろで噴き出した溶岩は天井にまで登り、ゆっくりと落ちていく。その中、ひと際輝きを放つ巨大な宝石が姿を現した。不気味に光り輝く巨大な宝石、神苑の瑠璃だった。

「これが神苑の瑠璃、『幻魔宝珠げんまほうじゅ』! なんと素晴らしい輝きだ!」

 その宝石はレイヴンとシトラ二人の間に下りてくると再び怪しい輝きを放つ、レイ達四人は一瞬で感じ取った。その感じた事の無い変質なエレメントを。いや、エレメントと呼べるものなのか。そして彼らは察する、この宝石を巡る戦いが始まると。
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