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作者: 青葉かなん
残酷な描写あり
第二十話 信頼と裏切り
 カルナック家のリビングでは女性四人が片づけをしていた。昨夜の暴走によって様々なものが破壊されている、ガラス片も飛び散っていたりとまともに歩けない場所もいくつかある。破壊されたドアはそのまま床に転がっていたりと片づける処は多々ある。それを四人で片づけては休憩し、片づけては休憩しとお茶を飲みながら掃除していた。

「朝起きた時はビックリしましたけど何とか片付くものですね」

 紅茶を少しづつ飲みながらクッキーに手を伸ばしてそういうのはプリムラだ、フフフと笑ってコーヒーをすするアリスが対面にいる。

「あの、本当にごめんなさい」

 何故か先ほどからずっと謝り続けているメルがアリスの左に座っている。何度も何度も頭を下げて必死に謝り続けている。

「なんでメルちゃんが謝る必要があるのかな? もしかして~、自分の彼氏がおいたしちゃったもんだから責任感じてるのかな?」
「かかかかか、彼氏だなんてそんな!」
「いいのよぉ~隠さなくても、お姉さんは分かってるから」

 そのメルの対面に足を組んで座ってるのがシトラだ。いち早くテーブルとソファーを元の位置に戻して足元に散らばる瓦礫等を撤去していた。早い話がお茶会がしたかっただけのような気がする。しかしこれで座る場所と物が置けるテーブルがあればとりあえず食事はできるだろう。現在は女子会の場になっているが、片づけてくれる人たちに男どもは決して文句は言わないだろう。

「でも意外だったなぁ、原因分かってるからあれだけどレイ君が暴走するとはねぇ~」

 もごもごと口の中にクッキーが入ったまましゃべりだしたのはアリスだった、普段からショタコンを覗けば完璧な女性というイメージがある彼女だが、今日ばかりは何年かぶりの女子会だからだろうか、かなり気が緩んでいる様子だ。男の目線が無いとはいえ物凄くくつろいで居る様に見える。それにプリムラがならう。

「確かにそうですね、私も話を聞いてびっくりしちゃいましたよ。過去の厄災の魂でしたっけ? それが何でレイ君の中に居たんでしょうね」

 テーブルに置かれたクッキーを二ついっぺんに取るとそのまま口の中へと入れた、もうすぐお昼だというのにそんなに食べて入るのだろうか? ソファーの上で胡坐をかきながら食べていた。

「不思議なこともあるのね本当」

 足を組み替えて同じようにクッキーに手を伸ばすシトラ、その中で唯一一人だけ背筋を伸ばしてきちんと座っているのはメルただ一人。気を張っているようにも見える。

「そういえばビュート君だっけ? ずっと姿が見えないけど」

 突然話題を切り替えた、言われてみれば朝からずっとビュートの姿を女性四人は見ていない。最初に気に掛けたのはシトラだった。

「確かに見てないわね、カルナックと一緒に何かやってるんじゃないかしら?」

 口の渇きをコーヒーで潤しながらアリスが言う、飲み干したコップをもって立ち上がると台所に置いてあるコーヒーの粉末を入れて新しくお湯を入れる。

「私全然あの子と喋ってないんだけど、あの子は強いのかしらアリスさん?」

 シトラがにやにやとしながらアリスへと尋ねる。入れなおしたコーヒーを片手にソファーに戻るとアリスはゆっくりと座った。

「レジスタンスの中でも実力者だったらしいわよ、法術は苦手だけどあの珍しい武器の扱いはかなりのものだってカルナックが褒めていたからそれなりに強いんじゃないかしら。護衛で一緒に付いて来てもらってるけど並の子供じゃないことは間違いないと思うかな」

 珍しくアリスからのお墨付きが出た、実を言う所アリスはビュートの護衛無しでも普通に近隣の街へと出かけることが出来る実力者ではあった。主に法術に長け熟練度はかなり高い。元々アリスはカルナックの元にやってきた理由が弟子入りだったのだが気が付けば家事全般をこなす主婦になっていた。原因はカルナックにある。あの汚い部屋を初めてみたアリスは修行どころではないと最初に悟ってしまった、自分が寝泊まりする部屋ですらもので埋もれていて足の踏み場もなかった。

 極めつけは食事だった、カルナックは食事を作ることが大変下手である。例えを上げよう、目玉焼き一つ作るのになぜかフライパンから炎が上がり、肉を焼かせれば必ず炭化する。初めてその料理をみたシトラは別の意味で殺されると感じ取っていただろう。それからは彼女がカルナックの身の回りの世話をしながら修行という名の買い物や掃除といった家事全般をこなすようになった。もちろん元々法術の扱いにはカルナックから一目置かれていたこともあり特別何かを施すことはなかったという。では彼女の実力としてはどのようなものか、レイの法術より破壊力は高く扱いは上手い。風のエレメントを使った法術が得意でカルナックの精神寒波をも易々と潜り抜ける。レイやアデルが旅立った後はその手の実力者がカルナックへと挑戦しに来るたびに彼女が最初に相手をしているぐらいである。もちろん全て返り討ちにしてるのは言うまでもない。

「アリスさんに言わせるなんて大したもんね彼も」
「まだまだ危なっかしいところはあるけどね、それよりそろそろ続きやっちゃいましょうか。もうじきお昼になるわ」

 台所の近くにある壁掛け時計は無事だった、もうじき正午になる。四人はそれぞれゆっくりと立ち上がると自分が使った食器を片づけて掃除の続きへと戻っていった。
 一方そのころ、外で各々特訓に精を出していた四人はカルナックの部屋に呼ばれていた。アデルはこの時疲弊しきっていた、それもそうだろう。先ほどまで二時間以上も剣聖結界を発動させては切れての繰り返しをもう何十回とつづけ、六幻取得に向けて周りの木々にひたすら打ち込んでいたからである。レイの肩を借りて息を切らしながらやっと立っている状態だった。

「さぁ、できましたよアデル」

 相変わらずの笑顔でカルナックが疲れ果てているアデルに告げた、その表情は本当にうれしそうだ。自分の弟子が一生懸命特訓して頑張っている姿を見ての事だ。しかしアデルが動けそうにもない事を流石に悟ってか彼らの元へと歩いてきた。珍しいこともあるもんだとレイが多少驚いた表情をしていた。

「元々黒曜石で出来ていたこの刀に先ほどの溶岩が固まった石を付け加え、炎帝の力を付与しました。渾身の出来ですよアデル」

 右手でその刀を渡そうとアデルの前に持ってくる。が、左手はレイの肩に回っていて右手にはカルナックの刀を杖代わりにしている。膝が笑っているため刀を取り上げたら多分転倒するだろうとカルナックは即座に察した。

「はぁ……仕方ないですね」

 あまりの消耗に呆れていた、確かに必死に特訓する姿は美しくカルナックの目に映っていたがこれでは話にならない。ため息をつきそうになるのを我慢してアデルに肩を貸した。

「ほらアデルこちらですよ」

 そのままアデルを担ぎ上げた、身長差があるとは言え軽々と持ち上げる。それなりの武具を装備しているにも関わらずだ。二本の剣とカルナックの刀、それにいくつかの防具を身に着けているがその重さを感じさせない背負い方だった。

「すまねぇおやっさん」
「せっかく君の為に用意したのに、まずは動けるように回復させます。ガズル君、すみませんが椅子に座らせますので回復の法術を」
「わりぃ剣聖、実は俺もすっからかんなんだ。特訓中のアデルを回復させるのに全部使いきっちまってる」
「本当に仕方ありませんねぇ」

 ゆっくりと椅子に座らせると急にアデルの頭を押さえ付けてテーブルにうつ伏せにさせる、突然の事にアデルが暴れようとするが体には力が入らない。

「いってぇな! まさかアレやるんじゃねぇだろうな!」

「騒がない喚かない暴れようとしない、動ける様にしてあげるのですからじっとしてなさい。外れると死にますよ?」

 テーブルの引き出しから一本の針を取り出した、そしてレイとギズーは一瞬にしてカルナックが何をやろうとしているのかを理解した。とたんに二人は顔が青ざめていきガズルの目を二人で覆い隠す。

「レイ? ギズーもなんだ? なんで二人で目隠しなんて――」
「見ちゃいけない」「見るな」

 訳が分からないまま視界を遮られたガズルだが、次の瞬間背筋が凍るような叫び声が聞こえた。アデルの声だ、聴いた事の無いような絶叫がガズルの耳に入ってくる。まるで泣き叫ぶ子供の様な声に近い。所々言葉にならないような叫び声が聞こえ、急に静かになる。

「おいアデル、大丈夫か?」

 二人の手を引き離してみると驚きの光景が目に飛び込んできた、机の上で三転倒立して硬直しているアデルの姿だ。隣にはカルナックが右手に針をもって立っていた。

「何してんだお前」
「……」
「返事をしろよ」

 一言もしゃべらずただ硬直しているアデルの元へと歩き体を触る、そこで妙な違和感を覚えた。全身が固くまるで鋼の様に固まっている。もう一度指先で突っついてみるが微動だにしない。

「剣聖、何をしたんだあんた」
「針でツボを刺激しました、後数秒で動き出しますよ」

 そういうと本当にアデルの体が動き出した、一度ビクンと痙攣してガズルのほうへと倒れこんできた。二人はその勢いで床に倒れこみ揃って頭を打つ。同時に頭を抱えて床を転げまわった。

「いってぇぇぇ!」「いってぇぇぇぇ!」

 カルナックが刺激したツボは首の付け根に当たる部分で急激な体力回復及び血行促進とエーテル循環を程よく回復させる効果がある、ただしその代償として死んだ方がマシと言われるぐらいの激痛を伴う。あまりの痛さにアデルは動けない体に鞭を入れてその場を逃げようとした、その結果三転倒立の姿になり激痛のあまり意識を数秒失っていた。これをレイとギズーの二人も同様に経験している。机から専用の針を取り出した時二人の脳裏にトラウマを呼び起こす。一瞬の痛みではあるがあの苦痛は耐えがたい。ガズルの視界を覆ったのには理由がある、一つ、あの痛みで当事者は顔を歪めるのだがそれが絶望的な表情をしているからだ。二つ、針を打つ瞬間のカルナックの顔を見せないため。今まで見た事の無い笑顔に変わるのだが、これがまた悪魔の微笑みに近い。唯一ガズルはカルナックの弟子ではないため自分の師匠の尊厳を守ろうとした咄嗟の行為だろう。

「さてさて、そろそろ宜しいですかなアデル」
「もう二度とごめんだ! 暫くあの痛みを忘れてたけどおかげで思い出すことが出来たぜ、一瞬走馬燈が見えたよ!」

 それほどまでの激痛だったのだろう、動くと死ぬというカルナックの発言は冗談ではなかったのだ。もちろん物理的にもそうだと思える、指す場所を間違えてしまえば神経を触ってしまい下手をすれば首から下がマヒする可能性もある。自分の愛弟子にそれをするカルナックもカルナックだが。

「これが新しい俺の黒刀か」

 鞘は変わらず漆黒の漆塗り、鍔や柄も特別変わりはない。だが確かに今までの黒刀と比べてその異常なまでの力を感じる。鞘から引き抜くとその正体が現れた、紅玉の様な光り輝くその刀身は今まで使っていた黒刀とは相容れぬ姿をしていた。静かに燃えるようなその刃にアデルの瞳はすっかり奪われてしまっていた。

「『黒曜刀:ヤミガラス』、切れ味は今存在する武器では右に出るものはないでしょう。私の八岐大蛇やまたのおろちを上回る切れ味です、インストールデバイスでもありますので大事に使ってくださいね」
「こりゃぁ大した業物だな、こんな刀見た事ねぇ」

 子供の様にはしゃいでいるアデルを後ろの三人は羨ましそうに見つめていた、まだレイ達三人はカルナックから何ももらっていない。しいて言うなら技のアドバイス等は貰っているが何か形に残る物が欲しかった。

「君達もそんな顔しないでください、ちゃんと用意してありますよ」

 そういうと机の上に幻聖石を並べ始めた。

「これはレイ君、真ん中のがガズル君ので、最後のがギズー君ですね」

 それぞれ受け取った、誕生日にプレゼントを受け取ったような少年の喜びようと言ったらそれはそれは微笑ましかった。

「それぞれ説明します、まずはレイ君」

 幻聖石を具現化させると出てきたのはネックレスだった、サファイアが埋め込まれた高価なネックレスをつける。

「そのネックレスには氷のエレメントを増加させてくれる効果が付与されています、今後はそれを使って高位の法術を使うことも可能です。ただしエーテル消費量はそのままなのであまり過信して濫用しないように。次にガズル君」

 同じように具現化するとそれはグローブへと姿を変えた。

「君の重力を操る力、本当ならもっと詳しく調べておきたいのですが時間もありません。そこで君には純粋に打撃に特化したグローブを差し上げます。拳を傷めないように特殊な素材で作ってありますので自身へのダメージを押さえながら打撃時には外部が硬化するので破壊力が上がるでしょう。最後にギズー君、君にはとっておきですよ」

 その言葉に心が躍った、ワクワクしながら幻聖石に力を込めると意外なものが出てきた。

「すげぇ、よくこんな骨董品手に入れたな」

 ギズーが手にしているもの、それは銃である。それも現代においては中々見る事の出来ない逸品である。

「ウィンチェスターライフルのレプリカ――にしては素材が古いな、まさか本物?」
「流石ガンマニアなだけありますね、お見事です。正真正銘本物ですよ、ギルドから譲り受けた逸品です。保存状態もよく現行の弾丸はこれをもとに作られたものもありますので同じのを使えます。破壊力は手持ちの中でも中々のほうじゃないですか?」
「本物なのかよ、シフトパーソルの原型を作った古代の骨董品を何であんたが持ってるんだよ」

 骨董品だった、それも綺麗な状態で保管されている貴重な品。ガンマニアの中では喉から手が出る程ほしいだろうそのオリジナル、ギルドから譲り受けたとあるが……この男横の繋がりが思った以上に深すぎる。

「では、私からは以上です。後はビュートが戻ってきてからのお楽しみということで」
「ビュート君? そういえば今朝から姿が見えませんでしたけどどうしたのですか?」

 女性陣も疑問に抱いていたことをレイが口に出した、そういえばと他の三人も続けるがカルナックは首を横に振る。

「彼の提案なのです、本日中には戻りますのでそれまで待ってあげてください。出発は明朝です。それまで各自英気を養う様に」

 此処でふと疑問が彼らの頭を過った、明朝に出発? 今日中にビュートが戻ってくるのであればその後すぐにでも出発してもいいのではないか。そんなことを彼らが考えている間にカルナックが荷物をまとめ始めた。

「先生も一緒に行かれるのですか?」
「えぇ、私もご一緒しますよ。万が一のことを考えてご一緒した方が何かと都合が良いと思いますので」

 正直驚いた、現役を引退して以降表立った行動に出る事の無かったカルナックがまさか一緒に来てくれるという。これ程までに心強いことはない、現存する剣士のトップに立つ彼が一緒に来てくれれば戦力差は歴然である。

「今度こそ瑠璃を破壊して未来永劫この世から消し去ります、それに今の君達ではレイヴンを相手にするのは危険です。私ならばある程度有利に戦えますので安心してください」

 そう言って荷造りを続けた、ビュートが帰ってきたのはそれから五時間後の事。それまで彼らはそれぞれ用意された部屋でゆっくりと体を休めた。

「騒がない喚かない暴れようとしない、動ける様にしてあげるのですからじっとしてなさい。外れると死にますよ?」

 テーブルの引き出しから一本の針を取り出した、そしてレイとギズーは一瞬にしてカルナックが何をやろうとしているのかを理解した。とたんに二人は顔が青ざめていきガズルの目を二人で覆い隠す。

「レイ? ギズーもなんだ? なんで二人で目隠しなんて――」
「見ちゃいけない」「見るな」

 訳が分からないまま視界を遮られたガズルだが、次の瞬間背筋が凍るような叫び声が聞こえた。アデルの声だ、聴いた事の無いような絶叫がガズルの耳に入ってくる。まるで泣き叫ぶ子供の様な声に近い。所々言葉にならないような叫び声が聞こえ、急に静かになる。

「おいアデル、大丈夫か?」

 二人の手を引き離してみると驚きの光景が目に飛び込んできた、机の上で三転倒立して硬直しているアデルの姿だ。隣にはカルナックが右手に針をもって立っていた。

「何してんだお前」
「……」
「返事をしろよ」

 一言もしゃべらずただ硬直しているアデルの元へと歩き体を触る、そこで妙な違和感を覚えた。全身が固くまるで鋼の様に固まっている。もう一度指先で突っついてみるが微動だにしない。

「剣聖、何をしたんだあんた」
「針でツボを刺激しました、後数秒で動き出しますよ」

 そういうと本当にアデルの体が動き出した、一度ビクンと痙攣してガズルのほうへと倒れこんできた。二人はその勢いで床に倒れこみ揃って頭を打つ。同時に頭を抱えて床を転げまわった。

「いってぇぇぇ!」「いってぇぇぇぇ!」

 カルナックが刺激したツボは首の付け根に当たる部分で急激な体力回復及び血行促進とエーテル循環を程よく回復させる効果がある、ただしその代償として死んだ方がマシと言われるぐらいの激痛を伴う。あまりの痛さにアデルは動けない体に鞭を入れてその場を逃げようとした、その結果三転倒立の姿になり激痛のあまり意識を数秒失っていた。これをレイとギズーの二人も同様に経験している。机から専用の針を取り出した時二人の脳裏にトラウマを呼び起こす。一瞬の痛みではあるがあの苦痛は耐えがたい。ガズルの視界を覆ったのには理由がある、一つ、あの痛みで当事者は顔を歪めるのだがそれが絶望的な表情をしているからだ。二つ、針を打つ瞬間のカルナックの顔を見せないため。今まで見た事の無い笑顔に変わるのだが、これがまた悪魔の微笑みに近い。唯一ガズルはカルナックの弟子ではないため自分の師匠の尊厳を守ろうとした咄嗟の行為だろう。

「さてさて、そろそろ宜しいですかなアデル」
「もう二度とごめんだ! 暫くあの痛みを忘れてたけどおかげで思い出すことが出来たぜ、一瞬走馬燈が見えたよ!」

 それほどまでの激痛だったのだろう、動くと死ぬというカルナックの発言は冗談ではなかったのだ。もちろん物理的にもそうだと思える、指す場所を間違えてしまえば神経を触ってしまい下手をすれば首から下がマヒする可能性もある。自分の愛弟子にそれをするカルナックもカルナックだが。

「これが新しい俺の黒刀か」

 鞘は変わらず漆黒の漆塗り、鍔や柄も特別変わりはない。だが確かに今までの黒刀と比べてその異常なまでの力を感じる。鞘から引き抜くとその正体が現れた、紅玉の様な光り輝くその刀身は今まで使っていた黒刀とは相容れぬ姿をしていた。静かに燃えるようなその刃にアデルの瞳はすっかり奪われてしまっていた。

「『黒曜刀:ヤミガラス』、切れ味は今存在する武器では右に出るものはないでしょう。私の八岐大蛇やまたのおろちを上回る切れ味です、インストールデバイスでもありますので大事に使ってくださいね」
「こりゃぁ大した業物だな、こんな刀見た事ねぇ」

 子供の様にはしゃいでいるアデルを後ろの三人は羨ましそうに見つめていた、まだレイ達三人はカルナックから何ももらっていない。しいて言うなら技のアドバイス等は貰っているが何か形に残る物が欲しかった。

「君達もそんな顔しないでください、ちゃんと用意してありますよ」

 そういうと机の上に幻聖石を並べ始めた。

「これはレイ君、真ん中のがガズル君ので、最後のがギズー君ですね」

 それぞれ受け取った、誕生日にプレゼントを受け取ったような少年の喜びようと言ったらそれはそれは微笑ましかった。

「それぞれ説明します、まずはレイ君」

 幻聖石を具現化させると出てきたのはネックレスだった、サファイアが埋め込まれた高価なネックレスをつける。

「そのネックレスには氷のエレメントを増加させてくれる効果が付与されています、今後はそれを使って高位の法術を使うことも可能です。ただしエーテル消費量はそのままなのであまり過信して濫用しないように。次にガズル君」

 同じように具現化するとそれはグローブへと姿を変えた。

「君の重力を操る力、本当ならもっと詳しく調べておきたいのですが時間もありません。そこで君には純粋に打撃に特化したグローブを差し上げます。拳を傷めないように特殊な素材で作ってありますので自身へのダメージを押さえながら打撃時には外部が硬化するので破壊力が上がるでしょう。最後にギズー君、君にはとっておきですよ」

 その言葉に心が躍った、ワクワクしながら幻聖石に力を込めると意外なものが出てきた。

「すげぇ、よくこんな骨董品手に入れたな」

 ギズーが手にしているもの、それは銃である。それも現代においては中々見る事の出来ない逸品である。

「ウィンチェスターライフルのレプリカ――にしては素材が古いな、まさか本物?」
「流石ガンマニアなだけありますね、お見事です。正真正銘本物ですよ、ギルドから譲り受けた逸品です。保存状態もよく現行の弾丸はこれをもとに作られたものもありますので同じのを使えます。破壊力は手持ちの中でも中々のほうじゃないですか?」
「本物なのかよ、シフトパーソルの原型を作った古代の骨董品を何であんたが持ってるんだよ」

 骨董品だった、それも綺麗な状態で保管されている貴重な品。ガンマニアの中では喉から手が出る程ほしいだろうそのオリジナル、ギルドから譲り受けたとあるが……この男横の繋がりが思った以上に深すぎる。

「では、私からは以上です。後はビュートが戻ってきてからのお楽しみということで」
「ビュート君? そういえば今朝から姿が見えませんでしたけどどうしたのですか?」

 女性陣も疑問に抱いていたことをレイが口に出した、そういえばと他の三人も続けるがカルナックは首を横に振る。

「彼の提案なのです、本日中には戻りますのでそれまで待ってあげてください。出発は明朝です。それまで各自英気を養う様に」

 此処でふと疑問が彼らの頭を過った、明朝に出発? 今日中にビュートが戻ってくるのであればその後すぐにでも出発してもいいのではないか。そんなことを彼らが考えている間にカルナックが荷物をまとめ始めた。

「先生も一緒に行かれるのですか?」
「えぇ、私もご一緒しますよ。万が一のことを考えてご一緒した方が何かと都合が良いと思いますので」

 正直驚いた、現役を引退して以降表立った行動に出る事の無かったカルナックがまさか一緒に来てくれるという。これ程までに心強いことはない、現存する剣士のトップに立つ彼が一緒に来てくれれば戦力差は歴然である。

「今度こそ瑠璃を破壊して未来永劫この世から消し去ります、それに今の君達ではレイヴンを相手にするのは危険です。私ならばある程度有利に戦えますので安心してください」

 そう言って荷造りを続けた、ビュートが帰ってきたのはそれから五時間後の事。それまで彼らはそれぞれ用意された部屋でゆっくりと体を休めた。

 瞬間部屋の中に展開されている全ての魔法陣が一斉に砕け散った、精神寒波を押し返し多重結界すら砕く恐ろしいほど強い法術。シトラは未だ経験した事の無い事象をその目で見た。あたりの時間が戻ってゆく、レイの体が僅かに横にそれた時それは姿を現した。法術を使ったのはメルだ、その体は僅かに宙に浮いている。

「っ!」

 カルナックが無音でシトラのすぐ横へと近づいて来ていた、シトラの目にはまさに抜刀する瞬間が映し出されている。だがカルナックの抜刀よりシトラが先に右足でカルナックの刀を押さえた。ほぼ同時に行われたように見えるあまりの速度にレイ達は目で追うことが出来ていない。

「仕方ないわねぇ、また会いましょう先生」
「行かせません!」

 再び辺りが凍り付く、今度は時間が止まったかのような錯覚さえ覚えるような感覚だった。いや、正しくは時間の経過が恐ろしく遅くなったというべきだろうか。体が動くようになった時カルナックの目の前にいたシトラは忽然と姿を消していた。

「逃げられましたか」

 抜刀の途中だった刀を鞘へと納めるとメルへと視線を移した。ゆっくりと床に着地しするメルだが体中のオーラが消えたとたんに糸が切れた操り人形の様にバランスを崩した。それをすぐさまレイが受け止めて抱きかかえる。

「一体全体何がどうなってるんですか先生」
「話は後です、先にメル君を休ませてあげましょう。あれだけ膨大なエーテルを消費した後です、意識を保っているのが不思議なくらいです」

 確かにメルの意識は朦朧としていた。だが一体彼女のどこにそんなエーテルが貯蓄されていたのだろうか、彼らの目に映っているメルはその辺にいる普通の女の子である。格別旅人と言う訳でもなく、仮に旅人というには貧弱すぎる。しかし実際に起きた事を考えるとその考えを改めなくてはならない。法術が苦手というアデルですら剣聖結界発動でまともに操作できる精神寒波の抑制を普通の一般人が――それも氷雪剣聖結界を身にまとっているシトラの精神寒波を跳ね退け体を束縛する法術をカルナックより先に解除した技量、その二つを取っても尋常ではないことが分かる。

 ソファーに寝かせられたメルを心配そうに見つめるレイとプリムラ。その後ろでカルナックは一度深呼吸をして事の次第を整理し始めた。

「参りましたね、シトラ君がまさか帝国側にいるとは思いもよりませんでした。てっきりフィリップ君の元で仕事をしているとばかり思っていたのですが」
「そんな事よりこれからどうするんだよおやっさん、レイヴンだけじゃなくシトラまで相手じゃ流石に分が悪くねぇかこれ」

 アデルの言うとおりだ、剣聖結界使いが二人になってしまった事により戦力は均衡もしくは彼方側が多少有利になっている。流石のカルナックと言えどレイヴンとシトラの二人が相手では分が悪い、そこにレイ達四人の力を合わせたとしてもどれほど持ちこたえられるか正直不明だ。

「私も……一緒に行きます」

 突然聞こえた声にカルナックが反応する、額に濡れたタオルを当てているメルがか細い声を上げていた。
「駄目だよメル危険すぎる、君はアリス姉さん達と一緒にここで待つんだ」
「そうですよメル君。レイ君の言う通り相手は剣聖結界使いです、危険すぎます」

 レイとカルナックが続けて説得するがメルは首を横に振って上体を起こした。

「嫌です、レイ君に牙を向けた人を私は許すことが出来ません。それに私ならシトラさんの結界を抑え込むことが出来ます、連れて行ってください!」

 しかしまだフラフラとしているその体を見て誰がうんと言えるだろうか。否、気持ちは有り難いが先ほどの事を考えるともって数秒、抑え込むことが出来たとしても直ぐにエーテルが底を付いてしまえば話にならない。

「それでも駄目だよ、シトラさんの目を見ただろう? わずかな間だけど一緒に旅をしてきた時のシトラさんとはもう別人なんだ、僕達を全員皆殺しにしようとした目だ」

 もう一度レイが優しい顔で諭す要因話した、その顔を見てメルはレイの気持ちが絶対に曲がらないと知る。あきらめたのかもう一度ソファーに横になるとカーディガンのポケットから一つの指輪を取り出してレイに渡す。

「じゃぁせめてこれを持って行って、法術を緩和することが出来る指輪……シトラさん相手ならきっと役に立つから」

 無理をしていただろう、指輪を渡すと意識を失ってしまった。完全にエーテル切れである。指輪を右手人差し指にはめると立ち上がってアリスにお願いをする。

「メルをよろしくお願いします」
「分かった、けどちゃんとみんなで帰ってくるのよ?」
「はい、必ず」

 その日、彼らは翌日を待つことなく荷物をまとめて旅立つことにした。一刻も早く帝国より先に瑠璃を確保するために彼等五人は旅立つ。
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