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作者: 青葉かなん
残酷な描写あり
第十八話 君の未来、ボクの願い
 アデルがレイの深層意識の中にダイブしてから一時間、カルナック達は外で暖を取っていた。深々と降り続けていた雪は次第にその勢いを弱めていた。ふと家のほうに目をやると今回の損害が良く分かる。玄関は破壊されそのまま今が見えている。その先は無事だが垣根も何も粉々に破壊されていた。いや、これだけの被害でよく済んだものだと逆に感心する。
 一度エーテルバーストを引き起こした者は以前の力とはかけ離れた力を保有する。人としてその姿を保っていた事、完全に暴走する寸前で事を食い止めた事、何をとっても偶然の産物に過ぎない。かの英雄、剣聖の力をもってしても抑える事の出来なかったレイの暴走。今まで彼が見てきた暴走の中でも遥かに破壊力を誇っていた。仮にアデルの目覚めが少しでも遅かったらと考えると、ゾッとする。

 予想外の事態が次々と起こる中、カルナックは考える。このまま彼らを行かせていいものだろうか、現状剣聖結界を使用できるのはアデルただ一人、レイはおそらく今回で習得することはできないだろう。その事をこの一時間ずっと考えていた。今後予想される戦いについて、もっと多くの事を教えておくべきことがあった。それを若さ故に教えることを躊躇ってきた自分に多少なりの後悔を抱いていた。

 カルナックが教えてきたことは主に三つ、法術の使い方、剣術、そして生き残る術の三つ。この中で今回の剣聖結界を除き、剣術に関しては全てを教えてはいなかった。思い出してほしい、以前アデルがギズー奪還の際に使用した刀を。本来アデルは曲刀のグルブエレスと細身のツインシグナルを操る二刀流の剣士、その彼があの時自分がカルナックの者だと気が付かせるために使った刀。カルナック流抜刀術である。その神髄は神速の一太刀、抜刀時の速度を利用した目にも止まらない一閃がカルナック流の抜刀術である。その中でまだアデルに教えていない技はいくつか残っている。この技は彼の弟子の中にも使い手がいる、それがレイヴンである。対峙した時は使用することはなかったが免許皆伝の実力を誇る。

 カルナック流抜刀術の中でも奥義として伝授されるのが先の戦闘で彼が見せた六幻。そこに至るまでに五つの工程があった。初太刀から始まる連続の高速抜刀攻撃、そのすべての工程を含めた奥義こそ六幻である。アデルが教わっているのは初太刀、二の太刀、三の太刀、四の太刀、五の太刀。それ以上先は通常時のカルナックでも難しいと言われる残像を残した六方からの同時多段攻撃。剣聖結界時であれば使用することも難しくないソレだが、体に掛かる負担は大きい。自信を強化する剣聖結界時にだからこそできる技ともいえる。それを通常時に行えるカルナックはやはり剣術の腕でも人のそれとはかけ離れていた。

「全く呑気なもんだな」

 何処からともなく声が聞こえてきた、カルナック達の耳には届いていないその声は家の二階から聞こえてきた。この家で唯一何事も被害が及んでいない二階、それには理由があった。
 その理由はこの声の主でもある、カルナックが飼いならしている一羽のフクロウの声である。このフクロウはカルナックがその昔まだ旅人として世界を旅して回っていた時代にまで遡る。その希少性から普段生活では見かけることのないこの喋るフクロウ、途轍もないエーテルの持ち主でもあった。このフクロウは客人等が訪れた際に家に防壁を張る役割をいなっている。現在二階で寝ているのはメル、プリムラ、ビュートの三名。喋るフクロウによる特殊な結界によって守られている、その性能はカルナックが展開する障壁にも匹敵する恐るべき性能だった。彼が旅の途中でけがをしているフクロウを助けた処からこの奇妙な関係は続いている。元をただせば魔族がかつて飼っていた種族だというがそれは文献上だけの話、実際のところはどうかわからないでいる。だが、そのエーテル量から考えてみれば不思議と納得するものでもあった。その証拠に西大陸発祥の動物群は持ち合わせているエーテル量が中央大陸や東大陸に生息している動物に比べて遥かに多い。

 もともと魔族が生み出した魔物という仮説も文献では残っているがそれは今となっては分からない。現在の世界で魔族の生き残りは希少でありめったに姿を人前に出さないからだ。それは千年前の炎の厄災にまで遡る話でもある。かつて炎の厄災によって広大な被害を受けた西大陸であるが、その時ほぼ魔族は絶滅したと思われていた、しかし近年になり魔族と思われる者が現在の西大陸を統治する国家にて保護されたという話があった。人数としては十数名、ギルドから伝わってきた話で信憑性は高い。現在の世界において彼等以上に希少な存在は居ない。
 魔族たちは格別人間に怯える様子はなかったという。むしろ恐れているのは自分たちが過去に作ってしまった魔人の存在であった。魔族に元々感情意識は少なく、人間と配合して生まれた魔人は人間の感情を受け継いで生まれてくる。その結果引き起ったのが最悪の厄災だった。
 話を戻そう、カルナックはこの結果を見て一つの決断をする。それを告げるのはもう少し先になるだろう。アデルが無事にレイを救出し、炎の厄災を消し去り無事に帰ってきた時。FOS軍は知ることになる。



 あれから数分、レイの深層意識の中で彼らは最後の作業へと取り掛かる準備を始めた。厄災をレイの中から消し去ることだ。だがアデルは悩んでいた。

「イゴール、最後に何か言い残すことはないか?」

 すぐれない面持ちで厄災にアデルが尋ねる、その声にゆっくりと振り向き裂けた口が動く。

「私は、またあの暗くて何もない空間に戻るのか」

 先程までの威勢が完全に消えていた、自分が犯した事への後悔に押し潰されそうになりながらそう答える。アデルはゆっくりと首を横に振って。

「分からねぇ、お前がどこに戻るのかなんて俺には予想も出来ねぇ。わりぃな」
「そうか。いや、謝ることなどないさアデル君。これより続く虚無は私が犯した罪への贖罪なのだろう。私達魔人に手を差し伸べてくれた人々を恨み、焼き払い、生き残っていた同胞まで手を掛けてしまった私自身の罪だ」

 落ち込んでいるだろう、だが決して悟られまいと少しでも明るく振舞おうとしている。それが痛々しく見える、本当なら泣き出したいところなのだろうとアデルが察する。

「言い残すことがあるとすれば、一つだけ願いを聞いてもらえないだろうか?」

 草原に穏やかな風が一つ吹いた、厄災の後ろの方から吹く風にアデル達は向かい風として受け止める。少しの沈黙がその場を流れ、ゆっくりと厄災は口を動かした。

「少年の目からずっと見てきたからわかる、まだこの時代にも私達魔人をあんな目に合わせた帝国がいるのだろう? ならばその帝国に一矢報いたい。私のような存在を二度と産み出さない為にも……必ずあいつらを倒してほしい」

 涙が流れたように見えた、アデルはこれ程までに悔やんでいる厄災の姿を見て痛感する。本当であれば自分のその手で復讐を成し遂げたいだろうと、自分の手で帝国の壊滅を望んでいるのだろうと。だがそれはもう叶う事のない願いである。それを自分たちに託すということがどれほど悔しいか、それを汲んでやることが事が出来ない自分に腹が立つ。何より、炎の厄災について本当の事を知ってしまったアデルにとって。自分がもしも同じ立場であったらと考えると、悔しくてたまらないだろう。なんと無念なことだろうと。

「イゴール、お前」
「私に成り代わり、君達に託したい。我が同胞の無念を君達に」

 アデルは今一度握り拳を強く握った、目の前の悲惨な運命を辿った魔人との約束。それを引き受ける覚悟と、これより先に起こる自分達の戒めと一緒に。

「レイ君、君には迷惑をかけてしまったな。我等が最後の同胞、ほんの僅かな間だったが私はもう一度同胞と出会えたことに感謝している。こんな事になってしまって申し訳ない、許してほしいとは思ってないが」

 アデルの後ろで事の成り行きを見守っていたレイに突如として声がかかる、厄災は変わることのない表情ではあったがどこか悲しそうな表情にも見えていた。

「君にも聞き入れてほしい、私が引き起こした厄災ではあるが――我等を苦しめてきた帝国に報いを、我等が同胞に救いを、どうか頼みます」

 それに対してレイは何も言わなかった、頷きもせず目を離すこともせず、口を開くこともせずただひたすら厄災を見つめていた。そしてアデルが腰から剣を引き抜き逆光剣を打つ体制へと移行する。

「イゴール、お前ともう一度出会うことはないだろう。だけど、お前から託された願い。確かに受け取ったよ」

 その言葉を聞いて厄災は安堵した。あぁ、これで私は報われるのだろうという気持ちが厄災の中を駆け巡る、とても清々しい気持ちに満ちていた。だがアデルはまだ悩んでいる、確かに危険な存在であることは間違いないイゴールを本当に消し去っていいのだろうか。あの無念を自分たちが引き受けるとしてもそれで本当に良いのだろうかと、自問自答を続ける。だがここで迷っていては覚悟を決めたイゴールに申し訳が立たない。今一度こぶしを握りなおすと二本の剣を右に構える。

「あばよ、イゴール――」

 そう言って剣を交差しようとした、しかしアデルの持つ剣が交差してぶつかることはなかった。アデル自身苦渋の決断を下して再びイゴールを虚無の空間へと送り出そうとしていたまさにその時だった。右手に違和感を感じたアデルは自身の腕を見る。

「待ってくれアデル」

 レイだった、レイがアデルの腕を掴んでいた。

「イゴール、あんた本当にそれでいいのか?」

 今までずっと見つめているだけだったレイが突如としてイゴールに話しかける。それに対してイゴールは何も発言することはなくじっとレイを見つめている。

「本当は悔しいんだろう? 帝国に一矢報いたいって言ったじゃないか、今まで受けてきた事を返したいんだろう? なのにあんたは本当にそれでいいのか?」
「……」
「それにあんた言ったよな、力をくれてやるって。だったらこのまま僕と一緒に来ないか?」

 その場にいた全員が虚を突かれた、突然言い出した言葉に思わずアデルは耳を疑ってしまった。確かに無害にはなったと思われるイゴールではあるが過去の厄災の一人をこのまま体内に残すというのだ。

「レイ、お前正気か!?」
「もちろん、それにイゴールの力はアデルもよく知ってるだろう? 僕はまだ実際にそれを見てないから分からないけど、話を聞く限りじゃ先生でも太刀打ちできない程の力だったっていうし。今後僕達の力になってくれると思ってる」

 確かに戦闘能力だけで見ればそれは凄まじいものはある、しかし、本当に安全だろうか? それだけがアデルの脳裏をよぎる。

「僕からもお願いするよおじちゃん」

 炎帝に手をつないでもらっている小さなレイがそう言った、視線を落として小さなレイを見る。その表情には迷いの色は見えなかった。

「僕がこの黒いおじちゃんの事見張っとく! だから大丈夫!」
「大丈夫たってお前」

 小さなレイがアデルの元へと歩いてきた、そしてレイの手を握る。二人は顔を見合わせて頷きアデルを諭す様に続ける。

「元はと言えばこの子の提案なんだ、直接頭の中に声が流れ込んでくるような感じで話しかけてきてさ。きっとこうするのが一番良いって。僕自身迷ったけどどうしてもっていうんだ、きっとこの子なら何とかしてくれると僕は信じる」
「と言ってもなぁ……どうするよ爺さん」

 困り果てたアデルが炎帝へと尋ねる、暫く成り行きを見守ってきた炎帝が突如として笑い出す。大声で笑い両手を叩く。

「好きにさせればえぇ、こやつももう何もできんだろう。それに」

 チラッとイゴールに目配りをする、当の本人は何が何だか分からないでいた。目の前でしゃべるこいつらは一体何を言っているのだろうと終始あたふたしている様子だった。

「仇討ちって言うのは本人がやるべきことじゃ無かろうかのぉイゴール?」

 一筋の光が見えた、イゴールの失った目にそれは確かに映っていたと思う。流すことのできない涙を流し、目の前にいる者達に感謝し、その場に崩れた。同胞たちの無念を討てる、それもこの手で。二度と仲間達の仇討ちなんて出来ないだろうと思っていたところに見えた一筋の光。まさに希望の光だった。

「私は――」

 アデルも他の三人の意見にため息をついて観念する、そして後ろを振り向き崩れ落ちて震えているイゴールを見る。後悔などはもうしない、それはレイ達が決めた事だと言い聞かせ。

「私は、一矢報いたい! 我らが同胞の敵を倒したい! それが例え大隊でも――いや、一人でも!」

 その声は遠く、ずっと遠くまできっと届いていただろう。無念のまま死んだ仲間達へ届くような気がする。草原は広く広く遠くまで広がっている。見渡す限り地平線のその景色の中で彼らはイゴールの決意を受け取る。封印されて千年、どれだけの苦痛がイゴールを襲ったのか、それは彼等には分からなかった。それでも今は少し分かるような気がする。特にレイはその感情に涙する、彼もまた同じであった。その涙の理由はまだ彼には分からないだろう。小さなレイが抑え込んでいる記憶がいずれ本人の帰ってきたときにそれが分かる。その時までは――今はまだ。
 因果とは時に残酷なものである、時代さえ違えどレイとイゴールは似たような境遇だったのかもしれない。お互い帝国に大事な者を奪われ、その者たちを自らの手に掛けている。数奇な運命とはよく言ったものだ。だからこそ彼らは魅かれあい、こうして一緒になったのかも知れない。

 帝国――それは遡ること二千年以上前から続く武力国家である。いつの時代も世界を思いのままに操ってきた巨大な組織。しかし設立当初は今のような姿ではなかったと伝わる。それを知る者はこの世になく、古い書物の中で書かれてきた嘘か本当か。今となっては調べることも真意を知ることもできない。だが少なくとも千年も昔から続く独裁世界にこの世界は疲弊しきっていた。各地で反乱が起こり戦争が始まる。そんな現代に彼らは終止符を打とうとしている。まだ小さな少年少女達だが心に抱くのは大きな思い。たったの数人でどこまで帝国に抗うことが出来るのかそれはまだ分からない。分からないからこそ強くなる必要があると彼らは常々考えていた。反帝国が根強い東大陸の英雄の名前を借りた反乱軍、FOS軍はこれからもまだまだ強くなるだろう。誰に求める事の出来ない暴走列車を止めるべく彼らはその先を目指し始めていた。




「さて、イゴールにはこのまま僕の中に残ってもらうとしてだ」

 先程の話し合いからしばらくした後レイが話し始める、イゴールを体の中に残すと決めた後の事を話すようだ。それぞれがゆったりとした状態で話を聞く。

「イゴール、僕はあんたの力をどうすれば使える?」
「通常下であればその子によって制御されていますが、レイ君の呼びかけで私が表に出ることもできる」
「表に出る?」
「先程暴走した時に、体の主導権を私の自我で制御することが可能です、それ以外だと私のエーテルをレイ君に分け与える程度にはなるがどうだろうか?」

 イゴールは両手を組んで話し始める、暴走時に起こった出来事をアデルは思い出しながら「なるほど」とうなずく。あの爆発的な機動力と攻撃力は確かに見方であれば頼もしい。

「ですがキーマンはレイ君以外にも用意しておきましょう、もしもレイ君が気絶していたりまともな判断を下せない状況下の時、その身に危険が及んでいても私は彼を助けることが出来ないかもしれない。その時の為に他の誰かが私を呼び起こす何かが欲しい」
「気絶してる時って、自分の意志で表に出ることはできないのか?」

 アデルがそれを聞いていて首を傾げた、だがイゴールは首を横に振って答える。

「それは難しい、エーテル等を補うことは出来ても今の私には直接表に出るだけの力が残っていないのですよ。先ほどの暴走時に私の八割以上を剝がされてしまいましたから」
「あぁ~……それじゃぁ俺でいいかな? 多分こいつとは離れずにずっといるだろうしな。それに、これは俺達だけの秘密にしておいた方がいい」

 レイがその言葉に疑問を抱く、不思議なことを言うアデルに対して難しい表情をしていた。

「秘密?」
「あぁ、この先何があるか分からない。イゴールの力は戦っている俺が良く分かってるがとても強大だ、それを悪用されたりしたら困る。言わばイゴールの力は今の俺達にとって切り札に近いんだ、まだ小さなFOS軍だけどこれから力をつけて大きくなっていけばいずれは帝国が黙っていない。スパイなんて送り込まれた日にはたまったもんじゃないだろ? だからこれは俺達だけの秘密にしておくんだ、保険は掛けておいて損はないと思う」
「アデル君の言うとおりです、この情報はなるべく知らせない方がいいでしょう」

 アデルの提案はイゴールの賛成によって成立した、いざという時の事を考えての発言ではあったがレイは驚いていた。そこまで考えていてくれたアデルに内心びっくりしている。普段おおざっぱでぶっきらぼうな彼からそんな言葉が出てくるとは思っても居なかったからだ。

「で、どうすればお前を表に立たせられる?」

 話がまとまった処でアデルが次へと進む、腰に刺していた剣を引き抜いて地面に突き立てる。その剣の柄の部分に腰を掛けた。

「まずは私とアデル君のエーテルを同期させます、次に僅かですが私の一部をアデル君の体に移しておくのです。後は私のエーテルにアデル君のエーテルを反応させてもらえればそれを起爆剤に表に出てこれると思います」
「俺のエーテルとイゴールのエーテルを反応させる……俺にそんな芸当が出来るかな」

 アデルは苦笑いした、現在の彼にそこまでのエーテルコントロールがあるとは自分自身でも思えなかったからである。それを見た炎帝が笑い出した。

「確かにそうじゃのぉ、今の貴様じゃそんな芸当できぬのぉ」
「うるせぇよジジイ!」
「何じゃとこのクソガキ!」

 二人は突如として言い合いを始めてしまった、同じような性格だなとレイとイゴールが二人そろって呆れている。

「ではこうしましょう、キーワードとなる言葉を作るのです。それを言っていただければ私のエーテルが自動的に彼のエーテルに反応するようにしましょう」

 手を挙げて提案をした、二人の仲裁をするべくレイが間に割って入って止めている。引き離されたアデルはご機嫌斜めでイゴールの提案を飲む。

「じゃぁ絶対に言わない言葉の方が良いな」
「そうですね、日常では絶対に使わないような言葉が良いでしょう。そこで私から提案なのですが」

 キーワードと発言してから自身の中で考えていた言葉を口にする、今までレイの目から外の世界を見てきた彼だからこそ思いついただろうその一言、ぴったりとも思える合言葉だった。

「*******」
「悪くないな」

 その響きが良かった、レイもその合言葉に頷く。こうして三人は秘密の合言葉を作った。まるで契約するかのような気分が三人にはあった。強大な力を得たという感じではなく、あくまでも契約をしたと。そんな様子が伺えた。

「ではアデル君、私の前に来てください。今から君のエーテルと同期します」
「おう」

 地面に突き刺していた剣を引き抜いて再び鞘にしまう、深く帽子を被りなおしてイゴールの正面に立つ。こうしてじっくりとイゴールの姿を見るが改めてすごい体になっているとアデルは感じていた。全身真っ黒に焦げていたと思っていたその体、実は黒色病で塩化し掛けていたと分かったからだ。改めてこの病気の恐ろしさを知った。

「では準備は良いですか?」
「あぁ、始めてくれ」
「分かりました」

 イゴールが右手を伸ばしてアデルの帽子の上に手を置いた、するとゆっくりではあるがアデルの体内に知らないエーテルが流れ込んでくるのが分かる、先ほどまで禍々しいまでのオーラを帯びていたエーテルだったが今はとても穏やかで静かなものだとわかる。それと同時にイゴールのエーテルに驚愕する。多少のエーテルを流し込むと言っていたが今まで自分では感じることのないほど大きな力だった。それにアデルは唾を飲む。

「――っ!」

 突然イゴールが手を放した、同期させる為にアデルのエーテルを少しだけ吸った直後だった。驚きと戸惑いがイゴールを襲う、何が起きたのか他の四人には分からなかった。

「まさか、君も――」

 そこまで言いかけてその先を躊躇った、自身の思い違いなのかもしれない。だがそれははっきりと確信に近いものがあった。イゴールは感じ取っていた、アデルのエーテルの本質を。ここで炎帝がそれに気づきイゴールが言おうとしていた言葉を口に出す。

「お主も感じたか、アデルのエーテルに」
「ヴォルカニック殿、しかしこれは」
「魔人である貴様が感じた事じゃ、間違いじゃないようだのぉ」

 二人はアデルを間に挟んでそう話した、当の本人は前と後ろを交互に見ながら舌打ちをする。その表情からは見て取れるほどのいら立ちが分かる、先ほど炎帝と痴話喧嘩をした時とはまるで違った。

「俺のエーテルがなんだ、二人だけで何納得してんだか知らねぇけど言いやがれ!」
「吠えるな小僧、貴様の素性が分かったと言っておるのじゃ」
「俺の素性だ?」

 横目で炎帝を睨んだ、炎帝は微動だにせずこちらをにらんでいるアデルをじっと見つめていた。一度空を仰ぎ大きく深呼吸をする。

「お主には前にも一度言っておるな、お主のエーテルは人間のそれを遥かに凌駕すると。あの時儂には確信がなかったが今ならわかる、イゴールがお主のエーテルに違和感を感じたことがその答えじゃ」

 ゆっくりとアデルの元へと歩き出した、それをじっと睨み続けるアデルに対し炎帝は臆することなく近づいてくる。レイは何が何だかさっぱり分からないでいたが炎帝の一言で気が付いた。

「待ってくださいご老人、まさか」
「そうじゃ、こやつはおぬしと同じ――」

 両手を後ろに回して腰を押さえながら歩き、アデルの前で止まって顔を見上げた。しっかりとアデルの目を見つめて。

「魔人じゃよ」

 その場全員に聞こえるようはっきりとそう告げた。その言葉を黙って聞いていたアデルは眉一つ動かさなかった。そして突然として笑い始める。

「ハハハハハ! なんだ、そんな事かよ爺さん」
「なんじゃと?」

 突然笑い始めたアデルに炎帝は拍子抜けする、深刻に受け止めるだろうと思っていたことが大きく外れた。別に脅かすつもりはなかった、しかし真実を告げた時アデルが一体どんな反応をするのかは分からなかった。それがこんな結果になるとは誰が予想していただろうか?

「わりぃな爺さん、薄々感じては居たんだ」
「お、お主何時からじゃ!」
「俺の中で爺さんと喋ってた時さ、人間が持ち合わせていないエーテル量だとかなんとかって言ってた時にまさかとは思っていたんだ。だけどイゴールと爺さんの反応を見て確信したよ」

 ケロッとした表情でアデルは笑っていた、だがその表情には少し寂しさのようなものも浮かんでいる。レイはそれを見逃さなかったが、あえて口を紡ぐ。

「別に俺が人間だろうが魔人だろうが関係ないんだよ、それまでの俺を否定するつもりは無いし今後俺自身がそれについて変わることも無いだろうしな。逆に大量のエーテルを内包して生まれたと思えばラッキーじゃねぇか、剣術以外にも俺には法術の素質もきちんと備わっているって分かったんだ。今後強くなることはあっても弱くなることはねぇだろうさ。それに――」

 馬鹿笑いを止めて帽子を取る、すっかり髪の毛の形が帽子の形に変わっている。その昔カルナックから譲り受けた黒いとんがり帽子をじっと見つめてアデルは続ける。

「俺は、おやっさんの子だと今でも思ってる。記憶がない俺を拾って育ててくれた唯一の人だ、だから魔人であって人間なんだと思ってる」

 そう言ってもう一度帽子を被りなおした。

「さぁ、続けようぜイゴール。仕込みまだだろ?」
「あ、あぁ……」

 その場にいた全員が感じていた、どこか悲しそうなアデルの表情を。きっと無理している、そうに違いない。特にレイはそう感じていた。それは昔からのアデルの癖でもあった。悲しい時や寂しい時に彼は必死に喋って場を盛り上げようとする。そんな癖があったからだ。それでも今回ばかりは無理をしているのが良く分かる、今までレイが見た事のない表情を見たのだ。不器用でどこか兄貴気取り、レイからすれば実の兄にも思える存在であることは間違いない。親族を失ったレイに残されたのはカルナックとアデル、それとアリスの三人だけだったからだ。兄弟の居ないレイからすれば年上のアデルは親友でもあり、兄にも思える存在だったのだろう。そんな彼にどんな言葉を掛けようかと悩んでいるのも事実。だがそれは自分にとっても同じことだった。

 レイもまたイゴールによって魔人であると分かった。しかしアデルの言葉を聞いたレイは考えを改めることにした。自分には親が居たがこの世界で生きていく術を教えてくれたカルナックの存在をアデルは自身の親だと言った。思い返せば自分の人生は一度終わっているのだと、新しい人生は今なのだと。魔人であることに何の意味がある? 今まで人間として過ごしてきた自身がこれから魔人として生きる、しかし周りはきっと何も変わらない。それは自分の中での問題なのだと。

「……兄さん」
「あ? なんか言ったか?」

 思わず言葉が漏れ出してしまった、そして自身の頬を伝う無意識に流れた涙に気が付いた。慌てて涙をぬぐい笑顔で平静を装う。

「何でもないよアデル。ほら、さっさと終わらしちまおう。きっとみんな心配してるはずだ」
「そうだな、そういえばお前氷漬けになってるんだよな~。どうするかな」
「氷漬け? なんで!? 何で氷漬けになってんの!?」

 イゴールには確かに聞こえていた、レイが零した言葉をしっかりと。だがあえてそれに触れようとしなかった。イゴールからすればきっととても羨ましい言葉だろう。いや、彼だからこの二人もまた兄弟みたいな存在なのかもしれない。この世に残された魔人の末裔、自身が生み出した厄災から生き延びて現在を生きる同胞の仲の良さに少しだけ嫉妬した。


「ねぇお兄ちゃん」

 小さなレイがグイグイとレイのズボンを引っ張る、それに気が付いたレイがしゃがみ込んで小さなレイと目線を合わせた。

「ボク、しっかりとこの黒いおじちゃんの事見張ってるから頑張ってね!」
「ははは、あんまり見張らなくても大丈夫だよ。もう悪さはしないから」
「分かった、じゃぁ最後に約束して!」

 笑顔を作って両手を上げた、まるで無邪気な子供そのもののようだった。それを見たレイが小さなレイの頭に右手を置いて撫でる。その手を小さなレイは両手でつかんでにっこりと笑う。

「悪い奴ら倒してね! 必ずだよ!」
「あぁ、約束するよ。僕を誰だと思ってるんだ? 僕は――」

 そう笑顔でレイも答える、二人は笑顔で笑いながらゆっくりと手を放して互いに右手を前に突き出す。アデルはその様子を見てニッコリと笑顔を作った。

「君の未来」「ボクの願い!」

 こつん、と二人は互いの右手を合わせた。
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