残酷な描写あり
第十六話 知られざる事実とケルミナ襲撃
何処までも続く草原があった、そこに一人だけ少年がいた。アデルだった。
カルナックにより深層意識の中へと再びダイブしたアデルだったが、そこは自分の深層意識の中ではなかった。彼の親友レイ・フォワードの深層意識の中である。見渡す限りの大草原がアデルの眼下に広がっている、草は風に揺られて同じ方向へと揺れる、まるで風が通った後を示すかのように。
アデルはごくりと唾を飲み込む、何があるかわからないその世界で彼はゆっくりと歩き始めた。その先に何があるのか全く分からないが歩くしかなかった。彼の親友を助け出すためにアデルはひたすら歩く。しかし歩けど歩けど草原はどこまでも広がっている。地平線が三百六十度広がり続けている。唯一目にしたのが深層意識の中に到達した時、目の前に現れた巨大な木だった。これがレイの深層意識なのかとアデルが首を傾げた。自分の時とは比べ物にならないほど清々しい景色だったからだ。それにちょっとだけアデルは嫉妬する。今まで一緒に過ごしてきたからこそ分かるがこれ程までに清々しい空間を持っているレイにあこがれ始めた。
数分歩いてアデルは一つの事に気が付く、彼が今まで歩いてきた道には歩いた後が見当たらないことだった。アデルはここで首を傾げて右足を上げる、そこにはアデルの足で踏みつけられた草が根元から折れている。そこから数歩歩いて後ろを振り向く。だがそこにアデルが歩いた痕跡は残っていなかった。
「不思議な処だ、レイは一体普段からどんなこと考えてんだろう」
笑いながら呟いた、それからしばらく歩くが景色が一向に変わる気配がない。流石に歩き疲れたのかアデルはその場に座り込む、もう一度周囲を見渡すが何一つ景色が変わっていない。ここでもう一つアデルは気が付く。
「あれ……あの木」
視界に入ったのは一本の木だった、この世界に飛ばされてきて最初に目に映った物である。これだけ無限に広がる草原の中に一本だけ立つその木は嫌でも目立つ。アデルは腰を上げてその木を目指して歩き始める。一歩一歩確実に草原を歩き木に近づいていく。一度歩みを止め後ろを振り返ると今度はちゃんと通ってきた印が残っていた。
「移動してるつもりが移動出来てなかったんだな」
そう、アデルは歩いているつもりがもとに戻されていた。気が付いたのは一本の木だった、彼是十分以上は歩いているはずなのにその木はアデルが深層意識の中にダイブした時と同じ場所にあったからである。そして今度は目標物を見つけそこに歩き始める。今度は確実に移動していた。
「大きな木だな、お前のおかげで助かったぜ」
木の根元まで歩いたアデルは目の前に聳え立つ大きな木に一つノックする、コツンと音を立ててその木に直接触れた。その時大きな風が吹いて木の枝を揺らし始めた。揺ら揺らと枝を揺らしその間から木漏れ日がアデルを照らす。まるで真夏にそこにいるような感覚だ。だが不思議と夏のような暑さは感じない、木漏れ日は夏のようで気温は春の陽気だった。
「なぁ、親友を探してるんだけど知らないか? 青髪で青い瞳、ついでに青いジャンパーを着てるんだけど」
木に問いかける、それに反応したのか一本の枝が生えてきた。その枝はアデルの後ろのほうにまで伸びてピタッと止まる。その方角に行けと言ってるような気がした。
「俺を迷わせるつもりか案内するつもりか、どっちかな?」
お道化て見せた、それに対して草木が突風で揺れる。アデルのふざけた態度に遺憾を唱えるかのようにも見えた。
「ははは、悪かったよ。あっちにいるんだな?」
今度は穏やかな風が吹いてきた、それを見たアデルは笑顔を作って帽子を右手でとる。一つお辞儀をすると帽子を被りなおして枝が指す方に体を向ける。
「ありがとさん」
左手を上げて挨拶をしてその木から歩き始める、風は相変わらず優しく草を撫でている。その中を歩くアデルはとても気分がよかった。理由は二つ、一つは自分の深層意識の中では味わえなかった明るい世界であったこと。もう一つは自分の親友の心の中がこんなにも穏やかだったこと。真っ暗だった自分の深層意識の中を歩いていた彼はとても不安であった。自分の心にこんな闇があるなんて、最初はそう思っていた。だが次第にそれは間違いであることに気が付く。真っ暗ではあったが、それは炎帝が作り出した世界なのかもしれないと。もう一度自分の深層意識の中に潜ってみたい気もが湧いてくる。次に潜ったときはどんな光景が彼の目の前に広がるのだろう。アデルはそれをひそかに楽しみにした。
しばらく歩き続けるとまた一本の木が見えてきた、今度の木は先ほどと異なり少し小さいように見える。アデルはポケットに両手を突っ込んでその木を目標に歩き続ける。時折吹く風が心地よい、草原を駆け抜ける風はアデルの黒く長い髪の毛を優しく撫でる。それがアデルにはくすぐったく感じた。まるで子供が意地悪してるようにも思える、そんな風が時折吹いていた。アデルはそれが可笑しくクスクスと笑っている。
「さて」
二本目の木に到着した、先ほどの物より少し小柄ではあるがこれも立派な木だった。幹は地中深くにまで伸びしっかりとその体を固定している。ちょっとやそっとじゃ折れないだろうとアデルは確信する。見上げると枝は無数に伸びて緑色の葉っぱを無数につけていた。
「よう、親友を探してるんだけど知らないか?」
同じように問いかける、しかし今度は何も返事がなかった。風が吹いて枝が揺れてはいるが何のアクションがなかった。だがアデルはしばらくその場で待っていた。先程の木もそうだが現実世界でそんな反応があるはずもなく、まるでおとぎ話の中にいるような気分にさせてくれる。
「なぁ、知らないかな? 青――」
そこまで言うと突然黙った、何やら木の後ろでガサガサと音が聞こえてきたからである。アデルはゆっくりと木の裏側に回ってみた。
「はは、答えてくれてたのか。悪いな気が付かなくて」
そこには木製のドアがあった、ただぽつんとドアだけがそこに置かれていた。木からはそのドアに向かって枝が伸びている。真後ろで反応していてはアデルは気が付かない。だがそれを知らせる手段が見つからなかったのだろう。枝が揺れていたのは多分このことを必死に知らせようとしていたのだとアデルは思った。せかせて悪い気がしたアデルは一言。
「ありがとな」
そうお礼を言うとアデルはまた帽子をとってお辞儀をする。ドアノブに手を掛けてゆっくりと回した、するとドアはゆっくりと開き始める。その中は別の空間につながっていた。一歩足を踏み入れるとそこはまるで戦争でもあったかのような焦土だらけの土地だった。土が焦げるような匂いがアデルの鼻につく。左手で鼻を覆いドアを跨いで次の空間へと入った。
するとドアはゆっくりと薄れていって消えてしまった、それを見てアデルは後戻りができないことを知る。ため息一つついて焼け焦げた世界を歩き始める。
木々が焼け焦げてそこら中に散らばっている、それらから煙が立ち上り視界が悪い。先ほどまでいた空間とは真逆な景色にアデルは驚いていた。先ほどの景色がレイの深層意識であればこの景色はなんだろうか。これが炎の厄災なのだろうかと自問自答する。
だが答えはすぐに分かった、そこに漂うエレメントを感じたからだ。常に隣にいた親友の周りにまとわりついてたエレメントをその空間で感じた、つまりこの景色もレイの記憶の一部なのだろうか。はたまた彼が感じている不安や恐怖といった感情がこの空間を作り上げているのだろうか? それはまだわからない。
「何だ」
相変わらず焼け焦げた匂いが鼻につく、それも動物が焼ける匂いも混じっている。彼自身炎を使った法術剣士であることから人が焼ける匂いには多少なり慣れている。しかしこれは――一人や二人ではなかった。複数の生きたものが物が焼ける匂いがする、それ以外にも血の匂いが混じっていることに気が付く。鼻が曲がりそうだった、これ程の匂いを彼自身経験したことがない。あまりの匂いに表情は歪み思わず後ずさりする。
「何だよこの場所」
アデルは周囲を見渡す、目を凝らして観察するように見るとその匂いの正体が分かった。まぎれもなく人だった。彼の場所から然程遠くない場所に焼け落ちた小屋がある、その小屋の周囲に人のようなものが焼け焦げていた。彼は思わず目を覆う、まともに凝視できるはずなんかなかった。しかし一度目についた物は焼き付いたかのように記憶に残され、目をつぶると鮮明にその景色が蘇る。まさにトラウマ――そしてアデルは喉に強烈な違和感を覚えた。
「う……げぇぇぇ……」
胃の中の物をぶちまける、胃酸が喉を逆流し喉と口を焼き付ける。しばらく背中を引きつって嘔吐する。出るものがなくなった胃はまだ痙攣しているが出るものがなくなっただけ少しだけ楽になる。右袖で口元をぬぐい涙目でもう一度その焼け焦げている人達を見た。服は完全に燃え落ちて皮膚が直接焼かれている。一部は内臓をばらまけて血が沸騰していた。
「ひでぇ――」
まさに地獄、その言葉がここまで似合う状況も中々無いだろう。その景色に絶句し唖然とするアデルは思わず視線を逸らす。次に彼の目に映ったのはその場所に相応しくない小さな少年の姿だった。その少年はカルナックが連れて帰ってきたときのレイに見た目がよく似ている。が、その時の様子とは少し違っているように見える。何が違うとは断言できないが確実に何かが違っている。そうアデルは感じていた。
「レイ?」
年は多分七歳程度、呆然と空を見上げて立ち尽くしている。アデルはその子に近寄り声を掛けた。
「おい、レイなのか?」
左手を伸ばして少年の方に手を掛けようとした、だがその手はむなしくすり抜けてしまった。アデルは少し驚いて自分の左手を見る。もう一度少年に目をやるが確かにそこに存在しているように感じる。
「無駄じゃ」
聞きなれた声が後ろの方から聞こえてきた、振り返るとそこに炎帝の姿があった。両手を腰に回してゆっくりと歩いてくる。しかしその表情は歪んでいた。
「爺さん! 大丈夫だったのかよ」
「戯け、儂はお主と共にあると言ったじゃろうが」
「ってことは、俺の深層意識からこっちに来たのか」
「うむ、深層意識をリンクさせるなんてふつう考え付かんことをお前たちは全く――して、このありさまは何じゃ? よほどひどいことがあったと思うが」
炎帝がブツブツと小言を言う。アデルの傍まで歩いてきて二人は少年を見る。彼は先ほどから微動だにせず赤く染まった曇り空を見上げていた。二人はしばらくその様子を見ている、何か動きが有るわけでもなくじっと空を見上げている少年を見ていた。
「それで、この小僧は誰だ」
炎帝が口を開いた、二人はずっとその少年の様子を伺っていた。だが先ほどから空を仰ぐだけでピクリとも動く気配がない。
「確証はないけど、俺の親友だと思う」
「思う?」
「あぁ、俺もこいつも小さいころにおやっさんに拾われたんだ。初めに俺が拾われてきて、それからこいつ――レイが拾われてきた。だけどその時の姿とはちょっと違うというか、違和感があるというか」
両手を組んで首を傾げるアデルに炎帝は腑に落ちない顔で彼の顔を見上げる。まるで昔の事を思い出しているような表情をアデルはしていた。膝を曲げてしゃがみながらアデルは続ける。
「確かに似てるんだ、だけど雰囲気っていうかさ。なんて言うかこう違うって言うか」
「感か?」
「あぁ、それに近いかも。でも見た目はあの時のレイにそっくりだ」
二人がゆっくりと会話を続けた、どちらも少年から目を離さずにずっと様子を伺っている。あたり一面焦土に包まれ煙が立ち上り、人が焼かれる匂いが充満するその世界で彼らはどれほどの時間を過ごしたであろう。
しばらくして少年に動きが有った、ゆっくりと姿が消えていくとあたりの景色が一変する。緑豊かな村が姿を現した。人々は楽しそうに会話をし農業に精を出す人々。井戸の周りでは若い女性が井戸端会議をしている。行商人が露店を開きそこに村人が集まる。小さな村にしては活気あふれた景色がそこに広がっていた。
「動いたか」
炎帝が口を開いた、アデルはスッと立ち上がりその様子をじっくりと観察する。ひとしきり見渡した後少年の姿がないことに気が付いた。
「レイはどこだ」
周囲を見渡してもその子供の姿は見られなかった、二人は村を捜索し始める。別々に行動して少年の居場所を探すことにした。だがどこを探しても少年の姿を発見することはできなかった、いたって普通の村の日常。その景色だけが広がっていた。
二人は一度合流して互いの状況を説明する、しかし同じような話を二人は交互に交わすだけだった。次第に日が暮れて辺りは暗くなっていく。
「もう此処にはあの小僧は居ないのかも知れんな」
炎帝がボソッとそういった、だがそれを隣で聞いていたアデルは首を振る。
「いや、ここにいると思う」
「根拠はあるのか?」
アデルは黙って一本の木を指さす、炎帝にもその木は見覚えがあった。アデルを追いかけて先ほどの焦土の世界にやってきたときに見た木だった。立派でとても目立つ木だった。
「多分今見てる景色はさっきの焼け焦げた景色の前何だと思う、さっき俺たちが見ただろうあの木は燃えていたけど今は燃えた形跡すらない。多分この後何かがあるんだ……動いた!」
説明していたアデルの目の前で事が動き始める、一斉に村人が家からクワや斧をもって出てきた。それを見てアデルは一つ昔に聞いた話を思い出した。
「まさか、ケルミナか?」
「何じゃ突然」
「レイの故郷だ、あいつがおやっさんに引き取られた時の話だよ。帝国が突然襲ってきて辺り一面を焼き払ったっておやっさんから聞いた、その唯一の生き残りがレイだったって」
奥の家から一人の青年が出てきた、その片手には見覚えのある大剣が握られている。一度見れば忘れもしないその巨大な剣、霊剣だった。それにアデルは思わず目を疑った。レイ以外に霊剣を持てる人を初めて見たからだ。その光景に思わず二度見をする。
「嘘だろ――。レイ以外にあの剣を使える人間がいたのか」
するといきなり視界が砂嵐に飲まれる。ザザっと音を立てて景色が切り替わる、次に映し出されたのは村の人々が戦ってる様子だった。相手は直ぐに誰だか理解できた、特徴のあるエルメアを身にまとっていたからだ。
「やっぱり、ケルミナの虐殺か」
二人の周囲では帝国軍が抵抗する村人に対し次々と発砲する、頭を撃ち抜かれた者、巨大な爆発に足を吹き飛ばされる物。倒れて斧を取ろうとする者には剣で首を切り飛ばす。まさに虐殺と呼ぶに値する景色だった。
抵抗する村人の後方に一人の少年が立っている、先ほどの少年だったと二人は直ぐに分かった。村人はこの少年を守ろうと足掻いている。
「お父さん!」
「レイ! 馬鹿来るんじゃない逃げろ!」
巨大な剣を振り回す父親に泣きじゃくりながら近づいていくレイ、だが後ろの方から帝国兵士が槍を持ってレイ目掛けて走ってくるのが見えた、だが父親が助けに入る頃にはすでにレイの体を槍が貫抜いているだろう。
「くたばれ餓鬼!」
レイは後ろを振り返りもの凄い形相で槍を逆手に持ち替えて勢いよく振り下ろしてくる。
「させるかぁ!」
恰幅のいい男がレイと兵士の間に割ってはいる、兵士の槍は男の体を貫き、持っていた斧は兵士の首から上を飛ばす。
「大丈夫だったかい? レイ君……」
「サノックおじさん!」
一つ笑顔を残してサノックと呼ばれた男はその場に倒れた、レイは泣きながらもう動かないその体を揺さぶり男の名前を呼び続ける。
「サノック!」
父親が後ろの方から大声を出しながら駆け寄ってきた、すでに体中傷だらけの体でサノックの体を起こす、だがぐったりとしたその体は再び活動を再開する事無く冷たくなっていくことがわかるようだった。
「サノック……くそっ! 良いかレイ! 今から父さんの言う事をよく聞くんだ、もうじき父さんの友達が此処にやってくる」
すると父親は自分の持っていた大剣をレイに渡すとサノックの左手に握られている斧を持ち再び立ち上がる。
「その剣はお前のだ、もうお前以外には使えない剣だ。その剣と共に生きろ」
「何言ってるかわかんないよ! 僕には分からないよ!」
大声で泣くレイに父親は頭に自分の手を乗せて髪の毛をクシャクシャにする、今まで可愛がってきたこの子供に最後となる笑顔を作って。
「強く生きろ」
そう言って再び前に走り出す、仲間達が戦っている場所へと。
だが父親がレイの所から大分距離を置いた所で地面が爆発した、良く見るとその他の場所でも爆発が起こっている、空から黄色い光が飛んできたと思ったら直ぐその地面は爆発を起こし辺り一面をはぎ払った。
「お父さん!」
自分の父親がいた場所から何かが回転しながらレイの所に飛んでくる、それは父親が握りしめていた斧だった。
「……やだ……嫌だ……嫌だぁぁぁぁ!」
ショックの余り叫ぶ、するとレイが握っている大剣は突然光を放ち辺り一面を包み込む。その光にアデルと炎帝は思わず目を腕で庇う。視界が戻ってくると周囲の状況がぴたりと止まっていた。まるで時が止まったかのように。
「何じゃ、一体何が起きた!?」
炎帝が叫ぶ、アデルも何が起きたのか理解できていない。だがそれは次第に動き出した、今までの時間の流れよりもかなり遅く周囲が動き出す。そして泣き叫んだ少年がユラリと動き始める。
「なっ!」
一瞬ゆらりと動いた少年は次の瞬間、尋常でない速度で高速移動した。右手に霊剣をもって瞬時に帝国兵の元との距離を詰める。それを視界にとらえるのが精いっぱいだった二人は後ろを振り返る、ゆっくりと動く周囲の状況に対しレイは高速で霊剣を振るっている。その小さな体からは想像もつかない速度と力で帝国兵士を次々に切り殺し、戦車を一刀両断にする。切り殺された帝国兵士は自分たちが死んでいることも多分理解していないだろう。ほとんど殺されていた村人達は生き残っているものが数名いるが、それもすぐに死体へと変わる。暴走していると言えば聞こえは良いだろうが余りにも無残な方法で次々と無差別に攻撃をしている。しかしここでアデルは疑問を抱いた。出会った頃のレイにここまでの戦闘力はない、一緒にカルナックの下で修業を積んでいる彼だからこそそれを理解している。しかし目の前で起こっている出来事はなんだ。
破壊できるもの、生きているものを全て切ったレイの体がピタッと止まる。そして時間の動きが元に戻った瞬間破壊された戦車が次々と爆発していく。爆風を纏い村にある家々を吹き飛ばし死んだ者たちを焼いていった。先ほど見た焦土の答えがこれだ。
「この――ガキっ!」
一人だけ生き残りがいた、帝国兵士だ。帝国兵は爆風で吹き飛ばされた後地面に叩きつけられてなお意識を保っていた。立ち上がりシフトパーソルでレイの顔に狙いをつけて引き金を引いた。
「やめろ!」
アデルがとっさに鞘から剣を引き抜きレイの正面に立つ、発射された弾丸を剣で弾こうとするがそれはすり抜けてレイの頭部へと着弾した。
「っ!」
着弾した弾丸は頭蓋骨を破り反対側から抜けていく。大量の血が噴き出しレイはその場に倒れた。死んだのだ。帝国兵はそれを見てニヤリと笑うとそのまま力尽きてしまった。
「レイ!」
振り返り撃ち抜かれて死んだレイの体を見た、だが異変が起きた。撃ち抜かれ噴き出した血はゆっくりとレイの傷口へと戻っていく。すべてが体の中に戻ると破壊された頭部が再生していく。
「どうなってやがる」
ゾッとするその状況に思わずしりもちを付いた。そしてバネの様にグンとレイの体は起き上がる、右手に持っている霊剣を落としゆっくりと空を見上げた。その瞳に光は宿っていなかった。
暫くそのままでいたレイだったが、糸が切れたかのように突如として地面に倒れこむ。そこへ若きカルナックがやってきた。
その後暫くアデルと炎帝は動くことができなかった。
時間にして二時間、目の前で同じ光景が繰り返されてきた。まるで何かを訴えてくるかのようにそれらを二人は見続けた、頭がおかしくなりそうだった。
それもそのはず、何度となく繰り返される虐殺とレイの暴走。最後はレイが頭を撃ち抜かれて死ぬ様子が繰り返し繰り返し流れている。目を閉じ耳を塞いでも直接頭の中にそれが流れてくる。幾度となく繰り返されるケルミナの虐殺を二人は見続けさせられた。
「レイは――これを何度も」
「いや、本人は覚えていないじゃろう。深層意識の中に封印された記憶じゃないかのぉ」
気が狂いそうになるのを理性で押さえてアデルと炎帝は喋った、しかしまともにそれを受けれいてしまえばきっと崩れてしまう。恐怖すら覚える景色だった。
そして突如としてその映像は消えた。あたり一面が真っ暗になるとまた違う映像が映し出されてくる。それは最初の草原だった。
「振り出しかの?」
炎帝が顎髭を右手で触りながらそう言う、目元にクマを作っていたアデルはゆっくりと立ち上がり首を振る。
「いや、違う」
アデルの目には広大に広がる大草原の中に一つの人影を見つける。青い髪の毛をして青いジャンパーを着てる少年が一人そこにいた。レイだった。
「レイ……」
二人はゆっくりとレイの元へと近づく、レイは微動だにせずそこに立っていた。最初の草原と同じように穏やかな風がゆっくりと吹いている、その風にレイが来ているジャンパーが靡いている。その様子を見たアデルが走って近づいた。
「起きろレイ!」
レイの肩をつかんで揺さぶる、しかしそれに反応する様子が全くない。まるで生気が無い抜け殻の様になっていた。瞳に光はなく、ぼうっと一点だけを見ている。全てが上の空でいくら呼びかけても反応が全くなかった。
「起こしちゃ駄目!」
突然揺さぶり続けるアデルの裾が引っ張られた、振り返ると先ほど見た小さなレイが涙目でアデルの裾を引っ張っていた。
「レイ、お前」
「起こしちゃ駄目だよお兄ちゃん」
アデルはしゃがみ込み小さなレイの肩をつかんだ、今にも泣きそうなその顔は何時か見たレイの顔そっくりだった。記憶の中にある親友の泣き顔がそこにあった。
「お兄ちゃんって、お前何言ってんだ」
自分の事が分からないのか、そう口に出そうとしたがやめた。きっと今正面にいるこの小さなレイはきっと昔の記憶にいた少年なのだろうと。もしそうであれば出会っていないアデルの事を認識できないかもしれない。
「そこのお兄ちゃん疲れちゃったんだって、だから起こしちゃ駄目」
首を横に振りながら泣いてそう訴える小さなレイ、それを見て言葉を失ってしまった。
「アデル、一体どうしたのじゃ」
ゆっくりと歩いてきた炎帝が言う。そこにいた小さなレイは炎帝のほうを一度だけチラッと見るとまたアデルに顔を向ける。肩を震わせている小さなレイは怯えているようにも見えた。
「おじちゃんがね、そのお兄ちゃんは疲れちゃったから起こしちゃダメって言ってたんだもん!」
「おじちゃん?」
小さなレイから発せられた言葉に違和感を感じた、仮に炎帝の事をおじちゃんと呼ぶにしては子供から見たらお爺ちゃんではないかと。その違和感は確信に変わりつつある。
「アデル、気を付けろ」
炎帝が後ろを振り向いて警告した、それを聞いて違和感が確信へと変わった。アデルはレイから感じるエレメントのほかにもう一つ、感じた事のないエレメントを感じ始めた。すぐ近くにいる気配がするが辺りにはその姿が見えない。
「出てこい、いるんだろ! 居るんだろ! そこに居るんだろ!?」
アデルが立ち上がり小さなレイを庇う様に後ろに下げて叫んだ、しかしそこは相変わらず広大な草原が広がっているだけだった。次第にその草原は姿を変えていく、遠くの方に山が出現し木々が地面から突如として生えてくる。次第に感じた事のないエレメントは距離を詰めてきた。
「姿ださねぇってんなら引きずり出してやる!」
腰に差している剣を両手で引き抜くと瞬間的にエーテルを練り上げる、二本の剣を交差させて一瞬だけ刃をぶつけると火花が散った。そして一気にエーテルを放出すると光が増幅しその空間いっぱいに広がる。
「姿を見せろ、炎の厄災!」
一面草原だった空間に亀裂が入る、ビキビキと音を立てて崩れる草原の景色があった。崩れたところは再び先ほどの焦土の景色へと変わっていく。いや、正確には違っている。今度姿を見せた景色には人が焼かれて助けを求めてるのが確認できる。女子供が泣き叫び、男が大声で助けを求める。先ほどとは似ているがまるで状況が違う景色が目の前に現れ、そして一人の人影が出てきた。全身真っ黒な姿で焦げているようにも見える、またさっきの鼻につく嫌なにおいが漂い始めた。人が焦げ血液が沸騰する匂いが辺り一面に充満する。真っ黒に焦げている顔には避けた口が横いっぱいに広がり、眼球をなくした目には白い光が丸く映っている。そう彼が――
「初めましてアデル君、君の事は彼の目からずっと見てきたよ」
炎の厄災、イゴール・バスカヴィルが姿を現した。
カルナックにより深層意識の中へと再びダイブしたアデルだったが、そこは自分の深層意識の中ではなかった。彼の親友レイ・フォワードの深層意識の中である。見渡す限りの大草原がアデルの眼下に広がっている、草は風に揺られて同じ方向へと揺れる、まるで風が通った後を示すかのように。
アデルはごくりと唾を飲み込む、何があるかわからないその世界で彼はゆっくりと歩き始めた。その先に何があるのか全く分からないが歩くしかなかった。彼の親友を助け出すためにアデルはひたすら歩く。しかし歩けど歩けど草原はどこまでも広がっている。地平線が三百六十度広がり続けている。唯一目にしたのが深層意識の中に到達した時、目の前に現れた巨大な木だった。これがレイの深層意識なのかとアデルが首を傾げた。自分の時とは比べ物にならないほど清々しい景色だったからだ。それにちょっとだけアデルは嫉妬する。今まで一緒に過ごしてきたからこそ分かるがこれ程までに清々しい空間を持っているレイにあこがれ始めた。
数分歩いてアデルは一つの事に気が付く、彼が今まで歩いてきた道には歩いた後が見当たらないことだった。アデルはここで首を傾げて右足を上げる、そこにはアデルの足で踏みつけられた草が根元から折れている。そこから数歩歩いて後ろを振り向く。だがそこにアデルが歩いた痕跡は残っていなかった。
「不思議な処だ、レイは一体普段からどんなこと考えてんだろう」
笑いながら呟いた、それからしばらく歩くが景色が一向に変わる気配がない。流石に歩き疲れたのかアデルはその場に座り込む、もう一度周囲を見渡すが何一つ景色が変わっていない。ここでもう一つアデルは気が付く。
「あれ……あの木」
視界に入ったのは一本の木だった、この世界に飛ばされてきて最初に目に映った物である。これだけ無限に広がる草原の中に一本だけ立つその木は嫌でも目立つ。アデルは腰を上げてその木を目指して歩き始める。一歩一歩確実に草原を歩き木に近づいていく。一度歩みを止め後ろを振り返ると今度はちゃんと通ってきた印が残っていた。
「移動してるつもりが移動出来てなかったんだな」
そう、アデルは歩いているつもりがもとに戻されていた。気が付いたのは一本の木だった、彼是十分以上は歩いているはずなのにその木はアデルが深層意識の中にダイブした時と同じ場所にあったからである。そして今度は目標物を見つけそこに歩き始める。今度は確実に移動していた。
「大きな木だな、お前のおかげで助かったぜ」
木の根元まで歩いたアデルは目の前に聳え立つ大きな木に一つノックする、コツンと音を立ててその木に直接触れた。その時大きな風が吹いて木の枝を揺らし始めた。揺ら揺らと枝を揺らしその間から木漏れ日がアデルを照らす。まるで真夏にそこにいるような感覚だ。だが不思議と夏のような暑さは感じない、木漏れ日は夏のようで気温は春の陽気だった。
「なぁ、親友を探してるんだけど知らないか? 青髪で青い瞳、ついでに青いジャンパーを着てるんだけど」
木に問いかける、それに反応したのか一本の枝が生えてきた。その枝はアデルの後ろのほうにまで伸びてピタッと止まる。その方角に行けと言ってるような気がした。
「俺を迷わせるつもりか案内するつもりか、どっちかな?」
お道化て見せた、それに対して草木が突風で揺れる。アデルのふざけた態度に遺憾を唱えるかのようにも見えた。
「ははは、悪かったよ。あっちにいるんだな?」
今度は穏やかな風が吹いてきた、それを見たアデルは笑顔を作って帽子を右手でとる。一つお辞儀をすると帽子を被りなおして枝が指す方に体を向ける。
「ありがとさん」
左手を上げて挨拶をしてその木から歩き始める、風は相変わらず優しく草を撫でている。その中を歩くアデルはとても気分がよかった。理由は二つ、一つは自分の深層意識の中では味わえなかった明るい世界であったこと。もう一つは自分の親友の心の中がこんなにも穏やかだったこと。真っ暗だった自分の深層意識の中を歩いていた彼はとても不安であった。自分の心にこんな闇があるなんて、最初はそう思っていた。だが次第にそれは間違いであることに気が付く。真っ暗ではあったが、それは炎帝が作り出した世界なのかもしれないと。もう一度自分の深層意識の中に潜ってみたい気もが湧いてくる。次に潜ったときはどんな光景が彼の目の前に広がるのだろう。アデルはそれをひそかに楽しみにした。
しばらく歩き続けるとまた一本の木が見えてきた、今度の木は先ほどと異なり少し小さいように見える。アデルはポケットに両手を突っ込んでその木を目標に歩き続ける。時折吹く風が心地よい、草原を駆け抜ける風はアデルの黒く長い髪の毛を優しく撫でる。それがアデルにはくすぐったく感じた。まるで子供が意地悪してるようにも思える、そんな風が時折吹いていた。アデルはそれが可笑しくクスクスと笑っている。
「さて」
二本目の木に到着した、先ほどの物より少し小柄ではあるがこれも立派な木だった。幹は地中深くにまで伸びしっかりとその体を固定している。ちょっとやそっとじゃ折れないだろうとアデルは確信する。見上げると枝は無数に伸びて緑色の葉っぱを無数につけていた。
「よう、親友を探してるんだけど知らないか?」
同じように問いかける、しかし今度は何も返事がなかった。風が吹いて枝が揺れてはいるが何のアクションがなかった。だがアデルはしばらくその場で待っていた。先程の木もそうだが現実世界でそんな反応があるはずもなく、まるでおとぎ話の中にいるような気分にさせてくれる。
「なぁ、知らないかな? 青――」
そこまで言うと突然黙った、何やら木の後ろでガサガサと音が聞こえてきたからである。アデルはゆっくりと木の裏側に回ってみた。
「はは、答えてくれてたのか。悪いな気が付かなくて」
そこには木製のドアがあった、ただぽつんとドアだけがそこに置かれていた。木からはそのドアに向かって枝が伸びている。真後ろで反応していてはアデルは気が付かない。だがそれを知らせる手段が見つからなかったのだろう。枝が揺れていたのは多分このことを必死に知らせようとしていたのだとアデルは思った。せかせて悪い気がしたアデルは一言。
「ありがとな」
そうお礼を言うとアデルはまた帽子をとってお辞儀をする。ドアノブに手を掛けてゆっくりと回した、するとドアはゆっくりと開き始める。その中は別の空間につながっていた。一歩足を踏み入れるとそこはまるで戦争でもあったかのような焦土だらけの土地だった。土が焦げるような匂いがアデルの鼻につく。左手で鼻を覆いドアを跨いで次の空間へと入った。
するとドアはゆっくりと薄れていって消えてしまった、それを見てアデルは後戻りができないことを知る。ため息一つついて焼け焦げた世界を歩き始める。
木々が焼け焦げてそこら中に散らばっている、それらから煙が立ち上り視界が悪い。先ほどまでいた空間とは真逆な景色にアデルは驚いていた。先ほどの景色がレイの深層意識であればこの景色はなんだろうか。これが炎の厄災なのだろうかと自問自答する。
だが答えはすぐに分かった、そこに漂うエレメントを感じたからだ。常に隣にいた親友の周りにまとわりついてたエレメントをその空間で感じた、つまりこの景色もレイの記憶の一部なのだろうか。はたまた彼が感じている不安や恐怖といった感情がこの空間を作り上げているのだろうか? それはまだわからない。
「何だ」
相変わらず焼け焦げた匂いが鼻につく、それも動物が焼ける匂いも混じっている。彼自身炎を使った法術剣士であることから人が焼ける匂いには多少なり慣れている。しかしこれは――一人や二人ではなかった。複数の生きたものが物が焼ける匂いがする、それ以外にも血の匂いが混じっていることに気が付く。鼻が曲がりそうだった、これ程の匂いを彼自身経験したことがない。あまりの匂いに表情は歪み思わず後ずさりする。
「何だよこの場所」
アデルは周囲を見渡す、目を凝らして観察するように見るとその匂いの正体が分かった。まぎれもなく人だった。彼の場所から然程遠くない場所に焼け落ちた小屋がある、その小屋の周囲に人のようなものが焼け焦げていた。彼は思わず目を覆う、まともに凝視できるはずなんかなかった。しかし一度目についた物は焼き付いたかのように記憶に残され、目をつぶると鮮明にその景色が蘇る。まさにトラウマ――そしてアデルは喉に強烈な違和感を覚えた。
「う……げぇぇぇ……」
胃の中の物をぶちまける、胃酸が喉を逆流し喉と口を焼き付ける。しばらく背中を引きつって嘔吐する。出るものがなくなった胃はまだ痙攣しているが出るものがなくなっただけ少しだけ楽になる。右袖で口元をぬぐい涙目でもう一度その焼け焦げている人達を見た。服は完全に燃え落ちて皮膚が直接焼かれている。一部は内臓をばらまけて血が沸騰していた。
「ひでぇ――」
まさに地獄、その言葉がここまで似合う状況も中々無いだろう。その景色に絶句し唖然とするアデルは思わず視線を逸らす。次に彼の目に映ったのはその場所に相応しくない小さな少年の姿だった。その少年はカルナックが連れて帰ってきたときのレイに見た目がよく似ている。が、その時の様子とは少し違っているように見える。何が違うとは断言できないが確実に何かが違っている。そうアデルは感じていた。
「レイ?」
年は多分七歳程度、呆然と空を見上げて立ち尽くしている。アデルはその子に近寄り声を掛けた。
「おい、レイなのか?」
左手を伸ばして少年の方に手を掛けようとした、だがその手はむなしくすり抜けてしまった。アデルは少し驚いて自分の左手を見る。もう一度少年に目をやるが確かにそこに存在しているように感じる。
「無駄じゃ」
聞きなれた声が後ろの方から聞こえてきた、振り返るとそこに炎帝の姿があった。両手を腰に回してゆっくりと歩いてくる。しかしその表情は歪んでいた。
「爺さん! 大丈夫だったのかよ」
「戯け、儂はお主と共にあると言ったじゃろうが」
「ってことは、俺の深層意識からこっちに来たのか」
「うむ、深層意識をリンクさせるなんてふつう考え付かんことをお前たちは全く――して、このありさまは何じゃ? よほどひどいことがあったと思うが」
炎帝がブツブツと小言を言う。アデルの傍まで歩いてきて二人は少年を見る。彼は先ほどから微動だにせず赤く染まった曇り空を見上げていた。二人はしばらくその様子を見ている、何か動きが有るわけでもなくじっと空を見上げている少年を見ていた。
「それで、この小僧は誰だ」
炎帝が口を開いた、二人はずっとその少年の様子を伺っていた。だが先ほどから空を仰ぐだけでピクリとも動く気配がない。
「確証はないけど、俺の親友だと思う」
「思う?」
「あぁ、俺もこいつも小さいころにおやっさんに拾われたんだ。初めに俺が拾われてきて、それからこいつ――レイが拾われてきた。だけどその時の姿とはちょっと違うというか、違和感があるというか」
両手を組んで首を傾げるアデルに炎帝は腑に落ちない顔で彼の顔を見上げる。まるで昔の事を思い出しているような表情をアデルはしていた。膝を曲げてしゃがみながらアデルは続ける。
「確かに似てるんだ、だけど雰囲気っていうかさ。なんて言うかこう違うって言うか」
「感か?」
「あぁ、それに近いかも。でも見た目はあの時のレイにそっくりだ」
二人がゆっくりと会話を続けた、どちらも少年から目を離さずにずっと様子を伺っている。あたり一面焦土に包まれ煙が立ち上り、人が焼かれる匂いが充満するその世界で彼らはどれほどの時間を過ごしたであろう。
しばらくして少年に動きが有った、ゆっくりと姿が消えていくとあたりの景色が一変する。緑豊かな村が姿を現した。人々は楽しそうに会話をし農業に精を出す人々。井戸の周りでは若い女性が井戸端会議をしている。行商人が露店を開きそこに村人が集まる。小さな村にしては活気あふれた景色がそこに広がっていた。
「動いたか」
炎帝が口を開いた、アデルはスッと立ち上がりその様子をじっくりと観察する。ひとしきり見渡した後少年の姿がないことに気が付いた。
「レイはどこだ」
周囲を見渡してもその子供の姿は見られなかった、二人は村を捜索し始める。別々に行動して少年の居場所を探すことにした。だがどこを探しても少年の姿を発見することはできなかった、いたって普通の村の日常。その景色だけが広がっていた。
二人は一度合流して互いの状況を説明する、しかし同じような話を二人は交互に交わすだけだった。次第に日が暮れて辺りは暗くなっていく。
「もう此処にはあの小僧は居ないのかも知れんな」
炎帝がボソッとそういった、だがそれを隣で聞いていたアデルは首を振る。
「いや、ここにいると思う」
「根拠はあるのか?」
アデルは黙って一本の木を指さす、炎帝にもその木は見覚えがあった。アデルを追いかけて先ほどの焦土の世界にやってきたときに見た木だった。立派でとても目立つ木だった。
「多分今見てる景色はさっきの焼け焦げた景色の前何だと思う、さっき俺たちが見ただろうあの木は燃えていたけど今は燃えた形跡すらない。多分この後何かがあるんだ……動いた!」
説明していたアデルの目の前で事が動き始める、一斉に村人が家からクワや斧をもって出てきた。それを見てアデルは一つ昔に聞いた話を思い出した。
「まさか、ケルミナか?」
「何じゃ突然」
「レイの故郷だ、あいつがおやっさんに引き取られた時の話だよ。帝国が突然襲ってきて辺り一面を焼き払ったっておやっさんから聞いた、その唯一の生き残りがレイだったって」
奥の家から一人の青年が出てきた、その片手には見覚えのある大剣が握られている。一度見れば忘れもしないその巨大な剣、霊剣だった。それにアデルは思わず目を疑った。レイ以外に霊剣を持てる人を初めて見たからだ。その光景に思わず二度見をする。
「嘘だろ――。レイ以外にあの剣を使える人間がいたのか」
するといきなり視界が砂嵐に飲まれる。ザザっと音を立てて景色が切り替わる、次に映し出されたのは村の人々が戦ってる様子だった。相手は直ぐに誰だか理解できた、特徴のあるエルメアを身にまとっていたからだ。
「やっぱり、ケルミナの虐殺か」
二人の周囲では帝国軍が抵抗する村人に対し次々と発砲する、頭を撃ち抜かれた者、巨大な爆発に足を吹き飛ばされる物。倒れて斧を取ろうとする者には剣で首を切り飛ばす。まさに虐殺と呼ぶに値する景色だった。
抵抗する村人の後方に一人の少年が立っている、先ほどの少年だったと二人は直ぐに分かった。村人はこの少年を守ろうと足掻いている。
「お父さん!」
「レイ! 馬鹿来るんじゃない逃げろ!」
巨大な剣を振り回す父親に泣きじゃくりながら近づいていくレイ、だが後ろの方から帝国兵士が槍を持ってレイ目掛けて走ってくるのが見えた、だが父親が助けに入る頃にはすでにレイの体を槍が貫抜いているだろう。
「くたばれ餓鬼!」
レイは後ろを振り返りもの凄い形相で槍を逆手に持ち替えて勢いよく振り下ろしてくる。
「させるかぁ!」
恰幅のいい男がレイと兵士の間に割ってはいる、兵士の槍は男の体を貫き、持っていた斧は兵士の首から上を飛ばす。
「大丈夫だったかい? レイ君……」
「サノックおじさん!」
一つ笑顔を残してサノックと呼ばれた男はその場に倒れた、レイは泣きながらもう動かないその体を揺さぶり男の名前を呼び続ける。
「サノック!」
父親が後ろの方から大声を出しながら駆け寄ってきた、すでに体中傷だらけの体でサノックの体を起こす、だがぐったりとしたその体は再び活動を再開する事無く冷たくなっていくことがわかるようだった。
「サノック……くそっ! 良いかレイ! 今から父さんの言う事をよく聞くんだ、もうじき父さんの友達が此処にやってくる」
すると父親は自分の持っていた大剣をレイに渡すとサノックの左手に握られている斧を持ち再び立ち上がる。
「その剣はお前のだ、もうお前以外には使えない剣だ。その剣と共に生きろ」
「何言ってるかわかんないよ! 僕には分からないよ!」
大声で泣くレイに父親は頭に自分の手を乗せて髪の毛をクシャクシャにする、今まで可愛がってきたこの子供に最後となる笑顔を作って。
「強く生きろ」
そう言って再び前に走り出す、仲間達が戦っている場所へと。
だが父親がレイの所から大分距離を置いた所で地面が爆発した、良く見るとその他の場所でも爆発が起こっている、空から黄色い光が飛んできたと思ったら直ぐその地面は爆発を起こし辺り一面をはぎ払った。
「お父さん!」
自分の父親がいた場所から何かが回転しながらレイの所に飛んでくる、それは父親が握りしめていた斧だった。
「……やだ……嫌だ……嫌だぁぁぁぁ!」
ショックの余り叫ぶ、するとレイが握っている大剣は突然光を放ち辺り一面を包み込む。その光にアデルと炎帝は思わず目を腕で庇う。視界が戻ってくると周囲の状況がぴたりと止まっていた。まるで時が止まったかのように。
「何じゃ、一体何が起きた!?」
炎帝が叫ぶ、アデルも何が起きたのか理解できていない。だがそれは次第に動き出した、今までの時間の流れよりもかなり遅く周囲が動き出す。そして泣き叫んだ少年がユラリと動き始める。
「なっ!」
一瞬ゆらりと動いた少年は次の瞬間、尋常でない速度で高速移動した。右手に霊剣をもって瞬時に帝国兵の元との距離を詰める。それを視界にとらえるのが精いっぱいだった二人は後ろを振り返る、ゆっくりと動く周囲の状況に対しレイは高速で霊剣を振るっている。その小さな体からは想像もつかない速度と力で帝国兵士を次々に切り殺し、戦車を一刀両断にする。切り殺された帝国兵士は自分たちが死んでいることも多分理解していないだろう。ほとんど殺されていた村人達は生き残っているものが数名いるが、それもすぐに死体へと変わる。暴走していると言えば聞こえは良いだろうが余りにも無残な方法で次々と無差別に攻撃をしている。しかしここでアデルは疑問を抱いた。出会った頃のレイにここまでの戦闘力はない、一緒にカルナックの下で修業を積んでいる彼だからこそそれを理解している。しかし目の前で起こっている出来事はなんだ。
破壊できるもの、生きているものを全て切ったレイの体がピタッと止まる。そして時間の動きが元に戻った瞬間破壊された戦車が次々と爆発していく。爆風を纏い村にある家々を吹き飛ばし死んだ者たちを焼いていった。先ほど見た焦土の答えがこれだ。
「この――ガキっ!」
一人だけ生き残りがいた、帝国兵士だ。帝国兵は爆風で吹き飛ばされた後地面に叩きつけられてなお意識を保っていた。立ち上がりシフトパーソルでレイの顔に狙いをつけて引き金を引いた。
「やめろ!」
アデルがとっさに鞘から剣を引き抜きレイの正面に立つ、発射された弾丸を剣で弾こうとするがそれはすり抜けてレイの頭部へと着弾した。
「っ!」
着弾した弾丸は頭蓋骨を破り反対側から抜けていく。大量の血が噴き出しレイはその場に倒れた。死んだのだ。帝国兵はそれを見てニヤリと笑うとそのまま力尽きてしまった。
「レイ!」
振り返り撃ち抜かれて死んだレイの体を見た、だが異変が起きた。撃ち抜かれ噴き出した血はゆっくりとレイの傷口へと戻っていく。すべてが体の中に戻ると破壊された頭部が再生していく。
「どうなってやがる」
ゾッとするその状況に思わずしりもちを付いた。そしてバネの様にグンとレイの体は起き上がる、右手に持っている霊剣を落としゆっくりと空を見上げた。その瞳に光は宿っていなかった。
暫くそのままでいたレイだったが、糸が切れたかのように突如として地面に倒れこむ。そこへ若きカルナックがやってきた。
その後暫くアデルと炎帝は動くことができなかった。
時間にして二時間、目の前で同じ光景が繰り返されてきた。まるで何かを訴えてくるかのようにそれらを二人は見続けた、頭がおかしくなりそうだった。
それもそのはず、何度となく繰り返される虐殺とレイの暴走。最後はレイが頭を撃ち抜かれて死ぬ様子が繰り返し繰り返し流れている。目を閉じ耳を塞いでも直接頭の中にそれが流れてくる。幾度となく繰り返されるケルミナの虐殺を二人は見続けさせられた。
「レイは――これを何度も」
「いや、本人は覚えていないじゃろう。深層意識の中に封印された記憶じゃないかのぉ」
気が狂いそうになるのを理性で押さえてアデルと炎帝は喋った、しかしまともにそれを受けれいてしまえばきっと崩れてしまう。恐怖すら覚える景色だった。
そして突如としてその映像は消えた。あたり一面が真っ暗になるとまた違う映像が映し出されてくる。それは最初の草原だった。
「振り出しかの?」
炎帝が顎髭を右手で触りながらそう言う、目元にクマを作っていたアデルはゆっくりと立ち上がり首を振る。
「いや、違う」
アデルの目には広大に広がる大草原の中に一つの人影を見つける。青い髪の毛をして青いジャンパーを着てる少年が一人そこにいた。レイだった。
「レイ……」
二人はゆっくりとレイの元へと近づく、レイは微動だにせずそこに立っていた。最初の草原と同じように穏やかな風がゆっくりと吹いている、その風にレイが来ているジャンパーが靡いている。その様子を見たアデルが走って近づいた。
「起きろレイ!」
レイの肩をつかんで揺さぶる、しかしそれに反応する様子が全くない。まるで生気が無い抜け殻の様になっていた。瞳に光はなく、ぼうっと一点だけを見ている。全てが上の空でいくら呼びかけても反応が全くなかった。
「起こしちゃ駄目!」
突然揺さぶり続けるアデルの裾が引っ張られた、振り返ると先ほど見た小さなレイが涙目でアデルの裾を引っ張っていた。
「レイ、お前」
「起こしちゃ駄目だよお兄ちゃん」
アデルはしゃがみ込み小さなレイの肩をつかんだ、今にも泣きそうなその顔は何時か見たレイの顔そっくりだった。記憶の中にある親友の泣き顔がそこにあった。
「お兄ちゃんって、お前何言ってんだ」
自分の事が分からないのか、そう口に出そうとしたがやめた。きっと今正面にいるこの小さなレイはきっと昔の記憶にいた少年なのだろうと。もしそうであれば出会っていないアデルの事を認識できないかもしれない。
「そこのお兄ちゃん疲れちゃったんだって、だから起こしちゃ駄目」
首を横に振りながら泣いてそう訴える小さなレイ、それを見て言葉を失ってしまった。
「アデル、一体どうしたのじゃ」
ゆっくりと歩いてきた炎帝が言う。そこにいた小さなレイは炎帝のほうを一度だけチラッと見るとまたアデルに顔を向ける。肩を震わせている小さなレイは怯えているようにも見えた。
「おじちゃんがね、そのお兄ちゃんは疲れちゃったから起こしちゃダメって言ってたんだもん!」
「おじちゃん?」
小さなレイから発せられた言葉に違和感を感じた、仮に炎帝の事をおじちゃんと呼ぶにしては子供から見たらお爺ちゃんではないかと。その違和感は確信に変わりつつある。
「アデル、気を付けろ」
炎帝が後ろを振り向いて警告した、それを聞いて違和感が確信へと変わった。アデルはレイから感じるエレメントのほかにもう一つ、感じた事のないエレメントを感じ始めた。すぐ近くにいる気配がするが辺りにはその姿が見えない。
「出てこい、いるんだろ! 居るんだろ! そこに居るんだろ!?」
アデルが立ち上がり小さなレイを庇う様に後ろに下げて叫んだ、しかしそこは相変わらず広大な草原が広がっているだけだった。次第にその草原は姿を変えていく、遠くの方に山が出現し木々が地面から突如として生えてくる。次第に感じた事のないエレメントは距離を詰めてきた。
「姿ださねぇってんなら引きずり出してやる!」
腰に差している剣を両手で引き抜くと瞬間的にエーテルを練り上げる、二本の剣を交差させて一瞬だけ刃をぶつけると火花が散った。そして一気にエーテルを放出すると光が増幅しその空間いっぱいに広がる。
「姿を見せろ、炎の厄災!」
一面草原だった空間に亀裂が入る、ビキビキと音を立てて崩れる草原の景色があった。崩れたところは再び先ほどの焦土の景色へと変わっていく。いや、正確には違っている。今度姿を見せた景色には人が焼かれて助けを求めてるのが確認できる。女子供が泣き叫び、男が大声で助けを求める。先ほどとは似ているがまるで状況が違う景色が目の前に現れ、そして一人の人影が出てきた。全身真っ黒な姿で焦げているようにも見える、またさっきの鼻につく嫌なにおいが漂い始めた。人が焦げ血液が沸騰する匂いが辺り一面に充満する。真っ黒に焦げている顔には避けた口が横いっぱいに広がり、眼球をなくした目には白い光が丸く映っている。そう彼が――
「初めましてアデル君、君の事は彼の目からずっと見てきたよ」
炎の厄災、イゴール・バスカヴィルが姿を現した。