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作者: 青葉かなん
残酷な描写あり
第一話 レイ・フォワード
 いつの時代も世界は不条理で動いている、そう思ったことは無いだろうか?
 とある時代では宇宙から飛来した何かによって文明が、その星に住む全てが消え去ったのかも知れない。
 とある時代では築き上げた文明が――自然、又は抗う事の出来ない何かによって滅亡の危機を迎えたのかも知れない。

 また、とある時代では――いや、この時代は武装国家によって民が苦しみ病に飢え、戦争が蔓延する世界。そんな時代に生きた若者達が居る、これはそんな彼らの物語。

 彼らの物語の書き出しはそう――「むかしむかし、ある所に」そんな様式美から始まる物語。

 


 見渡す限り一面の砂漠、照り付ける日差しが容赦なく体力を奪いに来る。そんな灼熱地獄に少年が一人。
 全身にローブを纏って日差しから肌を守っているこの少年、腰には一振りの大剣を一本。肩からベルトでくくっている。ちょうど砂丘のてっぺんにまで登ったところで一度足を止めて頭にかかっているローブをとってあたりを見渡した。

 周囲に人工物もしくは日陰になるような場所すらない。少年はため息を一つついてもう一度ローブをかぶりなおして歩き始めた。
 少年がこの砂漠に足を踏み入れてから今日で三日と五時間、手持ちの食料も底をつき残るは多少の飲み水だけ。

 ここは世界の中心、中央大陸南部の砂漠地帯『ケープバレー』過去に大戦があり荒廃した後砂漠化した場所である。半径百数キロを砂漠で埋め尽くされその周囲には山がそびえたつ。
 少年が目指しているのは砂漠と、その先にある荒野の入り口、酒場町として旅人のオアシス。彼は北東部の山を越えて砂漠に入り地図を頼りに進んできたものの一面砂漠で地形もすぐに変わってしまうこの場所で文字通り迷子となっていた。
 手にしている地図を睨みつけるもまったくもって現在地がわからない、砂丘を見つけては登って周囲を見渡す作業をずっと続けている。溜息が少年の口からこの日、何度目かわからない数がこぼれたあたりで澄み渡る空を見上げた。照り付ける日差しを睨み自分の影と日の位置を確認して今自分がどの方角に進んでいるのかを確認する。

 迷い始めてからすぐに実行したこの方角確認、このままなんの考えもなしに歩いていては町を見つけるどころか砂漠の出口を見つけることすらできない。その前に飲み水がなくなり息絶えてしまうかもしれない。そう考えた少年の行動だった。運よく町が見えれば吉、そうでなくとも同じ方角にまっすぐ進んでいればいつかは砂漠の切れ目まで出られる。そう考えたのだ。そしてこの少年は運のいい方向へと転がった。
 その日の夕刻、日中のあの暑さから徐々に涼しくなってくるころ。目の前にひときわ大きな砂丘が見えた。少年の荷物の中には一時間ほど前に飲み水はすべて切らしている。この砂丘を登り何かが見えてくれることを祈った。

 何度か砂に足を取られそうになりながらもやっとの思いで登った砂丘、両ひざに手をついて息を切らしていた少年がふと顔を上げると自分が探し求めていた物がついに見えた。

 少年は大いに喜んだ、砂丘を滑り降り勢い余って転ぶ。すぐさま立ち上がり残りの体力すべてを使い切る勢いで走った。もう彼に余力は残っていない、気力と体力が続く限り動き辛い砂漠を駆けた。ガチャガチャと背中の荷物と巨大な剣がぶつかり音を立てている。ぐんぐんと速度を上げて走るその姿はさぞ滑稽だったろう、しかし今の少年にそんなことを気にしている余裕なんてこれっぽっちもなかった。生死にかかわることなのだから。だが少年はここで一つ考慮すべきことを忘れていた。
 確かに砂丘から見えたのは少年の目的地である酒場町のようだった。だがこれが蜃気楼じゃないという確証がどこにあったのだろうか? もしも見えたものが実物ではなく蜃気楼の類であったのなら……その時はゾッとするであろう。



 あれから一時間後、少年が見たものは間違いなく酒場町だった。
 へとへとになりながらもたどり着いた少年は両手を挙げて大声で叫んだ。そしてそこで力尽き、そのまま後ろへと倒れると眠るように気絶してしまった。
 何事かと周辺の酒場や宿屋から住人や旅人が顔を出しては少年を見る。ボロボロになったローブに砂まみれの衣装を見た彼らは急いで少年を近場の診療所へと運んだ。
 この町ではよくある話だそうだ、唐突に大声を上げたとたん倒れる旅人なんてもはや名物となり果てている。それもそのはずだ、大体この町に入ってくる旅人なんてのは荒野か砂漠を越えてくるのどちらかしかいない。どっちのルートも大概ではあるものの難易度的には砂漠を越えてくるほうが無茶なことである。荒野のほうも安全とは言い難いがそれでも砂漠よりかはマシだろう。
 少年が他の旅人に抱えられ診療所に担ぎ込まれたのを見送った一人の大男が少年のものと思われる大きな大剣が地面に置き去りにされているのに気が付きそれを拾うとした。

「な……なんだこれ」




 診療所に少年が担ぎ込まれて二日、一向に目を覚まさなかった少年だったがこの日やっと動きがあった。ゆっくりと瞼を開くと少年は現在自分が置かれてる状況が分からなく首をかしげていた。体に異変は無く上半身を起こし、見慣れない服を着てベッドに横たわっていたことを確認する。

「お、兄ちゃん大丈夫か?」

 部屋の前を通り過ぎようとしていた大男が意識を取り戻した少年を見えて声をかける、少年は一言簡単に返すと大男は一安心したようで胸をなでおろした。

「あのまま目を覚まさないのかと思ったぜ、兄ちゃんが町の入り口で大声出して倒れた時にゃいつものアレかと思って顔出してみりゃぁこんな子供だもんな。町中大騒ぎよ」

 大男の話曰く、大概は大人の旅人が行き倒れるところを目撃しているようだが今回のように子供がこのように倒れたというのは初めてだという。少年も申し訳なさそうに一度会釈をして右手で頭をかいた。

「それはそうと、もう大丈夫なのか? 熱中症に脱水症状。極め付けは砂漠熱にもあてられてたって先生の話だったが」

 少年はきょとんとした顔でもう一度自分の体を見る、見る限りではどこにも異常は無く旅に出た当初と同じ程度の健康状態であると確認できる。その大男のいう病状の痕跡は全くなく辛さや気怠さといった不調も一切なかった。

「驚きだなぁ、砂漠熱にあてられて二日で目を覚ますとは前代未聞だ。なんにせよ外傷はないみたいだけど内臓がどうなってるかわからねぇし先生呼んでくるわ」

 そう笑顔で大男は部屋を後にしようとした。が、少年が呼び止める。

「あ、なんだ兄ちゃん」

 少年は申し訳なさそうな顔でこの大男の名前を尋ねる、すると今度は大男のほうがきょとんとした顔で少年の顔を見て笑う。

「はっはっは、すまねぇな兄ちゃん。俺はこの町の宿屋『風吹くさざ波亭』の店主で『ガトー』ってんだ。皆からはおやっさんって愛称で呼ばれてるから兄ちゃんも気軽におやっさんとでも呼んでくれ」

 そう笑いながら言うと部屋を立ち去ってしまった。少年が自分の名前を名乗ろうとしたその前にだ。大柄でスキンヘッド、ピンクのエプロンが似合わない大男。そんなガトーに少年は少しだけ安堵して上半身の力を抜いた。力の抜けた上半身はベッドにそのまま倒れ白い枕に後頭部をうずめた。


 
「もう数週間は絶対安静じゃ! と本来ならいうところだがお前さんの体はどうなってるんじゃ? もう心配いらんわ」

 その後ガトーが引っ張ってきた医者に診察してもらい体に異変がないか調べてもらったが特に何も出なかった。健康そのものであると太鼓判を押されて少年もほっとする。それを見たガトーもまた大笑いして少年の背中を数発平手で叩いた。

「はっはっは、本当に頑丈だな兄ちゃん!」


「これ! いくら正常といっても担ぎ込まれた時は瀕死の重傷だったんじゃぞ! 患者にそんなことしちゃいかん!」
「大丈夫だよ先生、この顔見てみろよ。これが病人だって誰に話しても信じてもらえねぇぞ」

 背中を勢いよく叩かれた事で少しむせる少年に対し相変わらず大声で笑うガトー、それを見た医者も呆れた様子で頭を抱える。

「ほれ、病人じゃないならお前さんのところで引き取ってくれ。服もきれいにしておいてあるからそれに着替えてさっさと出た出た」

 なぜか少年は自分が怒られている様な錯覚を覚えつつ少し理不尽なガトーの顔を見てもう一度感謝の言葉を言った。だがガトーは笑顔で首を横に振り。

「なんてことはねぇよ、何かあったらお互い様ってのが俺の信条だ。んじゃぁ爺さんのいう通り着替えてこいよ。俺は外で待ってるからな」

 また少年の背中を数回平手で叩いた後、ガトーは部屋を後にする。医者もまたゆっくりと椅子から立ち上がって腰に手を当てて部屋を出た。
 少年はきれいになった自分の服を手に取るとゆっくりとだが着替え始める。白いシャツに青いジャンバー。青いズボンと短めのブーツに革の手袋。全てがたどり着いたときのままだ。しかし少年はここで一つ自分の持ち物で足りないものに気が付いた。それは自前の大剣だ。部屋を見渡してもどこにも見当たらない。まさかと思い急いで服を着るとそのまま診療所を後にした。
 外では先ほど言った通りガトーが待っていた、そこに走っていき自分の剣を見なかったかと尋ねた。するとガトーは一度右手を見つめた後そのまま砂漠側の入り口を指さす。

「あの馬鹿みてぇに重たい剣ならあそこだ、誰も持てねぇからあそこに置きっぱなしだよ。安心しな、誰も盗み出しちゃいねぇよ。なにせ持てねぇんだからよ」

 ガトーが指さした方向を見ると少しだけ砂にかぶった自分の剣が見えた。ホッと一安心すると少年とガトーは大剣のところまで歩き始める。

「兄ちゃん、あんな剣どうするつもりだよ。そもそもどうやってあれを運んできたんだおめぇ」

 少年は問いかけに首を傾げた、ガトーはその仕草が何を示すものなのかが理解できずに少年の隣を歩く。診療所から街の入り口までは少しだけ距離がある。その道のりを二人はそろって歩いていくと家々から住人が顔を出して声をかけてくる。もう大丈夫なのか? といった心配の声が多数聞こえてくる。それほど子供がこの町で倒れたというのは珍事件だったのだろうと少年は苦笑いする。

「ほら、動かした形跡すらねぇだろ?」

 ガトーのいう通り、少年が持っていた剣は一ミリも動かされた形跡はない。立派な装飾は無く、鉄塊と見間違えるほどの大きな剣。それを確認した少年はゆっくりとグリップに手を伸ばす。

「おいおい、兄ちゃんまさか」

 ガトーをはじめ、あの大剣をどうやって運んできたのか疑問に思っていた住人がここぞとばりに家々から顔をだして少年を見ていた。そして次の瞬間。

「お……おめぇ――」

 ガトーの言葉以外、この酒場町から一切の音が消えた。静寂の中少年は右手でその大剣のグリップを握ると軽々と持ち上げてしまった。
 開いた口がふさがらないとはこの事だろう。少年が寝ている間力自慢の旅人が何人もこの剣を持ち上げようとチャレンジしては敗北していった中、少年は軽々とその剣を持ち上げてしまったのだ。

「……自分の目を疑ったぜまったく。そういやぁまだ兄ちゃんの名前聞いてなかったな、なんていうんだ?」

 静まり返った町にガトーの声だけが遠くまで聞けるような気がした。今までのような大声ではなかったが確かにその声はよく通っただろう。少年は振り返り笑顔で答えた。

「レイ、『レイ・フォワード』です」

 レイ・フォワード、青髪で身長も同じ同年代の男の子では平均的で体に似合わない大剣を軽々と持ち上げるまだ齢十二歳の少年。

「よろしくね、おやっさん」

 そう言うと、にっこりと笑った。



 その日の夜、この町では何時ものように旅人や旅人が訪れては賑わいを絶やさないでいた。そんな中ガトーが経営する宿屋の一階には同じくガトーが切り盛りする酒場がある。そのカウンターにレイは座っていた。
 静かにコーヒーを飲んでいるレイと、その前で皿を拭いているガトーの姿があった。他の席では旅人たちが飲み食いしながらいろんな話をしているのが聞こえてくる。だがこの喧噪では誰が何を話しているのかさっぱりわからない状況だ。

「もうスグだぜ兄ちゃん」

 ガトーがレイにだけ聞こえるようにそう話した、コーヒーカップを口元に当てていたレイもその言葉を聞いてピクリと反応した。そして外が急に騒がしくなった。

「定刻通りだ、大体この時間になるとやってくるんだ」

 馬の蹄だろうか、それも一頭ではない。聞こえてくる足音からして三頭から四頭、こちらにだんだんと近づいてきているのがレイの耳にははっきりと聞こえた。楽しく騒いでいた他の旅人たちも蹄の音が聞こえたのだろう、ゆっくりとだがにぎやかだった空間に緊張が走ってきた。そして蹄の音がちょうどこの酒場の前で止まった。

「ようガトー、今日も来てやったぜぇ?」

 入り口の扉が勢いよく開くと大きな帽子をかぶったガンマンが入ってきた。その数四人。

「もう来るなって言ってんだろジェームズ!」
「そういうなよ、俺とお前の好じゃねぇか。いいから酒出せよ酒」

 ジェームズと呼ばれたのは先頭にいる男だ。腰にはシフトパーソル(銃火器の名称、シフトパーソルは片手拳銃型)がホルスター収まっている。チラチラと見せつけながらゆっくりとガトーの元へと歩いてくる。

「一銭も払わねぇお前等に飲ませる酒なんてねぇんだよジェームズ!」

 そこで彼らの足が止まった。今までもこんなやり取りが数回あっただろう。だが今日のガトーの強気なセリフにジェームズは違和感といら立ちを覚えた。以前にも同じような会話があった後ガトーはジェームズのシフトパーソルで左肩を撃ち抜かれている。それからはおとなしくなったと思っていた、そんな腰抜け野郎だと思っていた奴がまた同じような言葉を吠えてきたのだ。

「――ガトー、どうしちまったんだよおめぇ。また撃ち抜かれてねぇのか!」

 眉間にしわを寄せながら右手でホルスターからシフトパーソルを素早く抜くとガトーめがけて引き金を引いた。乾いた発砲音が酒場中に鳴り響き硝煙の匂いが立ち込める。だが同時に金属音が鳴り響き、ジェームズの視界が突如として真っ黒になる。左手で顔に覆いかぶさった何かを取ろうとするが空をかすめた。それが液体だと気づくのに時間はかからなかった。空を切った左手で顔についた液体を拭き視界が戻ってくる。

「っち、なんだよ畜生」

 だがジェームズは目の前の出来事にわが目を疑った。
 確かに引き金を引いた、ガトーに狙いを定めて照準を簡単にだが合わせた。発砲音もした。シリンダーが回り雷管が押されて弾丸が発射された。硝煙の香りもする。間違いなくガトーを撃った。だがガトー本人は無傷のまま静かにジェームズを睨みつけていた。どこにも銃弾による損傷は見られない。だがその代わりにすぐに異変が彼らを襲う。

「うわぁぁっ!」

 右斜め後ろにいた仲間の男が突如として悲鳴を上げた、何事かとそいつの方を首を回すとしりもちをついて何かに恐怖しているのが分かった。その視線の先にはもう二人の部下がいる。恐る恐るそちらに視線を送った。

「っ!」

 部下の一人が首から上、頭部が破裂している。鮮血が首から吹き上がりゆっくりと後ろへと倒れていくのが分かった。

「な……何が起こった」

 今ここで起こったことが信じられないジェームズは訳が分からないまま自分の部下が死んだことを理解できずにいた。そして突如として腹部に痛みが走ったと思った次の瞬間自分が外へと吹き飛ばされていることに気が付く。目の前にまばゆい星空がはっきりと見えた。今までオレンジ色の光が灯る酒場から一転、暗い砂漠の夜へと吹き飛ばされていた。
 だがそれ以上に自分自身に何が起きたのかが理解できない。砂の上に落ちたジェームズは三回転がりうつぶせで止まった。起き上がろうと足に力を入れるがいうことをきかない。まるで鉛のように重くなった自分の足がそこにはあった。

「へへ、一体全体何がどうなって――」

 顔を上げるとそこに何かが落ちてきた。それは見知った自分の部下の顔だった。首から下は無く顔だけがジェームズの目の前に転がってきた。そう、あの悲鳴を上げた男の顔だ。

「ロバート……?」

 何かとてつもなく怖いものを見たのだろう、恐怖で固まったその顔。それを見た瞬間胃の内容物がせりあがってくるのが分かった。

「う……おぇぇ……」

 溜まらず嘔吐した。

「畜生、畜生、畜生」

 内容物を全て吐き出した後ゆっくりと立ち上がる。右手でシフトパーソルを握り酒場へと銃口を向けた。

「なんだよ、何だってんだよ!」

 そこで引き金を引いた。酒場の入り口めがけて残りの五発を撃ち込んだ。発砲音と共に金属音が聞こえてくる。それが不可解だった。そしてその音は酒場の中にいた時も確かに聞こえていた。
 シリンダーに入っていた弾薬をすべて打ち尽くしてもなお人差し指はトリガーを引き続けている。空の薬莢を叩く音だけが聞こえている。その騒ぎに気が付いた他の住人が恐る恐る窓やドアから顔をのぞかせてジェームズを見た。

「危ないじゃないかおじさん」

 声が聞こえた、少年の声がジェームズの耳に届いた。引き金を引くのを辞めた彼の目に飛び込んできたのは大剣を右手に持って酒場から出てくるレイの姿だった。

「誰だ、てめぇ誰だ!」

 腰のポーチから弾丸を取り出してシリンダーの中身を入れ替えるジェームズ。それをただじっと見つめているレイはため息をこぼした。

「ガトーっ! てめぇ俺たちに一体何をしたぁ!」

 装填を終えたジェームズは再び銃口を向ける、そしてレイめがけて引き金を引く。だがその弾丸はレイにあたる直前で大剣によってふさがれてしまった。しかしジェームズは構わず打ち続けた。もう一発、もう一発と。

「死ねぇ、死ねぇ!」

 そのすべてをレイは大剣で弾いた。その様子を後ろで見ていたガトーも驚きを隠せないでいる。なんて子供だろうと。

「逃げてくれれば一番よかったのですが、仕方ないです」

 レイはゆっくりとジェームズの元へと歩き再び弾丸を装填しようとしている所を大剣でシフトパーソルを弾き飛ばし、その返しでジェームズの首を跳ねた。
その様子を後ろで見ていたガトーは思わず今目の前で起きたことに対して驚きを隠せなかった。噂には聞いていたがこれ程までとは予想だにしていなかった事実。

「これが、剣聖の弟子……」

現存する至高の剣士、剣聖の称号を手にした男が育てた剣士。それがレイだった。



 夜が明けると昨夜起きたことが町全体へと知れ渡る。
 荒くれ者達は度々町に現れては傍若無人な振る舞いで酒場を荒したり、人攫いなんかもしてたという話がレイの耳に入ってきた。西の荒野を拠点とする盗賊団の一部で住民も彼らには程々頭を抱えていたという。

 そもそもこの話がレイに持ち掛けられたのはガトーの一言だった、大剣を軽々と持ち上げたレイに何かあると思ったガトーはすぐにでもレイが何者でなんの目的でこの町にまで来たのかを問いただしていた。そこで発覚したのが剣聖カルナック・コンチェルトの弟子である。にわかには信じ難い話ではあったが町の住人の力自慢達やガトー本人でも持ち上げられなかったあの大剣を軽々と持ち上げたレイの言葉を信じてみようと思ったのだという。結果、手を焼いていた盗賊団の一部はレイの手によって処理された。

 もちろん町の住人は喜んでいた、だが素直に喜べない人間もいる。ガトーもその一人ではある。まだ年端もいかない少年にこんなことを頼み、あまつさえ人を手にかけさせたのだ。こればかりは本人もかなり悔やんでいた様子だった。事情はどうあれ言ってしまえば殺人である。本人にも負担がのしかかるだろう。そう思っていた。

 日が昇りまもなく正午になる少し前になったところでレイが部屋から出てきた。気まずそうな顔をするのはもちろんガトーである。そんなことを余所にレイはカウンターに座るとコーヒーを注文する。

「どうしたんですかおやっさん」

 さすがに様子が変だと思われたのだろう、どこか余所余所しいガトーと様子が気になったレイはすかさず尋ねる。

「いや、昨夜はすまなかった」
「何がですか?」

 キョトンとした顔で出されたコーヒーに手を伸ばす。

「お前さんの言葉を信じてあんなことを頼んじまったことだ」
「あぁ、気にしないでください。おやっさんが僕に頼まなくても昨夜は同じようになってたんですから」

 熱々のコーヒーを口元に運びながらゆっくりと覚まして一口飲んだ。その言葉を聞いたガトーは驚いた様子で。

「同じようになってた?」
「そうですよ、おやっさんが僕に頼まなくてもあいつ等は何時ものようにやってきて暴れてたんだと思います。それを見た僕は彼らを同じようにしてましたよ。だから何もおやっさんが気を病むことじゃないんです」

 揺ら揺らとカップの中でコーヒーを揺らしながらそう答えた。それを聞いて少しだけ安堵の様子を見せるガトーだったが、レイの少し寂しそうな表情が目から離れない。

「どうせ旅の途中です、情報収集をするためにもまだこの町に滞在するんですからそれなりに働かせてもらいますよおやっさん。宿泊料と御飯代がタダなんですからそれぐらいはさせてもらわないと僕が先生に怒られてしまいます、なので今の僕はさしずめ用心棒って事で」

 その寂しそうな表情はすぐに笑顔へと変わった。

「いや、すまねぇ……代わりに良いものやるからそれで機嫌を取ってくれ」

 そう言うとポケットから一つの石を取り出す、それを徐にレイの方に投げるとレイは片手でキャッチした、丸い直径二センチ位の小さな蒼い玉だった、綺麗な石ですねと子供みたいな事を言うレイに男は、

「そいつは幻聖石と言ってな、この地方じゃ滅多に取れない鉱石の一つだ。 その石を左手に持っておめぇさんの剣を右手に持ってよ、それを一緒にするようにイメージしてみな? 良い事が起きるぜ!」

 何が何だかさっぱりのレイは言われるままにしてみた、目をつむり両方のイメージを組み合わせる、するとレイの持っている剣と幻聖石は光だし一緒に成るかのようにお互いが共鳴し始める、何事かとレイはとっさに目を見開くと剣が小さくなりそのまま幻聖石の中に吸い込まれた。

「え? え? えぇぇぇ!?」

 状況を全く理解出来ないレイに男は 。

「幻聖石、別名『旅袋』っていってな。どんなに大きな物でもその中に収納出来る優れものさ、あんたの剣は大きくて邪魔だろうと思ってな。昔に手に入れたそいつをお前さんにやろうと思ってよ、どうだ? 気に入ったか?」
「もの凄く便利なんですけど、どうやって取り出すんですか?」
「幻聖石を握りしめてその中に入ってる物をイメージするだけで出てくるぜ?」

 そう言われるとレイは自分の剣をイメージした、すると幻聖石は蒼い光を一筋剣の形にしながら伸びるとその光は完全に剣へと姿を変える。だが、手には幻聖石は形も残らない。

「剣が出てきたのは良いけど、幻聖石は?」
「幻聖石はもうその剣と融合したから剣を出すと無くなっちまうんだ。その代わり剣を持ちながら幻聖石をイメージすると戻る」

 なるほど、そんな言葉を一言零すと大きな自分の剣を幻聖石に納めたまま腰の小物入れにしまった。

 その後、レイは町の中を散策し始めた。本来の目的のために情報を集めるとガトーに伝えて酒場を後にする。まず初めに向かったのが町長の家だ。木造だがしっかりとした作りである、特にかざりっけは無いものの屋根に風見鶏がついているのですぐに分かった。あらかじめガトーから教えてもらった特徴だ。

 ドアをノックすると町長本人が出てきた、軽く会釈をするレイに対し町長は握手を求めてきた。昨夜のお礼を言いたいとのことだそうで家の中へと迎えられた。少量ではあるが金品を出されたがレイはこれを断る、報酬ならガトーからすでにもらっていると伝えると今度は自分の本題を話し始める。

「――と言うわけなんですが、見かけませんでしたか?」
「そうさねぇ、見た記憶はないんだが……もし何か情報が入れば君に伝えよう。しばらくはガトーの所にいるのかい?」
「はい、しばらくはお世話になるつもりです」
「わかった、では何かあれば使いの者を出そう」

 目が覚めた初日にガトーにも同じ質問をし情報が得られなかったが今回も同じ結果となってしまった。まぁそう易々と見つからないのも事実でやっぱりといった感じではあった。それに対して落ち込む様子を見せるも何時もの事だと割り切ってすぐに笑顔を作った。

 レイが探し物を初めて早半年、彼の探し物は一向に見つからずこれで十何件目である。この酒場町にやってきたのもその情報収集と手がかりが無いか等を調べるためである。最初こそいつ見つかるのだろうと焦る様子が見えたものの、最近では慣れ始めてきたのか落胆はそこまでではなくなってきた。それでも精神的に来るものがあるのだろう。時折寂しそうな表情を浮かべてはすぐに笑顔を作るといったことが多くなってきている。

「だけどレイ君、探してる君に言うのもなんだが……その、彼は」
「えぇ、そうです。でもあいつは僕の友達なので」
「そ、そうか」

 レイが探しているもの、それは彼の友達。
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