どうせ強制イベントなら
いちど決めたら突き進む。それがドロちん
「拝見しましょう……レブリエーロ首長からの手紙か」
落ち着いた風に、彼は僧侶から赤い封印が施された手紙を受け取った。
「本人以外には渡さぬよう言われている」
「でしょうな。この印は託された者以外、所持することを許されぬもの」
空間にふたりの男性の声が響く。一方の僧侶は低く荘厳に、もう一方の軍服は落ち着き払った渋い声色で。
ブッちゃんはわたしの右にいる。
左はドロちん。
この三人で長椅子を占拠中。
あんずちゃんはブッちゃんのさらに右側にある個イス。そして、ブッちゃんの向かい側にウォルターさん。そのとなりに例の女のひとが静かに座ってる。
ルディさんだって。
「確かに受け取った」
襟に赤い勲章を付けたテトヴォ首長は、刃物で封を解きその中身を取り出した。
封筒の中にあったのは、三つ折りに畳まれた一枚の紙。そこには文章が記されており、彼はしばらくそこに目を通していく。
退屈になったわたしは、ふたりの間から外の景色を眺めたり、部屋の隅々まで観察してみたり、テロリストが突撃してきた際の対応策などを考える。
「なるほど」
内容をひととおり確認し、ウォルターさんはこちらに目を移す。
猛禽類のような眼差しだった。
でも敵意はない。
こちらを捕食対象ではなく、どちらかといえば協力者として見てる目だ。
「単刀直入にお願いします。我々の依頼を受けてはもらえぬでしょうか?」
みんな驚き?
ううん、思ったほどじゃない。
だって、なんとなくだけど感じてたもん。
また面倒なことに巻き込まれるなーって。
ドロちんに至っては「でしょうね」なんて呟いてたし。
「手紙にはこう書かれています。テトヴォに巣食う悪逆非道の輩を潰せと」
どうやら、テトヴォの現状はレブリエーロにも知れ渡っていたらしい。彼は内容がわかるように、手紙の書面をこちらに提示する。
難しい言い回しでよくわかんないけど、とにかく、言いたいことはウォルターさんのセリフ通りだと思う。
「公的な依頼というわけか」
まずはブッちゃんが質問し、ウォルターさんがうなずく。
「我々としても、あのような非道の連中を許しておけぬ……みなさまは、レブリエーロでも多大な貢献をしたと伺っている。どうか、我々に協力していただきたい」
頭を下げるようなマネはせず。
偉そうでもない。
正々堂々、自身の行いになんら恥じ入ることもないという態度。
ふと気になって、わたしはみんなの様子を確かめた。
あんずちゃんは難しそうに考えつつ、肯定的な表情を浮かべている。このまま放っとけば「悪逆非道の輩を捨て置けませんわ!」とか言って剣を掲げそう。
ブッちゃんは、パーティーの代表者として難しい決断を迫られている。これ以上旅団の任務に足止め食らうのは困るし、けど乗りかかった船だし、なんか断れない雰囲気だし。
左のドロちんはだんまり。何かを思い出す素振りを見せては「あの駄犬め……」と恨みがましい声を漏らしてる。
(だけんってだれだ?)
みなさんお悩み中ですね。
わたしの意見?
大義名分ゲットだぜ!
「いいよ! じゃあさっそくヤッちゃおう!」
「グレース、ちょっと落ち着いてください」
イスから立ち上がったわたしに、あんずちゃんが手を出してたしなめた。
「なんで? ワルいヤツらを懲らしめるだけじゃん」
「わたくしも、そのような連中は許せませんわ。けど考えなしに突入なんて、そんなことは――」
言って、マイフレンドは軍服のふたりを交互に見る。さらにブッちゃんが思案混じりの顔で尋ねた。
「その依頼は、事件解決までを契約期間とするのか?」
「手続き上はそうなります」
この質問にはルディさんが答えた。
中性的な顔と声の女性だ。
なんでおんなの子だとわかったかって?
だって、みんなと同じ匂いなんだもん。
(あんずちゃんもドロちんも、たまーに血の匂いがするんだよね)
でも物騒なアレじゃない。
ビーちゃんに聞いた時もはぐらかされるし。
あんずちゃんに聞いても「グレース、あなたまさか……」なんて同情的な視線を向けられるし。
ドロちんに聞いてもうやむやにされたし。
「件の悪政者、メイスの逮捕までと思って頂いて差し支えありません」
「……さて、どうしたものか」
仏頂面で悩むブッちゃん。
リーダーである彼にとって、最優先すべきは旅団依頼の遂行だ。
レブリエーロではダンジョン探索などしつつ、かなり時間をかけてしまった。
ここで余計な依頼を受ければ、目的達成まで更に遠回りすることになる。
一方で、慈悲深きこと山のごとしなブッちゃん。
青ローブの僧侶はテトヴォの現状をたいへん憂いております。
囚われた異世界人のことも気にかけてる様子。
あんずちゃんも乗り気だし、あと一押しで「あいわかった」と受諾してくれそうな雰囲気。
(むむむ、なんとかしてお硬い僧侶の背中を押せないものか)
などと悩んでたところ、思いがけない方向から援護射撃がありました。
「いいんじゃない? 引き受けましょうよ」
「ドロシー?」
困惑顔のブッちゃん。
まさかロリっ子魔法少女から賛成票をもらうとは思わなかった。
「乗りかけた船だし、しょーじきイライラしてんのよね。そのクソ政治家のせいでウチの仕事上がったりだし、稼ぎ悪いし雰囲気悪いしで」
(稼ぎが悪い)
金貨やぞ?
銀貨六十枚でそれやぞ?
ちなみに銅貨六十枚で銀貨一枚。
つまり金貨一枚は銅貨、えーっと……うん、とにかくいっぱい!
「囚われた異世界人ってのも興味あるわ。救出して仲間に率いれば、ある程度役に立つんじゃない?」
「異世界人。ティトのことですわね」
「あんずちゃん知ってるの?」
「ええ、お客さんとよく話題になりますから」
「ウラじゃ有名よ。金持ちから金品財宝を奪って、貧しい人に分けてあげてるんだって。それで本題だけど」
ドロちんは対面に交渉をしかけた。
「条件があるわ」
「条件?」
訝しげにルディさんが眉を曲げ、わずかな沈黙の後にウォルターさんが唇を開いた。
「聞きましょう」
「新しい爆薬の開発中なのよ」
言って、彼女は自前のポシェットから小瓶を取り出した。なにやら物騒なワードですが?
「指向性、つまり自身で爆発の威力と方向性を調節できる代物よ。これを使えば、たとえ市街地でも一般人を巻き込むことはないわ」
「ッ! それは困ります」
イタズラっぽい笑みを浮かべる魔法少女。
軍服の女性が身を乗り出し、しばらく魔女っ子と軍服ウーマンの言い争いが続いた。
「間違っても一般人に被害は出せません」
「平気よ」
「いま実験とおっしゃいましたよね? ということは、まだ確実ではないのでしょう?」
「ならどうするつもり?」
「我々を信頼してください。計画通り進めば必ず」
「その計画とやらを今言いなさい」
「それは……とにかく、我々を信じてください」
「信じてほしいなら尚更よ。ウチらは異世界人の救出込みで動くのだから……もし、そっちの計画を何も言わず好き勝手にウチらを使うつもりなら、こっちはこっちで勝手に動くわよ?」
有無を言わさぬ断言。そうそう、オジサンはこういうとき「相手にスキを与えるな。こいつはやると言ったら必ずやる。そういう凄みを出すんだ」って言ってた。
果たして、先に折れたのは軍服ウーマンのほうだった。
「三日後、メイスとアルはテトヴォを離れとなりの村へ向かいます。その途中で――」
ドロちんが相手のセリフを切る。
そして言う。
上から目線で笑う。
「証拠もなしにぃ? 聞かせてくれる? それのどこが計画ですって?」
「しょ、証拠ならあります!」
かすかに、ウォルターさんが眉をひそめた。
余計なことを喋るな、とでも言うように。
それに気づかず、ルディさんは青空をバックにいくつかの資料を提示した。
「違法献金、偽計、収賄、さらに汚職に関わった貴族の名まで……よくもまあここまで集めたわね」
ドロちんは、というかわたしもブッちゃんもあんずちゃんもその資料につきっきりである。
っていうか、これだけ証拠揃ってるなら今すぐにでも捕まえに行けばよくね?
「ふーん……即席シナリオならこんなもんね」
(え?)
それらをひとしきり眺めた後、ドロちんは資料とおねーさん、そして先程からだんまりを決め込むウォルターさんを交互に見る。
そしてイスの背もたれにすとんと腰を下ろし、あからさまなため息をついた。
「でもやっぱムリね」
(いやいやドロちん、まだゴネるの?)
報酬目当て? そろそろ引き際じゃないんかね。それともまだ腑に落ちない点でもあるのかな。
「三日後ってことは、とっくに異世界人の処刑が終わった後じゃない」
「なぜ知って! だって、これは内々的にしか知られてないはずでは」
「あぁ、本当にそうだったんだ」
「ッ!」
意外そうな顔の魔女っ子。
ハッとする軍服レディ。
「知らなかったからカマかけてみたんだけど」
「……もういい、ルディ」
「も、申し訳ありません!」
ルディさんが慌てて立ち上がる。
イスがガタンと音をたて、大きく揺れ動いた。
落ち着いた風に、彼は僧侶から赤い封印が施された手紙を受け取った。
「本人以外には渡さぬよう言われている」
「でしょうな。この印は託された者以外、所持することを許されぬもの」
空間にふたりの男性の声が響く。一方の僧侶は低く荘厳に、もう一方の軍服は落ち着き払った渋い声色で。
ブッちゃんはわたしの右にいる。
左はドロちん。
この三人で長椅子を占拠中。
あんずちゃんはブッちゃんのさらに右側にある個イス。そして、ブッちゃんの向かい側にウォルターさん。そのとなりに例の女のひとが静かに座ってる。
ルディさんだって。
「確かに受け取った」
襟に赤い勲章を付けたテトヴォ首長は、刃物で封を解きその中身を取り出した。
封筒の中にあったのは、三つ折りに畳まれた一枚の紙。そこには文章が記されており、彼はしばらくそこに目を通していく。
退屈になったわたしは、ふたりの間から外の景色を眺めたり、部屋の隅々まで観察してみたり、テロリストが突撃してきた際の対応策などを考える。
「なるほど」
内容をひととおり確認し、ウォルターさんはこちらに目を移す。
猛禽類のような眼差しだった。
でも敵意はない。
こちらを捕食対象ではなく、どちらかといえば協力者として見てる目だ。
「単刀直入にお願いします。我々の依頼を受けてはもらえぬでしょうか?」
みんな驚き?
ううん、思ったほどじゃない。
だって、なんとなくだけど感じてたもん。
また面倒なことに巻き込まれるなーって。
ドロちんに至っては「でしょうね」なんて呟いてたし。
「手紙にはこう書かれています。テトヴォに巣食う悪逆非道の輩を潰せと」
どうやら、テトヴォの現状はレブリエーロにも知れ渡っていたらしい。彼は内容がわかるように、手紙の書面をこちらに提示する。
難しい言い回しでよくわかんないけど、とにかく、言いたいことはウォルターさんのセリフ通りだと思う。
「公的な依頼というわけか」
まずはブッちゃんが質問し、ウォルターさんがうなずく。
「我々としても、あのような非道の連中を許しておけぬ……みなさまは、レブリエーロでも多大な貢献をしたと伺っている。どうか、我々に協力していただきたい」
頭を下げるようなマネはせず。
偉そうでもない。
正々堂々、自身の行いになんら恥じ入ることもないという態度。
ふと気になって、わたしはみんなの様子を確かめた。
あんずちゃんは難しそうに考えつつ、肯定的な表情を浮かべている。このまま放っとけば「悪逆非道の輩を捨て置けませんわ!」とか言って剣を掲げそう。
ブッちゃんは、パーティーの代表者として難しい決断を迫られている。これ以上旅団の任務に足止め食らうのは困るし、けど乗りかかった船だし、なんか断れない雰囲気だし。
左のドロちんはだんまり。何かを思い出す素振りを見せては「あの駄犬め……」と恨みがましい声を漏らしてる。
(だけんってだれだ?)
みなさんお悩み中ですね。
わたしの意見?
大義名分ゲットだぜ!
「いいよ! じゃあさっそくヤッちゃおう!」
「グレース、ちょっと落ち着いてください」
イスから立ち上がったわたしに、あんずちゃんが手を出してたしなめた。
「なんで? ワルいヤツらを懲らしめるだけじゃん」
「わたくしも、そのような連中は許せませんわ。けど考えなしに突入なんて、そんなことは――」
言って、マイフレンドは軍服のふたりを交互に見る。さらにブッちゃんが思案混じりの顔で尋ねた。
「その依頼は、事件解決までを契約期間とするのか?」
「手続き上はそうなります」
この質問にはルディさんが答えた。
中性的な顔と声の女性だ。
なんでおんなの子だとわかったかって?
だって、みんなと同じ匂いなんだもん。
(あんずちゃんもドロちんも、たまーに血の匂いがするんだよね)
でも物騒なアレじゃない。
ビーちゃんに聞いた時もはぐらかされるし。
あんずちゃんに聞いても「グレース、あなたまさか……」なんて同情的な視線を向けられるし。
ドロちんに聞いてもうやむやにされたし。
「件の悪政者、メイスの逮捕までと思って頂いて差し支えありません」
「……さて、どうしたものか」
仏頂面で悩むブッちゃん。
リーダーである彼にとって、最優先すべきは旅団依頼の遂行だ。
レブリエーロではダンジョン探索などしつつ、かなり時間をかけてしまった。
ここで余計な依頼を受ければ、目的達成まで更に遠回りすることになる。
一方で、慈悲深きこと山のごとしなブッちゃん。
青ローブの僧侶はテトヴォの現状をたいへん憂いております。
囚われた異世界人のことも気にかけてる様子。
あんずちゃんも乗り気だし、あと一押しで「あいわかった」と受諾してくれそうな雰囲気。
(むむむ、なんとかしてお硬い僧侶の背中を押せないものか)
などと悩んでたところ、思いがけない方向から援護射撃がありました。
「いいんじゃない? 引き受けましょうよ」
「ドロシー?」
困惑顔のブッちゃん。
まさかロリっ子魔法少女から賛成票をもらうとは思わなかった。
「乗りかけた船だし、しょーじきイライラしてんのよね。そのクソ政治家のせいでウチの仕事上がったりだし、稼ぎ悪いし雰囲気悪いしで」
(稼ぎが悪い)
金貨やぞ?
銀貨六十枚でそれやぞ?
ちなみに銅貨六十枚で銀貨一枚。
つまり金貨一枚は銅貨、えーっと……うん、とにかくいっぱい!
「囚われた異世界人ってのも興味あるわ。救出して仲間に率いれば、ある程度役に立つんじゃない?」
「異世界人。ティトのことですわね」
「あんずちゃん知ってるの?」
「ええ、お客さんとよく話題になりますから」
「ウラじゃ有名よ。金持ちから金品財宝を奪って、貧しい人に分けてあげてるんだって。それで本題だけど」
ドロちんは対面に交渉をしかけた。
「条件があるわ」
「条件?」
訝しげにルディさんが眉を曲げ、わずかな沈黙の後にウォルターさんが唇を開いた。
「聞きましょう」
「新しい爆薬の開発中なのよ」
言って、彼女は自前のポシェットから小瓶を取り出した。なにやら物騒なワードですが?
「指向性、つまり自身で爆発の威力と方向性を調節できる代物よ。これを使えば、たとえ市街地でも一般人を巻き込むことはないわ」
「ッ! それは困ります」
イタズラっぽい笑みを浮かべる魔法少女。
軍服の女性が身を乗り出し、しばらく魔女っ子と軍服ウーマンの言い争いが続いた。
「間違っても一般人に被害は出せません」
「平気よ」
「いま実験とおっしゃいましたよね? ということは、まだ確実ではないのでしょう?」
「ならどうするつもり?」
「我々を信頼してください。計画通り進めば必ず」
「その計画とやらを今言いなさい」
「それは……とにかく、我々を信じてください」
「信じてほしいなら尚更よ。ウチらは異世界人の救出込みで動くのだから……もし、そっちの計画を何も言わず好き勝手にウチらを使うつもりなら、こっちはこっちで勝手に動くわよ?」
有無を言わさぬ断言。そうそう、オジサンはこういうとき「相手にスキを与えるな。こいつはやると言ったら必ずやる。そういう凄みを出すんだ」って言ってた。
果たして、先に折れたのは軍服ウーマンのほうだった。
「三日後、メイスとアルはテトヴォを離れとなりの村へ向かいます。その途中で――」
ドロちんが相手のセリフを切る。
そして言う。
上から目線で笑う。
「証拠もなしにぃ? 聞かせてくれる? それのどこが計画ですって?」
「しょ、証拠ならあります!」
かすかに、ウォルターさんが眉をひそめた。
余計なことを喋るな、とでも言うように。
それに気づかず、ルディさんは青空をバックにいくつかの資料を提示した。
「違法献金、偽計、収賄、さらに汚職に関わった貴族の名まで……よくもまあここまで集めたわね」
ドロちんは、というかわたしもブッちゃんもあんずちゃんもその資料につきっきりである。
っていうか、これだけ証拠揃ってるなら今すぐにでも捕まえに行けばよくね?
「ふーん……即席シナリオならこんなもんね」
(え?)
それらをひとしきり眺めた後、ドロちんは資料とおねーさん、そして先程からだんまりを決め込むウォルターさんを交互に見る。
そしてイスの背もたれにすとんと腰を下ろし、あからさまなため息をついた。
「でもやっぱムリね」
(いやいやドロちん、まだゴネるの?)
報酬目当て? そろそろ引き際じゃないんかね。それともまだ腑に落ちない点でもあるのかな。
「三日後ってことは、とっくに異世界人の処刑が終わった後じゃない」
「なぜ知って! だって、これは内々的にしか知られてないはずでは」
「あぁ、本当にそうだったんだ」
「ッ!」
意外そうな顔の魔女っ子。
ハッとする軍服レディ。
「知らなかったからカマかけてみたんだけど」
「……もういい、ルディ」
「も、申し訳ありません!」
ルディさんが慌てて立ち上がる。
イスがガタンと音をたて、大きく揺れ動いた。