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作者: 犬物語
おみせはおみせ
なんでも売るしなんでも買う。そんなおみせ
 青白い肌の女性がいる。

 うすく淡いブロンドの長髪。ウェーブがかった大人の雰囲気。深い紫の唇は精気が無いように見えて、逆に異性の欲望を焚きつける魅力さえ孕んでいる。

「そろそろね」

 妙齢の女性。決して少女ではなく、かといって年齢を感じさせる証はひとつもない。ハリツヤある肌、妖艶な瞳、その左頭部には片方から巻き上げられたツノが一本伸びていた。

 彼女はとある木造建築の屋上の角に腰掛けていた。人によっては怖気づき近づきさえできないような断崖絶壁感。それでも女性は、庭園に設けられたイスのようにそこに居座り、立ち上ってきた日差しと暖かな風を受けている。

「春、夏、秋、冬――四季のうち熱くも寒くもない季節。っふふ、観光にはいい季節だわ」

 やがて、彼女がいる建物から数人の人間が出てくる。そう、人間だ。あの人たちは人間だ。そのなかでもとくに気になる少女がいた。

「しゅっぱーつ! ほらあんずちゃんはやく!」

「ちょ、まってください! 甲冑ではそこまで速く走れませんわ!」

「……うふっ」

 やっぱりかわいい。

 あんずと呼ばれた甲冑姿の人間。それに子どものような魔法使いと魔族の、いや、規格外の体格と肌の色がそのように見えるだけか。

 出で立ちからして僧侶か。四人パーティ。以前連れていた仲間とは少し色が異なっているようだけど、それはさしたる問題じゃない。

 女性は立ち上がった。ファーストコンタクトはただすれ違っただけの少女でしかなかった。

 けど、彼女と話をして興味が湧いて、もっと知りたくなった。

(アタイとあんたはオトモダチ。そうだよね? グレース)

「魔王様の命令には従う。趣味も楽しめる。おもしろい人間に出会える。しばらく故郷に戻りたくはないねぇ」

 誰に見せるでもない笑みを浮かべ、彼女――ケイラックはそのまま建物の外側に足を投げ出し、もう片方の足を踏み出し、彼女の身体は完全に物理から開放される。

 人間の常識が通用しない魔族には、翼など必要ないのだろう。魔族の女性はそのまま人間を見下ろし、オトモダチの背中を追った。





「およ?」

 だれかの視線を感じ、わたしはその方向へ振り返った。

 そこにはあんずちゃんがいる。

「……なんですの? 急に足を止めて」

「見てた?」

「見てたって、まあ」

「後ろにいるんだから当たり前でしょ」

 ロリ魔術師の人を小バカにしたような鋭い視線が降り掛かった。

「そうじゃなくて、うーん気のせいかな」

「敵の気配か」

 僧侶が視線の高さを活かして全方向を確認する。城郭を抜け、ある程度舗装されてるけど馬車は通れなさそうな道を踏み鳴らしていく。

 ここにあるのは石と砂が打ち合う音だけだ。そうなんだけどなーんか気配がするんだよな。

「んー」

 なんとなく上を向く。うーんまぶしい太陽ともっくりした雲さん。あ、なんかクロワッサンに似てるなアレ。

 ぐぅぅぅ。

「あっ」

 腹の虫。でもってジト目のあんずちゃん現る。

「さっき食べたばかりですわよ?」

「てへ」

「バカやってんじゃないわよ。突っ立ってないでさっさと進みなさい」

 ちょっとうちのロリ魔女っ子キビしすぎません? 成人してるけど。

「ってかドロちんなんさい?」

「どこからそのセリフにつながるのよ!?」

 ドロちんはおこった。

「早くしてよね。この森に入ったらすぐなんだから」

 みんなの歩調から先を越してずいずい進んでく。その先はそこそこ茂った林道があり、近くでは自然のままの小川があり、聞く人のこころを和ませる良いせせらぎを奏でていた。

 川沿いに進むと、やがて水車が視界に入ってくる。その近くには小屋があって、それに連なる形でお店を構えているようだ。

 近づくにつれその全貌が明らかになってきた。小屋に隣接した水車は小川から引いた水によって回されている。その回転が小屋の中に伝わって、その中でゴリゴリと音がなってるのがわかった。

 そばにはかんたんな柵で囲われたスペースがあって、ニワトリたちがせっせとエサをついばんでいる。まっさらな砂地にぽつぽつとある石段が、わたしたちにお店へのルートを教えてくれた。

「入るわよ」

 ドロちんが無遠慮に勝手口を開き内部へと侵入した。歓迎の声はなく、カウンターにも人らしき姿はない。

「留守か?」

「ううん、たぶん製粉所よ」

 ブッちゃんのつぶやきに案内役が答え、ついでといった感じで店内の商品を物色しはじめた。

「いろいろありますのね」

 最後にお店へ足を踏み入れたあんずちゃんが、おずおずといった形で内部の情景を見渡していく。棚の小瓶には液体、皿には植物の葉が備えられていて、それだけでなく日用雑貨や野菜、果物などの食料、何らかの書籍や狩猟に使えそうな武器なんかもひととおり揃っている。

「へぇ、この書籍があるなんてやるじゃない」

 ドロちんは一冊の本を手に取りうんうん頷いていた。何が書いてるのかよく見えなかったけど、表紙と分厚さからしてなんかの魔導書? なんだと思う。

(そーいえば、ダッシュさんがお勉強でスキルゲットできるって言ってたなぁ……わたしにもできる?)

 なんて気持ちで軽く手にとってみる。

(えーっとなになに? 異世界人の周期的出現と天候の変化の法則性に関する考察と――うん)

 わからないということがよくわかった。それをもとの戸棚にもどしたとき、わたしの耳が入ってきたそれとは別が開かれる音を聞いた。

「いらっしゃい」

 渋くて豪快な声色。音源はカウンターの向こう側だ。その方向にそれぞれが目を向けると、そこには初老のおじちゃんが額にハチマキ縛り付けて立っていた。

(鍛冶屋じゃね?)

 まっさきの感想がそれである。薬草より金床とか砥石台のが似合ってそうなかんじ。強盗を疑っているからではなく、仕事を熱心に集中して取り組むからこそのキツい表情。

 短髪の茶髪。本来なら白いはずの汚れシャツに、同じように使い古したつなぎ。それを包み込む身体を揺らしつつ、彼はドシドシとカウンターの向こう側に座りヒジをついた。

「ドロシーか。大人数でどうも」

「はぇ、ドロちん知り合いなの?」

「常連ってだけよ」

 わたしとドロちんのやりとりに、鍛冶屋の、じゃなくて、えーっととにかくお店のおじちゃんは白い歯を見せた。

「ちっこいクセに生意気だろ? すぐ覚えちまったよ。で、何の用だい?」

 彼のセリフに鋭い視線を向けたちっこい魔女っ子。それもすぐの話で、彼女はそのままこっちに不機嫌な視線をよこした。

「届け物よ」

「あ、はーい」

 ドロちんに促され、わたしは懐にしまっていた例の小瓶を取り出した。そうしてる間にみんなが集まってきて、お店のおじちゃんはわたしが差し出した小瓶をしばらくジッと見ていた。

「来たか。わざわざご苦労なこった」

「ねえねえ、これなんのお薬なの?」

 それともオクスリ・・・・なの?

 おじちゃんは質問の意図を察したようだ。すぐさま吐息とともに笑みを漏らし、心配するなと両手を肩の横にあげた。

「怪しいブツじゃない。強いて言えば、特殊な人たちが楽しむための粉だ」

「それめちゃくちゃ怪しいブツじゃありません!?」

 あんずちゃんが一歩引いた。ブッちゃんは聖職者らしく批難するような渋った視線を送る。

「おうおう、今日はほんとに大人数だな。けど坊さん、ここはアンタが思うようなキケンなブツは取り扱ってねぇから安心しなよ」

「フラー郊外に闇取引をする商店があると耳にしたが」

「ウワサはウワサさ」

 おじちゃんが肩をすくめた。ブッちゃんは鼻を鳴らした。

 わたしはお腹がすいた。
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