駆け出し冒険者
レベル1からはじめましょう
ひろいリビング、お料理できる場所、あたたかくもやわらかいオフトゥン、周りを囲まれ安心安全が確保されたおトイレ。
これ以上ないゼイタクなおうち。正直言っていい? 今のわたしは一文ナッシングだからどんな殺伐とした環境に放り込まれるかガックガクのブールブルだったんよ。
でもフタを開けてみればなんと恵まれた環境なのでしょう。村から町を転々としてた日々を思えば屋根があるというだけで百点満点なのですよ。
とくにおトイレはポイント高し。いやほんと大事なんだよ? おトイレしてるときってけっこー無防備だから。そのタイミングで凶暴な野生動物とかマモノに襲われたらあぶないもん。
神様仏様スパイク様々ってかんじ。だけど、あんずちゃんにとっては物足りないどころじゃなさそうだ。
「お願いします! せめて防音だけはしっかりしてください!」
すがるようにスパイクへ願掛けする姿はちょっぴり滑稽でもあった。っつーかモノホンのドゲザを見たね。
で、スパイクの返答は交渉の余地なしでありました。逆にあんずちゃんはこれまでどんなお部屋で暮らしてきたのか問いかけようとしたところで、スパイクはまた別の話題をふっかけてきた。
すなわち、仕事である。
働かざるもの食うべからず。フラーまでの旅路、ちょっとダルくてゴロ寝しちゃってたことがあるのですよ。うとうと。
で、気づけば夕方。わたしが担当するはずだった狩りの成果がゼロとなり、みんなから批難の目を浴びつつ、ひとり淋しく具材なしのスープを啜った思い出。あれはちょっぴりしょっぱかったなぁ。
スパイクはわたしたちにいろんな仕事を紹介してくれた。
みんなと食べに行ったあそことは別のレストラン。なんか知り合いがオーナーをしてるらしく、まずはそこの給仕として働かせてもらうことになった。
一週間でクビになった。いや違うんだよ、ちょっと転んで落としただけで割れちゃう皿がわるいんだよ。
受け付けはお客さんの注文をすぐ忘れるので却下。料理の手伝いは勝手にホイップクリーム増し増しにしちゃうので即交代。なんで? たくさんあったほうがいいじゃん。
オーナーから「お前らをどう扱えばいいのかわからん」と追い出されたところで、次は大工さんチャレンジ! 土のおうち、石造り、木材建築といろいろ体験させてもらった。
みんなわたしに寄り付かなくなった。なんで? だっていちいち一つひとつ釘打ちするってメンドウじゃん。だからぜんぶ投擲して時短でやってくスタイル。
え? 周りで仕事してる人に当たらないかって? そんなことないよ。だってオジサンにみっちり仕込まれた技だもん今さらミスショットなんてありえないです。
でもみーんな怖い顔して逃げ出すんだよなぁ。ちなみに、あんずちゃんは身の丈に似合わない巨大ハンマーを振り回しておりました。
まいったなぁ。今までもいろんな町や村でお仕事してきたのに、こんなに苦戦するとは思わなかった。
「こりゃあホントにムリみたいだね」
とある日の朝。スパイクの苦笑が部屋に響くなか、結局ギルドに個人登録をして冒険者としてがんばっていく流れになりました。
フラーはとても大きな街だから、地区ごとにギルド運営の支所があるらしい。国がすべてのギルドを一括管理してるので、建物の規模が大きくても小さくてもそこにはすべてのギルドに関するあれこれが詰まっている。
さすがに首都だけあって大きくご立派な建造物ではありますが。
「おっきー」
わたしはコンクリートで固められたお役所を見上げてそうつぶやいた。
曇天のやや肌寒いなか、ここには案内役のスパイクと、いっしょに冒険者登録するあんずちゃんが並んでいる。
(ってかホントにコンクリートあったよ)
これって最新科学のなんちゃらーみたいな技術じゃないの?
「じゃあ、中にはいってさっさと済ませよう」
スーツ姿のスパイクが言った。
「なんでスーツ?」
フラーのお役所ってそんな厳かなトコなの?
「これから別件で用事があってね」
「え、じゃあこの後街の観光案内とかしてくれないの?」
ちゃんと観光用の衣装で来たのに。
シックなブラウンのプルオーバーにベージュのロングスカートだよ!
(なぜロングスカートかって? そりゃもちろん、内側にいろいろ仕込めますので)
あんずちゃんも白いインナーに鮮やかなレモンイエローのワンピース。小さな体躯もあってかわいいお人形さんみたいだ。
「キミたちはおいらをヒマ人だと思ってるのかい?」
彼は呆れた態度と声で応えた。
「これでも忙しいんだよ。ほらはいった入った」
打ちっぱなしのコンクリートの壁が曇天に映える。スパイクがガチャリと洋風の扉を開け中へと入っていく。その扉が閉まらないうちにわたしたちも内部へと侵入した。
開かれた空間。正面に受け付けがあり、そこにはちらほらと人が並んでいる。わたしはスパイクに案内されるまま別の方向へ歩いていき、テーブルに重ねられた紙を手渡され記入を促された。
「必要事項を記入してね。住所は今ふたりが住んでる場所だから、間違ってチャールズの家を書かないでよ」
「はーい」
(えーっと、住所と名前とあとは――えっ)
なにこれ。
(りゃくれき? しょじしかく?)
まっしろなのですがそれは。
(ちょっとまってぇぇぇこっちの世界でも履歴書要るって知らなかったんですけど?)
略歴もなにもこっちの世界じゃずぅーっと空白期間なのですけど?
(どう書けばいいの? 仕事っていう仕事は旅の途中のついでみたいなもんだし、そもそも資格ってなによ)
「異世界人ならそこにそう書けばいいよ」
「あ、そうなんだ」
スパイクの指摘ですべて解決した。ふと見たら、あんずちゃんも同じ箇所でうんうん唸ってたらしい。
(履歴書って)
あれ、でもわたし履歴書なんて生まれてから一回も書いたことないような……そうでもないような……うーん思い出せないなぁ。
そんな疑問は書いてるうちに霞んで消えた。それから書類をお役所に提出して、受け付けさんから登録終了したことを告げられ一枚のカードをもらった。
「なんですの、このカードは」
「個人冒険者が所持するものさ。それがあると割安で宿泊できたり正式な仕事も受けられたりするんだ」
その他いろんな恩恵があるらしい。ただし、無くすと再発行されるまで時間がかかるので気をつけるように言われた。
「っていうか、このカード旅団の構成員も持ってるはずなんだけど?」
「えーっと、えへへ」
「ほんっとになんでもかんでもチャールズ任せだったんだねぇ」
「ごめんなさい! で、でも、次からはぜんぶひとりでできるもん!」
「ほんとかなぁ」
スーツに身を包んだうさんくさいちょび髭がジト目になる。それはそれとして、スパイクは別件の用事があるということでここで解散することになった。
「あとは自分で仕事を探して、自分で生きていくんだ。いつまでもおいらの助けなんかいらないでしょ?」
「うん、ありがとう!」
「いろいろとお世話になりました」
ギルドの上階へ上がっていくスパイクを見送りつつ、わたしたちは近場のテーブルで身体を休めつつ今後の相談をはじめた。
「これからどうしますの?」
「お仕事する」
「それはそうですが、どうではなくて」
あんずちゃんがもどかしい顔でワナワナした。
「わたくしたちにできる仕事を探さなければなりませんのよ? どうすれば良いのでしょう」
「どうって、あそこにあるじゃん」
わたしは壁の一角を指さした。コンクリート製の壁にボードがぶら下がり、いくつもの紙が貼り付けられている。
かんたんな掃除のしごと、家の手伝い、用心棒など依頼は多種多様だ。ギルドごとに依頼書が貼り付けられていて、冒険者用にはそれにふさわしい仕事が用意されている。
「それはわかっているのですが」
「んもう、どうしたの?」
こんどは自信なくうつむいてしまう。もともと小さめの身体がよりコンパクトサイズに見えてしまい、他人からすれば子どもに見えなくもない感じだ。
「おねーちゃんが相談にのってあげるよ?」
「おねーちゃん? ま、まあそれは置いといて、そのお仕事がわたくしたちにマッチするかどうか心配で……」
途中から口ごもってしまう。あんずちゃんはもともと別のお仕事を引き受けてたけど、その依頼主がまさかのチビヒョロだった関係もあり、依頼主に対してちょっぴり疑心暗鬼になってるようだ。
「だいじょーぶだよ。もし依頼主がそういうのだったら逃げちゃえばいいし」
「そんなことしてだいじょうぶですの!?」
「いいじゃん。っていうかあんずちゃんだってそうしたでしょ?」
「あっ」
彼女は目を丸くした。まああの時はなし崩し的にそうなったけど、あんずちゃんは前金を受け取るだけ受け取ってとんずら? した形になってるよね。
「そうと決まればさっそくお仕事さがしだ」
わたしは立ち上がって、依頼がたくさん貼り付けてあるボードに向かう。
依頼書の周りにはローブに身を包んだ人とかゴッツい鎧で場所面積を独占してる人とかいろいろいた。
みんなこっちを見てクスクス笑ってる。んーなんで? と考えてるうちにこんな声が耳に入ってきた。
「あんな格好で冒険者ギルド? いったい何を考えてるのだか」
「冒険が仕事じゃないかもしれんぞ?」
「はぁ? それはどういうことだ」
「冒険者に春を売るのが仕事かもしれん」
「ッフフ、そりゃあ冒険者にとっても冒険だな」
(……なんだろ)
言ってる意味はわからないけど、なんかすっごくイヤな感じがした。
まあ有象無象を気にしててもしゃーない。ってことで、ボードに目をやって手頃なブツを見繕っていたのですが――、
「お嬢さん。仕事を探しているのですか?」
背後から重苦しい声が響いた。あまりにも距離が近かったので、わたしは咄嗟に振り返りスカートの隙間から内側に手をもっていく。
「えっ」
目の前に青い壁があった。
「はじめての冒険なら回復役が必要になるだろう。お供させていただいてもよろしいかな?」
壁だけど、声はその壁からする。いやちがった。もうちょっと上のほうだ。
「……あ」
見上げると、そこには威圧感たっぷりの男性がやわらかい顔してこちらを見下ろしていた。
これ以上ないゼイタクなおうち。正直言っていい? 今のわたしは一文ナッシングだからどんな殺伐とした環境に放り込まれるかガックガクのブールブルだったんよ。
でもフタを開けてみればなんと恵まれた環境なのでしょう。村から町を転々としてた日々を思えば屋根があるというだけで百点満点なのですよ。
とくにおトイレはポイント高し。いやほんと大事なんだよ? おトイレしてるときってけっこー無防備だから。そのタイミングで凶暴な野生動物とかマモノに襲われたらあぶないもん。
神様仏様スパイク様々ってかんじ。だけど、あんずちゃんにとっては物足りないどころじゃなさそうだ。
「お願いします! せめて防音だけはしっかりしてください!」
すがるようにスパイクへ願掛けする姿はちょっぴり滑稽でもあった。っつーかモノホンのドゲザを見たね。
で、スパイクの返答は交渉の余地なしでありました。逆にあんずちゃんはこれまでどんなお部屋で暮らしてきたのか問いかけようとしたところで、スパイクはまた別の話題をふっかけてきた。
すなわち、仕事である。
働かざるもの食うべからず。フラーまでの旅路、ちょっとダルくてゴロ寝しちゃってたことがあるのですよ。うとうと。
で、気づけば夕方。わたしが担当するはずだった狩りの成果がゼロとなり、みんなから批難の目を浴びつつ、ひとり淋しく具材なしのスープを啜った思い出。あれはちょっぴりしょっぱかったなぁ。
スパイクはわたしたちにいろんな仕事を紹介してくれた。
みんなと食べに行ったあそことは別のレストラン。なんか知り合いがオーナーをしてるらしく、まずはそこの給仕として働かせてもらうことになった。
一週間でクビになった。いや違うんだよ、ちょっと転んで落としただけで割れちゃう皿がわるいんだよ。
受け付けはお客さんの注文をすぐ忘れるので却下。料理の手伝いは勝手にホイップクリーム増し増しにしちゃうので即交代。なんで? たくさんあったほうがいいじゃん。
オーナーから「お前らをどう扱えばいいのかわからん」と追い出されたところで、次は大工さんチャレンジ! 土のおうち、石造り、木材建築といろいろ体験させてもらった。
みんなわたしに寄り付かなくなった。なんで? だっていちいち一つひとつ釘打ちするってメンドウじゃん。だからぜんぶ投擲して時短でやってくスタイル。
え? 周りで仕事してる人に当たらないかって? そんなことないよ。だってオジサンにみっちり仕込まれた技だもん今さらミスショットなんてありえないです。
でもみーんな怖い顔して逃げ出すんだよなぁ。ちなみに、あんずちゃんは身の丈に似合わない巨大ハンマーを振り回しておりました。
まいったなぁ。今までもいろんな町や村でお仕事してきたのに、こんなに苦戦するとは思わなかった。
「こりゃあホントにムリみたいだね」
とある日の朝。スパイクの苦笑が部屋に響くなか、結局ギルドに個人登録をして冒険者としてがんばっていく流れになりました。
フラーはとても大きな街だから、地区ごとにギルド運営の支所があるらしい。国がすべてのギルドを一括管理してるので、建物の規模が大きくても小さくてもそこにはすべてのギルドに関するあれこれが詰まっている。
さすがに首都だけあって大きくご立派な建造物ではありますが。
「おっきー」
わたしはコンクリートで固められたお役所を見上げてそうつぶやいた。
曇天のやや肌寒いなか、ここには案内役のスパイクと、いっしょに冒険者登録するあんずちゃんが並んでいる。
(ってかホントにコンクリートあったよ)
これって最新科学のなんちゃらーみたいな技術じゃないの?
「じゃあ、中にはいってさっさと済ませよう」
スーツ姿のスパイクが言った。
「なんでスーツ?」
フラーのお役所ってそんな厳かなトコなの?
「これから別件で用事があってね」
「え、じゃあこの後街の観光案内とかしてくれないの?」
ちゃんと観光用の衣装で来たのに。
シックなブラウンのプルオーバーにベージュのロングスカートだよ!
(なぜロングスカートかって? そりゃもちろん、内側にいろいろ仕込めますので)
あんずちゃんも白いインナーに鮮やかなレモンイエローのワンピース。小さな体躯もあってかわいいお人形さんみたいだ。
「キミたちはおいらをヒマ人だと思ってるのかい?」
彼は呆れた態度と声で応えた。
「これでも忙しいんだよ。ほらはいった入った」
打ちっぱなしのコンクリートの壁が曇天に映える。スパイクがガチャリと洋風の扉を開け中へと入っていく。その扉が閉まらないうちにわたしたちも内部へと侵入した。
開かれた空間。正面に受け付けがあり、そこにはちらほらと人が並んでいる。わたしはスパイクに案内されるまま別の方向へ歩いていき、テーブルに重ねられた紙を手渡され記入を促された。
「必要事項を記入してね。住所は今ふたりが住んでる場所だから、間違ってチャールズの家を書かないでよ」
「はーい」
(えーっと、住所と名前とあとは――えっ)
なにこれ。
(りゃくれき? しょじしかく?)
まっしろなのですがそれは。
(ちょっとまってぇぇぇこっちの世界でも履歴書要るって知らなかったんですけど?)
略歴もなにもこっちの世界じゃずぅーっと空白期間なのですけど?
(どう書けばいいの? 仕事っていう仕事は旅の途中のついでみたいなもんだし、そもそも資格ってなによ)
「異世界人ならそこにそう書けばいいよ」
「あ、そうなんだ」
スパイクの指摘ですべて解決した。ふと見たら、あんずちゃんも同じ箇所でうんうん唸ってたらしい。
(履歴書って)
あれ、でもわたし履歴書なんて生まれてから一回も書いたことないような……そうでもないような……うーん思い出せないなぁ。
そんな疑問は書いてるうちに霞んで消えた。それから書類をお役所に提出して、受け付けさんから登録終了したことを告げられ一枚のカードをもらった。
「なんですの、このカードは」
「個人冒険者が所持するものさ。それがあると割安で宿泊できたり正式な仕事も受けられたりするんだ」
その他いろんな恩恵があるらしい。ただし、無くすと再発行されるまで時間がかかるので気をつけるように言われた。
「っていうか、このカード旅団の構成員も持ってるはずなんだけど?」
「えーっと、えへへ」
「ほんっとになんでもかんでもチャールズ任せだったんだねぇ」
「ごめんなさい! で、でも、次からはぜんぶひとりでできるもん!」
「ほんとかなぁ」
スーツに身を包んだうさんくさいちょび髭がジト目になる。それはそれとして、スパイクは別件の用事があるということでここで解散することになった。
「あとは自分で仕事を探して、自分で生きていくんだ。いつまでもおいらの助けなんかいらないでしょ?」
「うん、ありがとう!」
「いろいろとお世話になりました」
ギルドの上階へ上がっていくスパイクを見送りつつ、わたしたちは近場のテーブルで身体を休めつつ今後の相談をはじめた。
「これからどうしますの?」
「お仕事する」
「それはそうですが、どうではなくて」
あんずちゃんがもどかしい顔でワナワナした。
「わたくしたちにできる仕事を探さなければなりませんのよ? どうすれば良いのでしょう」
「どうって、あそこにあるじゃん」
わたしは壁の一角を指さした。コンクリート製の壁にボードがぶら下がり、いくつもの紙が貼り付けられている。
かんたんな掃除のしごと、家の手伝い、用心棒など依頼は多種多様だ。ギルドごとに依頼書が貼り付けられていて、冒険者用にはそれにふさわしい仕事が用意されている。
「それはわかっているのですが」
「んもう、どうしたの?」
こんどは自信なくうつむいてしまう。もともと小さめの身体がよりコンパクトサイズに見えてしまい、他人からすれば子どもに見えなくもない感じだ。
「おねーちゃんが相談にのってあげるよ?」
「おねーちゃん? ま、まあそれは置いといて、そのお仕事がわたくしたちにマッチするかどうか心配で……」
途中から口ごもってしまう。あんずちゃんはもともと別のお仕事を引き受けてたけど、その依頼主がまさかのチビヒョロだった関係もあり、依頼主に対してちょっぴり疑心暗鬼になってるようだ。
「だいじょーぶだよ。もし依頼主がそういうのだったら逃げちゃえばいいし」
「そんなことしてだいじょうぶですの!?」
「いいじゃん。っていうかあんずちゃんだってそうしたでしょ?」
「あっ」
彼女は目を丸くした。まああの時はなし崩し的にそうなったけど、あんずちゃんは前金を受け取るだけ受け取ってとんずら? した形になってるよね。
「そうと決まればさっそくお仕事さがしだ」
わたしは立ち上がって、依頼がたくさん貼り付けてあるボードに向かう。
依頼書の周りにはローブに身を包んだ人とかゴッツい鎧で場所面積を独占してる人とかいろいろいた。
みんなこっちを見てクスクス笑ってる。んーなんで? と考えてるうちにこんな声が耳に入ってきた。
「あんな格好で冒険者ギルド? いったい何を考えてるのだか」
「冒険が仕事じゃないかもしれんぞ?」
「はぁ? それはどういうことだ」
「冒険者に春を売るのが仕事かもしれん」
「ッフフ、そりゃあ冒険者にとっても冒険だな」
(……なんだろ)
言ってる意味はわからないけど、なんかすっごくイヤな感じがした。
まあ有象無象を気にしててもしゃーない。ってことで、ボードに目をやって手頃なブツを見繕っていたのですが――、
「お嬢さん。仕事を探しているのですか?」
背後から重苦しい声が響いた。あまりにも距離が近かったので、わたしは咄嗟に振り返りスカートの隙間から内側に手をもっていく。
「えっ」
目の前に青い壁があった。
「はじめての冒険なら回復役が必要になるだろう。お供させていただいてもよろしいかな?」
壁だけど、声はその壁からする。いやちがった。もうちょっと上のほうだ。
「……あ」
見上げると、そこには威圧感たっぷりの男性がやわらかい顔してこちらを見下ろしていた。