異世界の格差社会事情
どんな社会でも"にんげん"である限りは
「うちの従業員たちを見たでしょ? 彼らはみんな貧困層出身なんだ」
やわらかな風が街角にながれ、その微風に流されるまま彼は唇を開いた。
「うちとは、あのレストランのことですか」
すぐとなりにいる少女が問いただす。疑問ではなく確認のため。スパイクはやさしい目のままうなずいた。
「あのレベルにさせるまで苦労したんだよ? 経済的な困窮者を集めて、読み書きを教えて、常識を教えて、あのレストランは富裕層も顧客にはいってるから礼儀作法もこなした上で接客しなきゃいけない。古いツテがなけりゃどうなっていたか」
「なるほど。相変わらずあの時のゴロツキどもと交流があるのか」
合点がいったようにオジサンが笑う。
「みんな丸くなったんだ。今じゃリッパな建設業者さ」
「想像できんな」
「人は変われるのさ。ただシンプルな問題じゃない。幼少期から学ぶ機会のない子たちは当然読み書きができない。その日を生きることすら困難な立場にあれば他人の食べ物を盗むなんて罪にはならない。ただそのクセをレストランでやられては困るんだ……よそで働かせてた子がお客さんのサイフを盗んでしまってね」
「窃盗か。いい事ではないね」
「ガタイのいいおねーさんの言うとおり。彼らはそうせざるを得ない人生を歩んできたんだとは言え、おいしい食べ物を味わいに訪れた人にとってはそんな事情どうでもいいし、生活を潤すためのカーペットを求めに来た人にとってはそんな事情知りようがない。彼らにはただ"店の従業員が自分のサイフを奪った"という事実だけが重要なんだ」
そして、彼は黒い空を仰いだ。
「むずかしい話だね」
それきり、彼の口は閉ざされる。思い沈黙がこの場所さえも黒く塗りつぶしてしまいそうで、それでもこの通りは光にかがやいている。
「あっと失礼。雰囲気を悪くするつもりはなかったんだ。そうだ、今なら向こうの広場で芸を見られるかもしれない」
暗さを払拭したいようにスパイクが足早になる。つられてスピードを上げてみれば周囲の景色が残像のように流れ、喧騒やグラスをあてがう音が幻のようにエコーを奏でる。それらが背後に消えていくのと同時に、こんどは楽器の規則的な旋律が耳にはいってきた。
「わぁぁ」
竜がいる。赤く気高き竜が。
「こりゃあいいタイミングだったね」
そう言うスパイクの横顔も赤く染まってる。広場には踊り子に扮した女性が数人、妖艶なダンスで観客を魅了している。その合間にいる黒子が数人がかりで棒をかかげ、その先に人の数倍くらいある竜の模型が連なり、紙と木の格子でつくられたそれが生きているかのように振る舞っている。
なんの魔法か、その竜は内部から赤々とした光を放っていた。その取り巻きが手にもつ棒の先もまた火花を散らし、薄暗い闇に明滅をもたらしている。
「すっげえなーこんなことまでやってるのか」
雰囲気に圧倒された少年が目を輝かせて竜に注目する。広場の中央で芸を披露する人たち。それを見る人たち。床に置いてある皿に小銭を投げる人たち。
みんなみんな笑顔。みんなみんな幸せそうだ。
「いいねえ! 人間やっぱ楽しむのがいちばんだ」
「私はもう少し静かな場所がいいな」
「ビシェル、そんなこと言ってたらすぐ年寄りになっていまうよ?」
「王のお膝元でこんなに騒いでだいじょうぶなのですか?」
不意に振り向き視線を逸らしたグウェンちゃん。その先には王城の上はんぶんが見えていて、バルコニーなどからこちらが見下ろせることがうかがえる。どんな建物より高い位置になるお城。あそこで王さまが暮らしてるんだなぁ。
「フッ、案外ここの騒がしさが病状の原因かもしれないな」
「チャールズ、縁起でもないことを言わないでくれよ。でも確かに騒がしいな。このどんちゃん騒ぎを許してくださる慈悲深き王に感謝しよう」
チャリン。そんな音をたて、スパイクは目の前の皿に銅貨をいちまい投入する。わたしたちはそれからしばらくこの喧騒に身を任せ、アルコールにまみれたい中年ふたりはいい酒の見どころを紹介しあい、少年は妖艶な衣装を身にまとったおねーさんに向けられた笑顔に赤面したり、それぞれ思い思いの景色を楽しんで時間を過ごした。
表の世界。大通りや広場はとてもキラキラしてて、まぶしくて、笑顔あふれるたのしい風景だった。でもその笑顔はどこかムリしてるような気がして、よく見ると建物のひとつの窓が割れたままで、踊るおねーさんたちは皿に入ってるコインの数に一喜一憂していたような気がする。
ひとつ路地をはずれれば、さっき見たように地べたに座ってる人や布を身体に巻き付けただけの人もいる。痩せてるひともいれば普通のひともいる。いろんな人がいるなかでひとつだけ共通していたのは、みんなどこを見るとも言えない空虚な目をしていたことだけだった。
「んじゃ帰ろうか」
「おいスパイク、ここまで来て呑まずに帰るなど言わせんぞ?」
「そうしたいのは山々だけど、彼らにお部屋を案内してあげなければならないからね。それを家主抜きに行いたくはないってことで、今日だけはガマンしてくれないかな?」
「んむぅ」
「いいじゃないか、レストランでもしっかり酔っ払ったんだから」
「あんなの呑んだうちに入らん」
というやりとりがキッカケになり、おうちに帰ろうフラグが立ちました。文句言いつつしぶしぶ坂を降りていくオジサンがちょっとかわいそうで、ちょっとだけかわいかった。
レストランまでの道のりは坂道がおおくて大変だったけど、帰りはくだりでする~っと行けました。フラーもまた異世界ヨーロッパの常識をぶっ壊すような建物がたくさんあった。そもそもオジサンのおうちやレストランが中華風だったし。もちろんザ・ヨーロッパ風味な家屋もあれば日本家屋風味の建物もあったし土を固めたような建物もあるしどうやって建てたのかわからないような建物もあった。
ここが異世界なのはわかるけど、異世界ってこんなんだったかなぁ~。わたしがイメージする異世界はもっとこう、目覚めたらヘンなステータス画面が見えて、女神様みたいな人が話しかけてきて「あーかわいそうにこのままだと野垂れ死ぬからひとつチートを授けましょう」言うてらくらく無双ライフが始まったり――そういうのダメですか?
「だめだよなぁ」
なんてひとりごとを挟みつつ、わたしは中華風味マシマシの赤い扉をくぐるのだった。
やわらかな風が街角にながれ、その微風に流されるまま彼は唇を開いた。
「うちとは、あのレストランのことですか」
すぐとなりにいる少女が問いただす。疑問ではなく確認のため。スパイクはやさしい目のままうなずいた。
「あのレベルにさせるまで苦労したんだよ? 経済的な困窮者を集めて、読み書きを教えて、常識を教えて、あのレストランは富裕層も顧客にはいってるから礼儀作法もこなした上で接客しなきゃいけない。古いツテがなけりゃどうなっていたか」
「なるほど。相変わらずあの時のゴロツキどもと交流があるのか」
合点がいったようにオジサンが笑う。
「みんな丸くなったんだ。今じゃリッパな建設業者さ」
「想像できんな」
「人は変われるのさ。ただシンプルな問題じゃない。幼少期から学ぶ機会のない子たちは当然読み書きができない。その日を生きることすら困難な立場にあれば他人の食べ物を盗むなんて罪にはならない。ただそのクセをレストランでやられては困るんだ……よそで働かせてた子がお客さんのサイフを盗んでしまってね」
「窃盗か。いい事ではないね」
「ガタイのいいおねーさんの言うとおり。彼らはそうせざるを得ない人生を歩んできたんだとは言え、おいしい食べ物を味わいに訪れた人にとってはそんな事情どうでもいいし、生活を潤すためのカーペットを求めに来た人にとってはそんな事情知りようがない。彼らにはただ"店の従業員が自分のサイフを奪った"という事実だけが重要なんだ」
そして、彼は黒い空を仰いだ。
「むずかしい話だね」
それきり、彼の口は閉ざされる。思い沈黙がこの場所さえも黒く塗りつぶしてしまいそうで、それでもこの通りは光にかがやいている。
「あっと失礼。雰囲気を悪くするつもりはなかったんだ。そうだ、今なら向こうの広場で芸を見られるかもしれない」
暗さを払拭したいようにスパイクが足早になる。つられてスピードを上げてみれば周囲の景色が残像のように流れ、喧騒やグラスをあてがう音が幻のようにエコーを奏でる。それらが背後に消えていくのと同時に、こんどは楽器の規則的な旋律が耳にはいってきた。
「わぁぁ」
竜がいる。赤く気高き竜が。
「こりゃあいいタイミングだったね」
そう言うスパイクの横顔も赤く染まってる。広場には踊り子に扮した女性が数人、妖艶なダンスで観客を魅了している。その合間にいる黒子が数人がかりで棒をかかげ、その先に人の数倍くらいある竜の模型が連なり、紙と木の格子でつくられたそれが生きているかのように振る舞っている。
なんの魔法か、その竜は内部から赤々とした光を放っていた。その取り巻きが手にもつ棒の先もまた火花を散らし、薄暗い闇に明滅をもたらしている。
「すっげえなーこんなことまでやってるのか」
雰囲気に圧倒された少年が目を輝かせて竜に注目する。広場の中央で芸を披露する人たち。それを見る人たち。床に置いてある皿に小銭を投げる人たち。
みんなみんな笑顔。みんなみんな幸せそうだ。
「いいねえ! 人間やっぱ楽しむのがいちばんだ」
「私はもう少し静かな場所がいいな」
「ビシェル、そんなこと言ってたらすぐ年寄りになっていまうよ?」
「王のお膝元でこんなに騒いでだいじょうぶなのですか?」
不意に振り向き視線を逸らしたグウェンちゃん。その先には王城の上はんぶんが見えていて、バルコニーなどからこちらが見下ろせることがうかがえる。どんな建物より高い位置になるお城。あそこで王さまが暮らしてるんだなぁ。
「フッ、案外ここの騒がしさが病状の原因かもしれないな」
「チャールズ、縁起でもないことを言わないでくれよ。でも確かに騒がしいな。このどんちゃん騒ぎを許してくださる慈悲深き王に感謝しよう」
チャリン。そんな音をたて、スパイクは目の前の皿に銅貨をいちまい投入する。わたしたちはそれからしばらくこの喧騒に身を任せ、アルコールにまみれたい中年ふたりはいい酒の見どころを紹介しあい、少年は妖艶な衣装を身にまとったおねーさんに向けられた笑顔に赤面したり、それぞれ思い思いの景色を楽しんで時間を過ごした。
表の世界。大通りや広場はとてもキラキラしてて、まぶしくて、笑顔あふれるたのしい風景だった。でもその笑顔はどこかムリしてるような気がして、よく見ると建物のひとつの窓が割れたままで、踊るおねーさんたちは皿に入ってるコインの数に一喜一憂していたような気がする。
ひとつ路地をはずれれば、さっき見たように地べたに座ってる人や布を身体に巻き付けただけの人もいる。痩せてるひともいれば普通のひともいる。いろんな人がいるなかでひとつだけ共通していたのは、みんなどこを見るとも言えない空虚な目をしていたことだけだった。
「んじゃ帰ろうか」
「おいスパイク、ここまで来て呑まずに帰るなど言わせんぞ?」
「そうしたいのは山々だけど、彼らにお部屋を案内してあげなければならないからね。それを家主抜きに行いたくはないってことで、今日だけはガマンしてくれないかな?」
「んむぅ」
「いいじゃないか、レストランでもしっかり酔っ払ったんだから」
「あんなの呑んだうちに入らん」
というやりとりがキッカケになり、おうちに帰ろうフラグが立ちました。文句言いつつしぶしぶ坂を降りていくオジサンがちょっとかわいそうで、ちょっとだけかわいかった。
レストランまでの道のりは坂道がおおくて大変だったけど、帰りはくだりでする~っと行けました。フラーもまた異世界ヨーロッパの常識をぶっ壊すような建物がたくさんあった。そもそもオジサンのおうちやレストランが中華風だったし。もちろんザ・ヨーロッパ風味な家屋もあれば日本家屋風味の建物もあったし土を固めたような建物もあるしどうやって建てたのかわからないような建物もあった。
ここが異世界なのはわかるけど、異世界ってこんなんだったかなぁ~。わたしがイメージする異世界はもっとこう、目覚めたらヘンなステータス画面が見えて、女神様みたいな人が話しかけてきて「あーかわいそうにこのままだと野垂れ死ぬからひとつチートを授けましょう」言うてらくらく無双ライフが始まったり――そういうのダメですか?
「だめだよなぁ」
なんてひとりごとを挟みつつ、わたしは中華風味マシマシの赤い扉をくぐるのだった。