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作者: 犬物語
伝説のマモノ
この世界に"オオカミ"は存在しないのです

オオカミがいなければ存在できない存在もいる

でも、この世界には確かに存在するのです
 次にわたしが目覚めた時、そこはぼんやりとした明かりが灯っていて、お陽さまもお月さまも見えない空間にいた。

 テントだ。

「ここは」

「気付いたか」

 傍らで渋い声が響く。ひとりでちょっぴり不安だった心にまた安心が灯った。

「オジサン」

「集落に戻ってきたんだ。ビシェルとスプリットは増えた人数分の少量を調達してくれているよ――っふふ、ユージーンがびっくりした顔で出迎えてくれたな。なぜ戻ってきた、それにコイツは何者だってな」

「そうなんだ」

 眠気をこらえて背中を起こす。

「まだムリしないほうがいい」

「ううん、だいじょーぶ。あれからどのくらい経ったの?」

「まだその日のうちだ。しかし日が落ちるころだから出発は明日にするぞ。おまえの体調も心配だ」

「そうなんだ……ごめんなさい」

「謝る必要はない。私の不注意だ」

 テントの外が騒がしくなる。三人ぶんの足音が近づいてきて、オジサンはその方向を一瞥した。

「集落に伝わってきたウワサを気にせず林道を抜けようとしたのはまずかったな。さぁてお帰りのようだ」

「お、起きたか」

 開口一番スプリットくん。その傍らには手荷物を引っ提げたビーちゃん。その後ろに、テントの入口からはみ出たサっちゃんが立っていた。

 その両手はどちらも荷物いっぱい引っ提げていて、ビーちゃんはオジサンにお金を手渡していた。

「余った資金だ」

「ごくろうさん」

 チャリンと金属音が鳴る。もとの世界では紙のお金がたくさんあったけど、異世界ではやっぱり? って感じでぜーんぶコイン型。

 金色、銀色、あと土の色っぽいおかね。オジサンとオジサンのともだちから聞いた話だと、だいたい銅貨十五から二十枚で銀貨一枚。銀貨と金貨もだいたいそのくらいなんだって。

 あとなんか国? でいろいろ違ったりしてるから必ずそうだってワケじゃなくて、えっと、とりあえずなんかそのくらいって感じ。

 スプリットくんは「同じ武器を買うにも、どの国のお金によるかで必要な枚数がちがう」らしいんだけど詳しいことはわからないや。

「ほう、この程度で済んだのか」

「スプリットが最近の相場を知っていてな。そこから計算して安く取引できる店を探してきた」

「そのかわりアッチコッチ歩かされたけどな。ったくめんどくせーことするなよ全部おなじトコで買えばいいじゃん」

「一円でも安く。主婦の基本だぞ? それに――」

 ビーちゃんは背後の壁、じゃなくて筋肉ぅ、でもなくてサっちゃんに視線を向けた。

「相手が理不尽なことを言うのであれば、ウチの用心棒が黙ってない」

「うわお」

 ビーちゃん買い物ジョーズ!

「いちえん? まあ、緊急時に店を開けてくれるだけでもありがたい。必要な物資が揃ったことだし、今日はしっかり休んでおけ。私はこれから用事がある」

「ドコ行くの?」

「ユージーンのところだ」

 オジサンは立ち上がり、テントの出入り口へと歩いていく。

「これからのことを詳しく話し合わなきゃならん。なにせ、ここのところマモノが頻繁に出没しすぎているからな」

「――マモノってなんなんだよ」

 うめくようにスプリットくんが言った。

「神の試練、世界の意志、なんとでも言われてるが詳しいことは不明だ。ある時期、マモノの正体をめぐって魔族と紛争状態に陥ったことがあったが、少なくとも魔王の仕業ではない」

「二十年前の話だね?」

「遠い田舎や辺境じゃぁまだ疑るヤツもいるらしいがな……それにしても」

 眉間にシワを寄せ難しい表情になる。

「まさか伝説のマモノまで出てくるとは」

「でんせつ?」

 オジサンが口にしたキーワードに全員の視線が集中した。

「専門家によれば、マモノは野生動物を模して形を成すらしい。だがごく稀にこの世界に存在しない姿をとる――トゥーサ、キミが受け止めた三対のマモノがいただろう?」

「ああ、アレか」

 問われたサっちゃんはすぐに思い出す。わたしの脳裏にもその光景が浮かび上がってきた。

 イノシシのような影、クマさんが仁王立ちしたような姿、そして、よっつの足で地を這うように動く存在。

「いちばん背が低かったマモノだ。名は確か――」

「オオカミ」

 だれかに言わされたわけじゃない。けど、わたしの口は自然とその名を唱えていた。

「ほう? 異世界にはあのような動物が存在するのか。素早く動き、人間の急所を的確に仕留めにくる……伝説だからといって特段強いワケではないが、この世界に存在しないが故に対策が難しい」

 だからこそ、異世界人の助けが必要なのだ。オジサンはそう言い残してテントから姿を消した。





 あさ!

「おっはよーお!」

「んんん……ぅるせーよ」

「目覚ましには事欠かないな」

 スプリットくんは眠そうに、ビーちゃんはふつーに目覚めて起き上がるなか、なんとふたりより早起きさんがいた!

「ご、ろく、なな、はち――ふぅ」

 サっちゃんは布袋を担いでヒザの屈伸運動をしていた。

 ズドン、と音をたて地面に落とされる。備蓄された穀物が入ってて、わたしもお手伝いをしてるときに持ったけどメッチャ重くてスプリットくんといっしょに運んだんだ。

「すごい! サっちゃんコレ持てるんだ」

「ちょーどいい重さで助かる。さぁーてあとワンセットやるか」

 言って、こんどはうつ伏せになるサっちゃん。

「ちょうどいいや、これをふたつアタイの背中に乗せてくれないか?」

「えっ」

 サっちゃんは件の布袋を指差した。ナチュラルに無理難題を仰せつかったのですが。

「自分でやるとバランス悪くなっちまってさ」

「わ、わたし持てないよ」

「あはは、笑えるジョーダンだな」

 笑えない真実なんですけど?

「――ん」

 試しに持ってみた。

 ダメだった。

「スプリットくん手伝って」

「あん?」

 ふたりで持った。スプリットくんがすっごい表情してた。たぶんわたしもそうなってたと思う。

 で、それをサっちゃんの背中に乗せたんだけど。

「ンーいいねえこの重量感!」

 なんかサっちゃん喜んでるのですがそれは。ってか布袋ふたつ背負って腕立て伏せやってるし。

「オレこんなの相手に戦ってたのか」

 戦慄の表情でスプリットくんがうめいた。

 そのまま数をかぞえはじめるサっちゃんを尻目に、わたしたちはビーちゃんの提案で集落の復旧活動を手伝っていった。

 一昨日より昨日、昨日より今日、少しずつ復旧が進んでいく集落に希望を感じつつ、わたしたちは出立の準備も進めていく。

 オジサンからオオカミ型のマモノの動きや弱点を聞かれたり、重い荷物を難なく運ぶサっちゃんがメチャ感謝されてたりして。このまま残ってくれ! って懇願されたサっちゃんの顔、とてもかわいかったなぁ。

「ちゃんと必要とされてたんだな、アタイの筋肉は」

 気のせいか、サっちゃんの筋肉がいつも以上におおきく見えていた。それから集落を発つまでの間、わたしたちは忙しなく動き回って、この世界の人とおしゃべりして、オトモダチになって、そして、別れていった。
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