やさしいひと
見た目だけで人を判断しちゃアカンのよ
見た目だけじゃ、ね?
見た目だけじゃ、ね?
「アタイはこの世界の人間に手をかけた」
「殺したわけではないのだろう?」
「同じことだ」
「いいや違う」
「殺すと生かすでは大いに違う」
オジサンはハッキリと拒絶の意志を示した。
「他者を容易く殺せる力をもちながらそれを行使しないのであれば、キミはその強さに誇りをもっていい」
「お前にナニがわかる?」
「すべての記憶を無くした上で草原に放り出されたらだれだって疑心暗鬼にもなるだろうよ。さあ、立つんだ」
差し出されたオジサンの手を、傷だらけの手が掴んだ。
「自慢じゃないが、この国は治安がよくてな。行商人たちは体面のため用心棒を雇ったりするが、旅の途中で盗賊と出くわす機会は他国と比べりゃ少ないほうだ。それに、万が一殺人や行方不明者が出たとしてもすぐ地元の兵に情報が伝わる」
「はっ、ならアタイが捕まるのも時間の問題だったってワケだね」
「そうでもないぞ? この周辺に盗賊が出たなんて情報伝わってないからな」
「なんだと?」
「ユージーンからもそんな報告は受けなかった……かわりにこういう話はどうだ?」
口角を上げイタズラな笑みを浮かべる。身体についた汚れを払いつつ、トゥーサは訝しげに耳を傾けた。
「とある森に何者かが住みつくようになった。見れば全身ボロボロでなんと哀れなことか……見た目は怖いが、そいつは頑なに人間を拒み、食料だけを置いていくように言う。で、あれば、必要な物資だけよこして"棲み分け"をしておけば、少なくとも双方に害はないだろう。つまりそういうことだ」
「……ンだよ」
バツが悪そうな顔。そのまま手で顔面を覆った。
「ヤケにすんなり食料をよこしてくれると思ったらそういうことか。ぜんぶテメーひとり勝手にやってただけじゃねーか」
「はんぶんは私の勝手な想像だ。商人たちがしていた何気ないウワサ話を小耳に挟んだだけだ」
(……なんかわかんないけど仲良しさんになれた?)
そんなふんいきだよね?
オジサンとトゥーサはなんかいい感じだし、スプリットくんは川で顔洗ってるし、ビーちゃんは弓をしまって行く末を見守ってる感マシマシ。
トゥーサ、見た目はこわいけどぜんぜんこわくなかった。なんて言えばいいのかな、身体はめっちゃカタいんだけどことばや態度はやわらかくてマシュマロみたいな感じ。
「トゥーサはやさしーんだね」
「あ?」
「だってわたしがオエーしちゃった時じぶんの服で拭いてくれたもん。そんなツンツンしないでもうちょっとソフトにやろーよ? ――そうだ! トゥーサじゃなくてサッちゃんはどう?」
「は?」
「あ、あっぱトゥ-ちゃん? だとなんかお父さんっぽいからダメか。じゃあじゃあウーちゃんは?」
「ざけんな」
「イダァッ!!」
マジで痛かったんですけど!? 拳が岩みたいだったんですけど!!
「ははは、うちのパーティーはやたら騒がしいのが多くてな、すまんが道中うまく付き合ってやってくれ」
「まだいっしょに行くとは言ってねーぞ」
「そう言うな。駆け引き上いろんなウソをついたが、私の顔が広いというのは本当だ」
「やっぱウソついてやがったか」
「オジサンがすごいのはほんとーだよ! だって――」
おじさんはすごいから! って言おうとしたんだけどビーちゃんがなんか叫んだ。
「何か来るぞ!」
その声には緊張がこもっていた。
空気がふるえた。
森がざわついた。
「ッ! グレース、スプリット!」
戦闘の合図。その言葉で場の雰囲気が一気に切り替わった。
それから間もなく黒い影が森を覆っていく。それは実態になり、形になり、多くの異形を生み出していく。
「マモノだ!」
「なんだとっ!? これが」
サっちゃんが初めて見るマモノに驚愕に目を開かせた。
「魔王の存在も本当なのか!」
「いや、それは違う! 魔王はほんとうだがマモノは正体不明のバケモノで、魔王と人間は同盟関係にああもうややこしい!」
オジサンはめっちゃ一生懸命説明しようとする。でも襲ってくるマモノが増えてくるとやがて口を動かすのをやめた。
「なめるなッ!」
それぞれがそれぞれの武器を手にする一方、サっちゃんはその手を握りしめて相手にぶつけていた。
全身の筋肉を引き絞った渾身の一撃。マモノのど真ん中にヒットして、それは川の向こう側まで吹っ飛んで消滅した。
「すっげ! テメーさっき手加減しやがってたな!」
「ハッ! ガキ相手に本気になれるか」
「ならこっちも見せてやるぜ。スキル、俊足」
スプリットくんの姿が霞んで消えて、次の瞬間には魔物たちをあらゆる形に切り刻んでいく。
「やるねえ! それならアタイの筋肉にも傷をつけられそうだ」
「傷どころじゃねーよ」
「ボサッとするな!」
ふたりの背後にいたマモノをビーちゃんが射止める。
それでも数が多く、ビーちゃんは徐々にマモノに追い詰められていった。
「クッ、数が多い――ならば」
彼女は矢を複数つがえて弓を構えた。
「スキル、一斉射撃」
瞬間、矢の先端が赤くひかり、ビーちゃんの細く繊細な指から開放される。それらは自分の意志があるかのように様々な軌道を描き、マモノの急所へと埋没していく。
みんなすごくすごい! じゃあわたしは何してるのかっていうと。
「……ふぅ」
さいしょはずーっと逃げてました。ちがうんもんオクビョーモノじゃないもん!
「オジサンが"こういう視界が悪い場所で戦うときは、お前は隠れてこそこそやっとけ"ってゆーからそーしてるだけだもん」
で、マモノたちの隙を見つけては飛びついて弱点をひと突き。何度かためしてわかってきたことなんだけど、マモノたちは姿を模した動物がもつ弱点のほかにも、マモノが独自にもつ弱点があるっぽい。
全体的に影なんだけど、そのどこかにコアみたいな硬い部分があって、そこに剣を突き立ててればどんなに軽いダメージでもクリティカルヒットしてくれる。
(これオジサンに教えるべきだよね?)
チラッとオジサンのほうを見てみると、なんか囲まれた状態からズババババ! って感じでマモノたちを料理していくとこだった。なにあれすごい、ほんとに料理みたいにマモノが細切れになってくんだけど。
「油断しなければ苦戦しない。だが慣れぬ者はそうでもないか――だれかトゥーサの援護をしてやれ!」
「ぐうう!」
オジサンの言葉とほぼ同時に、痛みを噛みしめる叫びが木霊した。
「殺したわけではないのだろう?」
「同じことだ」
「いいや違う」
「殺すと生かすでは大いに違う」
オジサンはハッキリと拒絶の意志を示した。
「他者を容易く殺せる力をもちながらそれを行使しないのであれば、キミはその強さに誇りをもっていい」
「お前にナニがわかる?」
「すべての記憶を無くした上で草原に放り出されたらだれだって疑心暗鬼にもなるだろうよ。さあ、立つんだ」
差し出されたオジサンの手を、傷だらけの手が掴んだ。
「自慢じゃないが、この国は治安がよくてな。行商人たちは体面のため用心棒を雇ったりするが、旅の途中で盗賊と出くわす機会は他国と比べりゃ少ないほうだ。それに、万が一殺人や行方不明者が出たとしてもすぐ地元の兵に情報が伝わる」
「はっ、ならアタイが捕まるのも時間の問題だったってワケだね」
「そうでもないぞ? この周辺に盗賊が出たなんて情報伝わってないからな」
「なんだと?」
「ユージーンからもそんな報告は受けなかった……かわりにこういう話はどうだ?」
口角を上げイタズラな笑みを浮かべる。身体についた汚れを払いつつ、トゥーサは訝しげに耳を傾けた。
「とある森に何者かが住みつくようになった。見れば全身ボロボロでなんと哀れなことか……見た目は怖いが、そいつは頑なに人間を拒み、食料だけを置いていくように言う。で、あれば、必要な物資だけよこして"棲み分け"をしておけば、少なくとも双方に害はないだろう。つまりそういうことだ」
「……ンだよ」
バツが悪そうな顔。そのまま手で顔面を覆った。
「ヤケにすんなり食料をよこしてくれると思ったらそういうことか。ぜんぶテメーひとり勝手にやってただけじゃねーか」
「はんぶんは私の勝手な想像だ。商人たちがしていた何気ないウワサ話を小耳に挟んだだけだ」
(……なんかわかんないけど仲良しさんになれた?)
そんなふんいきだよね?
オジサンとトゥーサはなんかいい感じだし、スプリットくんは川で顔洗ってるし、ビーちゃんは弓をしまって行く末を見守ってる感マシマシ。
トゥーサ、見た目はこわいけどぜんぜんこわくなかった。なんて言えばいいのかな、身体はめっちゃカタいんだけどことばや態度はやわらかくてマシュマロみたいな感じ。
「トゥーサはやさしーんだね」
「あ?」
「だってわたしがオエーしちゃった時じぶんの服で拭いてくれたもん。そんなツンツンしないでもうちょっとソフトにやろーよ? ――そうだ! トゥーサじゃなくてサッちゃんはどう?」
「は?」
「あ、あっぱトゥ-ちゃん? だとなんかお父さんっぽいからダメか。じゃあじゃあウーちゃんは?」
「ざけんな」
「イダァッ!!」
マジで痛かったんですけど!? 拳が岩みたいだったんですけど!!
「ははは、うちのパーティーはやたら騒がしいのが多くてな、すまんが道中うまく付き合ってやってくれ」
「まだいっしょに行くとは言ってねーぞ」
「そう言うな。駆け引き上いろんなウソをついたが、私の顔が広いというのは本当だ」
「やっぱウソついてやがったか」
「オジサンがすごいのはほんとーだよ! だって――」
おじさんはすごいから! って言おうとしたんだけどビーちゃんがなんか叫んだ。
「何か来るぞ!」
その声には緊張がこもっていた。
空気がふるえた。
森がざわついた。
「ッ! グレース、スプリット!」
戦闘の合図。その言葉で場の雰囲気が一気に切り替わった。
それから間もなく黒い影が森を覆っていく。それは実態になり、形になり、多くの異形を生み出していく。
「マモノだ!」
「なんだとっ!? これが」
サっちゃんが初めて見るマモノに驚愕に目を開かせた。
「魔王の存在も本当なのか!」
「いや、それは違う! 魔王はほんとうだがマモノは正体不明のバケモノで、魔王と人間は同盟関係にああもうややこしい!」
オジサンはめっちゃ一生懸命説明しようとする。でも襲ってくるマモノが増えてくるとやがて口を動かすのをやめた。
「なめるなッ!」
それぞれがそれぞれの武器を手にする一方、サっちゃんはその手を握りしめて相手にぶつけていた。
全身の筋肉を引き絞った渾身の一撃。マモノのど真ん中にヒットして、それは川の向こう側まで吹っ飛んで消滅した。
「すっげ! テメーさっき手加減しやがってたな!」
「ハッ! ガキ相手に本気になれるか」
「ならこっちも見せてやるぜ。スキル、俊足」
スプリットくんの姿が霞んで消えて、次の瞬間には魔物たちをあらゆる形に切り刻んでいく。
「やるねえ! それならアタイの筋肉にも傷をつけられそうだ」
「傷どころじゃねーよ」
「ボサッとするな!」
ふたりの背後にいたマモノをビーちゃんが射止める。
それでも数が多く、ビーちゃんは徐々にマモノに追い詰められていった。
「クッ、数が多い――ならば」
彼女は矢を複数つがえて弓を構えた。
「スキル、一斉射撃」
瞬間、矢の先端が赤くひかり、ビーちゃんの細く繊細な指から開放される。それらは自分の意志があるかのように様々な軌道を描き、マモノの急所へと埋没していく。
みんなすごくすごい! じゃあわたしは何してるのかっていうと。
「……ふぅ」
さいしょはずーっと逃げてました。ちがうんもんオクビョーモノじゃないもん!
「オジサンが"こういう視界が悪い場所で戦うときは、お前は隠れてこそこそやっとけ"ってゆーからそーしてるだけだもん」
で、マモノたちの隙を見つけては飛びついて弱点をひと突き。何度かためしてわかってきたことなんだけど、マモノたちは姿を模した動物がもつ弱点のほかにも、マモノが独自にもつ弱点があるっぽい。
全体的に影なんだけど、そのどこかにコアみたいな硬い部分があって、そこに剣を突き立ててればどんなに軽いダメージでもクリティカルヒットしてくれる。
(これオジサンに教えるべきだよね?)
チラッとオジサンのほうを見てみると、なんか囲まれた状態からズババババ! って感じでマモノたちを料理していくとこだった。なにあれすごい、ほんとに料理みたいにマモノが細切れになってくんだけど。
「油断しなければ苦戦しない。だが慣れぬ者はそうでもないか――だれかトゥーサの援護をしてやれ!」
「ぐうう!」
オジサンの言葉とほぼ同時に、痛みを噛みしめる叫びが木霊した。