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作者: 犬物語
筋トレは計画的に
旅立ちからすぐのイベントです
 快晴のなか、みなさまいかがお過ごしでしょうか?

 わたしは元気です。目的地までの遠い道すがら、おやつ携帯食料を頬張りんぐして気ままな旅路を楽しんでおります。

 なんて言いつつまだ集落を出てからほんの数時間しか経っておりませぬ。が、辺りはすっかり人の手がない大自然に囲まれてて、たまーに森の中を通りますって感じ。

 でね? ふと視線を映したらおいしそーなほしにくを見つけたんですよ。

 やったラッキーってかんじで飛びつきました。するとどうでしょう? なんか足が締め付けられる感触したなと思った瞬間宙に引っ張り上げられてしまったのです。

 思わず「にょわっち!」って言っちゃったよね、うん。どこのウルトラマンだっていう、いやウルトラマンはシュワッチか。

「――はにゃ?」

 宙吊りである。ゆあーんゆよーんゆやゆよん。

「はにゃ? じゃねーだろ!!」

 どこからともなくお元気な声が響きわたる。そっちを見れば、遠くで上下が逆になったスプリットくんが叫んでる。

「あ、ちがうわたしがぶらんこになってるんだ」

「バッキャロー! どこにそんな単純な罠に引っかかるヤツがいるんだよ!」

 ガミガミ言う少年に対し、その後ろにいるオジサンが手で顔を覆っている。うん、これはやっちまったなって顔だわ見えてないけど。

 そんななか冷静なのは超絶美少女のビーちゃんである。スゥっと静かに矢をつがえてらっしゃるのはつまりわたしを助けるためそういうことですよね? うん、ありがたいんだけど狙い外したらわたしの身体に穴あいちゃうのでもうちょっと上を狙ってほしーかなぁって。

「動かねえほうがいいぜ」

「うん?」

 茂みからガサガサって音がして、まるで巨木のようなおおきな人が現れた。

「まさかこんな手に引っかかるとはな……自分で言うのもなんだがありきたり過ぎだろ、アレは」

「まあ、グレースのバカさ加減は我々も知るところだが」

「オジサン!?」

(そこはフォローしないの? っていうか助けてよ! っていうかこの人でっか!)

 すぐとなりに立たれるとその大きさがわかる。宙吊り状態でもわかる。っていうか筋肉すごい。

「それ以上近寄るな」

 その人は若干お高めのボディビルダーのような声を出した。ところでボディビルダーってなに?

「一歩でも踏み出せばこいつの命はない。アタイの筋肉が唸りを上げるぜ?」

 その言葉にオジサンたちの足が止まる。そのかわりに口が動く。

「大型獣用の罠だな。たしかにここ一帯にはキケンな肉食獣が多いと聞くが」

「こんくらいの強度じゃなきゃヤツらを押さえつけられないんでな……ま、人間用として使うにはじゅーぶんじゅーぶん」

「女。今すぐその子を離せ。今ならまだケガ人なく済ませられる」

 言われた女はニヤリと笑った。ってちょっとまって。

「え?」

(おんな?)

「それはこっちのセリフだ。言われたとおりにすればケガ人なく済む。ただし余計な動きをすれば――」

 わたしの顔の位置に彼女? の顔がある。明るい黄褐色の瞳がわたしを射抜いた。

 いかつい顔、余計な脂肪はなくはっきりと浮かび上がる筋肉。それは全身を覆っていて、布切れをツギハギした服だけではカバーしきれないほど自己主張している。

 きれいに日焼けしたような美しい褐色の肌。あちこち傷らだけなのは、たぶんこんな薄着で森のなかで暮らしてるからだよね。

 全身筋肉の塊のような人だった。それはまるで――。

「ほんとにオンナノコ?」

「あ?」

「あ、なんでもないです――でもおっぱいはおっきい」

「ナニ言ってんだこのガキ」

「イタあ!!」

 げんこつされた! ってかマジでイタイんですけど! こぶしが岩みたいだったんですけど!?

「ふざけたこと言ってっとアタイの上腕三頭筋が黙ってないよ」

「やめておけ。四対一では勝ち目はあるまい?」

「三対一のまちがいだろ。手ぇ出したらこいつの命はねーぞ?」

「やってみろ。そいつが死ねばキサマの大事な人質はいなくなる」

 オジサンは音もなく腰の剣に手をかけた。その背中には猟銃も抱えてるけど、たぶんオジサンならこの距離を一瞬で詰めてきて、すぐに一撃を放つことができると思う。

 オジサンに鍛えられてきたからわかるもん。さり気なくビーちゃんを影にして、彼女が矢に手をかける動作を隠したのも要チェックなんだよ!

「だからやってみろ・・・・・と言ったぜ? どうせできねーだろ」

「なぜそう思う?」

「態度でバレバレだよ。この筋肉が教えてくれた、あんた抜け目ないヤツだろ? ――人質ごときで動じないなら初手で突っ込んでるだろうし、そもそも弓兵を隠してコソコソやるような動きはしねーよな?」

「……ばれてたか」

「オッサン、やるか?」

「スキルは使うな。ここは穏便に話し合いといこうじゃないか」

 目の前の女のひとは勝ち誇った笑みを浮かべた。

「要件を聞こう」

「安心しろ、なにも全財産服までぜんぶ剥ぎ取ろうなんて考えちゃいない……そうだな、アンタが持ってるその袋の中身。それをはんぶんくらい譲ってくれりゃいいぜ」

「ほう、盗賊風情にしては良心的だな」

「こっちにもイロイロ事情があるんだよ。肉体維持にも必要だからな……さっさと出せ」

 彼女の指示通りにオジサンが動く。袋から数日分の食料を取り出したところで、ちゅーぶらりんになったわたしは必死に考えた。

(あーアタマに血がのぼーるぅ~)

 ムリ。ボーッとしてなにも考えられない。

(ふらふらするぅ。それに、なんか知らないけど覚えのあるニオイが――んにゃ?)

「クンクン」

「あ?」

「お魚さんの香り……この近くに川があるの?」

「はあ?」

 じゃなくて。

「アナタ異世界からきたひと?」

「ッ! ――なぜわかった」

「そんなニオイがするっていうか、えっとね、昨日いっしょにみんなと寝てわかったんだけど、スプリットくんとビーちゃんは独特な香りがあるんだけどオジサンにはなかったというか」

「ほんとうか?」

 ビーちゃんが自分の身体の香りを確認する。

「わからん。いちおう、清潔にしてるつもりだったのだが」

「ううんちがうの! そういうのじゃなくて感じるっていうか、うーんよくわかんないけど」

「お前らもこの世界の外から来たのか!? なあここはドコなんだ? いったいどうやったら元の世界に帰れる!」

「うわああああああああ!」

 やめろぉ宙吊りのままぐわんぐわんされたらもううぅぅう、ムリ。

「おげえぇぇぇぇ」

 口からバズーカ。上下さかさのときそうなったらどうなると思う?

「あっ……わるい」

 若干手遅れだったけど。

 鼻にすこし入っちゃったけど! けどいろいろ出てることに気付いた筋肉さんが身体を支えてくれた。ついでに自分の服で口まわりを拭き取ってくれた。

「あびばぼぅぼじゃりますぅ」

「人質にずいぶん親切じゃないか」

「無益な殺生はしないだけだ。だがどさくさに紛れて近寄るようなヤツには容赦しねーぞ」

「……異世界人らしいな。なぜこのような所にいる?」

「それを知ってどうする?」

「私たちは異世界人を保護してまわっている。この世界には定期的に異世界から人がやってきれ、場合によってはそのまま命を落とす場合もあるそうだ」

(え、そうなの?)

「だから?」

「ここにいては危険だ。いつ魔王が放った凶暴なモンスターに襲われるかわからんし、この辺りにも魔の手が忍び寄ってると情報が入った」

(え? え?)

 なんかはじめて聞くことばかりなんですけど?

「おいオッサンなにテキトーなこと――」

「シッ、少しだまって」

「んぐぐ――ッ!」

 言いかけたスプリットくんの口を、後ろから抱きしめるようにビーちゃんがふさいだ。とたんにスプリットくんの顔が赤くなる。それってもしかして窒息してない? いやでも鼻呼吸できてるしよくわかんないや。

(スプリットくんへんなの)

「私はキミを助けたいんだ」

「……へっ」

 筋肉はオジサンの提案を一笑に付した。

「異世界に流れ着いたとき、アタイは手前の草原で寝転んでた。どこにだれがいるかわからねー世界でよ、ショージキ人間が恋しかったぜ……で、その人間にどんな仕打ちを受けたと思う?」

「……」

「バケモノだとさ!」

 目を剥き、口を大きく広げた。

「こんな筋骨隆々のナイスバディを目の前にしてそれはないだろう!」

(えっ)

「このボリュームになるまでどんだけ苦労したと思ってる! この筋肉を維持するにはどれほどの鍛錬が必要かわかるか!!」

「……」

(えーっと、うん)

 わかりません。

 っていうかそこはなんか、アレじゃない? こう、異世界の人たちから迫害されたーとか、実は第一異世界人が盗賊さんで戦うしかなかったーとか、それでトラウマになっちゃって人間を信用できなくなったーとかさ、そういう流れじゃない?

「心底ショックだったね。この世界にボディービルのすべてを否定されたと思った。だがそれだけじゃない! 本来なら筋肉を鍛えることの素晴らしさを伝えなければいけなかったのにアタイは……アタイは逃げ出したんだ!」

(……あー)

 ほーらみんな黙っちゃったよどうすんのこの空気。

「アタイはアタイを許せない。だからこの世界でもボディービルを、自分自身のために筋肉を鍛え続けることを誓った。そしてアタイはこの世界の住人を否定する。ヤツらのメシを奪い、布を奪い服をつくり、森にすむモンスターと戦い、この身体を鍛え上げ続けて見せる」

「……その、キミが自分の肉体に自信をもってることはわかった」

「自信じゃない誇りだ!」

「あ、ああ。だが、それならなおのことキミを同行させたい」

「なぜだキサマも異世界人だろう! アタイをバケモノ呼ばわりするつもりだね」

「そんなことはない。それどころか、私の人生においてキミほど鍛え上げられた身体をもつ者を見たことがない」

 オジサンはまた一歩踏み出した。

「その人間にかわって詫びよう、すまなかった。そして改めて私たちといっしょに来てくれないか? 異世界人がそのような人間だけではないことを証明したい」

「……わるいな」

 自嘲気味に彼女は笑った。

「アタイはもうたくさんの異世界人をぶん殴っちまった。人に魅せるため鍛えた筋肉で、アタイは人を殴っちまったんだ――クッ!」

 言って、彼女は踵を返し巨体を震わせた。足をつくたびに地響きがなって、それにつられた木々が葉っぱをざわつかせていく。

「追いかける必要がありそうだな」

 オジサンは茂みに消えていった背中を見続けていた。それはいいんだけど、そろそろ下ろしてくんないかな?
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