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作者: 犬物語
ともだち、マモノ、かぞく
別れって、いつも突然おとずれるよね。
 この先のことを考えてた。

 自分がいて、オジサンがいて、スプリットくんはどうするんだろう?

 また商人さんたちと旅をつづけるのかな? それともこっちに着いてきてくれるのかな?

 聞きたかったんだけど、なんとなくタイミングというかめぐり合わせというか――なんかなかったから聞けないままでいる。

 でも、そうなってくれたらいいな。

 オトモダチといっしょに楽しくわいわいしたいな。

 そうだ、どーせ元の世界にもどる方法がわからないなら、わからないなりにこの世界を楽しんじゃったほうがいいよね?

 この世界にはどんな人がいるんだろう? どんなどうぶつたちがいるんだろう?

 みんなとオトモダチになりたいな。

 みんなと仲良しさんになりたいな。

 たのしく遊んで、いっぱいおいしいものたべて、それから、それから――またいっぱいあそぶんだ!

 楽しそうに笑うスプリットくんを見つめつつ、この時のわたしはそんなことを思っていたのでした。





「グレース!」

 バン。

 そんな音をたてて、左右に固定された扉が乱暴に開け放たれた。

「オジサン?」

「ん?」

 同じテーブルにいたスプリットくんも視線を向ける。入口に立つオジサンの姿は、はじめて出会ったときのようなマタギスタイルではなく立派な……異国の騎士のような装備をしていた。

 その表情はとても深刻で、背筋にイヤな感触が走っていくのを感じた。

「どうしたの?」

「話はあとだ。急いで森へ逃げろ!」

 その言葉を口にした瞬間、そのうしろから突風が吹き荒れ食堂の空気をかき乱した。

「うわっ!!」

「な、なに??」

 テーブルがめくれあがり食堂内部の調度品が暴れまわる。同じくテーブルを囲んでいた人たちが崩れ落ちたり、わるいはそれらにぶつかって昏倒したりしていく。

「無事か!」

「う、うん。スプリットくんは?」

「ヘーキだ。オジサンこれは」

 見れば、目の前の少年はすでに剣を携えている。その姿を認めて騎士は一瞬、どこか子どもの成長に喜ぶ父親のような笑みをうかべた。

「マモノの襲撃だ。すでに外では避難行動がはじまってる、おまえたちも逃げろ」

「オジサンは?」

「戦う」

「そんな、あぶないよ!」

「オジサンの強さは知ってるだろ? いいからお前らは逃げろ」

「オレも戦う!」

 意気込むスプリットくんの姿を見て、こんどは子どもを叱りつける親のような姿になった。

「逃げろ」

「なんで! オレだって――」

「足手まといだ」

「ッ!」

 有無を言わさない宣告。でもオジサンの言うことはもっともだ。何が起きたのかわからないし、はやくここから離れなきゃ。

「スプリットくん逃げよ?」

「……クソッ!」

 まだ力が入ってる彼のウデを掴み、わたしはその場から立ち上がった。





「飛兵に注意しろ! ラインを突破されるな! 孤立せず一匹ずつ確実に仕留めるんだ!!」

 司令官らしき姿の男の人が叫ぶ。あの人はたしか、この集落にやってきた時にオジサンと話をしてた人だ。

「一般人は森へ逃げろ! エルフが助けてくれる」

 声を張り上げつつ、彼はひとりだけでマモノを切り刻んでいた。

 切り刻む、だ。ただ一振りしただけなのに、その筋の後ろには細切りになったマモノが――えっ。

「きえ、た?」

 消えた。ううん消滅したって感じ。息絶えたその瞬間からなんか光の粒になって、それが空中に霧散してそのままなくなった。

「マモノってのはそういうものなんだよ」

「スプリットくん?」

「おまえも見ただろ。マモノは倒されれば消える。まるでさいしょからそこにいなかったように。まるでゲームの敵モンスターだ」

 宿の裏手にある丘を登る。その先にはあの騎士が言ってた森があり、その茂みからガサガサと音が聞こえる。たぶん、先に避難してきた人たちが隠れているのだろう。

 まるでゲーム。そんな言葉を聞くと、茂みに隠れてるエルフが弓と魔法で待ち構えてそうな気もする。

「実際そうなんだぜ? オレは商人の護衛役してたけどその道中でもマモノと戦うことはあった。で、そいつらと戦って、倒して気づいたらこれ俊足を使えるようになってた」

「あの速く動けるようになるヤツ?」

「まるでゲームだよ、この世界は……ヘヘッ、オレにレベルがあるとしたら今どんくらいかな? あのオッサン超えられるかな」

 ムリだよ、オジサンつよいもん。わたしはそんな言葉を飲み込んだ。

「いっぱいモンスターを倒したら越えられるんじゃない?」

 今思えば、このチョイスは失敗だったかもしれない。

 森へ到達し、茂みに隠れ、ふたりで集落の戦況を見守る。そのなかに一際目立つ活躍をする男の人がいた。

 オジサンだ。

 さっきの司令官さんもそうだけど、オジサンはそれに輪をかけて強かった。

 まっすぐ突っ込んでくるマモノ、空から襲撃するマモノ、遠距離から魔法を飛ばしてくるマモノ、そんなマモノたちをまとめて相手にしてるのにぜんぜん平気そうな顔をしてる。

 っていうかアレなに? 剣っていつから衝撃波を飛ばせるのが当たり前になったの? っていうかオジサン猟師だよね? 猟銃はどうした猟銃は。

「……すげー」

 オジサンの戦いっぷりに、となりから絞り出したような声が聞こえる。彼に突撃していくマモノたちがその先々から消えていくようすに、わたしは頼もしいやら恐ろしいやら、なんか何をどこに着地させればいいのかわからないモヤモヤを覚えた。

「あ、銃つかった」

「使えるものはなんでも使うだろ。それよりちょっとこっちに寄れまた避難者たちがくるぞ――ああっ!」

 わたしたちと同じように丘を駆け上がってくる人がいた。兵士たちが殿しんがりとなってマモノを食い止めているけど、その中の一匹が網をくぐりぬけて避難者たちに狙いを定めた。

 そのなかのひとりを見つめ、スプリットくんが声を荒げた。

「おっちゃん!!」

「ッ! スプリッ――」

 彼と目があった。

 その顔が、マモノの牙に押しつぶされた。

 刹那、彼の体に閃光がはしる。

俊足しゅんそく

「スプリットくん!」

「うおおおおお!!」

 目に止まらぬスピードで接近する。

 肉薄し、剣を上に掲げ跳ぶ。俊足の勢いそのままをぶつけられたマモノの首は一瞬で分断され、地へ落ちきる前に消滅した。

「おっちゃん! おい返事しろおっちゃん!!」

 わたしが駆け寄った時にはすべて終わっていた。同じく旅をしていた商人さんの肩を抱き、彼は必死にゆすり、叫ぶ。

 その人の顔は、すでに半分潰れていた。

「……スプリットくん、このおじさんはもう」

「言うな!!」

 すべてを拒絶する言葉だった。命を失った現実、間に合わなかった事実、孤独を感じる切実な時間。

 彼はそのすべてを否定したかった。

「オレにとっちゃ家族みたいな人だったんだ。たのむから、なにもいわないでくれ………………許さねぇ」

 今だけは、彼はマモノの存在すべてを否定したかったんだと思う。

 そこにわたしが知ってるスプリットくんはいなくて、その目には明確な敵意があって、ううん。

 それは殺意だった。
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