馬車犬との出会い
オジサンはもう少女の正体に察しがついたようです
商人があつまる集落のようなもの。オジサンはそう言ってたけど、ここはちょっとした村っていうよりちゃんとした町、みたいな感じだった。
「おお、チャールズじゃないか久方ぶりだな!」
「ユージーン。おまえもいたのか」
到着早々、こちらめがけて歩み寄るオジサンがいた。
オジサンレベルはこっちのオジサンのほうが上だと思う。いかにも商売人ですよーって感じの服装だけど、見た目地味だからそんな稼いでないのかな。
「ってかオジサンのなまえチャールズっていうんだ」
「いやいや、さいしょに自己紹介しあっただろ」
「ここのとこ姿を見せないと思ったらなんだそのカッコは、すっかり楽隠居モードじゃないか」
「この年で隠居者呼ばわりされたくないな」
「バカを言え。大陸最強の騎士がそのナリしてたらダレだって引退したと思うだろ。それに、おまえがこの先ずぅーっとグータラ生きてたって文句言うヤツはいねーよ」
言って、オジサンはオジサンの肩を叩く。でもってオジサンもオジサンの肩を叩き返す。そのまま抱き合うオジサンふたり。え、なにこの光景。
「相変わらず視察行脚か?」
「まーそんなものだ。ここのとこ魔物が町中で発見されたなんて話が多くてな。まあ噂には尾びれがつくものだが、まずは現状を探りに周辺を探索してるところだ」
「まもの?」
ってことはやっぱここ剣と魔法の世界なんだ。まわりをよく見渡してみると、商売人同士が取引してる品物のなかに、なんか光ってる石みたいなのがあった。それに杖とかほうきとか。え、なに空飛べるの?
「そんな噂が……このあたりをうろついてるが、動物や魔物たちにそんな兆しは見えなかったが」
「おまえがそう言うのなら間違いないだろう。しかし我らの同盟に反対する勢力がいることも確かだ。そこで相談なんだが」
それから難しそうな会話が続いた。え、なんでセリフをここに書かないんだって? しかたないじゃんよくわかんなかったんだもん。
「グレース。ちょっといいか?」
そう言ってわたしに手を差し出したオジサンは、いつもより鋭い目つきでちょっと怖かった。
「これでいろいろ買い物してきなさい」
チャリン。わたしの手のひらにそんな音が響いた。
「いいの!?」
「ああ。おいしいものたくさんあるぞ」
「やった!」
さっきのナシ。オジサンめっちゃやさしい!!
「はえぇ~」
目の前に魔法で保存された果物や野菜がある。やっぱりここは異世界なんだと確信するとともに、いまわたしの目にはひとつの食べ物しか映ってない。
(ほしにく)
ふしぎな魔法パワーで滅菌消毒済みのそのまま食べられるほしにく。
(ほしにく!)
「ほしにく!」
やっぱ肉でしょ! え、味? それはまあ気になるけどやっぱ肉でしょ!!
「ほしにくください!」
「あ、ああ。ゲンキなお客さんだな……それでいくつだ?」
「ぜんぶください!」
「いやムリだから」
ムリじゃない範囲で干し肉をもらったわたしは、カゴいっぱい両手いっぱい口いっぱいの干し肉を抱えてるんるん気分なのです。だってこのほしにく魔法かなんかで保存されてるのかな? めっちゃおいしいんだよ!
「ほっしにっくほっしにっくー」
「おい」
「んっふふ~おいしいものたくさん! しかも噛めば噛むほどおいしくなる魔法のたべもの~」
「なあ、おい」
「まだまだゴックンしないで、ゆっくり味わってたべようねえ~」
「おいってば!」
「んにゃ!」
強引に肩を掴まれ、わたしはうしろの方向にくるりとまわった。
「おっとと。んもう、ほしにく落ちちゃうじゃん」
振り向くと、そこにはちょっと大きいおにーさんがいた。
「おまえドコから来た?」
「えっ」
マジメな表情で見下される。いやそんな顔ですごまれたらちょっとこわい。
ううん、見た目はぜんぜん怖くない。むしろ爽やかイケメン? って感じ。スラッとしてて、だけど線は細くなくてちょっとたくましいかも。
旅人なのかな? 商人さんとはちょっとちがう白っぽい服を着て、それがところどころドロで黒くなってる。見た目がイケメンなのにマジメな顔でまっすぐ見てくるから、なんかこう、どう反応すればいいのかわからなくなっちゃった。
「その服装、おまえも異世界からやってきたんだろ? どうやってここに来たんだ!」
「いせかい? あ、じゃあキミも? っていうか痛ッ」
「あっ」
男性の力でキツく締め付けられるのを嫌い、わたしは身体をすこしよじった。そのせいでバランスをくずしたカゴの中からひとつ干し肉がこぼれ落ちる。
「すまん、ちょっと気持ちが行き過ぎた」
おにーさんはそれを拾い上げこちらに差し出す。とりあえず落ち着いてくれて良かった。あのまま肩をゆすられてたら肩がどっかいっちゃうとこだったよ。
「おにーさんも?」
「ああ……オレの名前はスプリットっていうんだ」
白髪のおにーさんは自分の胸に手を当てて言った。
「いつの間にこんなトコに飛ばされちまって、それ以前の記憶もよく覚えてねーし、ほんとどうしちまったんだ」
(わたしと同じだ――ってことはこの人も日本人?)
いやそんなワケないか、白髪だし。いやでもわたしも茶髪ぅはギリギリ日本人じゃない?
「わたしも……なんか気づいたら異世界転移してました」
話を聞くところによると、スプリットさんは異世界にやってきてけっこう経つようだ。
はじめはわたしと同じように草原のど真ん中にいたらしい。それでアテもなく彷徨って、偶然通りかかった旅の商人に拾われて、そこで働くようになったらしい。
彼にとって働くこと自体は苦じゃなかった。逆に馬車を引く馬の代わりになりたかった? みたいなおかしなこと言ってたけど、彼は運動神経が良かったらしくて、たまに襲いかかってくる野生動物たちを追い払ったり、売買した品物の番をしたりでうまく溶け込んでいた。そんななか訪れた商人の集落で、偶然日本っぽい服装を見かけて話しかけたんだって。
「ってことはスプリットさんも日本人なんだ」
「は? なに言ってんだあたりまえだろ」
いや当たり前じゃないでしょいかにもヨーロッパ風な顔してるじゃん。あ、でも日本生まれの外国人もいるから否定するのは差別になっちゃうのかな?
「ここにいたのか、探したぞ」
声に振り向くと、そこにはオジサン改めチャールズオジサンが立っていた。
「しかしなんだ……ほんとうに食い物ばかり買うとはな」
「えへへ」
「褒めてねーぞ。ったく欲望に忠実な嬢ちゃんだ。んでそっちは?」
「スプリットくんです」
「どうも。オジサンは?」
「チャールズだ。巷じゃ隠居してると言われてる。よし、じゃあ行くぞ」
言って、オジサンはそのまま歩き出した。
「行くってどこへ?」
「バカ、おまえ冒険者がなんの装備もなしじゃサマにならんだろう」
オジサンは数ある商店のなかからひとつを選び、そこにある装備を物色しはじめた。知り合いなのだろうか、周りのお店に目もくれずそこだけを目指していて、その姿にスプリットくんは「オッサン目があるな」と感心していた。
「ダテに戦ってきたワケじゃないからな。他もいい武具はたくさんあるがどれもここには劣る。そうだな……お嬢ちゃんにはコレくらいがいいか」
(え、なにその視線)
そうだな、とお嬢ちゃん、の間の沈黙中、オジサンはじーっとわたしの身体を見てた。そりゃあもうネトつくように。なにこれセクハラ?
「ま、お嬢ちゃんは冒険者らしいからな。身軽で扱いやすい短剣がイチバンだろう」
言って、こちらに一本の短剣を差し出した。名前では短剣だしオジサンが持ったら短剣に見えるんだけど、それを受け取った瞬間に倍くらいの大きさになったように見えた。
以外とおおきいのよ、これが。
「かるーく振ってみろ」
「え……こう?」
ブン! わたしは短剣を振り回した!
「あーうん、まあわかった」
「なにが?」
「おまえがりっぱな冒険者なんだなってことがだ。しかたない後で訓練してやる」
「オレも手伝うよ」
背後から聞き覚えのある声がした。オジサンが首だけで振り返る。
「なんだ、まだいたのか……でもまあちょうどいい。手伝いたいってんなら訓練に付き合ってもらうぞ?」
「えっ」
なにこの空気。なんか今からメッチャ厳しい修行のターンが待ち構えてるように見えるんですけど。
っていうわたしの心情を察してくれたオジサン。だけど現実は非情でござったのです。
「なんだその顔は? どうせ武器なんか使ったことないんだろ? アインマラハは平和な国だが安全ってワケじゃない。自分の身は自分で守れるようにしとかんと――冒険者、なんだろ?」
「えーっと、まあ冒険者は冒険者なんだけど冒険はしないっていうか」
「つべこべ言わない。どーせ数日間は滞在するんだ。それまで基礎くらいは教えてやる……ミッチリな」
「……はい」
「心配すんな。何かあったときはオレが守ってやるから」
「うん、ありがとスプリットくん」
あーあ。こんなコトになるなら冒険者じゃなくてフツーに「わたしはか弱いオンナの子なんです助けてください!」って言っときゃよかったよ。
「おお、チャールズじゃないか久方ぶりだな!」
「ユージーン。おまえもいたのか」
到着早々、こちらめがけて歩み寄るオジサンがいた。
オジサンレベルはこっちのオジサンのほうが上だと思う。いかにも商売人ですよーって感じの服装だけど、見た目地味だからそんな稼いでないのかな。
「ってかオジサンのなまえチャールズっていうんだ」
「いやいや、さいしょに自己紹介しあっただろ」
「ここのとこ姿を見せないと思ったらなんだそのカッコは、すっかり楽隠居モードじゃないか」
「この年で隠居者呼ばわりされたくないな」
「バカを言え。大陸最強の騎士がそのナリしてたらダレだって引退したと思うだろ。それに、おまえがこの先ずぅーっとグータラ生きてたって文句言うヤツはいねーよ」
言って、オジサンはオジサンの肩を叩く。でもってオジサンもオジサンの肩を叩き返す。そのまま抱き合うオジサンふたり。え、なにこの光景。
「相変わらず視察行脚か?」
「まーそんなものだ。ここのとこ魔物が町中で発見されたなんて話が多くてな。まあ噂には尾びれがつくものだが、まずは現状を探りに周辺を探索してるところだ」
「まもの?」
ってことはやっぱここ剣と魔法の世界なんだ。まわりをよく見渡してみると、商売人同士が取引してる品物のなかに、なんか光ってる石みたいなのがあった。それに杖とかほうきとか。え、なに空飛べるの?
「そんな噂が……このあたりをうろついてるが、動物や魔物たちにそんな兆しは見えなかったが」
「おまえがそう言うのなら間違いないだろう。しかし我らの同盟に反対する勢力がいることも確かだ。そこで相談なんだが」
それから難しそうな会話が続いた。え、なんでセリフをここに書かないんだって? しかたないじゃんよくわかんなかったんだもん。
「グレース。ちょっといいか?」
そう言ってわたしに手を差し出したオジサンは、いつもより鋭い目つきでちょっと怖かった。
「これでいろいろ買い物してきなさい」
チャリン。わたしの手のひらにそんな音が響いた。
「いいの!?」
「ああ。おいしいものたくさんあるぞ」
「やった!」
さっきのナシ。オジサンめっちゃやさしい!!
「はえぇ~」
目の前に魔法で保存された果物や野菜がある。やっぱりここは異世界なんだと確信するとともに、いまわたしの目にはひとつの食べ物しか映ってない。
(ほしにく)
ふしぎな魔法パワーで滅菌消毒済みのそのまま食べられるほしにく。
(ほしにく!)
「ほしにく!」
やっぱ肉でしょ! え、味? それはまあ気になるけどやっぱ肉でしょ!!
「ほしにくください!」
「あ、ああ。ゲンキなお客さんだな……それでいくつだ?」
「ぜんぶください!」
「いやムリだから」
ムリじゃない範囲で干し肉をもらったわたしは、カゴいっぱい両手いっぱい口いっぱいの干し肉を抱えてるんるん気分なのです。だってこのほしにく魔法かなんかで保存されてるのかな? めっちゃおいしいんだよ!
「ほっしにっくほっしにっくー」
「おい」
「んっふふ~おいしいものたくさん! しかも噛めば噛むほどおいしくなる魔法のたべもの~」
「なあ、おい」
「まだまだゴックンしないで、ゆっくり味わってたべようねえ~」
「おいってば!」
「んにゃ!」
強引に肩を掴まれ、わたしはうしろの方向にくるりとまわった。
「おっとと。んもう、ほしにく落ちちゃうじゃん」
振り向くと、そこにはちょっと大きいおにーさんがいた。
「おまえドコから来た?」
「えっ」
マジメな表情で見下される。いやそんな顔ですごまれたらちょっとこわい。
ううん、見た目はぜんぜん怖くない。むしろ爽やかイケメン? って感じ。スラッとしてて、だけど線は細くなくてちょっとたくましいかも。
旅人なのかな? 商人さんとはちょっとちがう白っぽい服を着て、それがところどころドロで黒くなってる。見た目がイケメンなのにマジメな顔でまっすぐ見てくるから、なんかこう、どう反応すればいいのかわからなくなっちゃった。
「その服装、おまえも異世界からやってきたんだろ? どうやってここに来たんだ!」
「いせかい? あ、じゃあキミも? っていうか痛ッ」
「あっ」
男性の力でキツく締め付けられるのを嫌い、わたしは身体をすこしよじった。そのせいでバランスをくずしたカゴの中からひとつ干し肉がこぼれ落ちる。
「すまん、ちょっと気持ちが行き過ぎた」
おにーさんはそれを拾い上げこちらに差し出す。とりあえず落ち着いてくれて良かった。あのまま肩をゆすられてたら肩がどっかいっちゃうとこだったよ。
「おにーさんも?」
「ああ……オレの名前はスプリットっていうんだ」
白髪のおにーさんは自分の胸に手を当てて言った。
「いつの間にこんなトコに飛ばされちまって、それ以前の記憶もよく覚えてねーし、ほんとどうしちまったんだ」
(わたしと同じだ――ってことはこの人も日本人?)
いやそんなワケないか、白髪だし。いやでもわたしも茶髪ぅはギリギリ日本人じゃない?
「わたしも……なんか気づいたら異世界転移してました」
話を聞くところによると、スプリットさんは異世界にやってきてけっこう経つようだ。
はじめはわたしと同じように草原のど真ん中にいたらしい。それでアテもなく彷徨って、偶然通りかかった旅の商人に拾われて、そこで働くようになったらしい。
彼にとって働くこと自体は苦じゃなかった。逆に馬車を引く馬の代わりになりたかった? みたいなおかしなこと言ってたけど、彼は運動神経が良かったらしくて、たまに襲いかかってくる野生動物たちを追い払ったり、売買した品物の番をしたりでうまく溶け込んでいた。そんななか訪れた商人の集落で、偶然日本っぽい服装を見かけて話しかけたんだって。
「ってことはスプリットさんも日本人なんだ」
「は? なに言ってんだあたりまえだろ」
いや当たり前じゃないでしょいかにもヨーロッパ風な顔してるじゃん。あ、でも日本生まれの外国人もいるから否定するのは差別になっちゃうのかな?
「ここにいたのか、探したぞ」
声に振り向くと、そこにはオジサン改めチャールズオジサンが立っていた。
「しかしなんだ……ほんとうに食い物ばかり買うとはな」
「えへへ」
「褒めてねーぞ。ったく欲望に忠実な嬢ちゃんだ。んでそっちは?」
「スプリットくんです」
「どうも。オジサンは?」
「チャールズだ。巷じゃ隠居してると言われてる。よし、じゃあ行くぞ」
言って、オジサンはそのまま歩き出した。
「行くってどこへ?」
「バカ、おまえ冒険者がなんの装備もなしじゃサマにならんだろう」
オジサンは数ある商店のなかからひとつを選び、そこにある装備を物色しはじめた。知り合いなのだろうか、周りのお店に目もくれずそこだけを目指していて、その姿にスプリットくんは「オッサン目があるな」と感心していた。
「ダテに戦ってきたワケじゃないからな。他もいい武具はたくさんあるがどれもここには劣る。そうだな……お嬢ちゃんにはコレくらいがいいか」
(え、なにその視線)
そうだな、とお嬢ちゃん、の間の沈黙中、オジサンはじーっとわたしの身体を見てた。そりゃあもうネトつくように。なにこれセクハラ?
「ま、お嬢ちゃんは冒険者らしいからな。身軽で扱いやすい短剣がイチバンだろう」
言って、こちらに一本の短剣を差し出した。名前では短剣だしオジサンが持ったら短剣に見えるんだけど、それを受け取った瞬間に倍くらいの大きさになったように見えた。
以外とおおきいのよ、これが。
「かるーく振ってみろ」
「え……こう?」
ブン! わたしは短剣を振り回した!
「あーうん、まあわかった」
「なにが?」
「おまえがりっぱな冒険者なんだなってことがだ。しかたない後で訓練してやる」
「オレも手伝うよ」
背後から聞き覚えのある声がした。オジサンが首だけで振り返る。
「なんだ、まだいたのか……でもまあちょうどいい。手伝いたいってんなら訓練に付き合ってもらうぞ?」
「えっ」
なにこの空気。なんか今からメッチャ厳しい修行のターンが待ち構えてるように見えるんですけど。
っていうわたしの心情を察してくれたオジサン。だけど現実は非情でござったのです。
「なんだその顔は? どうせ武器なんか使ったことないんだろ? アインマラハは平和な国だが安全ってワケじゃない。自分の身は自分で守れるようにしとかんと――冒険者、なんだろ?」
「えーっと、まあ冒険者は冒険者なんだけど冒険はしないっていうか」
「つべこべ言わない。どーせ数日間は滞在するんだ。それまで基礎くらいは教えてやる……ミッチリな」
「……はい」
「心配すんな。何かあったときはオレが守ってやるから」
「うん、ありがとスプリットくん」
あーあ。こんなコトになるなら冒険者じゃなくてフツーに「わたしはか弱いオンナの子なんです助けてください!」って言っときゃよかったよ。