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【エピローグ】(1)
 旅から戻ると、僕はそれまでと同じような普通の村の少年の生活に戻った。

 僕は当初の予定通り、カンナ村にある中級学校の魔工学専攻へ進学し、五年勉強に励んだ。学校の最後の二年間はワシスの校舎で学ぶことになるため、そこでウヅキ村から、親元から離れることになった。
 帰ろうと思えばあっという間の距離なんだけど、そこで十八歳が休みの度に帰ると言うことはなく、長期の休みくらいしか帰らない日々となった。

 トリオやマチルダさんは、そんな僕の元に仕事の合間にたまに会いに来てくれた。
 その時にマチルダさんが教えてくれるおかげか、それなりに真面目に励んだからか、そこそこの成績で卒業することが出来た。
 トップクラスというほどではないけど。

 卒業後は、ワシスの北側のサツキ村にある魔道具工場に勤めていた。それから五年弱、魔道具の開発を支援する仕事をしていたけど、この度縁あって声をかけられ、最近新しくできた事業所で働くようになった。

 今は働いてまだ数日だ。
 事業所はウヅキ村に位置するため、長期休暇以外では久々に故郷に戻ることになる。
 しかし、転職直前は何かと忙しかったこともあり、家も探していない。今のところはとりあえず実家に住んでいる。

 僕が中級学校に入った頃から、国で、僕のような一般人の移動制限がなくなった。外へ行くための、あのしち面倒くさい申請ももう不要だ。

 それに伴い、近年人や物の流通手段の需要が高まっている。
 今まで町、村の中だけでしか使えず、外用では限られた行商人や配達人のみが使えた乗り物という手段が、一般層にも広まり、より行き来が活発になった。
 それについて、マチルダさんは「今まで人の行き来を制限されたせいで、交通の技術だけが異様に停滞していだけよ。その反動で、爆発的に進化するでしょうね」と説明してくれた。
 今の僕は近年開発が盛んな、魔石で動く乗り物を作る仕事の一つに携わっている。外側の実際の機械の方ではなくて、動きを魔石で制御する方が専門だ。
 もともと魔工具いじりをしていたけど、勉強している内に外側よりは制御の方に興味が出てきた。魔道具工場の時も、魔道具を作るための魔工具の制御の仕事をしていた。

 多分、神殿でのトリオ、マチルダさん、アルバートさんの姿を見たからだと思う。
 うきうきしながら神殿での仕組みを話していたマチルダさんの影響も大きい。
 あの時何の知識もなかった僕は、言われたとおりにただ読み上げるだけだった。あの冊子はアルバートさんが保管しているらしいけど、多少は技術者として力を付けた今の僕だったら、もう少し理解できるのかもしれない。

 力を付けた今だから、声をかけてもらえたんだろうと思っている。
 少し前、僕がサツキ村で働いていたとき、突然来たマチルダさんにこう言われたのだ。

「ねえ、ユウ君。わたしを手伝ってくれないかしら? いい仕事仲間になれると思うの」

 かつて彼女と出合った直後は、パーティーを組むのを断った僕だった。

 しかし、今回は彼女の勢いと仕事内容の面白さに流され乗せられ、そのまま彼女が勤める研究所の事業所に雇われることになったのだった。


 ハヅからウヅキ村まで僕を送っていった時、マチルダさんと僕の母は意気投合した。専門は違えど、変わり者同士で通じ合えるものがあったようだ。母のコネを使い、マチルダさんは王立研究所が出資する魔工具工場で助手として働き始めた。

 あんなに短槍と冒険者が板についていた割に、案外さっくり辞めるんだなと思ったけど、その理由はすぐに理解した。
 短槍使いの時も、今も、僕が知っている範囲での彼女は、自分が興味あることしか興味がない。

 いつだか宿屋で夜通し神殿で行った仕組みの説明を受けたときのように、工場で働くマチルダさんは生き生きとしていた。
 元々研究所に所属していた優秀な魔法使いだ。ワシスの夜間の学校に通いながら論文をいくつか提出してとっとと卒業資格を得て、あっという間に研究員になっていた。研究所は実力主義が分かりやすい。
 マチルダさんは、以前僕に熱く語っていた「制限がなくなったことによる技術の進化」を自分で実現したいらしい。

 技術を進化させて、世界がよくなることを期待しているようだ。
 僕は研究者ではないため、開発をする人たちの、どこまでも追求するその姿は素直に尊敬できる。マチルダさんの、目的のために突き進もうとする姿は、「世界をよくしたい」という心意気は、やっぱり勇者そのものだよなと思う。
 あと、僕をはじめ、何人か連れてきたところも。勇者って何だか人たらしのイメージがある。

 ちなみに、何で魔法でなくて、魔工具の研究にしたのか聞いてみたけど、「その人固有の力でしか操作できないなんてつまらないじゃない。時代は汎用化よ。標準化させて、誰でもどんな人でも使えるのが大切で理想なのよ」とのことだった。

 かつてトリオの話では、自分にしかない強い魔力で苦しんでいたらしいマチルダさんは、誰でも使える一般的な力を求め、作り上げたいらしい。

 マチルダさんは、二百年前に勇者兼魔法使いとしてトリオとマグスを倒すよりも、今研究者として僕らと開発をする方が、仕事としては楽しんでるんだろうなとは思う。

 僕は研究室の職員に品質試験の結果を渡した後、すぐ側に座っているマチルダさんがこちらを見ていることに気付いた。

 マチルダさん経由で雇われたけど、仕事は違うため、この数日間、案外関わってはいない。何となくマチルダさんが遠目でこちらを見ているなと思うくらいだ。
 自分の口利きで入ったからか気になるんだろう。

「お疲れ様です。マチルダさん」

 挨拶をしたら、マチルダさんは目を大きくした。

「あ、ユウ君!」

 こちらを見ていたくせに、何なんだ。その驚きっぷりは。

「し、仕事はどう?」
「おかげさまで。室長もチーム員もみんないい人達ですね」
「そ、それは良かった!」

 僕はマチルダさんの机を見た。もうすぐ定時だけど、色々と山になっている。

「お忙しいんですか?」
「え……、うん、ちょっと……明後日用事があって休むから……前倒しを……」

 なるほど。彼女がおかしいのはいつものことだけど、仕事が忙しい時は、違った方向におかしいのか。
 仕事中のマチルダさんという新たな一面を見つけた僕は、適当に挨拶して退出することにした。

「あ、待って! ユウ君!」

 後ろを向いた僕にマチルダさんが声をかける。振り返ると、マチルダさんが手持ちのノートを破って何かを走り書きする。

「今日は帰れないから、悪いんだけど、私の家寄ってこれ渡しておいてくれないかしら?」

 小さく折りたたまれた紙を渡された。

「分かりました。お疲れ様です」
「お疲れ様! 真っ先に渡してね!」

 強い声を浴びながら、研究室を出た。

 僕は今日の担当はこれにて終了だ。転職早々、早速忙しいわけでもないし、無理をしすぎると正しい品質が担保できない。
 僕は自分の席に戻り荷物を持って、そこは流されないように帰宅することにした。
 荷物を持つ僕を見て、同じく帰ろうとする人もいたので何よりだ。
 実家を離れ、魔除けのワッペン付きの服を身につけなくなったとき、人に気付かれるようになっていると初めて気付いた。

 僕に設定されていた制限が消えたからなのか、大人になって少しは存在感が出てきたからなのかは知らないけど。
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