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 神殿の宿坊で荷物をまとめた後、まずはアルバートさんのところへ行った。

 彼は神殿にある管主の部屋で儀式の準備をしているところだった。延々、札に魔法をこめているようだ。偉い人もこういう実作業をするものなんだね。

 創造神と世界を切り離した今、創造神を信仰する宗教の管主であるアルバートさんはこれから何を信仰対象にするのだろうという疑問は浮かんだ。しかし、神官になったのはともかく、管主になったのは反抗する立場を得るためだと聞いたことも思い出した。

 反抗するためになった管主でも、神殿の発展は願っているようだった。少なくともアルバートさんが管主の内はこの神殿もきっといい風に進んでいくんだろう。

 アルバートさんの机の上には、コヨミ神殿のパンフレットが積み重ねられている。

 とりあえず、外貨を集めるために観光客と冒険者を呼び寄せるのかもしれない。国からお金を支援してもらっているいっても、万一何かの力で神殿とハヅが滅ぶ可能性を考えると、神殿を更に丈夫にしたいのだろう。
 みんなで連れ立ってトリオが帰ってきたことを伝えると、アルバートさんは喜んでくれた。

「アリア様については、逐次こちらで様子を見る。アリア様はあちらとこちらの行き来自体は慣れている。戻ってきたときに少しぐらい不在でも大丈夫だろうし、儂一人でも問題ない。安心して戻って欲しい。今は、ユウ君の進学に間に合うように帰ることが一番大切だ」
「ありがとうございます」
「中級学校に行くのであれば、自分の興味は明確だろう。しっかり学んで、自分の望みを果たして欲しい」

 そう言って微笑むアルバートさんは、魔王としてのあの恐ろしいぞくぞくとするような空気はなくなった気がする。復活する魔王という役目を無事失うことができたのだろう。

 これが、マチルダさんとアルバートさんがいう、「成功した」ということなのかな。

 彼は、ただ優しい、それでいて立場を持った威厳のあるおじいさんになっていた。
 アルバートさんはこれでマグスとして目覚めることはない。

 ただの、というにはちょっと偉すぎる立場な気がするけれど、世界を滅ぼすことはなく、ずっと家族と幸せに暮らしていける。
 とはいえ、万が一のためにハヅと家族を失わないように、アルバートさんはこれからも神殿を守っていくようだ。

 ハヅは遠い。
 次にアルバートさんに会えるのはいつなのだろう。

 最初会ったときは恐ろしい何かを感じた人だったが、本質的にはとても優しく頼もしく、何よりも僕を救ってくれた。
 出会ってから一週間ちょっととは思えないほどの感謝の気持ちでいっぱいだ。
 彼にしばらく会えないことを寂しく思いながら、僕は挨拶を終え、神殿とハヅのパンフレットを山程持たされ、トリオ達と神殿の外へ出た。


 僕はトリオとマチルダさんとベンとタマとで帰路の道へと進むべく、ハヅへと向かっている。
 アルバートさんが国から資金を引っ張って整備されたこの道は、行きと違って全く魔物はでない。そのことを口にした。

「やっぱりこの前は色々不良が増えまくってたわけで、世界も修正対応できなくなってたのかもしれないわね。危なかったのかもしれないわ!」

 マチルダさんは明るく答えてくれた。トリオは顔を曇らせる。

「……そんな恐ろしい事態じゃったのか?」
「まあ、トリオが成功したんだから良いじゃない?」

 軽く言うマチルダさんに、トリオが言い返す。

「そんな前提が違う話は覚悟が違うじゃろ!」
「もー、めんどくさい男ね。あんたどうせそれ言うと怖気づくじゃない」
「うっ……」
「まったく、威勢の良さは、鳥の時の方が格好良かったわね。魔法、もっかいかけたろうかしら」
「やめい!」

 抗議の声を無視して、マチルダさんは「あ」と何かを思い出した。
 ハヅからウヅキ村へ帰る方法について、「魔法でさくっと帰る」手段を思い出したらしい。

「四年間歩きまくったせいですっかり忘れてたわ。ユウ君、どうする? やる?」

 僕は少し考えた。
 でも、僕は時間が足らなくならない限りは、普通に歩いて帰りたいことを伝えた。二人と二匹もそれに同意してくれた。

 トリオ達を待っているときならともかく、今は帰る分の日数は確保している。これから進学する僕は、早くとも学校を卒業するか辞めるまでは、こんな旅に出ることは出来ない。

 あのつい最近なのに懐かしくて愛おしい日常生活に戻る前に、今まで歩いてきた道をもう一度進みたかった。
 それに何よりも、まだまだあの子についてざわつくこの心を落ち着かせるためには時間が必要な気がした。

「というか、何なんですか。その、魔法でさくっと帰るって」

 気になる言葉を聞いた僕は、マチルダさんに聞いた。

「端的に言うなら、魔法で空飛ぶの」
「え、そんな事できるんですか?」

 驚く僕にマチルダさんは軽く頷く。

「まあね。わたし一人ならさくっと行けるけど、三人と二匹だと、さすがに人数多いか。休憩しながらにはなるけど、工程は半分くらいにはなると思うわよ。風魔法を応用して、身体に影響がない程度の速度で宙に浮かんで帰るの。公式について説明しようかしら?」
「いえ、僕は魔法はそこまでできないのでいいです」

 トリオとアリアを待っている一週間で、そんな聞いたこともない魔法や制御法について、さらさら答えるマチルダさんにも、若干慣れてきた。とっちらかっているのはそのままなこの人だが、自分が興味のある専門分野については非常に頭が働くようだ。

「マグスの城に飛んで行くときに使っちょったな。まだ使えるのか?」
「そうね。あれは別に勇者や魔法使いの特別な力じゃなくて、私の研究成果だもの。私の力では私が使う場合の魔法式しか見つけられなかったから、残念ながら今は汎用化はできないんだけどね」

 既に勇者と魔法使いの力はないが、ニルレンとしての元々の魔力は失わずに済んだマチルダさんは、短槍を上に掲げた。
 ふわりと地面から浮く。

「汎用化したいわよねぇ」

 その姿はまさに杖を掲げる魔法使いだ。
 ベンが周りでぴょんぴょん跳ねた。
 タマはマチルダさんの肩に飛び乗って、空中を楽しんだ。
 伝説の勇者兼魔法使いな訳で当たり前だけど、その一連の動作は非常に様になっていた。

「ああ、なるほど」

 僕は頷いた。その言葉にトリオが首を傾げた。

「何じゃ? ユウ」
「いや、マチルダさんが短槍がすぐに身についた理由が分かったから」

 言いながら、僕は地面に着地した後も短槍を掲げるポーズを取ったままのマチルダさんを指差した。それを見て、トリオも頷く。

「そういうことか。棒術と槍術は元は同じと聞いたことあるのぅ」

 一人気付かないマチルダさんは、短槍を下ろして首を捻る。

「ん? 何の話かしら?」
「昔の戦いの時、杖をこう振り回しちょったじゃろ? 棒術は習っちょったから」

 トリオは道ばたに落ちていた長めの枝を拾い、両手で構え、マチルダさんのようにくるくる回した。性格以外は器用な男だ。

 ニルレンはローブを好まないとは聞いていた。それにしたって、伝説の魔法使いはなかなか肉弾戦な魔法使いだったようだ。そりゃあ、マチルダさんだものな。イメージというものは正しいものではないのだ。
 回る枝を見つめながら、マチルダさんは首を傾ける。

「そうね。それが何か?」
「棒術と槍術は分かれていったとはいえ、やり方も似ちょるから、覚えが早かったんじゃないのかという話じゃ」

 マチルダさんは、右手の短槍を見た。

「なるほど」

 しかし、納得した直後、マチルダさんは顔を歪める。

「んー? ってことは、私、天才的な腕じゃなくて、ただの経験者ってだけ? えー、魔法も槍も天才級だと思ってたのに! つまらないわね」

 物凄くショックらしく、マチルダさんは大きく首を振っていた。
 一応僕はフォローする。

「魔法だけでも凄いじゃないですか。僕はどちらも天才じゃないですよ」
「ありがとう。ユウ君は優しさが天才的よ。でもそこに、剣も魔法も頭も顔もいい男がいる。しかも勇者っぽいことをこの前した。性格はちっさいくせに。わたしには魔法しかないなんて、腹が立つ」

 マチルダさんは短槍で、そこにいる金髪緑目の美形の男性を指した。
 トリオは持ったままの長い枝を、マチルダさんの真似をして短槍だか棒だかのように構えていた。
 今はフードを被っていないし、口元も隠していない。
 そのまま顔をさらけ出している。

 創造神の恩恵を受けなくなったからか、神が与え給うた美しさを持った美形の男性は、普通に格好良いくらいの男性になっていた。中性的な美しさはまだ持っているけど、現実離れしていたあのときの輝きはもはやない。

 いや、今もちょっといない位にはめちゃくちゃ格好良くはあるんだけど、恩恵があったときのあれは考えられないくらい凄かった。
 世界の美が一つ消えた悲しさを感じないというと嘘だけど、まあ、トリオが過ごしやすそうなのは良いことではある。

 トリオは長い枝をぽいっと元ある道の端へ投げ、軽口を叩いた。

「知るか。串刺し女」
「えー、それまだ言う? 元バカ鳥!」

 何なんだろう?
 二人の大人の関係には若輩者は口を出せないため、そのまま静観しているが、憎からず思っている同士なはずのこの人達は何をやっているのだろうか。

 マチルダさんの抗議に対し、鼻で笑ったトリオは、僕達に話しかけた。

「いくか、ユウ、タマ、ベン」
「うん」

 歩みを進めた最後尾で、マチルダさんは文句を言う。

「何か、本当にわたしのこと雑に扱うようになったわよね。あんた。昔はあんなに優しかったのにー」
「お互い様じゃろ」

 同棲を始めた時は婚約者として、あんなことやこんなことをしていたらしい二人は、少なくとも僕には見覚えのあるような関係で旅を始めることにしたようだった。
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