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 僕らは引き続き待っていた。

 マチルダさんとアルバートさんは「成功した」と喜んでいたけど、僕に実感はない。
 仕事の合間のアルバートさんも来てくれて、色々話した。
 アルバートさんは、創造神の影響さえなくなれば、移動制限が緩和されるはずだと、次の祭には観光客が来るはずだと喜んでいる。

 うん、凄く観光に向いている村だとは思うんだけどね。
 立地以外は。

 ちなみに、祭をする日とニルレンが力を得た日が食い違うのは、単に創造神の祭とニルレンを称える記念日を統合したかららしい。

「国から支援を得る際、創造神の祭の演出をかえ、ニルレンも称えるものとし、こういう祭もあるということで押し通すことにしたのだ」

 創造神がどうとかは何もなく、普通に事務的な問題だった。

 当初は創造神の記念日とニルレンの記念日は別で、それぞれを統合した祭という認識はあったらしいが、数十年経つ間に人々は忘れていったらしい。創造神の祭は他の季節にもあるし、厳密な日にちを気にする人もいるわけ無いと、アルバートさんも訂正するのが面倒でそのままにしていたらしい。

 誰かがとても気にする問題だったとしても、案外そんな理由だったりするものなのだ。

 マチルダさんは記憶が戻った今も「そんな細かいことどうでもいいでしょ」と全く気にしてないし。
 ……トリオが気にしていたのって、ニルレンの誕生日だったからなんだけどね。

 そもそも、トリオが気にしていた大半のことはマチルダさんにとってどうでもいいことだったのはなかなか凄いと思った。

 あそこは同棲していちゃつく以前に、もっと話し合うべきだったんじゃないかと、彼女いない歴年齢の人間でも思う。
 まあ、マチルダさんが忙しすぎて、逃げているトリオを捕まえて問い詰める時間がなかっただけかもしれないけど。

 出会ってから六年、そんな長い間一緒にいても、本人達が突っ込む気がなかったら、人の本心なんて全く分からないものなのだ。


 そんな感じで一週間。

 肩にとまる生き物がいないので、肩が軽い今日この頃。

 僕もそろそろ帰宅しないといけない日になった。
 僕とマチルダさんは宿坊で荷物をまとめていた。
 課題と入学時の試験勉強対策については、マチルダさんのおかげで何とかなった。でも、トリオとアリアに会えないまま行くのは物凄く心残りだった。
 そんな僕にマチルダさんは言う。

「ま、ここはアルバートさんと、タマとベンに任せましょ。ユウ君は学生の本分が待っているわけだし、学生生活の知識も経験も大切よ!」

 昔、トリオによって無理矢理学校に通わせられたらしいマチルダさんだったが、初めて世界を知ることが出来たし、友達も出来たし、何だかんだ楽しかったと教えてくれた。

 帰宅については、僕一人では当然危険なので、マチルダさんも着いてきてくれる。神から与えられた勇者と魔法使いの力は失っているが、ニルレンとしての魔力は持っているらしく、「短槍と魔法でしっかり守っちゃうわよ」と力強く言っていた。

 心強い。

 ふと、壁に掛かっている暦表を見て、僕は気付いた。
 トリオとアリアのことですっかり忘れていた。

「そういえば、マチルダさんの誕生日過ぎてません? 大したこと出来ないですけど、ハヅで何か食べましょうよ」

 きょとんとしたマチルダさんだったが、大きく頷いた。

「そうね。マチルダとしては拾われた日で登録してたんだけど、ニルレンとしてはそうだわ。肉食べましょう! 肉!」
「……ちなみに、本当は二十五歳になるんですよね?」
「そうねー。まさか、実年齢じゃなくて、勇者になった年を覚えていただけとは思わなかったわ。何だか二年、損したような、むしろ二回若い気持ちを味わえたような複雑な気持ちね」 

 トリオが初対面のマチルダさんに「年が上」と言った理由はよく分かった。もうすぐ二十一ともうすぐ二十五は結構違うよね。僕はその年頃の親しい女性はマチルダさんしか知らないから、具体的にはよく分からないけど。

 マチルダさんはふふんと笑った。

「でも、これであいつはわたしを下に見なくなるわね」
「トリオがですか?」

 ニルレンとトリオの年齢差よりもずっと離れている僕だけど、トリオがそこまで僕を下扱いしていた気はしない。保護者のようになってはいたけど、結構仲良くやってきた。

「そう。大人になった今なら五歳差なんて気にしないとは思うけどね。世間から断絶された場所にいた小娘のわたしは、初めて会ったときあの人が凄く大人に思えたし、あの人の手を取ってから、ずっと庇護下で甘えていた気がするわ」

 話しながら、マチルダさんは苦笑いした。

「友達もいたんだけど、トリオのことしか見ていないところはあった。いびつな関係だったかもね」

 人よりも強すぎる魔力を持ち、生き神として崇められていたらしいマチルダさん。

 ごく普通の村の少年には分からないことしかないけど、その時の拠り所がトリオしかいなかったことだけは分かった。そして、それが良くないかもしれないと思っていたことも。

「まさか、こんな風に関係を変えることが出来るなんて思ってなかったわ」

 少なくとも、マチルダさんにとっては今の関係性は望ましいもののようだ。

 この流れなら怒られなさそうだったので、一昨日、トリオが吹き出した質問をぶつけてみる。

「戻ってきたら、トリオと結婚するんですか?」

 聞かれたマチルダさんは吹き出さず、にやりと笑った。

「そうねぇ。一度あいつのプロポーズ受けちゃってるのよねぇ。どうしようかしらね」
「え、そう返してくると思わなかったんですけど」
「だって、わたしも一応こっちでまるで相手のあてがないわけではないしねぇ」

 僕はマチルダさんと会ったときの言葉を思い出す。

「彼氏募集中って言ってませんでした?」
「大人には色々あるのよ」
「っていうか、そもそも、こっちに来るって分かっていたのに、何でプロポーズ受けたんですか? その時結婚できないの知ってたんですよね?」

 叶えられないプロポーズと分かっていて受けるとは、恐ろしい。
 女心が理解できない。
 というか、あてがあるとか言っちゃうのも怖い。

 女心怖い。

 僕の質問に、あー、とマチルダさんは右手をぱたぱたと振った。

「いや、それはねぇ。ほら、その時、好きで好きでしょうがなかった相手に手握られて、抱きしめられてプロポーズされたら、ぽーっとなって、ついつい後先考えずに承諾しちゃわない? わたし、当時は二十歳の小娘よ」
「僕にとっては二十歳も立派な大人なんですけどね」

 というか、この人、ちょいちょいトリオがマチルダさん以外には隠しておきたそうな内容を外に漏らすよな。
 僕が少し呆れている間に、マチルダさんは軽く言う。

「いえいえ、案外二十歳なんて子供よ子供。結果的には魔王倒したけど、あの時なんて、目の前のことしか考えてなかったわよ。世間知らずなお子様でした」
「はあ」
「そりゃあ、なるべくくっついていた方が、私の方が目立ってトリオの存在誤魔化せたっていうのもあるけどね。半分以上は頭お花畑だったからだわー。いやー、若い若い」

 右手をひらひら振りながら、マチルダさんは緩く笑う。
 その境地は、十五歳の僕にはまだまだ分からない。
 手の届かない遠い先に大人に感じる二十歳なんだけど、そんなものなのだろうか。
 マチルダさんは腕を組む。

「まあ、結婚か」

 言った後、マチルダさんは少し間をおいた。

「あいつがどうしてもというなら、してみてもいいかしらね?」 

 マチルダさんはケラケラと笑った。
 トリオとの過去が四年前であるマチルダさんが妙に強気なのは、トリオがマチルダさんにささやいた言葉があるからだろうか。
 何を言われたのかは知らないけど。
 そして。

「……あてがあるとは聞いていないんじゃけど」

 男性の声がした。
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