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11.(7)
 マチルダさんとアルバートさんは、二人でノートをのぞき込み、板に触れ始めた。タマとベンはその後ろに立っている。
 文句を言い終わったトリオはアリアが飛び降りた蓋の前に座った。僕はマチルダさんから受け取ったノートを持って、その横に座る。
 トリオが手に雷の魔法をこめて蓋に触れると、それはぼうっと光り、白い小さな四角が出てきた。これを押すのだろう。

「よし、ユウ。読んでくれ」
「うん」

 僕は書いてあるとおりに読み上げた。

「まず、一番上」
「はい」
「そこに出た左下のマーク。うん、それ」

 正直なところ、書いてある文字は分かるけど、これが何を意味しているのかは細かくは分からない。
 トリオは昨日アルバートさんに言葉通りに詰めこまれたからか、元々の頭の出来が違うからかは分からないけど、意味は分かっているようだ。場所を探しながらも、ためらわずに押している。
 作業をしている間にマチルダさんの声がした。

「トリオー、アリアから要求が来てるけど、ちょっと無視しておいてね。こっちはもうちょっと時間がかかるわ」

 そちらを見ると、タマが尻尾を震わせて、板の上に寝そべっている。ベンはそんなタマの背中を擦っている。
 人間二人は座ってそれを眺めていた。
 想像していなかった光景に僕は驚く。

「え、タマ、何? こんなところで、もよおしている?」
「違うわよ。わたしの傑作を、タマが頑張って取り込ませているの!」

 にこにこと笑いながら、マチルダさんは僕に説明してくれた。相変わらず距離は近いので、僕はぐぐっと後ろに下がる。

「傑作?」
「あちら側からの通行要求を受信する機能よ。アリアにつけた認証の印に、通行するための暗号の鍵情報を発信する機能つけたんだけど、鍵を受信するための認証局は一回使ったら自動的に削除される仕様にしたし、アリア個人の情報も鍵として必要な情報に組み込んだから、仮に創造神が情報を奪ったとしても絶対入れないの!」

 マチルダさんは間髪入れずに説明をし続けた。

「はあ……」
「私の今の時点での最高傑作よ! アリアは物理的に強制的に遮断しようとしているけどね、この論理的に通信経路を閉じて、一回だけの認証局の方式なら、限られた存在だけが一回入ることが可能よ!」

 あー、今度はこういう方向の話題もやって来るわけか。
 今までも、話している内容が妙に理論的な内容だったりした訳だけど、それに知識が加わった。これがマチルダさんの完成形なのね。

「タマが頑張っている間に、どういう方法で暗号化するか、説明した方がいいかしら? ユウ君、こういうの好きよね? 好きよね?」

 両手を合わせて、期待をこめた目で、マチルダさんは僕を見た。
 この辺りの押し方は全く変わらない。
 僕は首を横に振った。

「面白そうですけど、終わってからでいいです」

 僕も進学先が魔工学専攻ということもあり、そういう仕組みは面白そうではある。
 でも、今ではない。集中できない。
 タマが頑張っている間、座って蓋のボタンをずっと眺めていたトリオが、僕に言った。

「魔法使い言うても、実働部隊ではなくて研究畑じゃったから。だから、魔王を倒す旅に出るの反対したんじゃよ」

 あの妙に詰めてくる性格はそこ由来か。
 魔法ではないけれど、ポーション工場の開発職である母親の妙にかみ合わない性格を思い出しながら、僕は納得した。

 しかし、善良で人の意見に流されやすい、方言を喋る根暗な魔法剣士と、研究者肌の距離感の若干おかしい魔法使い。魔力と知能の高い猫と猿。

 創造神はトリオに期待していたと言うけれど、このパーティーの完成形は何だったんだろう。アリアは聖女のことしか触れていなかったけど、バランスを考えると本当は他の仲間もいたのかもしれない。
 古い勇者だともっと沢山仲間はいたし。

 どんなだったんだろう。僕には遥か遠くの手の届かない世界だ。

 僕が思いを馳せている間に、マチルダさんはトリオに文句を言う。

「それでも他の人より優秀だったんだから、いいじゃない。結果、勇者になったし!」
「はいはい凄い凄い。さすがマチルダ様」
「分かってるならいいわ! でね、ユウ君。更に、この仕組みを導入するための土台はアルバートさんが準備してくれたんだけど、その構成が」
「タマ、終わっちょるぞ」

 見ると、タマは用を足していそうなポーズをやめ、アルバートさんの足下にまとわりついていた。アルバートさんは板をみて、何やらやっている。ベンはアルバートさんの肩に乗って、アルバートさんと頷きながら、何やら指差している。
 マチルダさんは不服そうに、トリオを見た。

「トリオ、昔よりも優しくないわよね」
「気のせいじゃ。アリアを連れ戻すんじゃろ?」
「もちろん。勝ってやるわよ。創造神なんか。本当ならわたしが短槍で串刺しにしてやりたいところなのを、やれないからあんたに任せるんだからね」

 ……扱い上手いな。

 トリオによるマチルダさんのノセ方に、僕は感心した。
 むしろ、何故それを今までやらなかった。

「別に任されたくて、やる訳じゃあないんじゃけどな」

 トリオはまたぼそりと文句を言う。
 アルバートさんの様子を確認してから、トリオは立ち上がり、再び蓋を開けた。下から風が吹いてきて、フードがまくれ上がる。布で隠していた彼の整った顔が見える。

「……こういう特別なのはあんまり向いていないんじゃけどのぅ」

 ふうとトリオは息を吐いた。

「勇者のパートナーでなくて、勇者だったんだろ。しょうがないよ」
「全く……、他人事だと思っちょる……」

 僕の答えにも、ため息をつくトリオ。

「他人事ではあるな」

 僕はくすりと笑う。
 本来彼がこういうことに向いていない性格なのはよく分かっている。とはいえ、しょうがない。

「アルバートさん、お手間をおかけしますが、ここにいる間のユウと、あとマチルダとタマとベンについてはお願いします」
「ああ。任せておけ。待っている間は、ここにいられるようにはしておく」
「別にお願いされなくても大丈夫よー」
「身の安全でのうて、ここにおるんじゃから、普通頼むじゃろ」

 勇者になる予定だった勇者のパートナーは、元魔王に僕と勇者を託した。アルバートさんは了承する。
 僕はトリオに言った。

「トリオ、気をつけてよ」
「ああ。ウヅキ村に、親御さんの元に無事に連れて帰るまでがワシの役目じゃ。心配するな」
「うん」

 頼もしく言う彼の言葉に、僕は頷いた。
 マチルダさんはトリオの側に座り直し、トリオを見上げた。

「大丈夫よ。あんたが戻る道はわたしが設計して、アルバートさんが作った。道をたどるのはトリオ。これ以上の上策はないし、問題ないわ。もし、トリオに何かあったときは、わたしが責任持ってユウ君のことちゃんと連れて帰るし」
「その時がないようにしちゃるけど、心配くらいしてくれんのか」

 不満を言う婚約者のはずの男性に対し、マチルダさんは座ったままで勢いよく右腕を伸ばし、人差し指を突き出す。

「だって、わたしはこれを設計する際に、あんたとアリアの安全面を最重要視した。失敗するわけないもの。あんたが投げ出さない限りね」

 見た感じ、本当に心配していなさそうな、自信満々のマチルダさんに対し、言葉ほどには不満に思ってないらしい。

「言うても、こちらは知らんかったんじゃ。本当に酷い言い草じゃな」

 苦笑しながら、トリオはしゃがみ、マチルダさんの耳元で話しかけた。
 マチルダさんは一瞬目を大きくさせた後に、トリオに振り向いた。

「それ、する必要ある?」
「その反応なら心配ないか」
「え? トリオ、まさか違う選択肢考えてたの?」

 トリオは苦笑したあと立ち上がった。さらりとした色の薄い金髪が、下からの風でバサバサと浮き上がる。白いもやがかかる。
 とんでもない美形がそういうところに立っていると、実に幻想的な景色ではあるんだけど、その事実には気を止めず、トリオは頬をかく。

「……まあ、何とかなるか? じゃあ、今度こそ行ってくる」

 軽い身のこなしでトリオはひょい飛び込んでいった。
 マチルダさんは、ひらひらと右手で手を振り、素早く左手で蓋を閉めた。 
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