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 そこからトリオは声を張り上げ、マチルダさん達を呼んだ。話し終わっていたらしい。二人と二匹はすぐに来た。

「やるぞ」
「分かってるわよ」

 その後、マチルダさんは拳を握りながら、小走りでアリアに抱きついた。

「アリアぁ」

 抱きついたマチルダさんは、アリアにしがみつく。
 女性にしては背の高いマチルダさんが勢いをつけたため、女性としてはよくある身長のアリアは少しよろけた。
 アリアは軽く笑う。

「相変わらずだね。マチルダ」
「うー、アリア。もうちょっとこうしていたいわ。せっかく思い出せたんだから。話したいことが沢山あるの」
「前も数時間しか一緒にいられなかったものね」
「そうよ。足りないのよ。アリアが足りないの! 一晩あっても足りないのよ!」

 そんなことを言い、マチルダさんはアリアの背中に腕を伸ばした。マチルダさんは、両手を広げてそのまましっかりと抱きしめる。しばらくなされるがままだったアリアだけど、やがて手を上げて、マチルダさんの頭をぽんと叩き、離れた。

「行ってくるね、マチルダ。あなたに会えて良かったよ」
「わたしはアリアに会えなかった時のことなんて、考えられないわ。昔から今まで、ずっとそう思っているの」
「ありがとう」

 アリアは緑色の板を蹴り上げた。ガコンと音がして、それも更に跳ね上がった。勢いで、アリアの髪もワンピースもふわりと舞う。
 次に、アリアはアルバートさんに向いた。

「アルバートも本当にありがとう。あなたがいたからここまでこれた。力という以外にも、私にとって本当に安心できるものだった」
「こちらこそ、アリア様のおかげで大切なものを失わずにいられる選択肢を見つけました。ありがとうございます」
「ご家族と元気でね」

 四十年くらい。アリアにとってその時が長いのか短いのかは分からないけど、僕にとってはあまりにも長い時を過ごしてた二人は微笑み合った。

「じゃあ、私は裏から操作するから。いくね」

 跳ね上げた奥は灰色と紫色のもやが漂っていて、奥は見えなかった。それまでてっきりその場で何かすると思っていた僕は驚いて、声をかけた。

「アリア!」

 さらりと飛び込もうとするアリアに、僕は呼びかけた。舞い上がる金色の長い髪を軽く押さえ、アリアは僕を見る。

「何? ユウ」

 声をかけたけど、実は何も思いつかない。彼女が動くのを少しでも遅らせたくて、必死の気持ちで言葉を絞り出す。

「も、戻ってくるつもりはあるんだよね? その姿じゃなくても」

 それを聞いたアリアは僕に微笑みかけた。

「心配してくれてありがとう。じゃあね。さよなら。ユウ」

 今までの人生で一番可愛らしいと思った少女は、顔とは全然合わないんだけど、少なくとも僕にとってはとても魅力的で可愛らしく笑いかけてきた。

 アリアは、もう僕と会う気はない。
 改めて気づいた僕は、僕は唇を噛みしめる。

 それから、彼女はぴょんと飛び降りた。
 トリオはアリアに指示された通り、瞬時に扉を閉じる。
 閉じた蓋に駆け寄る僕に、トリオは言った。

「やるぞ。時間がのうなる前に」

 僕は蓋を見て、そして顔を上げ、トリオを見た。

「うん。分かってるよ」

 僕は頷いた。
 アリアがどうなるか気になるけれど、今はその時ではないのだ。
 いくつかのノートを持ったマチルダさんが、一冊、僕に渡してきた。僕が受け取ったものだけかとおもってたけど、実は何冊かあったのか。

「はいこれ。直前で悪いけど、さっき、わたしたちも注記を加えておいたわ」
「ありがとうございます」
「いやー、記憶が直前に戻ったおかげで覚えていて良かったわー。四年前だと細かいところはさすがに覚えていないものね」

 明るい笑い声を聞きながらノートを開くと、見覚えのあった二人分の筆跡の他に、一人分の走り書きと、二匹分の足跡? が加わっていた。
 開いたページに追記された手書きの図を指さしながらマチルダさんは言った。

「この、認証の印については、問題なくつけたわよ」
「それは良かったです」
「アリア、妙に何だか浮ついていたし、簡単だったわー」

 マチルダさんはにやりと笑い、僕を見た。

「ユウ君のおかげで、アリア全く気が付かなかったわけだけど、あそこまで気をそらすなんて、何話してたのかしら?」
「え、ええと……」
「おねーさん気になるけど、聞いてもいいのかしらね?」

 意地悪気な表情のマチルダさん。

 トリオを人間に戻す時の僕の役目はひとまず成功したようだ。

 それは、マチルダさん、アルバートさんがこれまでずっと企んでいたことをアリアに気付かせないように、邪魔をさせないようにすることだった。

 とにかく気を引け。
 手筈と違うとバレないように、意地でも気を引け。

 アルバートさんとトリオにそれぞれ言われた。
 マチルダさんには言われてないけど、アリアがいないときに記憶が戻っていたら、まあ言われたんだろうなぁ。

 僕はため息をつき、頭と両腕をぶらりとさせた。力が抜ける。

「聞かないで下さい。……心をかなり犠牲にしました。疲れた」

 うん、本当に、伝えた内容は全く嘘じゃないんだけど、僕はとにかく必死だった。だから、自分でもなかなか突っ込んだ告白まがいをした気がしなくもない。

 うん、あれは『まがい』だ。
 告白じゃない。
 せめて、もうちょっと色々解決した状況の、落ち着いた気の利いた場所で言いたいところなのだ。

 ……もちろん、二人きりで。

 マチルダさんはカラカラと笑う。

「あら、それもまた青春よ。わたしの青春もキラキラしてたわよ。なっついわー」

 記憶がない時もそんなこと言っていたな。この人。彼女の青春時代を知っているはずのトリオは、顔にかかっている布の間から、冷めた目でマチルダさんを見ている。
 バテた様子の僕を見て、マチルダさんはいたずらっぽく微笑む。

「ユウ君、ありがとうね。その努力は無駄にはしないわ」

 マチルダさんは胸を張り、右腕を折り曲げ、拳をぐっと握りしめた。

「ここからは、わたしとアルバートさんが神と運用管理者にケンカを売る時間」

 勇者と元魔王は力強く見つめ合って微笑んだ。

「いわば、神殺しみたいなものかしら」
「神官の身には笑えん冗談だな」
「あら、わたしなんて神官どころか、元生き神ですよ?」

 図らずして勇者となった彼女、魔王となることを拒否した彼。二人のその絶大なる安心感に、僕は頷いた。

「そうそう。ユウ君はトリオが逃げないように宜しくねー」
「わかりました」

 僕が頷く後ろでトリオは抗議する。

「おい、何じゃか、言い方に悪意がないかのぅ? 」
「気のせいよ」

 二人の軽い言い合いを背に、僕は先ほどアリアが撫でていたつるつるとした板に触れた。見た目の通り滑らかな手触りだ。

「よし、計画通り、アリアを連れ戻すぞ。ユウ」

 トリオの声に、僕は頷いた。
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