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 アリアの解説を聞いている内に、トリオとタマの仲は落ち着いたようだ。マチルダさんが抱っこしている状態で、身体を撫でている。ベンはアルバートさんが抱っこしていた。猿を通常抱っこするものなのかは、僕は知らない。
 僕はトリオに駆け寄った。近づいても、本当に見た目に難がない。神の子凄い。

「トリオ、良かったね」

 言われた彼は柔らかく笑った。

「ああ、おかげさまでのぅ」

 見慣れぬ美青年の声は鳥の時の甲高いものから、成人男性のものへと変わっているが、気の抜けた話し方は変わらなかった。そのことに僕は何だか安心した。

「トリオさん、部屋着なのも格好がつかないから、これあげる。昔着てたのにどことなく似てるよ」

 アリアは暗い緑色のマントとスカーフと上下一式を渡してきた。きらきらしい見かけの彼が身につけるには、随分地味なものにも感じる。

「手間をかけてすまんのう。服まで用意してくれるとはありがたいな」
「お祭りの時にアルバートに買ってもらったんだ」

 お祭りで祖父におねだりした孫のような口ぶりで、アリアは話した。トリオはアルバートさんに頭を下げる。

「それはありがとうございます。戻ったときの格好は一体どうなるんじゃろうとは、ちいと思っちょった。身につけていいか?」

 トリオはアリアが身体の向きを変え、そっぽを向いたのを確認してから、マントを被り、それで隠しながら器用に着替えた。マチルダさんはタマを下ろして、慣れた手つきで脱いだ服を受け取った。

「これ、とりあえずわたしが持っておくわね」
「すまんな」
「いえいえ。わたしが部屋着の時に変えちゃったものねぇ。着替えさせる時間もないし」

 着替え終わったトリオは軽く伸びをする。
 当たり前のようにマントのフードを被り、スカーフを巻いて、目元と口元を隠した。そういう冒険者も道中見かけた気もする。
 僕は「顔が良いからって良いことばかりと思うな」と言ったトリオを思い出す。
 あれぐらい顔がいいと苦労するのかなー。あの性格だし。
 そんなことを僕が考えているとはつゆ知らず、トリオはパンと両の手を打ち合わせた。

「よし。準備もできたし本題じゃ。とっとと終いにするかのぅ」

 その言葉にアリアは頷き、台を指さした。

「この台に経路に通じる道があるんだけど、あちら側に入り口があってだね」
「あ、悪いがちいと待ってくれ」

 突如話を止め、トリオが僕を見た。

「おい、ユウもこっちに来い」

 聞き返した僕と、アリアの声は合わさった。

「あ、ええと」
「トリオさん、やっぱり、ユウを使いたくない。危ないし」

 この期に及んでアリアは拒んだ。
 さっき気を引こうするがあまり、告白まがいのことをしてしまったからだろうか。まずい。僕は静かに焦り始めた。
 それに対し、トリオはフンと鼻で笑う。

「何言うちょる。ここにいないはずの人間の中で、ここに来さられることを目的とされちょったワシを除けば、ユウが一番の想定外じゃろ?」
「でも!」
「何よりも、ワシが雷を打つことに専念させるんじゃったら、細かい判断はユウが一番できる」

 トリオの横で聞いていたマチルダさんと、アルバートさんは頷いた。

「そうねぇ、わたしはトリオに判断して貰っていた側だし、何より久々だし、合わせられないわ。ここ最近組んでたユウ君のがいいんじゃないの?」
「念のため言っておきますが、儂はトリオ君を戻したことで疲れて果てているし、昨日今日の間柄では癖も分からないから無理ですよ。ユウ君なら適任だ」
「でも……、ユウが危ないのは嫌だ……」

 勇者兼魔法使いと、魔王が僕にお墨付きを与える中、運用管理者は悩んでいた。話題の中心の僕は目が泳ぐ。
 うーんと、どう話せばいいんだろう?
 なかなか頷かないアリアに、マチルダさんとアルバートさんが話しかける。

「いいじゃない、アリア。わたし達みたいな変わり者よりも、ユウ君みたいな普通の人が関わる方が大切じゃないかしら? ユウ君、結構頭いいし大丈夫よ」
「そうですよ。少なくとも、相手が元魔王と分かっていても楯突く程度に肝も据わっていますよ。アリア様」

 凄い二人が何だか僕を褒めてくれる展開になったので、それは否定したくなった。

「え……、いや、僕、そんなに肝据わってないし、そんなに頭良くない……」

 二人が支持してくれるのはいいんだけど、その理由については納得できない。
 僕は、首都の近くの南側にある普通の村のごく普通の共働き家庭のごく普通の一人息子だ。勉強は進学を考える程度にはちょっと出来るけど、学校で物凄く突出していたわけではない。
 普通でない部分があるとしたら、声が小さくて影が薄くて、人に気がつかれにくいところと、ただひたすら流されやすいところくらいだ。それでここまで来たわけだし。
 流されまくって元魔王に楯突く結果になって、頭は……うーん、別にそんなに目立って良くはないな。やっぱり。
 これからやることは本当に上手くいくのだろうか、不安が胸どころか身体から溢れる勢いでいっぱいだ
 とはいえ、気持ちは固まっている。
 僕はアリアに言った。

「僕はやるよ、アリア。トリオだけを流すのは忍びない。僕もトリオと一緒に最後まで流されようと思ってる」

 言っている内に、おかしくなり、僕は少し口が緩んだ。
 僕もだけど、トリオはなかなか流され体質だ。お人好しなところはともかく、マチルダさんやアリアだけでなく、僕の親にすら自分の意志を突き通す力があまりない彼は、どういう手違いで勇者候補になったんだろう。
 性格や態度については、どう考えても、マチルダさんの方が勇者だ。

「そ、そげなこと言うな!」

 自覚はあるらしい。僕は軽く笑った。
 アリアを見ると、不服そうに口を尖らせている。

 可愛いな。

 こちらを半眼で見るアリアにそんなことをちらりと思いつつ、僕は言った。

「僕はトリオを補佐するよ」
「……君は、このことに関してだけは、本当に私の言うことを聞いてくれないよね」
「ごめん。でも、僕はいなくなるのは嫌だし、やれることがあるならやりたい。僕を使えばいいよ。君の力になりたいと言ったよね」

 アリアは尖らせた口元を緩め、ふうと息を吐いた。

「手順を説明しよう。ちゃんと記録して」

 僕は手帳を取り出した。
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