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9.(7)
 僕は天井を見上げた。あまり高くはなく、圧迫感はある。

「ここが祭壇って、上は何なんですか?」

 アルバートさんは答えた。

「上の祭壇も祈りを捧げる場所ではある。ここは創造神が介入できる入り口がある。この世界であり、この世界ではない場所とも言える。だから、世界のしきたりを超えることが出来る」

 その空間の奥には僕の腰ほどの高さの台があった。台の上には何もない。台とそれに沿った壁は、まるで何かの舞台のように見える。

「かつてニルレンはここで祈りを捧げ、人を超える力を得た。そうだな、トリオルース君」
「そうですね。ニルレンと、ワシと、タマとベンと……聖女とここへ来た。聖女の案内で」

 言葉を少しためながら、トリオは頭を少し左へと向けた。そこには台の石を触っているアリアと、それを眺めているマチルダさんがいる。
 トリオの声を受けたアリアは、こちらへと振り向いた。口を尖らせている。

「だから聖女じゃないってば」
「じゃが、過去に勇者がいたとき、必ずいたじゃろ。封印を解く聖女という存在が」
「それでも、あなた達の時代には聖女はいない。いたのは、神殿や聖剣の解除方法を知っていた、ただの元神官見習いだ」
「それが聖……」

 言い切る前に、アリアは言葉を遮った。

「違う。いないんだ。元神官見習いは単なる代行者だ。聖なる力なんて持ってない。ちょっと事情に詳しいただのつまらない存在だ」
「……事情を教えてくれんからさっぱりじゃが、つまらない存在なんて言うな。少なくともかけがえのない仲間じゃぞ」
「嬉しいことを言ってくれるね」

 片側の口角だけを上げながら、アリアは言った。

「台は状態は問題なさそうだ。さあ、まずはマチルダさんの記憶を戻そうか。話を進めるにはそれが一番だ」
「アリアちゃん……」
「大丈夫。私に任せて」

 彼女は暗い表情のマチルダさんに微笑み、軽く肩を叩いた。アリアはマチルダさんに台に座るように言い、僕に近づいてきた。左肩にいるトリオに左腕を伸ばす。

「トリオさん、ちょっとこっちにとまって」
「いや、アリアといえども若い娘にとまるの――」
「じゃあ、そこの台に乗ってくれないか。面倒くせーな」

 低い声でアリアは親指で台を指し示した。何だか本当にトリオに対しての態度は雑な気もする。
 文句を言われたトリオはおとなしく台に飛び乗り、マチルダさんの横に立つ。二人が並んだことを確認してから、アリアは話し始めた。

「さて、トリオさん。あなたはニルレンの魔法で鳥になったけど、これ、結構高度な術だし、あなたを鳥にする以外にも様々な力がこめられている」

 トリオは頷いた。

「それは感じちょる。ワシが使っている魔力も、元々のワシのものではないじゃろうしな」

「さすが。ということで、ここであなたにこめたものを一部開放しようと思ってる」

 両手を広げるアリアを、トリオは首を傾けて見る。

「一部て、全部といて元の姿に戻しちゃいかんのか?」
「そうした方があなたの精神的にも、絵面的にもいい感じなのは百も承知のほどです。そろそろあなたの人間の時の顔も恋しくなってきたし。ただ、それは私にもアルバートにもできないのでね」

 首を軽く横に振った後、そう答えたアリアはまず、トリオの首にかけられたものを取った。テービット家でアリアが渡した鎖と、僕の母親が作って身につけさせていたピカピカの布の魔除けのお守りだ。アリアは丁寧にまとめて赤いポシェットへとしまった。

「じゃあ、創造神との接続を遮断して、勇者の権限解除をしようか。アルバートは相互確認よろしく」
「はい」

 アリアはポシェットから白い板と冊子を二部取り出した。白い板は二つ折りになっていて、アリアはそれを直角気味に開いて一人と一羽から腕一本くらい離れた場所に置いた。冊子については、一部板の横、残りはアルバートさんに渡した。台と平行になっている方の板を両手の指で何回か叩きはじめた。彼女の指の具合が気になった頃、板の縦になってる方が青く光った。
 ただその場にいることしかできない、僕とトリオとマチルダさんは、黙ってそれを見ていた。

「えーと、まず……」
「それ、直接入れないんですか?」
「それは禁止してる。そんな構成は危険だから普通しないとは思う。あまりよく知らないけど」

 二人で何やら話しながら、アリアは板を叩いている。アルバートさんはアリアの側で、板をのぞき込み、冊子に何かを書き込んでいる。

「普段こんなことしないからドキドキはするけど、よし。とりあえず遮断終わり。これでバレない」

 アリアは冊子を見ながら、そのまま板を叩き続けた。最後に力強く叩く。

「よし、解除。じゃ、アルバート、これで自由に出来るよ。あとはニルレンの言伝通りによろしく」
「はい。アリア様は避難して下さい」

 思ってもない言葉だったらしい。アリアは聞き返した。

「え? そう?」
「儂も初めて行う方法なので、万が一何かがあったら危ないです。ユウ君と避難していて下さい」
「そんなもの?」

 首を傾げながら、白い板をぱたりと閉じ、ポシェットにしまい、アリアは僕の近くに来た。
 僕は周囲を見てもう何歩か下がり、アリアもそれに続いた。

「はい。じゃあ、トリオルース君。失敬。しばし俯いてくれ」

 アルバートさんは両手の平を、トリオの頭に置き、つぶやき始めた。呪文か何かだろうか。手から白い光があふれ、そのままトリオを包み込んだ。眩しいのかマチルダさんは目を細め、唇を噛みしめて、トリオを見つめている。
 光によって姿が見えなくなったトリオの方を見ていたら、僕の横で銀色の鈴のような声が静かに説明し始めた。

「ニルレンは目的のために、トリオさんに自分の全ての力と、記憶を鳥の形にして封じ込めた。ただ、ニルレンてば凝り性だから公式が本当に複雑で、私とアルバートはその記憶の部分の解き方しか、引き継げなかった」

 光の色が変わった。緑色だ。アルバートさんはトリオに向けていた両腕をマチルダさんに向けた。トリオの姿が見え、マチルダさんが見えなくなっていく。

「だから、トリオさんは記憶を取り戻したニルレンに戻して貰えばいいのさ」

 アリアは微笑み、光は落ち着いた。
 マチルダさんの左目から、一粒涙がぽろりと落ちた。

「おかえり、ニルレン。会いたかった」

 側にいる僕にしか聞こえないような大きさで、アリアは呟いた。

☆☆☆
9章終了でございまする。
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