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9.(5)
 朝、アルバートさんと合流した後、長老さんのところへご挨拶に行った。
 アルバートさんと長老さんは和やかに話していた。
 見た感じ、年は近いのかなとは思っていたけど、どうやら結構親しい仲だったらしい。

「うちの知り合いがお世話になったよ。グスタフ」
「いやいや、何もしてないよ。旅人さんたち、アルバートがいれば心配ないだろうが、お気をつけて。そして是非、他の方へ村の宣伝を」

 僕は細長く折り畳まれた紙を渡された。表には「ハヅの村へようこそ」と書いてある。

 長老さんといい、アルバートさんといい、パンフレットはこの村の様式美なのだろうか。
 うん、村の雰囲気はいいし、お祭りは綺麗だったし、温泉も良かったし、よろず屋も品揃えは多いし、食べ物を売ってる場所もあるし、神殿も近いとなると、観光には物凄く良い場所だと思うよ。

 立地の問題がなければ。

 近場の町まで歩きで数日かかる現状では、村おこしは物凄く大変な気がする。
 お礼は昨日渡しているし、僕たちは深く礼をして、旅立つことにした。

 四人と一羽でハヅの村の門を出る。

 するとすぐに、多くの魔物が待っていた。この前戦ったねじまきオオカミによく似ているけど、色が違う。ねじまきオオカミの特徴である背中のねじのみぞみたいな模様が、灰色でなくて金色っぽい。

 亜種?

 色からして、普通のねじまきオオカミよりも、絶対強そうだ?
 そんな恐ろしい生き物が十匹以上いる。

 ハヅの村の人たちは、多くがコヨミ神殿の仕事に従事していると聞いたんだけど、村から出てすぐにこれって危険すぎないか?

 こんなところに観光に行けるか!

 文句を言う間もないので、僕は腰につるしている一番手前の札を取った。

「トリオ!」
「よし! いくぞ、ユウ!」

 僕はトリオに結界をはった。トリオはそれで気がつかれにくくなり、身の安全を確保しながら呪文を唱えることができる。

 ねじまきオオカミのそっくりさんがトリオに気付いて攻撃しようとしてきたら、僕はとにかく攻撃の気をそらす。剣であったり、魔法であったり、アリアから分けてもらった攪乱用のかんしゃく玉だったりだ。
 僕は魔物に光る魔法を見せる。

 そうしている間にトリオの頭上に雷が浮かび、何頭かの魔物へと飛びかかった。ぶつかった途端、魔物はすぐに魔力となり、空へと帰って行く。

 これが、ここ最近の一人と一羽の連係だ。トリオに剣術を教えてもらい、多少はマシにはなってきた。でも、ごく弱い魔物でない限り、僕には攻撃の決め手はなく、トリオは攻撃されたらひとたまりもないので、僕はとにかくトリオを守っている。
 一ヶ月程度使い続けた結果、威力はともかく、魔法の使い方は少しは早くなった気もするし、トリオとの息も結構合ってきた気がする。光る魔法や、煙の魔法は札がなくても素早く使えるようにはなってきた。剣も見てもらう前から考えると比べものにならないくらい扱いには慣れた。

 横目で見ると、アリアはかんしゃく玉を投げ、マチルダさんは短槍を振るっている。こちらも最近何となく二人一組になっている。今日は三つ編みでお団子を作っているアリアは、とにかくマチルダさんに合わせていた。

 しかし、数が多すぎないか?
 アルバートさんは僕の横にしばらく立って辺りを見渡していたが、やがて黙って杖を振り上げた。
 杖から炎が巻き起こり、器用に僕たちを避け、残りの数多くの魔物を包んだ。

「よし、おわりだ」

 炎のなくなった後、ネジマキオオカミのそっくりさんだったと想われる、きらきらと光る魔力の塊が空へと上がった。マチルダさんとアリアは光を指さしながら話している。

「……さっすが」

 その気になれば世界征服できる元魔王。

 もっと早くやってくれればいいのに。トリオに使った結界の札がもったいないし。僕のわずかな魔力ももったいない。僕のじとっとした視線に気付いたアルバートさんは、肩をすくめた。

「いや、こんなに強い魔物が数多く出てくるとは思わなかったからな。何事かと様子を見ていたのだよ」
「いつもはこんなじゃないんですか?」
「ああ、こんな状況では職員が神殿に行けないじゃないか。魔物がいることは皆無ではないが、子供が練習台にするような、ごく弱いものばかりだ」
「ですよねぇ」

 もしかしてこの村では強くならないといけないのか。そう思っていたが、違ったようで安心した。でも。

「何でこんな状態に? 誰か邪魔しているんですか?」
「かもな。君の影響かもしれないし、君の仲間の影響かもしれない。儂が君と一緒にいるからかもしれない。正直なところ、最近は思ってもないことが起こりすぎてよく分からない」

 アルバートさんは軽く言うが、僕の背筋には先ほどの戦い以外の理由で冷たい汗が浮かぶ。いや、ここまできて魔物で倒れるとか冗談じゃない。
 こわばる僕の顔を見て、アルバートさんは軽く笑った。

「まあ、これしきの魔物、儂の足下にも及ばん」
「うわー、格好良いー。ずっとくっついていて良いですか?」

 僕はアルバートさんの背後に立った。トリオもこくこくと首を振り、僕の左肩にとまった。

「そうじゃな。一番の安全策じゃ。そーしよう。ユウ」
「……君たちには、自尊心というものはないのか?」

 僕とトリオは首を振った。

「そんなものよりも、安全が大事です! 目的地に行くのが大切!」
「この身体じゃひとたまりもない。もとから自尊心なんてもったことがない。ニルレンの方が凄い訳じゃし」

 淡々というトリオ。僕は左肩を見た。

「そう考えてみると、なかなか酷い話だよなー。トリオ」
「……そもそも魔王を倒すちゅうんは、あいつが言い出したことじゃからな。ワシが命じられたとはいえ、ニルレンが心配だからついていった添え物のようなものじゃ」

 ふうとため息をつくトリオを、アルバートさんはじろりと見た。 

「トリオルース君。君は、何でそんなに退いているんだ? 英雄の仲間なのに」
「ワシは仲間であって勇者じゃない。そりゃあ騎士にはなりしましたけど、勇者ほどの力はのうて。自分自身で実現する必要はない。目的を達成することを最優先にしちょるだけですよ」

 問われたトリオはアルバートさんの目の前までふわりと飛んだ。アルバートさんは杖を握る手を弱めて、ため息をつく。

「君がどう考えるのかは自由ではあるが、自身が動かなくてはいけなくなったときは、退かずに行動してくれ。君が大切にしているものを失いたくないのならな」
「それは任されますけど、そんな警告されるほど退いちょった記憶はないですよ」
「それは、どうかな?」
「どういうことで?」

 一羽と一人があまり楽しい雰囲気でないことを気付いたようで、アリアとマチルダさんもこちらへ寄ってきた。それを確認して、アルバートさんは、口調を弱めた。

「ひとまず、いちいち退くような言葉を言わないで欲しい。儂は、妻とも家族とも周りの人々とも離れたくはないのでね。君に判断を誤ってもらっては困る」
「……もちろん、ワシだって判断を誤るつもりはないですけど」

 過去の因縁の割に、今まで案外友好的な態度をとっていたトリオだったが、ふてくされた様子で僕の左肩に再度収まった。

「まだまだ若い」

 マグスとして何年生きたのかは知らないけど、今回だけでもトリオの実年齢の三倍以上は生きていそうなアルバートさんは、特に気を悪くもせずにふっと笑った。

「今回は攻撃手段も少ないだろうし、守ってみせるが、いち年寄りの意見としては、自分の限界を自分だけで決めることはないと思うぞ。ユウ君もな。だから、任せた」

 トリオの止まり木としてひっそりしていた僕にも飛び火した。僕は一旦頷いて、首をすくめた。肩が動いたので、トリオは一瞬バランスを崩していた。
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