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7.(3)
 少女がフードを下ろす。見慣れた茶色の瞳がこちらをみて笑っている。出来れば早めに会いたいとは思っていたが、今、出会うと思っていなかった少女にトリオは驚いた。

「やあやあ。トリオさん。おひさー」

 アイラは手を舞うかのようにゆったりと上げ、軽い調子で横に振った。

「アイラ! なんでこんなところにおるんじゃ? ニルレンたちは?」
「さっき会ったよ。今度また会うけど」

 トリオの疑問にさらりと答えた後、アイラは頭を軽く下げた。 

「あ、お弁当は私もお相伴にあずかりましたので、ごちそうさま」
「それはまあええけど」

 彼女が礼をしたと同時に切り揃えた前髪は軽く揺れたが、横の髪は動かなかった。彼女の短い髪は耳がかかる辺りが細かく編まれてピンで止められているためだ。
 そんな複雑な作業を好むほどアイラは几帳面な性格ではない。

 複雑な髪型はおそらくニルレンの仕業だろう。旅の途中で、ニルレンはよくアイラの髪をいじっていた。「アイラ、試してみたい髪型多いから伸ばしてよ」と言いながら。

 アイラは「面倒くさい」と無視して、立ち寄った町で髪を切り、ニルレンはその都度悲しんでいた。

 大雑把な性格の少女だ。髪以外にも細かいことは嫌っていた。

 彼女が頻繁に投げる魔道具の魔法玉など、繊細な作業はよく手伝わされた。ニルレンは「属人化は良くないわ。このレベルで作業を汎用化したなんて、アイラ凄いわ」と妙なところで感心していたのを思い出す。

 かつてを思い出しつつ、トリオは首をひねる。

「じゃったら、あいつら何しちょるんじゃ」

 城下町から家までは日帰りで帰ることが出来る。一週間位いないと聞いているため、てっきりアイラが遠くにいると思ったのだが。今はニルレンも魔法を多用しないため、恐らく通常通りの期間を要するはずだ。
 その疑問にアイラは答える。

「みんなは用事済ませてくるんじゃないのかな? ああ、男じゃないよ。彼女あなた以外は見向きもしていないし、その辺はご安心を」
「そういう心配はしちょらんわ」
「ほんとー? まじかっこいー。さっすがー。勇者を食った大人の男の自信は違うわー」
「あほたれが」

 言い捨てた言葉に対し、ちゃかして笑う彼女に軽く文句を言う。

 この少女、アイラは本人曰く元神官見習いで、聖なる力の使い手だ。

 しかし、地味な格好のおとなしそうな見た目をした聖なる力の使い手という割に、彼女はなかなか下品で俗まみれだ。普段は淡々とした話し方だが、たまに飛び出る発言内容はなかなか出自を疑うようなものばかりだ。

 彼女はニルレンに対して、余計なことをよく吹き込んでいたようだ。三週間前、一緒に住むようになってから、ニルレンの妙な知識の豊富さに慄いた。

 最近いつも抱きついてくる、女性にしては若干背の高い恋人を思い出す。自身は特別背が高いというわけではないため、顔の位置はいつもそれなりに近い。特に小柄というわけではないが、ニルレンよりは背の低いアイラは腕を伸ばし、人差し指をこちらに突き出てきた。

「そういうことで、私はあなたに会いに来たわけさ!」
「何がそういうことなのかはよう分からんが、わざわざありがとさん。よく、ここが分かったのう」

 ワシスは広い。酒場だって何軒もある。ニルレンも買い出しの店は知っているが、初めてきたここの場所は検討つかないだろう。
 アイラは両腕をわざとらしく広げた。

「いやぁ愛というのは実に様々な形を伴っているものだね。私はトリオさんへの熱い思いを昇華させたキラッキラな力を辿ってきた訳だよ。あはははは」
「意味わからんわ」
「いや、これ嘘じゃないんだけどな。じゃあ、これもまた創造神のお導きということにでもしようか。ああ、ありがたやありがたや」

 手を組んで祈るような仕草を取る。
 その立場の割に彼女の言葉に信心を感じたことは皆無である。彼女は聖女という呼び方も嫌い、必要最低限の力しか使わず、ひたすらかんしゃく玉を投げ続けていた。
 彼女は片側だけ口角を上げ、軽い言葉で言う。

「いやいや、まあね、彼女がいない合間の羽根を伸ばしているところをすみませんね。おねーちゃん侍らせる店だったら私も楽しみたいところだけど入れないのは問題だな」
「したことないし、するな」
「知ってるー。まあ、見かけにあった積極的な性格だったら、とっととニルレン食ってるだろうし、こちらもそんなに困らないんだけどさ」
「食うとか言うな」
「さては、トリオさんが道中ちっとも食わなかったが故の私の苦労を知らないな? ニルレンたら、あまりにも凛々しくて気高くて可愛すぎてつい汚しちゃ……」
「汚すな!」

 トリオの抗議の言葉に「ははは、早速囲い込みか」と返して、アイラは左隣に座った。そしてメニューを熱心に眺め始める。

 アイラがトリオに向けて話をする際、会話に挟まる言葉が大体下品であったし、その言い方も基本的に馬鹿にしたようなものだった。修行時代に戯れでそのような言葉遣いをする仲間もいたが、この年頃の少女では物凄く珍しい気もする。

 あまり懐かしみたくはないところだが、この独特の疲労感で、かつて頼りにした仲間がここにいる実感だけはもてた。

「しっかし、心配しちょったぞ。気がついたらのうなって」
「私はお二人と違ってここの人間ではないし、王様とかに会うのはちょっと気まずかったし、やりたいことがあるので、色々と調べるために故郷へ帰っていたのさ」

 軽くアイラは頭を下げる。

「何か二人でやっちょるんじゃろ? そのためにそんな急ぎで帰ったのか?」
「まあね」
「それにしたって、突然は驚いた。ほら、報奨金アイラの分も貰ってきたから、渡したいんじゃが」

 メニューを両手に持ったまま、アイラは天井を見上げた。

「うーん。別にお金に困ってないしな。とりあえず、ここ奢ってもらう気では来たから、それは宜しく」
「まあ、ええよ」
「さっすが! かっこいいー! 惚れちゃう!」

 華やいだ声にトリオは鳥肌が立つ。

「……心にも思ってない事言うでない」
「いや、まあ、惚れる気は皆無だけど、顔は抜群に良いとは思ってるよ?」

 アイラは手を上げて店員を呼んだ。

「野菜のマリネとつみれときのこの煮込みと焼串と飲み物はジンジャーエールお願いします。あ、料金割増でいいから、しょうが多めでかっらいのを」

 頼むものは酒ではない。しかし、やたら手慣れている。選ぶ料理も酒飲みのものだ。トリオはアイラを睨む。

「アイラ、今、いくつじゃっけ?」

 アイラが出す軽口の内容や落ち着いた口調と比べると、外見はどう好意的に考えたとしても子供だ。知識は豊富だが、情緒や判断力に関しては、見た目通りなところもある。
 すらりとした外見の割に、実年齢と比べるとやや幼いところがあるニルレンとは対称的なところは多い。
 聞かれたアイラは右手の人差し指を上げ、左手は手のひらを見せた。

「永遠の十六」
「子供が酒場に来るな」
「だからほら、保護者同伴保護者同伴」

 アイラはメニューでトリオを指し示す。

「今まだ夕方にもなってないよ。世はティータイムだよ。昼から飲んだくれの素敵な保護者の男前のおにーさーん」

 元々は神官見習いだったと自称しているが、俗しか感じられない発言内容を鑑みるに、神殿に入る前に還俗したとしか思えない。何故彼女が聖なる力を身につけているのか、今でも全く分からない。

 あっという間にジンジャーエールを飲み干したアイラはトリオに笑いかけながら、片手をあげる。

「いやー、やっぱりジンジャーエールはこの辛口がたまらないよね。あ、追加でレモンソーダの砂糖抜きでお願いします。そう、そのまましぼった甘くないやつ。あとイカのオイル漬け」
「で、わざわざこんなところにまで何のようなんじゃ?」
「ははは。いっちょ奢ってもらおうとは思ってたけど、本題は逆さ。プレゼントしに来たんだよ。ほら、これ」

 アイラは小さな巾着袋を肩掛け鞄から取り出し、立ち上がった。

「つけてあげるよ。まあ、どこまでプラスになるのかはしらないけど、マイナスの効果はないから安心して」
「何じゃこれ?」
「魔除けみたいなものかな? ちょっとキナ臭いことがあってね、あなたの存在を世間様に気づかれないようにしたい。あなたは外見も存在も目立つから、どこまで効くかよく分からないけどね」

 アイラはそのままトリオの首にかける。トリオは首を捻る。

「ワシ、そんなに目立つか?」

 途端、彼女の視線は冷たいものとなった。

「願望を言うな。いい加減自覚をもってくれ、トリオさん。あなたは目立つ。服着てようが全裸だろうがそれだけは外さないように心得ておきたまえ」

 疑問の言葉は、静かに言い含められた。
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