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【閑話4】2
 今度は今日の夕飯についての話だ。今日は、マチルダさんが捕まえて羽根をむしった黄緑色の鳥の肉を、僕とアリアで味付けをして焼いた。

 僕はあの味を思い出す。脂が美味しかった。

「あの黄緑色の羽根の鳥、初めて見たけどおいしかったね。味付けて焼いただけで、あんなに美味しいなんて。マチルダさんに調理させないで良かったよ……」
「うん。トリオルースさんと同じ色ということ以外は、食用として完璧な鳥だよね」

 アリアは口角を片側だけ上げてニヤリと笑う。
 トリオは食用になる鳥ということは知っているみたいだったけど、舞い散る黄緑色の羽根の中でひたすら震え上がっていた。マチルダさんからの嫌がらせだったんだろう。どう考えても意識的に羽根をトリオの方に投げていた。
 酷い人だ。

 料理に関して、彼女がトリオにあたりが強いのは、料理にケチつけられたり、止めさせようとしているからだとは思う。
 ただ、僕とアリアからすると、トリオの行動に異論はない。むしろどんどんやって欲しい。

 マチルダさんの料理は実に野性味があるのだ。味付けを間違えるとか、極端に焦げさせるわけではないので食べることは出来るんだけど、大雑把すぎる。

 言動から料理が得意と思われるトリオが何も出来ない以上、人並み程度の僕かアリアがやるのが無難な選択なのだ。マチルダさんには食料調達以外はさせてはいけないし、お嬢様が普通に料理ができるのかとも言ってはいけない。

 ちなみに、僕の場合は親が共働きなので、日常の家事は仕込まれはした。もし二人とも帰りが遅くなった日に僕が飢えたりしないようにとのことで、今僕の方が家にいない状況で役立っているのは幸いだ。
 うちの親もただおかしいだけではない。社会の中で経歴上は真っ当な感じで生きていける程度には、まともなところはある。
 多分きっと。
 きっと多分。

 本を持ったまま、アリアは苦笑いする。

「美味しいから、もったいないよね。あれはワシス周辺では見かけない鳥だけど、この辺りでは人気なんだ。食用に飼育もされている。養畜した鳥のが臭みがなくて、美味しいよ。唐揚げとか」
「えー、唐揚げいいなぁ。絶対美味しいじゃん。あー、揚げ物食べたい……」

 若者が大好きな食べ物の筆頭だと信じている唐揚げ。あまりにも僕が沢山食べるから父さんに作り方はたたき込まれた。とはいえ、今はどこかの村か町についた時しか食べられない。

「最近食べてないものね。私も食べたいな。屋外で気軽に作れる物じゃないし」
「そうそう。こんな場所だと後片付けがつらい」

 何だか若い二人でもの凄く所帯じみたことで共感し合う。

「明日には集落に着くし、そこで食べようよ。ユウ」
「うん。いいね!」

 新たな楽しみが出来たところで、僕はアリアの手元を見る。
 彼女が持っている本は、僕の参考書だ。

 勉強する余裕があるかは分からないが、一応持ってきた事前提出の課題の参考書だ。他に入学後テストのための参考書もある。もちろん、やっと受験を終わらせて浮ついた気分の進学前の少年が、そんなに真面目にやるわけはない。とはいえ、起きているけど暇なときにたまにぺらりと開くようにはしている。

 そういうことで、今現在の僕の心中としては教科書の中身よりは、教科書を読むアリアを見るか、アリアと喋ることの方が比重が高い。

 ちなみにトリオかマチルダさんと一緒の時は、ちらりと彼女の寝顔を見るに留めてはいる。ちらりとね!
 お年頃なんてそんなものなのだ。

「アリア。渡してからずっと持っているけど、それ気に入ったの?」
「うん。中級学校の参考書というのも結構面白いね。工学も興味深くはあるよ」

 工学系の箇所をニコニコと読むアリア。魔石を動力とした魔工具の基盤の回路図を見ているようだ。
 この参考書は本屋に売っているはずだ。新しいのを買って、今のものは絶対に拭かないようにしたいけど、それはさすがに親に怒られるだろうなと思いつつ、僕は言う。

「面白いからその分野に進むんだけど、それを入学直後にテストされるのは辛いんだよねぇ」
「ふーん。学校ってそういうものなんだ」
「ん、アリアは……」

 聞こうか考えて、頭痛になりたいタイミングでもないので、やめておく。
 が、アリアは内容を察して返してくれた。

「えーと、学校に行っていたこともあるけど、基本的に家庭教師について、家の経営について勉強している。一人娘だからね」

 テービットの一人娘の話をし始めた。案外おかたい内容に僕は驚く。

「へえ、お嬢様って、お花とか刺繍とかじゃないんだ」
「それもあるけど、お花や刺繍だって家を経営する上で必要なスキルさ。文化への造詣の深さは良質な人の縁を作る。すなわち、権力者にとって相手の距離を縮めるための有用な手段だよ。金持ちというのは裕福な暮らしを享受する代償として、大変な部分も多いと思われるよ」
「ふーん。テービット家がそんなに凄いなんて全然イメージわかない」

 正直、フミの町で聞いたテービット家の噂と、トリオが宝箱に閉じ込めた存在は結びつかない。あれは愉快でおかしいおじさんだった。暴れたのはごめんなさい。僕ではないから、文句は今寝ている一羽と一人と目の前の自称娘に言って欲しい。
 アリアはため息をつく。

「不可抗力だ。しょうがない」

 まあ、僕が聞きたいのはそういうことではないわけで。

「アリアってさ、僕に対して、本当に隠す気がないよね」

 テービット家について詳細を教えてくれてはいるが、結局他人事という言い方だ。どう考えてもその家の娘という視点ではない。僕は彼女をじろりとみるが、彼女は片側だけ口角を上げて笑う。 

「君は私を疑ってるじゃないか。今更、君の前で誤魔化す必要ある?」
「うーん……」

 それについて、何とも言いがたい。
 僕は首を捻る。それに対しアリアは軽い。

「いいじゃないか。トリオルースさんやマチルダさんは寝ていて聞いていないんだし、ユウと二人きりの時くらい好きにさせてよ」

 そう。
 彼女が普段僕にしか言わないことは、トリオやマチルダさんが聞いていない二人きりの時しか話せないわけだ。

「アリアと二人きりの時にね……」
「そうそう。こういう人気のしない真夜中の森に二人きりのときでもないとさ……」
「人気のしない真夜中の森に二人きりにね……」

 アリアが息を飲んだ。

 真夜中の森。
 二人きり。
 僕らは言葉の意味に気付き、互いをちらりと見合ったあと、二人で黙ってしまったのだった。
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