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【閑話3】(1)
 ここは街道から少し離れた林の中だ。誰かが切り拓いたのだろう。道の途中にはたまにはげ山のように草むらになっているところがある。

 僕はそこで剣を持っていた。

 体幹をしっかり保つ。一歩前に踏み込むときに、バランスを崩さないように。そこから、空いている左脚を狙おうとした。

「えい!」

 素早く短槍で右腕を絡め取られ、僕の右手からは剣が飛んだ。

「うふふ。残念、わたしの勝ち!」

 マチルダさんは元気よく短槍を振り上げる。

「……あ、ありがとうございます」

 稽古の相手をして貰った僕は、右腕を押さえながら、礼を言った。当たり前だけど、相手をして貰ってから今まで全戦全敗だ。トリオは側に飛び降りてきた。

「ユウ、お疲れ。大丈夫かの?」
「う、うん……」

 しびれがとれた右腕を軽く振り、ひとまず落ちた剣を拾った。当たり前だけどかなり手加減して貰っていると思う。
 トリオは僕の右肩に乗り、話し始めた。

「構え方は安定しちょるし、動きもかなり上手くなってきちょる。それはそのまま続けるとええな。今、教えちょるのは一応正統派の動き方じゃし」
「あ、ありがとう」

 稽古を付けてくれる時、トリオはまず最初に褒めてくれる。この鳥は結構優しい。

「課題としては、目線でどこを狙っちょるか分かりやすいところじゃな。ユウは力押しできる程体つきがしっかりしちょる訳ではない。じゃから、もう少し相手を騙せるようにしちゃった方がええのう。特に、こういう頭を使って追い詰めてくる相手じゃと」

 トリオは僕の肩の上からじろりとマチルダさんを見る。マチルダさんは右手で短槍をつき、左手を腰に当てて鼻で笑った。

「あら、あんた、ついにわたしが頭がいいって気付いたの? おっそーい」
「あー、腹が立つ! 認めとうない! 何でこんな視野が点みたいな性格のイノシシ女が!」
「オーホホホホ! 崇め奉りなさい!」

 悪態をつくが、マチルダさんが胸を張っていったことについては全く否定しなかった。
 そう。あの編み目のないザルの枠みたいな性格のマチルダさんなんだけど、意外に戦い方は頭脳派だった。僕が未熟すぎるのはあるにせよ、トリオに教えてもらった動きはすぐに読み取られ、だまし討ちされることが多かった。

 僕も学校くらいでしか剣術なんてやったことないし、見たことあるにしても村の自警団くらいだ。そこではこんなやり方を見たことはない。これがいわゆるクレバーというやつか。

「ユウ君。剣については分からないけど、全体的に言うなら、あなたみたいな子が立ち向かう手法としては間違ってはいないわ。ただ、その踏み込み方だと力は下に流れているから、その動きを反発させて上に行かせようと思うと、必要な力が大きすぎる。だから、普通に考えるとユウ君はそのまま力を下に流させるつもりな訳で、だったらわざと利き足を開けてあげたらそっち来るんじゃないの? と思うわけよ。で、私がこの角度からこう力を足すと、自然に加算されて速度が上がるから……」

 マチルダさんはしゃがんでトリオの横で地面に図を書き始めた。僕もしゃがんでそれを確認する。力の流れ等、学校の授業を思い出す。そっち系の勉強が得意な僕ではあるが、それをしっかり理論としてこういう武術に使う人がいるのは初めて知った。
 平和な村出身の僕の周りに武術が得意な人は少ないけど、少なくとも学校の先生と三軒隣に住む幼なじみのトビィはこんなことをしない。とりあえずトビィは剣術は凄いから感覚的には理解しているかもしれないけど、勉強は得意ではないから脳みそでは理解してないと思う。

 多分、マチルダさんは興味のあるなしの差が物凄く極端な人なんだろう。短槍と、その動きを分析することついては物凄く興味があって細かくなるのだろう。

 短槍って剣よりはクセがありそうな武器だから、この人のこういう性格にはあっているのかもしれない。
 説明し終えると、マチルダさんは横にいるトリオを鼻で笑った。

「っていうか、あんたさー。ずっと思ってたけど、あんたのやり方、分かりやすすぎない? 動いているのがあんた自身じゃないからかもしれないけど、今まで手合わせした誰よりもあんたがやりたいこと想像つきやすいわよ?」
「え……」

 その言葉で、僕と一緒に図を眺めていたトリオの動きが一瞬止まった。俯いてぶつぶつ呟く。

「そんな……。正統派じゃ敵わないからとずっとだまし討ちでごまかし続けちょったワシが、それすら見破られるなんて……」
「と、トリオ……。ほ、ほら、魔王は倒している訳だしっ」
「それはニルレンがしちゃったことであって、別にワシが倒しちょるわけじゃないし……」
「いや、だ、だから、た、多分僕が教えてもらっている動きが出来ていないだけだと思うよ……」

 呟いている方向性が後ろ向きすぎて、高名な魔法剣士としては全く格好良くないんだけど、トリオはとにかくショックを受けているようだった。マチルダさんの言葉に傷つく彼には僕の声も届かない。
 トリオは僕から飛び降りて地面に降り立った。

「いや、ユウはちゃんとしちょる! 悪いのはワシじゃ!」
「あ、そう……」
「くそっ、あの串刺し女め……どうあいつに吠え面かかせてやろうか!」
「ふふん。今かかってらっしゃいよ!」

 短槍の柄でトリオを突こうとするマチルダさんと、それをぴょいぴょい避けるトリオを僕は眺めた。

 その避けからいって、多分、トリオもマチルダさんの考え方を読んでいる。いつもよりも物凄く動きが滑らかだ。僕を介さないことで、自分が思った通りに純粋に動けるんだろう。

 互いが互いの考えていることが読める理由は何となく分かる。一言この前提条件を言えば、トリオはそれを念頭に置いた戦い方が出来るし、勝てるのかもしれない。でも、その理由は言えない。諸々色々考えているトリオには悪いが、僕は倒れたくない。

 ただ、それでも一つだけ言えることはある。
 僕は口を開いた。

「トリオ、僕は魔物から自衛するために教えてもらっているわけで、マチルダさんとは稽古以外では戦わないはずだ。それだけは忘れないで欲しい」

 彼女が何故今こういう状況になっているのか分からないから、あくまで「はず」止まりではあるけどね。

 僕は、彼女がトリオと僕の敵にはならないことを願っている。

 僕の言葉に、トリオは短槍を避けながら、頷いた。
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