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【閑話2】(2)
 食事をした後、僕たちは宿屋の入り口に集合し、出発した。
 宿屋の従業員に目的地を確認したマチルダさんが先導する中、僕は念のため聞いてみた。

「アリアって冒険者の登録しているの?」
「勿論」

 自称お金持ちの一人娘はピンク色の頬でにこりと微笑んだ。そして、肩にかけている赤いポシェットから、小さいカードを取り出し、僕に見せてくれた。名前が書いてある。冒険者の登録証明書だ。学生向け一時登録の僕のカードとは色が違うけど、それが何を意味するのかは僕は知らない。

「……倒れたくないから、それ以上は聞かないでおくよ」
「賢明だね」

 いつものように片側の口角を上げ始めたアリアの顔を見ながら、僕はこめかみを押さえた。うん、多分大丈夫。
 何となくどこまで彼女に聞いて良いかを探りつつある今日この頃。

 僕はまだ倒れないはずだ。

 一応ただの家出少女だったはずのお金持ちのお嬢様が何で冒険者登録を既に済ませているかなんて、僕は深くは突っ込まない。声になんて出すものか。
 僕は細く息を吐いた後に尋ねる。

「何買うの?」
「魔道具とそれのメンテナンス用品の買い足し。通常の場合、ギルドの道具屋のが品数が多いからね」
「へえ」

 これについても乾いた返事を出すに留めておいた。

 富豪の家のお嬢様が何でそんなことを知っているんだとも聞きたくなるけど、これについても声に出すもんか。この数日間、彼女はかんしゃく玉とか、魔法のこもった玉とか、何か色々な玉を投げていたから、それを入手するのに登録が必要だったんだろう。

 きっと。

 アリアは歩きながらカードをしまって僕に聞いてきた。

「ユウのお母さん、魔道具作っている会社で働いているんだよね?」
「魔道具作ってる会社のポーション工場ね」
「王立のだよね。凄いよね」

 この子は毎度僕ではなく、僕の母親の職業に食いついてくる。

「で、そんなお母さんの息子の君は、魔道具には興味ないのかい?」

 母親を褒められた僕は首をひねる。

「うーん、僕は機械の方が好きなんだよね。だから魔工学科に進学するわけだし」
「ふーん。機械の魔力を流す技術も悪くはないけど、魔道具に書かれる公式は美しいのになぁ」
「それ、好きな人は好きだよね。同級生でもいた」

 答えながら僕は自分の好きな機械を思い出す。
 小さい頃、母さんがくれる壊れた機械をよく分解していた。検査用の小さい機械とか、備品の壊れたカメラとか、会社で廃棄処分にする物を貰ってきていたらしい。元通りに組み立てられないときは父さんに泣きついたっけ。今、裁縫にハマっている割に不器用な母さんとは違い、手先の器用な父さんは明るく笑いながらさっくり組み立て直していた。

 ああ、懐かしきあの平和なる日々。

 うちの親もただただおかしいだけではない。僕がグレずに真っ当に育った程度には親をやってはいるのだ。

 僕は空を見上げる。きれいな青空だ。空はこんなに澄み切っているのだから、僕と話しているきれいな女の子の怪しいところなんて気にするものか。

 そうだよ。人生で二度とご縁の無さそうなレベルの可愛い女の子と話が弾んでいるんだから、細かいこと気にするなよ。僕。
 そうやって現実逃避を始めようとしたとき、ギルドへ着いた。



 サツキ村のギルドは、僕が冒険者登録したウヅキ村のそれとは随分違っていた。フミの町の道で見かけたような魔法使いや剣士がそれなりにいる。
 ウヅキ村はたまに学生のモラトリアム期間に冒険者登録する以外は人が来なさすぎて、役場が代行していた。その担当だったことのある父さんも、専任でやるほどの業務はないため兼任だったらしい。

 そういうことで、僕は新しい世界にワクワクしながら、ギルドの道具売り場の品物を眺めていた。近くではアリアが色々買い物をしている。

 見たことがない品物ばかりが並ぶ中、母さんが何年か前の会社の大掃除で貰ってきた謎の道具もおいてある。この筒、一体何に使うのかよく分からないまま、蓋を取って中身を分解して捨てた記憶はある。……結構高かったんだ。

 ポーションの瓶の裏を見ると、ウヅキ村製造の物ではなかった。馬車とかは外を走れないし、輸送は何日もかかって運びづらいから、ポーション工場は各地にいくつもあると聞いたことはある。このポーションには母親は関与していないと思うと、本当に遠くに来てしまったんだなと強く思う。

「ユウ、必要な物は買えた。私の用事は終わりだ」

 圧縮の魔法がかかっているリュックにものを詰め込んだアリアは、そう僕に声をかけた。

 二人でマチルダさんとトリオのところに行くと、ちょうどマチルダさんがトリオを馬鹿にしているところだった。二百年の時の流れはカルチャーショックがどんどん湧き出てきそうだよね。
 僕に気付いたトリオはすぐさま僕の右肩に飛び乗る。アリアはマチルダさんの側に寄った。

 トリオは大きく首を横に振った。

「昔と全然違うて訳が分からん」
「トリオ来たことあるんだ」
「まあ、路銀が足りないときと、情報収集くらいにはの。ギルドはそんなに好きな雰囲気ではのうて、慣れたい気もないんじゃけど」

 ふうと息を吐いたトリオは僕に言った。

「しかし、やっぱりユウはこういうところには似合わんな」
「自分でもそう思うよ」

 自他共に認めるごく平凡な村人の僕としては、社会見学と物見遊山にはちょうど良いけど、日常的に来るところではないと思う。
 居心地が悪そうにキョロキョロする黄緑色の鳥も、僕と同類な気はしなくはない。前歴と見かけと使う魔法が派手な割に、この鳥はなんだか地味なところが多い。出会った当初と比べると、どんどん態度と発言が小さくなっている。
 マチルダさんに対して以外は。

「トリオも似合わないよね」
「まあ、ワシなんぞニルレンの付き添い以上ではないからのぅ」

 様子から言ってかなり旅慣れているはずだが、トリオは相変わらずのニルレン主体だった。二百年前の恋人同士の旅路はどんなものだったのか知らないけど、随分徹底的な態度ではある。

 この二人、最終的にデキて同棲までキメている訳だけど、一体どんな雰囲気で旅してたんだか。

 僕はマチルダさんをチラリと見る。そこにはアリアがくっついている。
 二人は互いに売った物と買った物の報告をしている。アリアは僕には見せないような満面の笑顔をマチルダさんに見せて、説明していた。ピンク色の頬が更に赤く染まっている。

 見た感じ難しいことが好きではなさそうなマチルダさんも、意外に食いついている。
 よく考えると、アリアは最初からマチルダさんを美人だなんだとやたら賛美したりとやたら大好きなようだった。

 ……あんな顔も出来るんだなぁ。

 一つの村にずっと住んでいて住人もあまり変わらないから、女の子の知り合い自体は一応いる。でも、僕の人生の中で会った女の子の中で一番話が弾んでいる気がするのに、その相手に片側しか上がらない口角ばかりを見せつけられている僕は、マチルダさんが少し羨ましかった。

 全く興味がない訳ではないんだし、もう少し魔道具も扱ってみようかな。

 僕は思った。
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