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5.(2)
「ただいま」

 僕とトリオの部屋の扉を開けると、そこにはトリオと、やっぱりマチルダさんがいた。
 この一人と一羽、出会ってから今まで結構な確率で一緒にいる。トリオの赤いちょんまげとマチルダさんの髪の毛の先には磁石でも入っているんじゃないか?

 トリオは僕たちに気付くと、翼を動かし、僕の肩の上にとまった。頬がくすぐったくなる。マチルダさんはベッドの上に座っていた。

「あら、遅かったのね。何かあったの?」
「僕としては、何でマチルダさんがこの部屋にいるのかのほうが聞きたいんですけどね……」

 その言葉をおそらく聞かないで、トリオは言う。

「まあ、ええじゃないか。ユウもワレのような年の離れたピンポン玉女よりは、年の近いべっぴんの娘さんのほうがええに決まっちょる」
「年増ってしっつれいね! わたし、まだ二十三よ!」
「いや、そこまでは言っちょらんけど」

 怒るマチルダさんに若干引くトリオ。確かに単に年の離れたとしか言ってない。その言葉を拡大解釈したマチルダさんはトリオに喧嘩を売る。

「大体、大昔に生まれたあんたのほうがよっぽど年取ってんのよ! このヨボヨボ鳥!」
「失礼な女じゃ。いくら大昔ゆうても、実際はワシぁまだ二十五年しか生きちょらん」
「どっちにしろわたしよりも年上じゃない! フン、年増!」
「何言うんじゃ! 人間二十五過ぎてからが本番じゃい! この精悍な顔立ちを見い!」

 ばっさばっさと翼をはためかせ、赤いちょんまげがふわふわ揺れてる、どう見てもマヌケな黄緑色の鳥にしか見えないトリオはマチルダさんの目の前に飛んでいった。

 さっき、何で僕の肩にとまったんだか。

 口ゲンカ再開の一人と一羽を見たアリアは、首を傾げる。

「さっき、私、褒められたの?」
「深く考えないほうがいいよ」
「かもねぇ。でも、聞いている分には面白い。そんな悪口よく思いつくな」
「本当にね」

 一人と一羽とも、放っておいたら始まる口ゲンカでは、とてもじゃないけど、瞬時に考えつかないような暴言ばかり連発している。
 そのテンポは全体的に速く、打ち合わせでもしているのかというぐらいにはタイミングが合っている。
 アリアは「ふっ」と笑う。

「しかし、トリオルースさん。マチルダさんの見かけについては馬鹿にしないんだね」

 僕は最初言葉の意味が分からなくて、考えてしまった。が、気付いた。

「そういえばそうだ」

 イノシシ女とか、串刺し女とか、ピンポン玉女とか、そういう性格とか性質についての馬鹿の仕方はしてきた。でも、容姿についての罵詈雑言は今まで一言も言っていない。
 マチルダさんはアイドルやアリアと比較してならともかく、一般的には特に何かケチをつけられるような容姿ではないとはいえ。

「トリオはニルレンのことがよっぽど好きなんだなぁ」

 出会ってから数日、最初以外は案外穏やかなトリオがマチルダさんには異様なくらいケンカを売る。それだけではないだろうけど、ニルレンに関してのことも、結構大きい理由になっているような気がする。
 同棲してた彼女と同じ顔って、どんな気持ちなのだろう。同棲も彼女も知らない僕には遠い世界だ。

「ニルレン……」

 アリアは小さく呟き俯いた。僕は溜め息をついた。

「どうせ、知ってるんだろ? トリオの正体と旅の目的」

 彼女はトリオの魔法を使えるようにした。それに、普通驚くであろう英雄のパートナーの名前を戸惑わずに繰り返していた。
 マチルダという名前だって他に聞いたことないのに、スラスラ言ってた。

 彼女はトリオとマチルダさんの存在をはっきり認識している。その上で、僕らに同行することにしたんだろう。
 顔を上げたアリアは口角を叩きすぎた釘みたいに曲げた。もちろん上向きだ。

「まあね」
「ニルレンについては?」
「ノーコメント」

 ピースサインを横にして、アリアは口元を隠した。金髪碧眼のお嬢様には合わないその仕草。何を企んでいるのかは、僕のような凡人には全く分からない。悔しいけど。
 でも、まあ、今はおとなしく彼女の言うとおりにしたほうが話は進む。

 と思いつつ、何かに引っ掛かった。

 話?

 アリアは僕から離れ、未だに低レベルな口ゲンカを繰り広げているトリオとマチルダさんに話しかけていた。

「トリオルースさんとマチルダさん。そろそろ、この近辺の魔力の泉の場所について伝えようかと思うんだけど。大丈夫?」

 アリアの言葉が届くまでに少し時間のあったマチルダさんとトリオ。

「そ、そうね。お願い、アリアちゃん」
「そうじゃった。頼む」

 反応を確かめた後、アリアは肩にひっかけていた赤いポシェットから地図を取り出し、広げた。

「ええと。まず、南に行った森の方向にもあるんだけどね。この近くには――」

 アリアは一羽と一人相手に説明をし始めた。多分対象に僕も含まれているはずだ。
 でも、僕は今浮かんだ言葉を頭の中で繰り返すので精一杯だった。

 話?

 何なんだ。この消化しきれない妙な感じは。
 アリアに出会った時からずっとそうだけど、今までよりも強い。
 僕は頭を押さえた。頭が痛い。ここにいてはいけない。これ以上考えるのはいけないような気がする。
 でも――
 そこで何かが僕を引き上げる。

「ユウ」

 銀色の鈴が転がるような可憐な声。

 彼女は僕に気が付いてくれる。
 顔を上げると、アリアは神妙な顔で僕を見つめていた。

「ユウ、大丈夫? 気分が悪い?」

 その言葉でトリオは僕の側に飛んで来た。

「ユウ。温めるか冷やすか? 何か飲むか?」
「……ゴメン」

 何とか動くようになった口でそれだけ言い、僕は軽く頭を振った。アリアの他にトリオもマチルダさんも、一羽と二人が僕を心配そうに見ていた。
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