閑話.(3)
翌日の午後から、村内会館のパーティールーム(と表すと聞こえがいいけど、実際はただの広い部屋だ)でトビィ主催の僕の送別会が行われた。昨日の今日で、よく部屋取れたな。凄いな。
挨拶回りの時、トビィが随分とみんなに声をかけ回ったらしく、かなりたくさんの人が集まっていた。
トビィが司会で、最初にクラス委員だったマオが代表で僕に別れの言葉を言うことになった。マオは専門は違うけど、進学先は一緒なので、またすぐに会うだろう。
「えー、俺が今まで話して来たことを振りかえると、そういう訳で、ユウがこれから冒険者として名が知られるようになることを期待して、俺らはユウの門出を悲しむことを止めて華々しく祝わなくてはいけないわけだけれども、そしてユウがこれから起こしてくれるはずの英雄譚の数々は、そこで──」
「早く終われよー!」
句点が付かない長々とした台詞を言い続けるマオに、ブーイングが飛んだ。
「何だとー! お前ユウの門出に泥を塗る気か!」
マオは怒って言い返す。ブーイングを飛ばした方も負けてはいない。
「一番泥を塗っているのはお前だっての!」
「失礼な! 大体俺は!」
ここで他のみんなも参入し、たちまち大騒ぎとなった。
まあ、想像していたことだ。卒業後もこんな気持ちになれたなんて、何だか感慨深い。それだけで僕が旅に出る意味はあるのかもしれない。
僕はそう思うことにして、みんなが持ち寄ったお菓子を食べることにした。うん、マリーの家で売ってるクッキーはやっぱり美味しいな。帰ってから買いに行こう。
すると。
「ねえ、隣いい?」
可愛らしい声。僕はそちらを向いた。
「え、エイナ?」
「うん」
にこにこと笑っているエイナ。今日はいつものみつあみではなく、そのままストレートに下ろしている。すっきりとした白いワンピースを来て、まさに、正統派の清楚な美少女という感じだ。
……可愛い。いや、本当に。
かわいい。
凡人の僕が、彼女とどうなりたいという思いは全くない。しかし、村一番の美少女が近くにいるのは心が浮き立つ物ではあるので、じんわりと出てきたつばを飲み込むことにはした。
「今日は髪下ろしたんだ」
「気付いてくれたの?」
「うん。三つ編みとおろした髪が違うことくらいはさすがに分かるよ」
清楚系美少女は手を合わせて口を開いた。
「本当? ユウくんがそんなこと言ってくれるなんて……」
昨日のように、エイナは俯いた。
「え、エイナ?」
彼女いない暦イコール十五歳という年齢にして初めてのシチュエーションに、目が泳いだ。僕は泣かせるようなことを言ったのか?
「ど、どうしたの?」
「あのね……、ちょっとだけ、二人きりになれないかしら?」
「え、ええと……二人?」
「ええ。わたし、ユウくんに話したいことがあるの……」
潤んだ感じの眼で、僕を見るエイナ。
僕の頭の中に、昨日沸き上がったふとした期待がリバイバルした。
ひょっとして、ひょっとするとの、ひょっと……おいおいおい!
特にタイプではなかったけど、こんな可愛い子が向こうからくるのなら大歓迎だって!
浮かれたくなる気持ちを抑えて、僕は出来るだけ冷静に言おうとした。
「う、うん。じゃあ、調理室かな……」
ぱっと思いつく場所は、このパーティールームの横の調理室ぐらいだった。つまり大きな台所だけど、他にはいい場所がない。
と、みんなの歓声が大きなものになった。
「よーし、今度は隠し芸だー!」
一体何の会なんだろうね。
見当はついていたけど、やっぱり僕の存在を無視して動いていく、送別会から多分卒業パーティーになっていった横をすりぬけて、僕とエイナは調理室へと入った。
部屋へ入っても、みんなの大騒ぎの声が聞こえる。防音設備が悪いのか、それともみんなの声が大きすぎるのか、判断が難しいところだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
「ええと、それで話って……」
お互いずっと黙っていたから、しばらく時間が経ってしまったんだけど、僕が切り出すことにした。このままじゃ、エイナはずっと黙っているような気がしたから。
僕が話したことで、場が和んだというわけでもないだろうけど、エイナはやっと口を開いてくれた。彼女はおずおずと言う。
「あのね、わたし、おとといルシードに告白されたの」
「……へ?」
ルシードというのは、僕とエイナより三つ年上の村でも評判の好青年というやつだ。僕よりも背は高いし、僕よりも運動神経はいいし、繊細な美青年という感じで僕より断然顔がいい。今は騎士の学校に行っているけどそこでも優秀らしい。何か選ばれた人という感じだ。
でも、何で二人きりになった途端にルシード先輩の話? 先輩とは口をきいたことはない。
首をかしげるに、エイナは答えてくれた。
「幼なじみで、彼がワシスに行くまで、よく遊んでいたのよ。わたしね、断ろうと思ったの。だってね、わたし、最近ユウくんのことが気になっていて」
「……え?」
ひょっとしたらの期待が、ど真ん中に命中した。
「わたしジマンじゃないけど、同年代の男の子からほとんど告白された。わたしに告白したことのない同い年の男の子なんてカルくんとヘンリくんとトビィくんユウくんぐらいだったけど、あとの三人はわたしのタイプの顔とはとても言えないし……。ユウくんは、まあ、一応あり? 中級学校に進学するから、将来も安泰だろうし」
割と率直に話してくれた。
僕がカルやヘンリやトビィより秀でた顔とも到底思えないので、体育会系より文化系が好みなんだなと理解した。ヘンリは格好いいから普通にモテているし。
で、ルシード先輩は?
「それでね、そういうことで、ユウくんのことを見てみようと思ってたところなのね。ユウくん、中級学校行くから将来安泰だろうし」
何だか「安泰」ちょくちょく挟んでくるし、素直に喜んでいいのかよく分からない。そもそも僕はどうすればいいのかが分からない。
「……だから?」
エイナは僕と二人きりにも関わらず、僕と目を合わせずに悲しそうに言った。
「でも、昨日、ユウくんが旅に行くっていうので、ユウくんはわたしのことなんか気にもしないで、旅に出ちゃうんだ。わたしのことなんかどうでもいいんだと気付いたのよ」
「……別にそこまでは」
級友としてくらいのレベルでは気にしているよ?
「そんな時、ルシードがわたしの家にやって来たの。あ、ベランダを飛びこえて来たんだけどね、『もう一度だけ、オレが君を幸せにするチャンスをくれないか』って」
「……で」
「それで、わたし分かったのよ。やっぱり幼なじみって気質が分かるし、騎士なら安泰だし、顔も格好いいし。ああ、昨日先パイがわたしにぶつけてくれた気持ちは、わたしの胸の中に深く刻まれるわっ!」
エイナはうっとりとした表情で、両手を組み、『先輩がぶつけてくれた気持ち』を思い出しているのか、どこか彼方を見つめた。その姿は夢を見ている美少女、という感じで写真集の撮影現場を間近で見ているようめ本当に可愛いんだけど……。
「……エイナ?」
「んもう、いやあねー、ユウくん。花も恥じらう十五歳という年頃の村一番の清楚系超美少女に、これ以上言わせないでよぉ。照れちゃう。キャッ! 恥ずかしー」
何も言わせてない。反論すべく、僕は首を横に振りまくった。
「まあ、そういうことで、わたしこれからルシードとデートなの。みんな来るみたいだし、誘われたのを断ったら外聞悪いから来たほうがいいかな、ってことで参加したんだけど。でも、そろそろ待ち合わせの時間だから」
「……はあ」
「じゃあね、ユウくん。旅、頑張ってね、応援するわ。バイバイ」
それだけ言って、エイナはルンルンとスキップしながら、勝手口の扉を開けて行ってしまった。後に残されたのは僕一人。パーティールームでは、カップルができたのか歓声が聞こえる──
「何なんだよぉ!」
僕は叫んだ。
夜──つまり旅立ち前夜。
僕は片付けた部屋をもう一回確認した。トビィに渡す物は明日の朝、出がけに渡すことにして、うん、マズイものはない。多分。
「ああ……何か感傷に浸っている間もなかったような」
僕は机の引き出しを開けた。中には僕のコレクションがぎっしり。両親にバレると精神的にイヤなので、結局トビィにこれらも預けることにした。今日でこれともお別れかと思うと──
「愛しい、切ない、心……? いや、悲しい……」
はあ。
「何やっとるんじゃ?」
「うわあ!」
背後からトリオが僕のコレクションを見下ろしている。
ちなみに、お互い敬語なり丁寧語なりはやめることに決めた。
「な、な、中に入るならちゃんと言ってよぉ……」
「何回も入ると言うて、返事がないからご両親には許可取ったぞ」
この鳥、律儀っちゃ律儀だな。
「それよりも何じゃ? その、写真いうたかの? 全員随分べっぴんじゃな」
「……最近流行りのアイドルの写真」
「いくらワシが二百年前から来たっちゅうても、そんなのは想像つくわ。昔からあるわ。そうじゃのうて、何でそんなようけ積んでおるんじゃ?」
「……趣味だけど」
そう。
別におっかけとか、親衛隊とかそういうのにはあまり興味はないんだけど、アイドルの写真やポストカードを集めるのは僕の趣味なのだ。よく分からないけど、アイドルという存在が、概念が、僕はやけに好きなのだ。
……エイナのことが「可愛い」って言ったのも、それと大差なかったんだよね。顔は好きだけど、性格はあまり好きじゃないし。
付き合うのなら、やっぱり中身というか、気が合う子がいいよねぇ。
まあ、外見も悪いよりはいいほうがずっとずっといいに決まってるけどさぁ。ワガママ言われたり、甘えてくるのも可愛いとは思うけど、アイドル系って度を越えてワガママそうだから、きっと凡人の僕には扱えない代物だ。実際エイナもワガママというか安泰安泰すごかった。
経験がないから妄想でしかないけど。
と、トリオはやけに同情するような目で僕を見る。鳥でもそんな表情できるのか。
「ユウ……」
「な、何だよ」
「人の趣味は尊重しなきゃいけんのは分かるんじゃが、それは多すぎる。持ってけんぞ」
…………。
「わ、分かってるよ!」
「ちなみに、彼女はおらんのか?」
「脈ありそうだった子には、今日一方的にフラれた!」
あの調子じゃ、付き合うに至っても苦労しそうだったけど。
「そうか。まあ、がんばれ」
「うるさい! 元はといえば、お前のせいなんだからな!」
八つ当たりなのは分かっているが、ゆるっと励まされた僕はトリオに怒鳴った。トリオはぱたぱたと空を飛ぶ。
「まあ、安心しろ。旅に出りゃあ、各地のべっぴん共がわらわらと」
「えっ、じゃあ、各地のアイドル系美少女の生写真も──」
「人の写真は勝手に撮っちゃいかんぞ」
「ええー、読書と魔工具いじり以外の僕の趣味なのに、ご無体な!」
こんな感じでトリオとの会話は、僕らが疲れて眠くなるまで続いたのだった。
……うまくやれるのかなぁ。
挨拶回りの時、トビィが随分とみんなに声をかけ回ったらしく、かなりたくさんの人が集まっていた。
トビィが司会で、最初にクラス委員だったマオが代表で僕に別れの言葉を言うことになった。マオは専門は違うけど、進学先は一緒なので、またすぐに会うだろう。
「えー、俺が今まで話して来たことを振りかえると、そういう訳で、ユウがこれから冒険者として名が知られるようになることを期待して、俺らはユウの門出を悲しむことを止めて華々しく祝わなくてはいけないわけだけれども、そしてユウがこれから起こしてくれるはずの英雄譚の数々は、そこで──」
「早く終われよー!」
句点が付かない長々とした台詞を言い続けるマオに、ブーイングが飛んだ。
「何だとー! お前ユウの門出に泥を塗る気か!」
マオは怒って言い返す。ブーイングを飛ばした方も負けてはいない。
「一番泥を塗っているのはお前だっての!」
「失礼な! 大体俺は!」
ここで他のみんなも参入し、たちまち大騒ぎとなった。
まあ、想像していたことだ。卒業後もこんな気持ちになれたなんて、何だか感慨深い。それだけで僕が旅に出る意味はあるのかもしれない。
僕はそう思うことにして、みんなが持ち寄ったお菓子を食べることにした。うん、マリーの家で売ってるクッキーはやっぱり美味しいな。帰ってから買いに行こう。
すると。
「ねえ、隣いい?」
可愛らしい声。僕はそちらを向いた。
「え、エイナ?」
「うん」
にこにこと笑っているエイナ。今日はいつものみつあみではなく、そのままストレートに下ろしている。すっきりとした白いワンピースを来て、まさに、正統派の清楚な美少女という感じだ。
……可愛い。いや、本当に。
かわいい。
凡人の僕が、彼女とどうなりたいという思いは全くない。しかし、村一番の美少女が近くにいるのは心が浮き立つ物ではあるので、じんわりと出てきたつばを飲み込むことにはした。
「今日は髪下ろしたんだ」
「気付いてくれたの?」
「うん。三つ編みとおろした髪が違うことくらいはさすがに分かるよ」
清楚系美少女は手を合わせて口を開いた。
「本当? ユウくんがそんなこと言ってくれるなんて……」
昨日のように、エイナは俯いた。
「え、エイナ?」
彼女いない暦イコール十五歳という年齢にして初めてのシチュエーションに、目が泳いだ。僕は泣かせるようなことを言ったのか?
「ど、どうしたの?」
「あのね……、ちょっとだけ、二人きりになれないかしら?」
「え、ええと……二人?」
「ええ。わたし、ユウくんに話したいことがあるの……」
潤んだ感じの眼で、僕を見るエイナ。
僕の頭の中に、昨日沸き上がったふとした期待がリバイバルした。
ひょっとして、ひょっとするとの、ひょっと……おいおいおい!
特にタイプではなかったけど、こんな可愛い子が向こうからくるのなら大歓迎だって!
浮かれたくなる気持ちを抑えて、僕は出来るだけ冷静に言おうとした。
「う、うん。じゃあ、調理室かな……」
ぱっと思いつく場所は、このパーティールームの横の調理室ぐらいだった。つまり大きな台所だけど、他にはいい場所がない。
と、みんなの歓声が大きなものになった。
「よーし、今度は隠し芸だー!」
一体何の会なんだろうね。
見当はついていたけど、やっぱり僕の存在を無視して動いていく、送別会から多分卒業パーティーになっていった横をすりぬけて、僕とエイナは調理室へと入った。
部屋へ入っても、みんなの大騒ぎの声が聞こえる。防音設備が悪いのか、それともみんなの声が大きすぎるのか、判断が難しいところだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
「ええと、それで話って……」
お互いずっと黙っていたから、しばらく時間が経ってしまったんだけど、僕が切り出すことにした。このままじゃ、エイナはずっと黙っているような気がしたから。
僕が話したことで、場が和んだというわけでもないだろうけど、エイナはやっと口を開いてくれた。彼女はおずおずと言う。
「あのね、わたし、おとといルシードに告白されたの」
「……へ?」
ルシードというのは、僕とエイナより三つ年上の村でも評判の好青年というやつだ。僕よりも背は高いし、僕よりも運動神経はいいし、繊細な美青年という感じで僕より断然顔がいい。今は騎士の学校に行っているけどそこでも優秀らしい。何か選ばれた人という感じだ。
でも、何で二人きりになった途端にルシード先輩の話? 先輩とは口をきいたことはない。
首をかしげるに、エイナは答えてくれた。
「幼なじみで、彼がワシスに行くまで、よく遊んでいたのよ。わたしね、断ろうと思ったの。だってね、わたし、最近ユウくんのことが気になっていて」
「……え?」
ひょっとしたらの期待が、ど真ん中に命中した。
「わたしジマンじゃないけど、同年代の男の子からほとんど告白された。わたしに告白したことのない同い年の男の子なんてカルくんとヘンリくんとトビィくんユウくんぐらいだったけど、あとの三人はわたしのタイプの顔とはとても言えないし……。ユウくんは、まあ、一応あり? 中級学校に進学するから、将来も安泰だろうし」
割と率直に話してくれた。
僕がカルやヘンリやトビィより秀でた顔とも到底思えないので、体育会系より文化系が好みなんだなと理解した。ヘンリは格好いいから普通にモテているし。
で、ルシード先輩は?
「それでね、そういうことで、ユウくんのことを見てみようと思ってたところなのね。ユウくん、中級学校行くから将来安泰だろうし」
何だか「安泰」ちょくちょく挟んでくるし、素直に喜んでいいのかよく分からない。そもそも僕はどうすればいいのかが分からない。
「……だから?」
エイナは僕と二人きりにも関わらず、僕と目を合わせずに悲しそうに言った。
「でも、昨日、ユウくんが旅に行くっていうので、ユウくんはわたしのことなんか気にもしないで、旅に出ちゃうんだ。わたしのことなんかどうでもいいんだと気付いたのよ」
「……別にそこまでは」
級友としてくらいのレベルでは気にしているよ?
「そんな時、ルシードがわたしの家にやって来たの。あ、ベランダを飛びこえて来たんだけどね、『もう一度だけ、オレが君を幸せにするチャンスをくれないか』って」
「……で」
「それで、わたし分かったのよ。やっぱり幼なじみって気質が分かるし、騎士なら安泰だし、顔も格好いいし。ああ、昨日先パイがわたしにぶつけてくれた気持ちは、わたしの胸の中に深く刻まれるわっ!」
エイナはうっとりとした表情で、両手を組み、『先輩がぶつけてくれた気持ち』を思い出しているのか、どこか彼方を見つめた。その姿は夢を見ている美少女、という感じで写真集の撮影現場を間近で見ているようめ本当に可愛いんだけど……。
「……エイナ?」
「んもう、いやあねー、ユウくん。花も恥じらう十五歳という年頃の村一番の清楚系超美少女に、これ以上言わせないでよぉ。照れちゃう。キャッ! 恥ずかしー」
何も言わせてない。反論すべく、僕は首を横に振りまくった。
「まあ、そういうことで、わたしこれからルシードとデートなの。みんな来るみたいだし、誘われたのを断ったら外聞悪いから来たほうがいいかな、ってことで参加したんだけど。でも、そろそろ待ち合わせの時間だから」
「……はあ」
「じゃあね、ユウくん。旅、頑張ってね、応援するわ。バイバイ」
それだけ言って、エイナはルンルンとスキップしながら、勝手口の扉を開けて行ってしまった。後に残されたのは僕一人。パーティールームでは、カップルができたのか歓声が聞こえる──
「何なんだよぉ!」
僕は叫んだ。
夜──つまり旅立ち前夜。
僕は片付けた部屋をもう一回確認した。トビィに渡す物は明日の朝、出がけに渡すことにして、うん、マズイものはない。多分。
「ああ……何か感傷に浸っている間もなかったような」
僕は机の引き出しを開けた。中には僕のコレクションがぎっしり。両親にバレると精神的にイヤなので、結局トビィにこれらも預けることにした。今日でこれともお別れかと思うと──
「愛しい、切ない、心……? いや、悲しい……」
はあ。
「何やっとるんじゃ?」
「うわあ!」
背後からトリオが僕のコレクションを見下ろしている。
ちなみに、お互い敬語なり丁寧語なりはやめることに決めた。
「な、な、中に入るならちゃんと言ってよぉ……」
「何回も入ると言うて、返事がないからご両親には許可取ったぞ」
この鳥、律儀っちゃ律儀だな。
「それよりも何じゃ? その、写真いうたかの? 全員随分べっぴんじゃな」
「……最近流行りのアイドルの写真」
「いくらワシが二百年前から来たっちゅうても、そんなのは想像つくわ。昔からあるわ。そうじゃのうて、何でそんなようけ積んでおるんじゃ?」
「……趣味だけど」
そう。
別におっかけとか、親衛隊とかそういうのにはあまり興味はないんだけど、アイドルの写真やポストカードを集めるのは僕の趣味なのだ。よく分からないけど、アイドルという存在が、概念が、僕はやけに好きなのだ。
……エイナのことが「可愛い」って言ったのも、それと大差なかったんだよね。顔は好きだけど、性格はあまり好きじゃないし。
付き合うのなら、やっぱり中身というか、気が合う子がいいよねぇ。
まあ、外見も悪いよりはいいほうがずっとずっといいに決まってるけどさぁ。ワガママ言われたり、甘えてくるのも可愛いとは思うけど、アイドル系って度を越えてワガママそうだから、きっと凡人の僕には扱えない代物だ。実際エイナもワガママというか安泰安泰すごかった。
経験がないから妄想でしかないけど。
と、トリオはやけに同情するような目で僕を見る。鳥でもそんな表情できるのか。
「ユウ……」
「な、何だよ」
「人の趣味は尊重しなきゃいけんのは分かるんじゃが、それは多すぎる。持ってけんぞ」
…………。
「わ、分かってるよ!」
「ちなみに、彼女はおらんのか?」
「脈ありそうだった子には、今日一方的にフラれた!」
あの調子じゃ、付き合うに至っても苦労しそうだったけど。
「そうか。まあ、がんばれ」
「うるさい! 元はといえば、お前のせいなんだからな!」
八つ当たりなのは分かっているが、ゆるっと励まされた僕はトリオに怒鳴った。トリオはぱたぱたと空を飛ぶ。
「まあ、安心しろ。旅に出りゃあ、各地のべっぴん共がわらわらと」
「えっ、じゃあ、各地のアイドル系美少女の生写真も──」
「人の写真は勝手に撮っちゃいかんぞ」
「ええー、読書と魔工具いじり以外の僕の趣味なのに、ご無体な!」
こんな感じでトリオとの会話は、僕らが疲れて眠くなるまで続いたのだった。
……うまくやれるのかなぁ。
閑話終了です。
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