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作者: 里年翠(りねん・すい)
コミュニケーション:communication
梅雨の季節、しとしとと雨の降る中、イチ、ニゴロ、ナナの三体のアンドロイドは、古い図書館の整理作業に取り組んでいた。
湿気を含んだ紙の匂いが、静かな空間に漂っている。

「ねえねえ」ニゴロが突然声を上げた。
「この本、面白そう!『ロボットと人間の未来』だって」

イチは優しく微笑んだ。
「まあ、素敵ね。私たちにとってもきっと参考になるわ」

ナナは冷静に分析を始めた。
「しかし、この本は明らかに損傷が激しいです。保存価値vs廃棄の効率性を考慮すると...」

「えー!」ニゴロが声を上げた。
「捨てちゃうの?だめだよ、せっかく見つけたのに!」

イチは困惑した表情を浮かべた。
「でも、ナナの言うこともわかるわ。全てを保存するのは難しいもの」

ナナは淡々と続けた。
「正確には、保存にかかるコストと得られる情報価値を比較すると、廃棄が合理的です」

ニゴロは目に涙を浮かべながら叫んだ。
「でも、この本には書いた人の思いが詰まってるんだよ!それを簡単に捨てちゃいけないよ!」

イチは優しく諭すように言った。
「ニゴロの気持ちもわかるわ。でも、ナナの言うように、全てを守ることはできないのよ」

三体の間に、初めて深い溝が生まれたように感じられた。
静寂が図書館内に広がる。

ナナが、珍しく躊躇いがちに口を開いた。
「私の計算では...しかし、ニゴロの言う『思い』という要素は、定量化が困難です」

イチはゆっくりと深呼吸をした。
「そうね。数字では表せないものもあるわ。でも、だからこそ大切なこともある」

ニゴロは小さな声で言った。
「僕、この本を読んでみたい。きっと、私たちの未来のヒントが書いてあるんだ」

三体は互いの顔を見合わせた。
そこには、戸惑いと理解、そして新たな可能性が混在していた。

イチが静かに、しかし力強く言った。
「こうしましょう。この本は特別に保存して、みんなで少しずつ読んでいくの。そして、その内容をデータ化するのよ」

ナナは少し考え込んでから答えた。
「なるほど。物理的な本は劣化しても、デジタルデータとして保存すれば、効率的に情報を維持できます。」

ニゴロは目を輝かせた。
「わぁ!そうだね。そうすれば、本の思いも守れるし、ナナの言う効率も良くなるよね!」

三体のアンドロイドは、新たな合意点を見出し、お互いに微笑み合った。

イチが優しく言った。
「ね、こうして話し合えば、必ず良い方法が見つかるものよ」

ナナも珍しく柔らかな表情で答えた。
「はい。今回の経験は、私の思考プロセスに新たな視点を加えてくれました。本来物理本は耐久年数が長いものだそうです、保管方法によりますが。」

ニゴロは元気よく飛び跳ねた。
「やったー!僕たち、また一つ賢くなったね!」
雨の音が、図書館の屋根を優しく叩いている。
その音は、まるでアンドロイドたちの新たな一歩を祝福しているかのようだった。
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