29話:死刑執行者②
紅茶を淹れて、お菓子と共にメーテルリンクから伝えられた内容に、ラスティは思わず目を覆った。
「大丈夫ですか? お兄様」
「あ、ああ。あまりに酷い内容に目眩がしただけだ。私への嫌がらせのために死刑にするとは……随分と思い切ったことだ」
「……それだけお兄様の力を恐れている、ということです。世界封鎖機構の要塞都市の陥落と協力関係の締結、今の技術では届かない遺物の所有、それを成功させた慈善活動組織アーキバスの戦力、そして大臣としての成果。どれも国家を揺るがす大事件です」
「それに加えて、純粋に強いからな。私は。力で暴れればまずミッドガルに勝ち目はない。私一人でもミッドガルの国民全員を殺すのに時間はかからないだろう」
「だからこそ、父親の処刑というインパクトと、妹である私を確保することで、お兄様の行動を制限しよう、という試みのようです」
ラスティはそれを聞いて思わず笑う。
「お兄様?」
不思議そうに首を傾げるメーテルリンクに、ラスティは手を振る。
「いや、なんでもない。本題に戻ろう。父さんの処刑は明日の朝だったな?」
「はい。罪状は奴隷および麻薬の販売に加えて、傭兵を使った敵対者の暗殺を繰り返した事による国家反逆罪です」
「それ自体は事実だ。私に害意を持つ者を皆殺しにしてしまうのは容易いが、それだと真面目に生きている者達も巻き込んでしまう。どこを着地点とするのが良いものか。難しいな」
メーテルリンクは言い出し辛いそうに顔を俯かせながら言う。
「お父様を助けるのは無理なのでしょうか?」
「処刑を躱すのは容易い。本物とダミー人形を入れて変えて、ダミーの方の首を刎ねればみんな騙せる。助けた後はネフェルト少佐に言って匿ってもらえれば良い」
「なら……!」
「だが、しかし、この処刑は私のへの嫌がらせだろうが、その罪状は本物だ。思い通りにできる力があるからといって、所属する組織のルールを破るのはしたくない」
「では、お父様が殺されても良いと? 甘い蜜を啜り、私腹を肥やす無能共に嘲笑されるのに耐えろと!?」
メーテルリンクは怒り心頭のようだ。反面、ラスティのテンションは彼には珍しく表情や口調に出るほど平坦だった。
「感情を優先して世界を思い通りに動かしたとして、その先に得るものが果たしてあるのか……それが大切なんだ。メーテルリンク。私は人の命の有無や価値ではなく、過去と未来の自分が誇れる生き方をしているかが大切なんだ」
「親を見殺しにして生きる人生に誇れるも何も無いでしょう! 命は一つで、戻らないものなんですよ!?」
「……無実の罪ならば助けるのに躊躇いはなかった。しかし父さんは実際に罪を犯して、処刑されるのはある意味道理だ。私への嫌がらせが起点だったかもしれないが、奴隷も、麻薬も、暗殺も、全てミッドガルの法律に反するものだ。罰せられるのは正しい」
「お兄様なら、助けることができるでしょう……! 力があれば全てを従えることも可能です!」
「気持ちはわかるが、これは私の納得の問題なんだ。父さんを殺すのも、助けるのも気分が悪い。それは良くない。気分が良くなる行動や選択が、人生ではなにより重要なんだ」
ラスティは紅茶を飲んで、魔法通信でデュナメスを呼ぶ。数分後、デュナメスが部屋に来る。
「デュナメス、メーテルリンクを頼む」
「あ? ああ!? おいボス!」
「私は気分転換に散歩に出かけてくる」
ラスティはメーテルリンクをデュナメスに任せて、外に出る。外は気候的に寒い日のようで、冷たい風が頬を撫でた。
行くのはミッドガル帝国の首都のやや外れにある医療教会の建物だった。
先程、見かけたフードを被る医療教会の『聖女』に出会えたらラッキー程度の気持ちだった。
医療教会の建物は、上に伸ばして作られていた。大きなステンドグラスに、木の長椅子。
そこの最前列に、金色の髪を持つ少女が座っていた。その手には聖女である証のペンダントが握られている。
ラスティはゆっくりと、しかし足音を立てて、コツコツと鳴らしながら、脅かさないようにしながら、近づいて聖女の隣へ腰を下ろした。
「こんにちは」
「こんにちは。はじめまして。祈りを捧げに来られたのですか?」
「ああ、いや、申し訳ない。信者というわけではないんだが……少し迷っていることがあって、もしかしたら何か見つかるかもしれないと思っていただけなんだ。申し訳ない」
「大丈夫です。救済への道は誰であっても開かれています。そして迷い、考え、決断するのは大変なことです。だからこそ教会があるのですよ。貴方は何をお悩みに?」
「身の上話になるけど構わないかい?」
「はい、医療教会の聖女として、その悩みの相手役になりましょう」
「感謝する。私はラスティ・ヴェスパー。父さんが殺されるんだ。罪もある。しかし私には父さんを助ける力が備わっている。法律を守って肉親を見殺しにするか、肉親を守って法律を蔑ろにするか……その選択を迫れている」
「複雑な心境、ということですね」
「そのとおりだ。私個人としては法律を守りたい気持ちも強くある。いくらでも好き勝手できるからといってルールを破って良い理由にはならない。しかし反面、父さんには生きていて欲しい。どうしたら良いだろうか?」
「……あくまで私的な意見で良いのなら」
「構わない」
聖女はゆっくり息を吸って言った。
「本人の意思によると思います。生きたいと望むのならば生かすべし。死にたいと望むのならば殺すべし。その結果がどうあれ、心に嘘はついてはならない。嘘は魂を濁らせ、死後の安寧を脅かす……」
「本人の意思を尊重……ね。少し意地が悪いと思うんだが、それは犯罪者にも当て嵌まるのかい? それこそ殺人などを行った者にも」
「はい。この世で一番の悪は嘘をつくことです。嘘は魂の純度を下げる行為ですから。勿論、そういった犯罪を繰り返す者達は医療教会で矯正を行います。それを含めて、我々の祈りです」
「嘘……嘘……確かに新機軸の考え方だ。新しい」
「参考になりましたか?」
「ああ、参考になったよ。ありがとう」
ラスティは椅子から立ち上がって、そして聖女の方を見る。
「名前を聞いても構わないだろうか? 聖女様」
「エミーリア。医療教会のエミーリアです」
「ありがとう、エミーリア様。心は決まった。後は精一杯やってみるさ」
「貴方の心に安寧がありますように」
ラスティは医療教会を後にした。
「大丈夫ですか? お兄様」
「あ、ああ。あまりに酷い内容に目眩がしただけだ。私への嫌がらせのために死刑にするとは……随分と思い切ったことだ」
「……それだけお兄様の力を恐れている、ということです。世界封鎖機構の要塞都市の陥落と協力関係の締結、今の技術では届かない遺物の所有、それを成功させた慈善活動組織アーキバスの戦力、そして大臣としての成果。どれも国家を揺るがす大事件です」
「それに加えて、純粋に強いからな。私は。力で暴れればまずミッドガルに勝ち目はない。私一人でもミッドガルの国民全員を殺すのに時間はかからないだろう」
「だからこそ、父親の処刑というインパクトと、妹である私を確保することで、お兄様の行動を制限しよう、という試みのようです」
ラスティはそれを聞いて思わず笑う。
「お兄様?」
不思議そうに首を傾げるメーテルリンクに、ラスティは手を振る。
「いや、なんでもない。本題に戻ろう。父さんの処刑は明日の朝だったな?」
「はい。罪状は奴隷および麻薬の販売に加えて、傭兵を使った敵対者の暗殺を繰り返した事による国家反逆罪です」
「それ自体は事実だ。私に害意を持つ者を皆殺しにしてしまうのは容易いが、それだと真面目に生きている者達も巻き込んでしまう。どこを着地点とするのが良いものか。難しいな」
メーテルリンクは言い出し辛いそうに顔を俯かせながら言う。
「お父様を助けるのは無理なのでしょうか?」
「処刑を躱すのは容易い。本物とダミー人形を入れて変えて、ダミーの方の首を刎ねればみんな騙せる。助けた後はネフェルト少佐に言って匿ってもらえれば良い」
「なら……!」
「だが、しかし、この処刑は私のへの嫌がらせだろうが、その罪状は本物だ。思い通りにできる力があるからといって、所属する組織のルールを破るのはしたくない」
「では、お父様が殺されても良いと? 甘い蜜を啜り、私腹を肥やす無能共に嘲笑されるのに耐えろと!?」
メーテルリンクは怒り心頭のようだ。反面、ラスティのテンションは彼には珍しく表情や口調に出るほど平坦だった。
「感情を優先して世界を思い通りに動かしたとして、その先に得るものが果たしてあるのか……それが大切なんだ。メーテルリンク。私は人の命の有無や価値ではなく、過去と未来の自分が誇れる生き方をしているかが大切なんだ」
「親を見殺しにして生きる人生に誇れるも何も無いでしょう! 命は一つで、戻らないものなんですよ!?」
「……無実の罪ならば助けるのに躊躇いはなかった。しかし父さんは実際に罪を犯して、処刑されるのはある意味道理だ。私への嫌がらせが起点だったかもしれないが、奴隷も、麻薬も、暗殺も、全てミッドガルの法律に反するものだ。罰せられるのは正しい」
「お兄様なら、助けることができるでしょう……! 力があれば全てを従えることも可能です!」
「気持ちはわかるが、これは私の納得の問題なんだ。父さんを殺すのも、助けるのも気分が悪い。それは良くない。気分が良くなる行動や選択が、人生ではなにより重要なんだ」
ラスティは紅茶を飲んで、魔法通信でデュナメスを呼ぶ。数分後、デュナメスが部屋に来る。
「デュナメス、メーテルリンクを頼む」
「あ? ああ!? おいボス!」
「私は気分転換に散歩に出かけてくる」
ラスティはメーテルリンクをデュナメスに任せて、外に出る。外は気候的に寒い日のようで、冷たい風が頬を撫でた。
行くのはミッドガル帝国の首都のやや外れにある医療教会の建物だった。
先程、見かけたフードを被る医療教会の『聖女』に出会えたらラッキー程度の気持ちだった。
医療教会の建物は、上に伸ばして作られていた。大きなステンドグラスに、木の長椅子。
そこの最前列に、金色の髪を持つ少女が座っていた。その手には聖女である証のペンダントが握られている。
ラスティはゆっくりと、しかし足音を立てて、コツコツと鳴らしながら、脅かさないようにしながら、近づいて聖女の隣へ腰を下ろした。
「こんにちは」
「こんにちは。はじめまして。祈りを捧げに来られたのですか?」
「ああ、いや、申し訳ない。信者というわけではないんだが……少し迷っていることがあって、もしかしたら何か見つかるかもしれないと思っていただけなんだ。申し訳ない」
「大丈夫です。救済への道は誰であっても開かれています。そして迷い、考え、決断するのは大変なことです。だからこそ教会があるのですよ。貴方は何をお悩みに?」
「身の上話になるけど構わないかい?」
「はい、医療教会の聖女として、その悩みの相手役になりましょう」
「感謝する。私はラスティ・ヴェスパー。父さんが殺されるんだ。罪もある。しかし私には父さんを助ける力が備わっている。法律を守って肉親を見殺しにするか、肉親を守って法律を蔑ろにするか……その選択を迫れている」
「複雑な心境、ということですね」
「そのとおりだ。私個人としては法律を守りたい気持ちも強くある。いくらでも好き勝手できるからといってルールを破って良い理由にはならない。しかし反面、父さんには生きていて欲しい。どうしたら良いだろうか?」
「……あくまで私的な意見で良いのなら」
「構わない」
聖女はゆっくり息を吸って言った。
「本人の意思によると思います。生きたいと望むのならば生かすべし。死にたいと望むのならば殺すべし。その結果がどうあれ、心に嘘はついてはならない。嘘は魂を濁らせ、死後の安寧を脅かす……」
「本人の意思を尊重……ね。少し意地が悪いと思うんだが、それは犯罪者にも当て嵌まるのかい? それこそ殺人などを行った者にも」
「はい。この世で一番の悪は嘘をつくことです。嘘は魂の純度を下げる行為ですから。勿論、そういった犯罪を繰り返す者達は医療教会で矯正を行います。それを含めて、我々の祈りです」
「嘘……嘘……確かに新機軸の考え方だ。新しい」
「参考になりましたか?」
「ああ、参考になったよ。ありがとう」
ラスティは椅子から立ち上がって、そして聖女の方を見る。
「名前を聞いても構わないだろうか? 聖女様」
「エミーリア。医療教会のエミーリアです」
「ありがとう、エミーリア様。心は決まった。後は精一杯やってみるさ」
「貴方の心に安寧がありますように」
ラスティは医療教会を後にした。