27話:起動する破滅機構③
「―――」
痛い。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――痛い。
激痛だった。その事実に自分がしばし、気を失っていたという事実を理解した。そして理解という意識の覚醒と共に激痛が体を貫く。体が熱い。神経が痺れるような痛みを訴える。水分が蒸発して目が乾く。体という体に無事な場所が感じられない。全身の血肉が渇いている。それでも死んでいないし、死ぬよりははるかにましだった。そう思えるのは一度死んだことがあるからなのだろう。
そう、あの苦しみと比べればなんだって遥かにマシに思える。
だからアレと比べれば、まだ―――まだ、我慢できる。
「マスター・ラスティ……!」
耳元に大きな声で、悲鳴に近い言葉が届いた。ゆっくりと開いた眼が、静かに音源へと向けられた。それは自分の腕の中に抱かれている存在であり、悲鳴に近い言葉を涙を浮かべる様に、恐れる様に口にしていた。
シャルトルーズという少女は腕の中で、無事に見えた。だからその姿を片目で捉え、腕の中の姿へと軽いウィンクを送った。
「すこ、し、眠っちゃったみたいだ……だが、大丈夫」
喉がカラカラに乾いている。喋るごとに喉の奥が張り付くような不快感を感じる。だがそれを無視して起き上がろうとする。
シャルトルーズを抱いていた両腕を解放しながら、ゆっくりと体を持ち上げる。解放されるシャルトルーズは多少服装が焦げているものの、傷は僅かに見える。
「っ! 立っちゃ駄目よ! その体をそれ以上酷使したらいけない!」
立ち上がった体を止めるようとするように、エクシアが声を張り上げる。
「貴方のそれは明らかに動いて良い状態じゃない。今すぐ治療を受けるに戻るべきね」
「ん?」
そう言われて自分の手を見る。
高圧の電流で体を焼かれたか、皮膚が焼けて爛れていた。凄まじく醜い裂傷が走り、服の下で出血しながら焼けた肉の匂いが僅かにする。指先が少しだけ、炭化している。間違いなく重症と表現できる。少なくとも即座に入院が推奨されるレベルの重症だろうと思える。体中が痛い。クソ程に痛い。というか煙草が衝撃で消し飛んでいる。
ラスティは笑みを浮かべる。
「ん? どうかしたかい?」
「心配する必要があるかどうかちょっと疑問に思えてきたわ……ってそうじゃないの! 火傷が!」
「あぁ、大丈夫大丈夫。ほら」
手をぐっぱぐっぱ、開いて閉じて軽く跳躍する。それで体が全く問題なく動くことを証明する。無論、無理やり体を動かしているだけだ。呼吸するたびに激痛が走るし、
今にも倒れそうだ。だがまだ耐えられる範囲だ。男のやせ我慢のやり方はずっと昔、ラスティが父親に習った事の一つだった。だから見た目がどれだけボロボロでも、それを表情に出す事はない。
「大丈夫だろう?」
「見た目はどうあがいてもぼろぼろな筈なのに……」
エクシアが驚愕しながらも魔法で、ラスティの傷を回復する。ゆっくりとだが、焼けて爛れていた皮膚が回復するのが見える。
まだ地面にぺたん、と座り込んでいるシャルトルーズに笑いかける
「大丈夫かい? シャルトルーズ。封印のためとはいえ、かなり激しくしてしまったが」
「……状態を確認。世界の破壊衝動の霧散を確認。大丈夫です」
どことなく心ここにあらず、という様子のシャルトルーズに、デュナメスが笑いかける。
「本当に大丈夫か? シャルトルーズ。我らがボスの鉄人と違って、辛かったら辛い、痛かったら痛いって言って良いんだぜ?」
「私に対する遠慮捨てたな」
「信頼。これは信頼だよボス。シャルトルーズ?」
漸く俺の扱いを理解してきたデュナメスの言葉に軽口を返しながら、シャルトルーズの姿を見た。やはり、その少女の様子は何かを恐れているように見える。それを表情に出さない様に頑張っている物の、流石に何かショックを受けた後のようで、取り繕えていない。
「どうしたんだい? 浮かない顔を浮かべて」
「え……」
半分呆けていたようなリアクションを返し、シャルトルーズが反応する。
「あ、いえ、あ」
「シャルトルーズ?」
デュナメスが首を傾げ、心配する様にシャルトルーズの名前を呼ぶ。シャルトルーズの様子がおかしいのは確かだった。怯える様な目の動きは―――そう、悪いことをしてしまった子供の様に見えた。そして怒られることを恐れている、そういう表情だ。自分も経験があるし、見覚えがある。だがそれをこの少女は異様に恐れている様に見えた。家庭環境があまり良くないのだろうか?
そう思っている間に、
「ご、ごめんなさい……」
震える様な声で、シャルトルーズが口を開いた。そこに続けるように言葉を吐き出そうとして、肩を軽く叩く。
「大丈夫」
「否定」
「気にするな」
「否定」
「私は生きている。だから何も問題はない」
「否定……でも、私は、その」
「いいんだよ」
難しい言葉を口にした所で伝わるとは限らない。行動を示した所で納得される事の方が珍しい世の中だ。だったら解るように繰り返すしかない。
大丈夫だ、と。怒っても怖がってもない、と。そりゃあもちろん、痛いし泣きたい。
だけど、もう大人だ。自分のやった事の責任は自分で取る大人なのだ。
子供の間は失敗してもいい。その責任は大人が取るためにある。そしてそこから学んでくれればいいのだ。子供の間はそれが許されるのだ。だからちょっとした失敗や、その被害が自分に来た所で、それで怒るほど小さい男になったつもりはない。だから、
「私は、笑顔にするために戦っている。今回の件で、君が笑顔になってくれれば一番嬉しい」
体内の痛みは一切変わらない。
内臓が焼き千切れたような痛みがあるが、今は体内を魔力が巡っている。そう簡単には死なないだろう。なにせ、死ぬときはもっと違う。アレは痛いとか苦しいではなく、表現するなら虚無感という言葉が一番近い。
まぁ、それはどうでもいいのだ。問題なのはシャルトルーズが落ち着いてくれたかどうか、なのだ。見た感じ、まだちょっと怯えている部分があるが、少しずつ落ち着きを取り戻そうとしているのが見える。
「平気かい?」
シャルトルーズを見下ろしながら聞いてみれば、恥ずかしそうに頷きながら口を開いた。
「了承。お手数かけました……」
「さて、帰りましょうか――」
私達の、帰るべき居場所に。
シャルトルーズ奪還作戦から数日後。
ミッドガル中央区画――ミッドガル第一病棟、特別面会室にて。
その広くもなく、狭くもなく、しかし綺麗に清掃された一室にて顔を合わせる影があった。並ぶ人影は誰もがボロボロで、顔に湿布やらガーゼやらを貼り付け、痣やら切傷やらを体中に刻みつけている。
一人は車椅子に腰掛け、何処か困惑顔を浮かべる、如何にも重傷といった出で立ちのラスティ。
ゆったりとした患者衣にスリッパ姿、ぱっと見で分かる入院中と云った様子の格好は貫禄すら感じさせる。
彼の背後には介助役としてエクシアが同伴しており、彼女の手はラスティの車椅子、そのグリップが握られていた。
もう一人はネフェルト少佐、彼女もまた普段の世界封鎖機構の征服ではなくラスティと同じ患者衣、常は纏め上げていた髪を下ろし、腫れ上がった頬と塞がり掛けた瞼をそのままに佇んでいる。
そして最後の一人は――シャルトルーズだった。
彼女の顔面もまた、ラスティやネフェルト少佐と負けず劣らずな塩梅で、痛々しい青痣がそこら中に散見された。無論、彼女も患者衣を身に纏っている。
各々傷に塗れた姿でテーブルを囲う三人人、奇妙な沈黙が部屋の中に落ちる。そして、ラスティがネフェルト少佐に対して頭を下げた。
「ありがとうございます。ネフェルト少佐」
「どういうこと?」
「世界を守る世界封鎖機構として、ミッドガル帝国付近の遺物を回収して封印する任務を頑張ってくれた事です」
「それは……結果的には失敗だった。ロイヤルダークソサエティに情報は漏れ、魔導技術や遺物も多く奪われていた」
「感謝したいのは心の方ですよ。人のために自分を危険に晒して守るのは、善行です。人は醜い獣、だこらこそ善であろうとする振る舞いこそ尊いものです。だから、ありがとうございます」
「貴方の慈善活動組織アーキバスというのも危険でしょう。特にミッドガル帝国は腐敗している。賄賂に奴隷に汚職……ロイヤルダークソサエティの暗躍。そんな状態でダークレイスを保護して治療するするなんて命は惜しくないの?」
「善行をして死ぬなら本望ですよ。もちろん、死ぬつもりはないので全力で抵抗しますよ。そしてシャルトルーズ」
「はい。マスター・ラスティ」
「君には世界の破壊をやめてもらう。そして私に服従する。それが君を永久封印しない代わりに交わした世界封鎖機構のネフェルト少佐との約束だ」
「……承認。不服ですが、受け入れます」
「ありがとうございます。そして我々は、ミッドガル帝国の大臣として世界封鎖機構と協力関係を結ぶ。世界封鎖機構の要請があれば戦力を派遣する」
今回の件の纏め
【慈善活動組織アーキバス】
・メリット:シャルトルーズというオーバードウェポンを保有し、命令できる
・デメリット:世界封鎖機構へ慈善活動組織アーキバスの戦力を貸し出す。またシャルトルーズへの下克上を常に警戒する必要が残る。
【世界封鎖機構】
・メリット:慈善活動組織アーキバスに戦力を要請できる
・デメリット:シャルトルーズの完全封印を諦める
【シャルトルーズ】
・メリット:世界封鎖機構による完全封印されないので、将来的に世界を破滅させれる可能性が残る。
・デメリット:ラスティ・ヴェスパーが生存する限り、彼の命令に絶対服従。
「みんな不幸で、みんな利益がある。個人的には最高の未来だ。何せ、終わりではないからね。これからがある、というのは良いものだ」
その言葉に、エクシアは苦笑いを浮かべる。
「出会って間もないシャルトルーズや、対話をしないで抑圧する世界封鎖機構のネフェルト少佐の顔も立てるなんて、お人好しね」
「人がやり直す機会チャンスは私が作る――それが、高貴なる者の努めだからね」
「ノブリス・オブリージュね」
「それに、今回の事件にはそれぞれの勢力に良い部分と悪い部分がある。世界を守るためとはいえ話し合わず力で支配した世界封鎖機構、恵まれた土地と戦力と技術力があれど腐敗したミッドガル帝国、活動法人こそ立派だが立場が弱い慈善活動組織アーキバス」
それに付け加えたエクシアは付け加える。
「それに純粋に悪意を持って人を攻撃するロイヤルダークソサエティ」
「そう。最期を除けば、想いは善意や誰かのため、だ。だから、そういう人達に話し合い、お互いに落とし所を作れるのであれば協力できる可能性がある」
それはずっとラスティが抱えて来た想いだ。例えそれがどれだけ大きな誤解だったとしても、どれ程困難な事であったとしても。誰が相手でも、どんな存在であったとしても――本人が善を望むのならば、ラスティは何度だって協力する。
屈託なく笑って、何でもない事の様にそう告げるラスティにエクシアは口を噤む。
「………」
数秒視線を彷徨わせたネフェルト少佐は咳払いを挟むと、話題を変える。
「要塞都市リッチドラムについてだけれど、あの都市は閉鎖する事にしたわ、システムを取り戻したとは云え一度乗っ取られた以上どんな状態になっているか詳しく調査しなければならない、何らかの形で再利用するとしても時間が必要よ、ロイヤルダークソサエティにバックドア何て仕掛けられていたら目も当てられないもの」
「確かに。それが無難だろうね。こちらの技術研究部門のメンバーは必要かい?」
「お願いするわ。私一人だけでは少し時間がかかってしまうかもしれないから」
「了解した。それとシャルトルーズ」
「はい」
「君には対ロイヤルダークソサエティとの決戦戦力として、そして私の秘書として慈善活動組織アーキバスで働いてもらう」
「了承。完全封印をしないという契約が果たされる限り、貴方に従いますマスター・ラスティ」
「ありがとう。業務についてはエクシアに教わってほしい。エクシア、仕事が増えるが、大丈夫?」
「ええ、総合部門には優秀な子が多いから、私も手が空いているわ」
「よし、シャルトルーズはエクシアからの教えに従い、慈善活動組織アーキバスに貢献してほしい。期待している」
「その旨を了解します」
話し合いが終わって、それぞれの病室に戻る。エクシアは握り締めた車椅子を引いて、ネフェルト少佐とシャルトルーズを見送っていたラスティの身体をぐるりと方向転換させた。そして、彼に割り当てられた病室へと歩き始めた。
カラカラと、微かに音を鳴らすキャスター。静謐な病棟の廊下では、僅かな音でも耳に届く。
「私は、貴方の自己犠牲的な精神、嫌いだわ」
歩きながら、エクシアは呟いた。声には懇願する様な色があったように思う。その不安に塗れた瞳が、ラスティの包帯に包まれた四肢に向けられた。
「でも、それに救われた私が言うのもお門違いというか、棚に上げている自覚はあるの。でも、私は……今が幸せで……これ以上は要らない……だからこれ以上、失いたくない」
「わかった。気をつけよう」
「お願いね……ラスティ。貴方が死んだら、私は貴方を蘇らせるわ。それがどんな形になるとしても」
「君が幸せなら、それでも構わないさ」
ラスティは不敵に笑う。
やりたい事を見つけた。それを精一杯やる。それだけだ。
痛い。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――痛い。
激痛だった。その事実に自分がしばし、気を失っていたという事実を理解した。そして理解という意識の覚醒と共に激痛が体を貫く。体が熱い。神経が痺れるような痛みを訴える。水分が蒸発して目が乾く。体という体に無事な場所が感じられない。全身の血肉が渇いている。それでも死んでいないし、死ぬよりははるかにましだった。そう思えるのは一度死んだことがあるからなのだろう。
そう、あの苦しみと比べればなんだって遥かにマシに思える。
だからアレと比べれば、まだ―――まだ、我慢できる。
「マスター・ラスティ……!」
耳元に大きな声で、悲鳴に近い言葉が届いた。ゆっくりと開いた眼が、静かに音源へと向けられた。それは自分の腕の中に抱かれている存在であり、悲鳴に近い言葉を涙を浮かべる様に、恐れる様に口にしていた。
シャルトルーズという少女は腕の中で、無事に見えた。だからその姿を片目で捉え、腕の中の姿へと軽いウィンクを送った。
「すこ、し、眠っちゃったみたいだ……だが、大丈夫」
喉がカラカラに乾いている。喋るごとに喉の奥が張り付くような不快感を感じる。だがそれを無視して起き上がろうとする。
シャルトルーズを抱いていた両腕を解放しながら、ゆっくりと体を持ち上げる。解放されるシャルトルーズは多少服装が焦げているものの、傷は僅かに見える。
「っ! 立っちゃ駄目よ! その体をそれ以上酷使したらいけない!」
立ち上がった体を止めるようとするように、エクシアが声を張り上げる。
「貴方のそれは明らかに動いて良い状態じゃない。今すぐ治療を受けるに戻るべきね」
「ん?」
そう言われて自分の手を見る。
高圧の電流で体を焼かれたか、皮膚が焼けて爛れていた。凄まじく醜い裂傷が走り、服の下で出血しながら焼けた肉の匂いが僅かにする。指先が少しだけ、炭化している。間違いなく重症と表現できる。少なくとも即座に入院が推奨されるレベルの重症だろうと思える。体中が痛い。クソ程に痛い。というか煙草が衝撃で消し飛んでいる。
ラスティは笑みを浮かべる。
「ん? どうかしたかい?」
「心配する必要があるかどうかちょっと疑問に思えてきたわ……ってそうじゃないの! 火傷が!」
「あぁ、大丈夫大丈夫。ほら」
手をぐっぱぐっぱ、開いて閉じて軽く跳躍する。それで体が全く問題なく動くことを証明する。無論、無理やり体を動かしているだけだ。呼吸するたびに激痛が走るし、
今にも倒れそうだ。だがまだ耐えられる範囲だ。男のやせ我慢のやり方はずっと昔、ラスティが父親に習った事の一つだった。だから見た目がどれだけボロボロでも、それを表情に出す事はない。
「大丈夫だろう?」
「見た目はどうあがいてもぼろぼろな筈なのに……」
エクシアが驚愕しながらも魔法で、ラスティの傷を回復する。ゆっくりとだが、焼けて爛れていた皮膚が回復するのが見える。
まだ地面にぺたん、と座り込んでいるシャルトルーズに笑いかける
「大丈夫かい? シャルトルーズ。封印のためとはいえ、かなり激しくしてしまったが」
「……状態を確認。世界の破壊衝動の霧散を確認。大丈夫です」
どことなく心ここにあらず、という様子のシャルトルーズに、デュナメスが笑いかける。
「本当に大丈夫か? シャルトルーズ。我らがボスの鉄人と違って、辛かったら辛い、痛かったら痛いって言って良いんだぜ?」
「私に対する遠慮捨てたな」
「信頼。これは信頼だよボス。シャルトルーズ?」
漸く俺の扱いを理解してきたデュナメスの言葉に軽口を返しながら、シャルトルーズの姿を見た。やはり、その少女の様子は何かを恐れているように見える。それを表情に出さない様に頑張っている物の、流石に何かショックを受けた後のようで、取り繕えていない。
「どうしたんだい? 浮かない顔を浮かべて」
「え……」
半分呆けていたようなリアクションを返し、シャルトルーズが反応する。
「あ、いえ、あ」
「シャルトルーズ?」
デュナメスが首を傾げ、心配する様にシャルトルーズの名前を呼ぶ。シャルトルーズの様子がおかしいのは確かだった。怯える様な目の動きは―――そう、悪いことをしてしまった子供の様に見えた。そして怒られることを恐れている、そういう表情だ。自分も経験があるし、見覚えがある。だがそれをこの少女は異様に恐れている様に見えた。家庭環境があまり良くないのだろうか?
そう思っている間に、
「ご、ごめんなさい……」
震える様な声で、シャルトルーズが口を開いた。そこに続けるように言葉を吐き出そうとして、肩を軽く叩く。
「大丈夫」
「否定」
「気にするな」
「否定」
「私は生きている。だから何も問題はない」
「否定……でも、私は、その」
「いいんだよ」
難しい言葉を口にした所で伝わるとは限らない。行動を示した所で納得される事の方が珍しい世の中だ。だったら解るように繰り返すしかない。
大丈夫だ、と。怒っても怖がってもない、と。そりゃあもちろん、痛いし泣きたい。
だけど、もう大人だ。自分のやった事の責任は自分で取る大人なのだ。
子供の間は失敗してもいい。その責任は大人が取るためにある。そしてそこから学んでくれればいいのだ。子供の間はそれが許されるのだ。だからちょっとした失敗や、その被害が自分に来た所で、それで怒るほど小さい男になったつもりはない。だから、
「私は、笑顔にするために戦っている。今回の件で、君が笑顔になってくれれば一番嬉しい」
体内の痛みは一切変わらない。
内臓が焼き千切れたような痛みがあるが、今は体内を魔力が巡っている。そう簡単には死なないだろう。なにせ、死ぬときはもっと違う。アレは痛いとか苦しいではなく、表現するなら虚無感という言葉が一番近い。
まぁ、それはどうでもいいのだ。問題なのはシャルトルーズが落ち着いてくれたかどうか、なのだ。見た感じ、まだちょっと怯えている部分があるが、少しずつ落ち着きを取り戻そうとしているのが見える。
「平気かい?」
シャルトルーズを見下ろしながら聞いてみれば、恥ずかしそうに頷きながら口を開いた。
「了承。お手数かけました……」
「さて、帰りましょうか――」
私達の、帰るべき居場所に。
シャルトルーズ奪還作戦から数日後。
ミッドガル中央区画――ミッドガル第一病棟、特別面会室にて。
その広くもなく、狭くもなく、しかし綺麗に清掃された一室にて顔を合わせる影があった。並ぶ人影は誰もがボロボロで、顔に湿布やらガーゼやらを貼り付け、痣やら切傷やらを体中に刻みつけている。
一人は車椅子に腰掛け、何処か困惑顔を浮かべる、如何にも重傷といった出で立ちのラスティ。
ゆったりとした患者衣にスリッパ姿、ぱっと見で分かる入院中と云った様子の格好は貫禄すら感じさせる。
彼の背後には介助役としてエクシアが同伴しており、彼女の手はラスティの車椅子、そのグリップが握られていた。
もう一人はネフェルト少佐、彼女もまた普段の世界封鎖機構の征服ではなくラスティと同じ患者衣、常は纏め上げていた髪を下ろし、腫れ上がった頬と塞がり掛けた瞼をそのままに佇んでいる。
そして最後の一人は――シャルトルーズだった。
彼女の顔面もまた、ラスティやネフェルト少佐と負けず劣らずな塩梅で、痛々しい青痣がそこら中に散見された。無論、彼女も患者衣を身に纏っている。
各々傷に塗れた姿でテーブルを囲う三人人、奇妙な沈黙が部屋の中に落ちる。そして、ラスティがネフェルト少佐に対して頭を下げた。
「ありがとうございます。ネフェルト少佐」
「どういうこと?」
「世界を守る世界封鎖機構として、ミッドガル帝国付近の遺物を回収して封印する任務を頑張ってくれた事です」
「それは……結果的には失敗だった。ロイヤルダークソサエティに情報は漏れ、魔導技術や遺物も多く奪われていた」
「感謝したいのは心の方ですよ。人のために自分を危険に晒して守るのは、善行です。人は醜い獣、だこらこそ善であろうとする振る舞いこそ尊いものです。だから、ありがとうございます」
「貴方の慈善活動組織アーキバスというのも危険でしょう。特にミッドガル帝国は腐敗している。賄賂に奴隷に汚職……ロイヤルダークソサエティの暗躍。そんな状態でダークレイスを保護して治療するするなんて命は惜しくないの?」
「善行をして死ぬなら本望ですよ。もちろん、死ぬつもりはないので全力で抵抗しますよ。そしてシャルトルーズ」
「はい。マスター・ラスティ」
「君には世界の破壊をやめてもらう。そして私に服従する。それが君を永久封印しない代わりに交わした世界封鎖機構のネフェルト少佐との約束だ」
「……承認。不服ですが、受け入れます」
「ありがとうございます。そして我々は、ミッドガル帝国の大臣として世界封鎖機構と協力関係を結ぶ。世界封鎖機構の要請があれば戦力を派遣する」
今回の件の纏め
【慈善活動組織アーキバス】
・メリット:シャルトルーズというオーバードウェポンを保有し、命令できる
・デメリット:世界封鎖機構へ慈善活動組織アーキバスの戦力を貸し出す。またシャルトルーズへの下克上を常に警戒する必要が残る。
【世界封鎖機構】
・メリット:慈善活動組織アーキバスに戦力を要請できる
・デメリット:シャルトルーズの完全封印を諦める
【シャルトルーズ】
・メリット:世界封鎖機構による完全封印されないので、将来的に世界を破滅させれる可能性が残る。
・デメリット:ラスティ・ヴェスパーが生存する限り、彼の命令に絶対服従。
「みんな不幸で、みんな利益がある。個人的には最高の未来だ。何せ、終わりではないからね。これからがある、というのは良いものだ」
その言葉に、エクシアは苦笑いを浮かべる。
「出会って間もないシャルトルーズや、対話をしないで抑圧する世界封鎖機構のネフェルト少佐の顔も立てるなんて、お人好しね」
「人がやり直す機会チャンスは私が作る――それが、高貴なる者の努めだからね」
「ノブリス・オブリージュね」
「それに、今回の事件にはそれぞれの勢力に良い部分と悪い部分がある。世界を守るためとはいえ話し合わず力で支配した世界封鎖機構、恵まれた土地と戦力と技術力があれど腐敗したミッドガル帝国、活動法人こそ立派だが立場が弱い慈善活動組織アーキバス」
それに付け加えたエクシアは付け加える。
「それに純粋に悪意を持って人を攻撃するロイヤルダークソサエティ」
「そう。最期を除けば、想いは善意や誰かのため、だ。だから、そういう人達に話し合い、お互いに落とし所を作れるのであれば協力できる可能性がある」
それはずっとラスティが抱えて来た想いだ。例えそれがどれだけ大きな誤解だったとしても、どれ程困難な事であったとしても。誰が相手でも、どんな存在であったとしても――本人が善を望むのならば、ラスティは何度だって協力する。
屈託なく笑って、何でもない事の様にそう告げるラスティにエクシアは口を噤む。
「………」
数秒視線を彷徨わせたネフェルト少佐は咳払いを挟むと、話題を変える。
「要塞都市リッチドラムについてだけれど、あの都市は閉鎖する事にしたわ、システムを取り戻したとは云え一度乗っ取られた以上どんな状態になっているか詳しく調査しなければならない、何らかの形で再利用するとしても時間が必要よ、ロイヤルダークソサエティにバックドア何て仕掛けられていたら目も当てられないもの」
「確かに。それが無難だろうね。こちらの技術研究部門のメンバーは必要かい?」
「お願いするわ。私一人だけでは少し時間がかかってしまうかもしれないから」
「了解した。それとシャルトルーズ」
「はい」
「君には対ロイヤルダークソサエティとの決戦戦力として、そして私の秘書として慈善活動組織アーキバスで働いてもらう」
「了承。完全封印をしないという契約が果たされる限り、貴方に従いますマスター・ラスティ」
「ありがとう。業務についてはエクシアに教わってほしい。エクシア、仕事が増えるが、大丈夫?」
「ええ、総合部門には優秀な子が多いから、私も手が空いているわ」
「よし、シャルトルーズはエクシアからの教えに従い、慈善活動組織アーキバスに貢献してほしい。期待している」
「その旨を了解します」
話し合いが終わって、それぞれの病室に戻る。エクシアは握り締めた車椅子を引いて、ネフェルト少佐とシャルトルーズを見送っていたラスティの身体をぐるりと方向転換させた。そして、彼に割り当てられた病室へと歩き始めた。
カラカラと、微かに音を鳴らすキャスター。静謐な病棟の廊下では、僅かな音でも耳に届く。
「私は、貴方の自己犠牲的な精神、嫌いだわ」
歩きながら、エクシアは呟いた。声には懇願する様な色があったように思う。その不安に塗れた瞳が、ラスティの包帯に包まれた四肢に向けられた。
「でも、それに救われた私が言うのもお門違いというか、棚に上げている自覚はあるの。でも、私は……今が幸せで……これ以上は要らない……だからこれ以上、失いたくない」
「わかった。気をつけよう」
「お願いね……ラスティ。貴方が死んだら、私は貴方を蘇らせるわ。それがどんな形になるとしても」
「君が幸せなら、それでも構わないさ」
ラスティは不敵に笑う。
やりたい事を見つけた。それを精一杯やる。それだけだ。