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作者: Ganndamu00
第14話:旧時代の王女③
 ミッドガル帝国良識派大臣ラスティの執務室。そこには廃墟の探索から帰って来たエクシアとデュナメス、ラスティ。そして────。

 

「────?」

 部屋の中央、クッションを抱きしめながら興味深そうに辺りを見渡す少女がいた。廃墟で見つけた機械仕掛けの少女。空を溶かしたような青の瞳には人間的な情緒はまだ少ないが、ゴーレム達よりも数段人間的だ。動きに不自然さが皆無で、滑らかに動く様は正に人間。ロストテクノロジーと呼ぶに相応しい、今のミッドガル帝国よりも数世紀先に進んだ科学技術の結晶だった。

「それで、これからどうするの?」
 
 件の少女。工場で眠っていた彼女をデュナメスは部室まで連れてきてしまったのだ。見つけただけならよかった。動いただけならよかった。だが、執務室に連れてきたのは失敗だろう。どうやったって責任なんて取れない。 

「し、仕方ない。そもそもあんな恐ろしいゴーレムたちがいる場所に置いていくわけに────」
「それは食べ物じゃないな。口寂しいなら飴でも食べるかい?」
「ああっ! ペッてして! ペッて!」

 ラスティの諭すような声音とエクシアの説得が効いたのかは不明だが、少女は口に含んでいた本を吐き出した。口内の温度で温められ、唾液と歯形が付着した本をげんなりとした顔で眺め、ぽいと放り投げる。

 ラスティは空いた少女の口に飴を差し出していたが、飴玉を掴んでいた指ごと食べられていて苦笑いを浮べていた。舌で指先を舐められたり、或いは噛まれたり。ラスティもまさか指まで口に含まれるとは思っていなかったが、当初の目的である少女の興味を引く事には成功しているため、暫くこのままでいいだろうと判断した。

 そして、少女達もラスティが気を引いている内に今後の方針を固めようとひそひそ話を再開する。 

「……やっぱり、放っておくわけにはいかない」
「それはそうだけど……今からでも、世界封鎖機構か、帝国の国家安全保障委員会に連絡した方が良くないかしら?」
「……それはまだ。私たちのやるべきことが終わった後だ」
「やるべきこと?」

 そう言って、デュナメスは少女の方へ向かう。その気配を感じ取ったのか、少女はラスティの指先から口を離し……緑色の少女を見る。青色の、透き通った瞳。穢れを一切知らぬ無垢に射貫かれた彼女は一瞬だけたじろいで……それから、気を取り直して。

「さて、とりあえず名前は必要だよね。『シャルトルーズ』って呼ぼうかな」
「……本機の名称、『シャルトルーズ』。確認をお願いします」
「どう、シャルトルーズ? 気に入った?」

 デュナメスは自信満々な表情で少女を見る。
 ────罪も穢れも知らない、何色にも染まる純白。純真無垢を体現したそのキャンバスに描く最初の一筆は、大切な名前を決めるために。 

「……肯定。本機、シャルトルーズ」
「お、見たか私のネーミングセンス!」
「うーん……まぁ、本人が気に入ってるならいいのかしら」


 何処か釈然としないながらも、本人が良いなら良いか、と流す事を選んだエクシア。
 
「さあ、それじゃ次のステップに行ってみよっか」
「デュナメス、いったい何を考えてるの……? 子猫を捨ってきたとか、そういうレベルじゃないのよ!?」
「エクシアの方こそ、よく考えてみろ。そもそも私たちが危険を冒してまで、廃墟まで行った理由は何だったっけ?」
「世界封鎖機構で封印されていた存在を確認するため」
「そう、今一番大事な問題はそれだ」

 あの探索は、廃墟で封印されていた存在の確認、確保、そして別勢力に奪われないようにするのが目的だ。
 ラスティは言う。

「シャルトルーズはあの廃墟で見つけたもの。彼女こそ世界封鎖機構が私達から隔離しようとしていた存在ということか」
「正解。流石はボス」


 シャルトルーズを部室に連れてきてから30分が経ち、今後の方針がある程度固まった頃。4人を眺めながら、エクシアは改めて「うーん」と声を呻らせた。


「やっぱり心配……この子をミッドガル帝国の正式な部下にするなんて……本当に大丈夫?」
「『大丈夫』の意味を確認……『状態が悪くなく問題が発生していない状況』のことと推定、肯定します」
「いやいや、肯定できないって! この口調じゃ絶対疑われるわ! やめておこう!? これは無理だって!」

 エクシアの疑念が確信に変わるまでの時間は10秒も無かった。最初から問題じゃない箇所の方が多い位であったが、新しく口調という問題点が追加されてしまったのだ。出来立てのAIのような、ライブラリのワードをそのまま引用した言葉。誰だって怪しいと疑うだろう。少なくともエクシアはこの口調のシャルトルーズを新規の部下と言い張った所で、国が『はい、そうですか』と認めてくれる未来は見えなかった。
 ラスティは言う。

「慈善活動組織アーキバスに入れさせた方が都合が良いことはわかる。しかしあれは慈善活動組織という体裁を取った私兵だ。ミッドガル帝国には軍がある。私兵は許されていない。そこでどんな行動をするかわからない彼女が庇護下にいる慈善活動組織アーキバスにいるのはリスクが高い」
「確かにそう、ですね……」
「服装もある程度整ったし、あとは武器と……国民登録をして、国民証を手に入れないと」


 制服はスペアを使って何とかなった。私服や下着は後々増やしていけばいいだろう。あとは生活するための部屋も必要だが……これは暫く執務室を使えばいい。勿論、ゆくゆくは考えなければならない事であるが、今は後回し。

 最優先は彼女を帝国の人間にする事。恐らく彼女は国籍も何も持っていないだろう。帝国自治を謳うこの場所でそれは致命的だ。故に、何としても帝国に在籍する事を証明する国民証を発行しなければならない。


「国民証については、私と……」


 デュナメスは邪魔にならないように部屋の隅で座っているラスティの方を見ると、デュナメスの意図を察した彼は立ち上がった。

「私とラスティ様の方で何とかするから、エクシアはシャルトルーズに話し方を教えてあげて」
「は、話し方?」
「今のままだとシャルトルーズが言った通り、疑われちゃうかもしれないから。唯でさえ良識派は厳しい立場になってるし……もし、何かの拍子に『本当に帝国国民なのか』って聞かれたとして『肯定、あなたの質問に対し、シャルトルーズの回答を提示。私は帝国国民』……なんて言っちゃった暁には、全部台無しになりかねないぜ?」
「いや、それはそうだけど……」

 微妙に似ているようで似ていない、30%くらいのシャルトルーズを再現したデュナメス。溌剌とした彼女には機械的な、平坦な口調は難しかったのだろう。彼女自身、『あんまり似てなかった……』と内心思っている。

 先程の発言を鑑みるに普通に言いそうだった。というか、絶対に言う。確かにこの口調で帝国家安全保障委員会のメンバー前に立ったらラスティや慈善活動組織アーキバスは少女誘拐を真っ先に疑われるだろう。そして、それが事実だと発覚したらどころの話ではなくなってしまう。確実に処刑になるはずだ。腐敗派の国民を使った非人道的な遊びで連日報道されていたことは記憶に新しい。シャルトルーズをここに連れてきた時点でもう逃げ道は失われてしまったのだ。

「仕方ない。やってみるわ」

 エクシアから了承の言葉を引き出すや否や、先生を連れて部室を飛び出したデュナメス。引き止める言葉と手は何もない空中を切った。置いてきぼりにされた彼女は本日何度目かの溜息を吐いて、青い瞳で見つめるシャルトルーズを視界に収めた。


「……?」

 ────綺麗だ。改めて見ても、そう思う。完成された芸術品のような無駄を削ぎ落したような美そのもの。同性であるからこそ、その美しさを否が応でも知覚してしまう。

 彼女が作り出した雰囲気に吞まれないように、エクシアは頬を掻きながら口を開く。


「え、えっと……シャルトルーズ、ちゃん?」
「肯定。本機の名称、シャルトルーズです」
「うん、じゃあシャルトルーズちゃんって呼ぶわね。それにしても話し方かあ……よく考えると、どうやって習得するのかしら。普通は動画を見たり、周りの言葉を真似していくうちに自然に、って感じだと思うけど」

 うーん、と声を呻らせながら悩むエクシア。通常、話し方の習得と言語の習得はワンセットだ。だが、彼女は違う。話し方がまるで辞書を引いているようなものなのだ。根本的な意思疎通に問題は無い事が問題点。無機質な口調から情緒のあるものへと何とか変えたいのだが如何せん、その方法が思い当たらない。

「────?」

 そんなエクシアを尻目にシャルトルーズは執務室の探索を始める。物珍しいのだろう。あの時、目覚めるまで彼女はずっとあそこで眠っていたのだろうから。初めての目覚め、初めての外界。興味を惹かれない方が不思議だ。彼女の眼にはきっと全てが新鮮に映っているだろう。彼女は知的好奇心の赴くままきょろきょろと周囲を見渡し……その瞳が、あるものを捉えた。

「正体不明の物を発見、確認を行います」
「あっ、そ、それは……っ!?」

 そこにはラスティが開発させていた魔力で稼働する仮想バトルシュミーレターがあった。

 
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