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作者: 神無城 衛
*4*
グリニッジ標準時16時

 要塞に“ニガヨモギ”が着撃して1時間後、さっきまでの星の瞬きのように散らばっていた艦砲射撃が嘘のように静まり返った宙域で要塞の残骸が散っていったのを見計らってギルド艦隊は救援活動を開始した。
反乱軍の艦隊はすべてがギルド艦隊との戦闘で機能停止し、元々の装甲によって要塞の破片を受け止めてなお船員は無事だったものの、ヨトゥンヘイム防衛艦隊は航行不能になったためクルーは船を降りギルド軍に投降する判断をした。
機能を失った要塞に艦隊を寄せたアンダーソン艦隊は揚陸艦を使って内部に進入し、戦闘員の制圧と同時に司令部を押さえたが、要塞内は違法薬物や抗ストレス剤などを乱用した兵員があふれ、話に聞いたハチカンのような地獄の様相だったと、進入した陸戦隊の指揮官は報告した。
要塞内は多くの人員を抱えていた割にほとんど抵抗はなく、むしろ助かったと安心して自分と部下の助命を乞う部隊長までいたという。
戦死者は主になだれ込んだ傭兵団で、ニガヨモギの着撃によって艦ごとひしゃげて生存者が一人もおらず、わずかに残された遺留品を回収するのがやっとという艦が少なくなかった。それらの艦はそのまま安全な宙域までけん引し、詳細を調べて残りの遺留品を回収し、いるのかは分からないが遺族を調べて届けることとなった。

セシリアも数人のクルーとともに捜索活動に従事したが、この惨状はあまりにも凄惨で、士官学校入学当時から覚悟はしていたとは言え、目を逸らしたくなるほどだった。
『艦長、宇宙には幽霊とか救ってくれる神とかっているんですかね…』
 捜索部隊の一人、ナイアガラ号乗船二年目の新人である移乗戦闘部隊隊員のヴェチカソフが尋ねてきた。
『そうね、私もこれまで幽霊は見たことはないし、カミサマも見たことはないわ。ただ、彼らにも何かしらの理由があってここで戦い、そして死んだ。そんな彼らが祈り、死後魂を導いてくれる信仰があったかは分からないけれど、私たちは武器を交えたこの人たちに対して最大限の敬意を以て故郷に還す。それがこの戦いに勝った私たちの義務よ』
 セシリアに限らず、宇宙に出る者は基本的に無神論者が多い。戦死して遺体が残っていれば宇宙葬にして広大な宇宙をさまよい、どこかの恒星に行きつけば体は元素に還元され、心は関わった人たちの中に生きる。船とともに沈めばそのまま一緒に乗っていたクルーともに船が棺桶になり、誰にも拾われなければ恒星に焼かれて元素に還るか、どこかの星の上に墓標となる。
 戦争ともなれば弔花も自分の死に涙を流す者もいない。どことも知れない戦線で死んだことがそれを見届けた他の人間によって家族に伝えられる。
 そういう世界にあって一応の敬意を以て遺留品を回収され、遺族の元へ帰れるのだからこの戦闘の戦死者にとっては不幸中の幸いかもしれない。

 6時間かけて念入りに要塞を調べたアンダーソン元帥率いるギルド艦隊は宙域からすべての人員を収容して戦場を後にした。
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