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作者: 神無城 衛
*ウェバー博士の場合*
アダルヘイムを見限ったウェバーは、自分の理論が正しいことを実験で証明したいと思っていた。広大な領域のある木星衛星群自治区はそういう研究にはうってつけの場所だった。CEOの一件でアダルヘイムが安心して研究に取り組める土壌で無くなりさえしなければ実験までこぎつけたかった。ウェバーにとってその点だけが心残りだった。
研究の経過をレポートにまとめていると部屋のドアが開いた。出入り口に目をやると子供たちがいた。
「ご、ごめんなさい」
子供たちは慌てて去っていった。どうやらこの船にはもともと客室のような部屋はないらしく、居住区画の個室には同じドアが並んでいて、ちょうどルイーサの部屋が近くにあったことから間違えたのだろう。
ウェバー自身は人と、特に子供たちとあまり関わらないようにしている。理由は自分の研究の邪魔をされたくないことと、自分の発明品は必ず人を不幸にすることから、人に情が移らないように必要以上に人と関わらないことに決めているためだ。
「時間か…」
 PCのモニターに視線を戻すと作業開始から3時間経っていて、起きてからずっと打ち込んでいたのでそろそろ食事をしようと思いたった。
 
 食堂に行くと船長がアイスココアを飲んでいた。休憩しているのだろう、特に用もないので挨拶だけしてそれ以上話しかけなかった。
 カウンターに行くとユカが食器を片付けていたので、食事の提供は終わったのだと思われる。船に乗るのは慣れているが、旧CEO時代は護衛付きの客船で移動していたので軍用船での勝手がよくわからない。
 少し困ってカウンターの前で立ちすくんでいるとユカが先に気がついてくれて声をかけてきた。
「どうしましたか?お茶ですか?食事ですか?」
「食事を、できれば作業しながら食べられるものはありませんか?」
「軽食なら塩おにぎりと卵のサンドがあります、飲み物はアイスの緑茶とコーヒー、それからココアがあります、どうしますか?」
「オニギリですか、食べたことがないのでそれを、飲み物はそれに合うものをお願いします」
「分かりました!そしたらおにぎりと緑茶をどうぞ」
ユカがカウンターから料理を載せたトレイを差し出すと、ウェバーはトレイを受け取った。炊いた米飯をこぶし大の三角形に固めた極東のベントーと呼ばれる携行食の定番料理だと聞いていたが、現物を見るのも食べるのも初めてだ。
二つのオニギリの載った皿の片隅には黒い細切れの何かが載っている。
「この黒いのは何ですか?」
「それは昆布の茎の佃煮よ」
「ツクダニ?コンブ?」
「地球産の海藻、日本とヤマト国で食べられている昆布という海藻を甘く柔らかくなるまで煮たおかずです。他には梅干しやたくあんもあるけれど、和食が初めてならこれがいいかなぁって、それに甘いのは頭を使うにはちょうどいいかと思って…」
「なるほど…、ありがとうございます。それでは部屋に戻っていただくとします」
トレイを持って部屋に戻ると、先ずはひと口おにぎりを食べた。米の甘みと塩の塩梅がちょうどいい、この食べ物もヤマト国で食べられると聞いているので今度から朝食はこれにしよう。
次にコンブのツクダニを口に含む、コンブの柔らかい食感としっかりとしみた甘みとうま味が米飯を引き立てるようだ。
 米飯と昆布をかみしめながら画面に向かっていてふと思いついた。構造は船のアルクビエレドライブの応用なのだから、運用は最低でも駆逐艦サイズのミサイルに封入しなければならないこと、使用に際しては多大な電力を消費することを特記した。
「あと他に気にかけなければならないことはありましたかね…」
持ち出したところから書き進めてだいぶ完成が見えてきたレポートの全体をスクロールしつつ確認しながら残りのおにぎりを頬張った。
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