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作者: 神無城 衛
*ヤマモト機関長の場合*
機関部は常に誰かがついていなければならない。エンジンを稼働させるほかにライフラインの管理、緊急時以外の装置の修繕しゅうぜんをするのもこの船では機関部が担っている。機関員は交代制で24時間働いていて、船が港に着いたときに一斉に休みを取る。港でのメンテナンスの際には機関長が残るが、一日もすれば完了するので、終わってから3日くらいは自由時間である。
 機関長であり船内のまとめ役でもあるヤマモトは他のクルーとの交流も大事にしていて、本人は煙草を口にしないが、休憩時間に他部門との交流のために喫煙所に行くことを習慣にしている。この交流はヤマモトの趣味と仕事を兼ねるもので、機関部で面倒を見ているライフラインや空調などの設備が順調に動いているのかどうかを確認する意味もある。
 喫煙所はアクリル張りの壁になっていて時々大掃除をしているがどうしても黄ばんでしまう。それでもある程度の透明度はあるので今何人入っているのかが分かるようになっている。今日は観測員のクルーと、彼の飲み仲間の機体整備員のクルーが煙草を吸っている。そこに交じってセシリアがいる。セシリアがいる理由は大体想像がつく、若い頃の親父に似て真面目だから煙草を吸いに来たわけではなく、恐らくクルーについて気にかけてのことだろう。
 そもそもこの船のあり方自体がちょっと複雑だ。装甲巡洋艦を改造して運送業をメインにやっているが、ギルドに認可された戦闘許可証持ちの軍船で、海賊狩り程度の戦闘はたまに請け負ったりする。セシリアも幼い頃からこの船で育っているからそのことは承知の上で、だからこそ船長にふさわしくあろうとして難関の士官学校に自ら進んで入学したとも聞いている。
 だが、どうやら今はそのことが素直なセシリアを邪魔しているらしい。直接会話を聞いたわけではないが、ちょうどセシリアの顔が見える位置なので唇の動きでセシリアが何を言っているのかはわかる。話している相手は観測員のウィリアムで彼は非番に食堂で飲んだ時にセシリアと自分の妹が重なると言っていた。
 セシリアとの会話が終わるとウィリアムたちが喫煙所から出てきた。一同少し渋い顔でヤマモトとすれ違った。
 ウィリアムたちの顔を見れば大体わかる。まだ酒も飲めない歳の彼女は父の背中を見て育ち、士官学校では上位の成績で卒業したとはいえ初めてのことばかりで緊張に押しつぶされそうなのだろう。
 そう思う根拠は、セシリアの父ブレンダンがセシリアの祖父ダグラスから船を継いだ時もそうだったからだ。あの時は右も左もわからない俺と一緒に苦心しながら商売を切り盛りしたものだ。

喫煙所でセシリアを諭すと、セシリアがうつむいてしまったので喫煙所を出た。いま彼女に必要なのは俺の言葉じゃない、食堂に行くように促したのでユカがケアしてくれるだろう。
情けないことに、男所帯で育った俺にはこういう時どんな言葉をかければいいのか分からない。デリカシーや気遣いが足りないとルナユカに怒られるほどだ。けれどセシリアは未成年だが子供じゃない、泣きそうなのをこらえていたのも多分俺に見られたくないからだろう。その気持ちを汲んで今はそっとしておくのが良さそうだし、それで分からないほど頑なな子ではない。
今俺が考えなきゃならないことは戻って機関部の調子を見ることだ。万が一にもライフラインに支障をきたせば今度は船長だけじゃなく、艦内の全員のことを心配しなければならない。

機関部に戻ると機関員のソコロフが心配そうに声をかけてきた。彼は機関員の中でも特に機関部の機微に気がつくやつで、その目耳で機関部だけでなくクルーのことも敏感に感じ取ることから俺が何かあったことにも気がついたのだろう。大丈夫だと返事をして仕事に戻る。
今日もエンジンは好調でいつものように心地よい響きで歌っている。
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