3-6
勢いが弱まった槍の穂先はそのまま突っ込むことを断念して、標的を敵右陣へと変更した。
「さすがはザンガリオス鉄血騎士団、そう易々とはやらせてくれんな、ならば裏切り者どもの度肝を抜いてくれよう」
右方へと馬首を巡らせると、ターキーは再び敵陣目がけて突っ込んで行く。
当初は混乱していた敵方も、ここに来てやっと落ち着きを見せ始めていた。
それでもまるで先の尖った一匹の生き物のように、一塊となって動くリッパ―騎士団の勢いと速さに対応するのは難しい。
リッパ―騎士団は、そうはさせじと立ち塞がる相手を、歩兵だろうと騎兵だろうと軽々と突き伏せて行く。
中でも副将のオギィロスの闘いぶりは凄まじく、彼の駈け抜けた後には血飛沫を上げた敵兵の屍の山ができるほどである。
彼の操る天下に聞こえる豪槍〝ロッドゲヌス〟の行くところ、死屍累々と敵兵の亡骸が積み重なって行く。
右陣で最初に彼に当たった寝返り組の一つ、ケンビロウス伯爵麾下の豪傑エミューダ騎士長は、すれ違いざまにロッドゲヌスに胴を貫かれ、そのまま右腕一本で高々と宙に掲げらてれぴくぴくと身体を震わせながら絶命した。
「ケンビロウス騎士団騎士長、エミューダ将軍討取ったりいーっ」
オギィロスが、戦場に轟けとばかりに野太い声を張り上げる。
「伝令―っ、まともに相手をするな。相手はただ駈けて行くだけだ、その道筋からは兵を引きそのまま走らせておけばいい。そうしておいて後ろから数に任せて覆い包んでしまえ。たかだか三千にも満たぬ小勢だ、両側から挟み撃ちにして全滅させてしまうのだ」
参謀であるヴィンロッド伯爵麾下の伝令部隊が、自軍中に命令をふれ回る。
それを聞いた敵側は、リッパ―騎士団が突っ込んでくると見るや、兵を左右に引き交戦しようとしない。
まるで湖の水が左右に割れるように人がいなくなり、ただ騎士たちが誰もいない草地を駈けて行く。
先頭が駆け抜け、続く長い槍の柄の部分が敵陣半ばまで進んだ時点で押し包むように両側から攻撃を掛けて来る。
一度引いた波が再び元に戻るように、リッパ―騎士団に迫ってくる。
その時先陣を補佐するために待機していた後詰の神狼傭兵騎士団が、その名の通りにまるで狼の群れのように敵陣へ襲い掛かって来た。
「行くぞ野郎ども、たかが傭兵と侮られるんじゃねえぞ。狼こそ草原の王者だ、俺たちの真の力を見せてやれ」
騎士団一方の指揮官オウガが、餓狼のような精悍な容貌に狂暴な笑みを浮かべて、先頭を駈けて行く。
子飼いの傭兵団百騎ほどが後に続く。
「オウガさんに遅れるな続くぞ、俺たちにだって忠心はある。素っ気ない言葉遣いだが真の心はお優しいご領主さまに、金の分はお返しするんだ。今回貰ってる金貨は命の何倍もの額だ、俺たちの命は騎士団のもの、今日が命日と覚悟しろ。逃げ出すやつは俺がぶっ殺すから覚悟しておけ」
オウガの腹心ぺレウスが、いかにも危ない顔つきで頭だった傭兵たちを睨みまわす。
「逃げたりしねえよ、敵兵よりぺレウスあんたの方が怖ぇからよ」
大柄なシュピーレが笑う。
「突っ込め野郎ども!」
ぺレウスがオウガに続いて馬首を巡らす。
もう一軍を統括するバルクはゆったりと構えている。
「今日の戦で勝てば、俺からオルベイラ卿に掛け合って更なる報奨金を出してやる、てめえら命を懸けて働けよ。俺が必ず報いてやる、襲い掛かれ、猛り狂え、喰い散らしてやれ狼ども」
「兄貴っ、奔るのは俺に任せろ。あんたは全体を見据えてどっしりと構えてくれ」
「頼むぞドルジェ! 俺たち傭兵の見せ場だ、ど派手に突っ込め」
「まあ見ててくれ、がっつりと行ってくるよ兄貴。あんたの傭兵最後の戦だ下手は打たせねえ、きっちりと勝たせてやる」
バルクの昔からの相棒、傭兵騎士団副官のドルジェが、周りに見せつけるように拳を天に突き上げ馬を奔らせる。
一気に尖槍陣を壊滅させるべく追撃態勢に移った所に、オウガの率いる傭兵騎士団に喰らいつかれた敵右陣は再び混乱に陥った。
攻勢に出ようとした瞬間を逆に衝かれると、その被害はなん倍にもなる。
オウガの援護を得て、尖槍陣は無傷で敵陣を走り抜けていた。
援護が遅れていれば、小勢のリッパ―騎士団は壊滅していたかもしれない。
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