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作者: 甲斐てつろう
#2
『ヒーローに、ならなきゃ。』
一人倒れた木に腰掛けながら瀬川たちを眺めているとそこに姉である美宇がやってきて注意した。

「ちょっと、何も手伝ってないじゃん」

ボーッと座っている所を見られていたようだ。

「だって俺にやれる事なんてないじゃん、釣りは瀬川が上手くやってるし火の準備はみう姉達がやってる」

少し卑屈になり反抗するが。

「だからって何もしないのは違うでしょ?"何か手伝う事ない?"って聞いてせめて誠意を見せなきゃ」

正論を返されてしまい何も言えない。
何か出来そうな事がないかと辺りを見渡しているとある光景が目に入る。

「ふんふ~ん」

一人、快と同じように倒木に腰掛け手伝わずに絵を描いている少年がいるのだ。

「あの子は?あの子も手伝ってない」

少しズルいと感じてしまい姉に問う。

「良ちゃんね、あの子は障害が重いから……」

そう答えられ更に姉への不信感が強まる。

「俺だって障害者なのに何で俺にだけ厳しくするの……?」

我慢が出来なくなり弱々しく聞いてしまう。

「だって……」

それに対して美宇は答える。

「私はあんたの保護者だから」

そう言って続けた。

「このセンターはみんなの居場所になってあげる所だけど厳しく躾はしない、それは保護者の役目だもん。私はここの手伝い以外にあんたの保護者だから」

真剣な目をして快に想いを伝える。

「あんたには普通になって欲しいんだ、だからどうしても厳しく当たっちゃう事もあるけどね……」

そこまで聞いた快は静かに去ろうとした。

「……手伝える事、探して来るよ」

美宇の言葉への返事はしない。
何と返せばいいか分からなかったのだ。
去っていく快の背中を見つめる美宇は小さく呟いた。

「何で伝わらないかなぁ……」

苦しそうに頭を抱えるのだった。





"手伝える事を探す"と言ったが実際はただ美宇や瀬川から遠ざかりたいだけで距離を開けたのだ。
そのついでに気になったので良ちゃんとやらの絵を覗き込んでみる。

「ん、これは誰……?」

クレヨンで描かれた子供のような絵には何か人のようなものが立っている、釣りをしているようだが。

「瀬川こーちゃん!!」

嬉しそうに良は答えた。
どうやらこの絵は釣りで活躍している瀬川を描いたものらしい。

「そっか、ヒーローみたいに描かれてるね」

また少し卑屈になりネガティブを込めた発言をしてしまうが良は納得がいったようで。

「ヒーロー、瀬川こーちゃんヒーロー!!」

とても嬉しそうに座りながらはしゃぐ良に快は少し聞いてみる事にした。

「なぁ、俺はどう……?」

瀬川がヒーローとして認められている事が悔しくて自分はどうかと聞いてしまう。

「んー、誰ぇ?」

しかし良はその純粋さで正直に答えてしまう。
どうやら快の事は認識していなかったようだ。

「……俺だってヒーローになりたいんだよ」

静かにそう言って良の方を見るが彼はもう既に絵の続きを描くのに夢中だった。

「ふんふ~ん」

鼻歌を歌いながら瀬川を描き続ける良を見て更に瀬川が羨ましくなってしまった。





快が良の所へ行っていた間、美宇の所に瀬川がやって来た。

「みう姉、結構釣れたよ」

小学校の頃から快と付き合いがあるため瀬川もこの呼び方をしており距離は近い。

「おぉ本当だ、じゃあ捌いてもらおっか」

釣り堀の職員に釣った魚を捌いてもらった。
そして塩焼きや刺身の準備をしていると瀬川が美宇に尋ねる。

「そいえば快と何話してたの?」

どうやら快と先程のやり取りをしている所を見ていたらしい。

「いやぁ、また卑屈になっててね……」

心配するような声色で語り出す。

「最近様子おかしいのよ、やっぱ罪獣騒ぎを二回も目の当たりにしてるからかな……?」

美宇は快のゼノメサイア関連の事情を知らない。
そのため偶然出会したと思っている。

「きっと"ヒーローになれなかった"って思ってるのよ。まだそんなこと考えて、勝手に背追い込む必要ないのに……」

そのような言い方をする美宇に瀬川は言った。

「でもヒーローって快の夢なんだよ」

しかし美宇も反論をぶつけた。

「限度があるでしょ?あんなデカい化け物と張り合うとか現実味が無さすぎる、それでいちいち落ち込んでたらこっちまで疲れるのよ……」

それには流石に瀬川も納得せざるを得なかった。

「確かにそれはなぁ……」

そこで瀬川は宗教家の父親に言われた事を思い出す。

「親父からも言われました、一人に出来る事には限度があるって」

「うん」

「でもそれで夢を諦めるなんて勿体ない、だから俺はアイツの手助けがしたい」

「手助け……?」

「一人じゃ限界があるならその分を他人がカバーしてやれば良い。アイツが出来ない所を俺がって感じで」

そこまで言ってくれる瀬川に美宇は少し関心した。

「何でそこまで快のために考えてくれるの?」

それに対して瀬川は。

「……たった一人の親友だからってのはあるけど一番は親に反抗したいからかな?」

「どういう事?」

「親父が"神の言葉だ"っつって強要する事が嘘だって証明したい、だから快の夢を叶えてやる事でそれが出来ると思ったんだ」

その言葉に美宇は疑問を抱く。

「自分の夢を叶えるじゃダメなの?」

瀬川は残念そうな笑みを浮かべて答えた。

「俺はずっと親父に"神のためになる事をしろ、それがお前のすべき事だ"って言われて来た。それが嫌で否定する事ばっか考えてたからもうそれが夢みたいなもんだよ……」

それこそが瀬川の夢の起源らしい。

「きっと親父の言う事が正しいなら快はヒーローになるべき人じゃないのかも知れない、でも俺はそれを否定したい。……自分のエゴに利用してるようなもんだな」

「そっか……」

美宇は少し難しそうな顔を返すとそのタイミングで向こうから声が聞こえる。

「おいやめろ!!」

聞こえたその声はどう考えても快のものだった。





美宇と瀬川は慌てて駆け付ける。
すると何やら快が他の参加者と揉めているようだった。
相手は障害とは別の問題でここに来ている若者。
彼の攻撃対象は良のようだが快がそれを庇う形で間に入っている。

「どけろよ、コイツにも手伝わせねーと!」

「コイツは良いんだって……!」

快はヒーローになるのを見せつけるように良の前に立つ。
先程の美宇の良が手伝わない理由を述べようとするが上手く言葉が出てこない。

「何で特別扱いなんだよ?障害を言い訳にするなって、不平等だろ!!」

あくまでこの若者も不満から正論を言っているつもりなのだろう。
そんな彼にも理解させようと快は必死になるが。

「っ……!!」

そして若者はとうとう快を退かし良の前に立つ。
良の手に持たれている絵を描いていたスケッチブックを取り上げた。

「絵ばっか描いてないで少しは手伝え!」

すると良は反抗してスケッチブックを奪い返そうと若者に飛び掛かった。

「うぅっ!!」

「おわっ」

二人は取っ組み合いになりその勢いで最悪の結果がもたらされた。

「あ」

思わず若者はスケッチブックを手放してしまう。
スケッチブックは宙を舞いあさっての方向へ飛んでいった。
そして。

「あぁ~~っ!!!」

釣り堀の池の中にボチャンと音を立てて落ちてしまった。
良は嘆きの声を上げる。

「うぅっ!」

そしてそのままの勢いでスケッチブックを取り戻そうと池に飛び込んだのだ。

「なっ⁈」

驚愕する周囲の人々。
あまりの衝撃に騒動に気付いていなかった者たちも気付きほぼ全員が注目していた。

「うがっ、あばぁっ……」

もがくが上手く泳げない良。
今にも溺れそうになってしまっている。
それを見ていた快は。

「俺は……ヒーローにっ!!」

覚悟を決めて池に飛び込む。

「ちょっと快っ⁈」

美宇は更に驚いた顔を見せた。

「ぼぼ、うぶ……っ」

飛び込んだはいいものの快自身泳ぎは得意ではない。
ぎこちない動きでじたばたしながら良の所へ向かう。

「届けぇぇーーーっ!!!」

必死に手を伸ばすがあと一歩良の手には届かなかった。

「あっ……」

しかしそのまま流されていった良は運良く岸辺にぶつかり救助された。

「大丈夫か⁈」

「はぁ、はぁ……」

そして快も同様に救出されたのだった。

「うぅっ……」

ずぶ濡れの状態で地面にへたり込む。

「(無駄だった、何も意味がなかった……)」

結局自分が飛び込まなくても良は救出されていた。
むしろ自分が飛び込んだ事によって余計な手間を掛けさせてしまったのだ。
その事実にショックを受ける。

「あぁっ、スケッチブックー!」

良のスケッチブックはそのまま小さな溝に落ちて川の所まで流されてしまった。
もう一度飛び込もうとする良を大人たちが必死に止めている。
自分は良の心も救えなかったのだ。

「大丈夫……?」

心配そうに美宇が近寄って来た。
そして快の顔を覗き込んで言う。

「お願いだからこれ以上心配かけないで。無理な事はしないで、お願い」

今彼女は"無理な事"だと言った。
その言葉に快の胸は更に傷つく。

「無理だなんて思いたくないよ……」

そのまま更に縮こまって卑屈になってしまう快であった。
そんな快を瀬川は悲しそうに見つめる。

「っ……」

ひたすら重苦しい空気がその場には漂っていた。





つづく
つづきます
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