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作者: 甲斐てつろう
#1
『ヒーローに、ならなきゃ。』
とある建物の中、姉弟は"大きな荷物"を抱えて歩いていた。

「襟曲がってる!」

「良いって……」

自動ドアの前で姉である美宇は弟の快の襟を直していた。
快は嫌がりながらも受け入れている。
そして自動ドアが開くとそこには受付らしきお姉さんがいた。

「おはよう御座います、今日はよろしくお願いします!」

お姉さんは快に挨拶した後、美宇に頭を下げた。

「いえいえ、勉強の一環ですし」

そう言って持ってきた荷物を預けると施設の奥に入っていった。

「こんにちは~」

快を差し置いて元気に挨拶する美宇。
奥の部屋には快と同年代の少年少女が数名待機していた。

「あ、みう姉さん!」

「着いてくるんですか?」

少年少女たちは美宇の周りに集まり楽しそうにしている。

「もちろん、楽しそうだしね!」

明るく彼らに振る舞っている姉を見て快は何を思ったのだろう。

「はぁ……」

複雑そうな表情を浮かべながら席に座った。
するとそこで声を掛けられる。

「よぉ、来たな?」

それは瀬川だった。
彼もここに来ていたのである。

「うん、ちょっと準備に時間かかって遅くなったけど」

「ギリギリセーフだから大丈夫だろ!」

時間は間に合っていると言い背中を叩く。
するとそこへ職員がやって来て全員に言った。

「皆んな揃ったのでそろそろ行きまーす!」

その掛け声で瀬川は気合を入れるような素振りを見せる。

「よっしゃ!釣り堀バーベキューだ!!」

これから彼らはこのメンバーで釣り堀を借りてバーベキューをしに行く。
何の集まりか、それはこの施設の看板を見ればすぐにわかる。

ここの看板には"若者支援センター"と書いてあった。
障害やネグレクトなどで上手く生活できない若者を支援し居場所になってあげる施設である。







『XenoMessiaN-ゼノメサイアN-』
第3界 フタリカラ







釣り堀までの移動は中型バスで行く。
その道中、快はバスの席でスマホを見ていた。
画面には愛里とのLINEのトーク画面が写されている。

『愛犬のロンとお散歩いってきたよー!』

写真が添付されてメッセージが届く。
私服姿の愛里と大きなシベリアンハスキーが写っていた。

『もう老犬だけどまだまだお散歩大好きだよ!』

そんなメッセージを見て快も自分の現状を伝えたくなった。

「"今釣り堀に向かってます"……っと」

そう返事をするとすぐに返って来た。

『家族で?』

正直に言うなら家族とではない。
しかし快は何故かここから返事をするのを躊躇ってしまう。

「っ……」

その様子に瀬川が気付いた。

「お、なんか最近仲良いみたいだな」

快から愛里の話は聞いていたためどんなものかとトーク画面を覗き込む。
するとそこにはこう書かれていた。

『うん、家族で』

快はわざわざ愛里に嘘を吐いていたのだ。

「家族でじゃねーだろ、みう姉はいるけどさ」

それに対し快はこう答える。

「じゃあここの事どう説明する?どんな人達が集まる所なのか……」

「あ……」

「もしそれで障害者だって知られたら?一気に嫌われるかも、最低でも距離開けられちゃうと思う……」

それが快にとっては心配なのだ。
せっかくヒーローという話題で距離が縮まったと言うのに。
瀬川はなんとか空気を明るくするために言う。

「で、でも与方さんってそんな薄情な人に見えるか?ってか俺はお前の事情知ってるけど距離開けてないぜ?」

しかし快にとっては慰めにもならなかった。

「それはお前も同じだからだろ……」

瀬川も同じ発達障害者なのだ。

「あぁ、確かに俺もグレーゾーンだけどADHD持ってるし親とも問題あったりするから理解できるってのはあるな……」

少し反省してしまう。

「でもお前と仲良くしたいと思ったのはそこだけじゃないぜ?じゃなきゃ長く友達続けてねーよ」

「どういう意味だよ?」

「お前にはちゃんと良いとこもあるって事。与方さんもそこに気付いてるんだと思うぜ?」

そう言われて先日の中庭での愛里とのやり取りを思い出す。

『じゃあ応援しなきゃね!』

もう一つのグレイスフィアを持ちながら言う愛里の笑顔が脳裏に過ぎる。
そして自分の首から下げているグレイスフィアを見た。

「うん……」

一体どこを良いと思ってくれたのだろうか。
少しだけ複雑な気持ちのまま快はそのグレイスフィアを握るのだった。





河原近くの釣り堀に着いた一同は荷物を下ろしバーベキューの準備をしていた。
釣り具を借りに行く者もいる。

「今から火ぃ点けるからその間に釣っときなー!」

楽しそうにしながら美宇は荷物の中に入っていたバーベキュー台を出して火おこしをする。

「おぉ……」

その様子を眺めている快。
すると美宇が注意した。

「そこいると邪魔だよ、する事ないなら釣りとか手伝いに行きなさい」

「えー」

嫌そうなリアクションをすると美宇は更に言う。

「こっちは手が足りてるからあっちをよろしくって意味」

そう言う美宇の周りには障害者とは別のネグレクトなどで親から見放された荒れた少年少女がいた。

「ちっ……」

嫌々ながらも彼らは手伝っている。

「だからホラ、行った行った!」

少し鬱陶しそうに言ってきたため軽くショックを受けながらも快は釣りをしている同年代の人々の所へ向かった。



一方瀬川は放たれた魚を見事に釣り上げていた。

「よっしゃー!デカいの釣れたぞ!」

どんどん川魚を釣り上げて行く。
瞬く間にバケツは一杯になっていた。

「こーちゃんすげぇ!」

「ヒーローみたいだ!!」

周りの同年代の者たちの声を聞いて快は少し複雑な気持ちだった。

「(瀬川ってこーゆーの凄いんだよな……)」

そんな様子を見ながら快は瀬川と初めて話した日、友達になった日の事を思い出していた。





快は両親が死んでからどんどん荒れていった。

「うわぁぁぁぁっ!!!」

少しでも気に障るとすぐに暴力を振るってしまうほど。
そのためよく快を揶揄っていた純希は一度とてつもない反撃を受けた。

「かいっ、やめ……!」

馬乗りになりながら純希をひたすら殴っていく。

「(殺したい、コイツ殺したい……!)」

心の中でそう叫びながら殴り続けていると先生方に止められた。

「何やってるんだ!!」

そして生徒指導室でこっ酷く叱られた。
姉や祖母も呼び出され必死に謝っている。

「孫がいつもすみません……っ」

しかし快も心が荒んでいたためこんな事で反省は出来ず余計に辛くなってしまった。

「何で俺ばっかりこんな辛いんだ……」

一人カナンの丘で縮こまっていた。
しかしやはり涙は出ない。
するとそこへある人物がやって来る。

「二組のやつだよな?どうした一人で?」

その人物とは違うクラスの瀬川だった。
心配そうに快の顔を覗き込んで来る。

「お前だって一人だろ……」

見てみると瀬川も一人のようだ。

「あぁ、だから友達になろう!」

「はぁ?」

「いいだろ?一人もの同士」

「……嫌だ」

このとき快は一度断り家に帰った。
しかし翌日学校に行った時から瀬川はずっと着いてくるようになる。

「快ー!遊ぼうぜ!」

一人で教室で本を読んでいる時、水を飲みに廊下を歩いていた時、体育の合同授業の時。
様々なチャンスを瀬川は見逃さなかった。

そしてある時。
快は純希に以前の反撃をされていた。

「よくもやりやがったな、お前のせいで三日休む羽目になったんだぞ!!」

快にやられた怪我が思ったより深く顔に包帯を巻いている。
その顔を見せつけながら快を殴った。

「ぶっ……」

「同じ目に遭わせてやる……!」

まともにやり合えば勝てないであろう純希が迫る。
そこへあの男がやって来た。

「やめろーーっ!!!」

瀬川が危険も顧みず助けに来てくれたのだ。

「てめえ一組の!」

攻撃するが純希には怒った歯が立たず返り討ちにあってしまう。

「がはっ……」

その様子を見た快は絶句する。

「何でお前……」

口から血を流した瀬川に問う。

「何でって、友達だからだろ……!」

そう言って再度純希に向かう瀬川。
しかしやはり歯が立たずやられてしまいそうになるが。

「うぅっ、うわぁぁぁっ!!」

何か心を動かされたのか快が立ち上がり瀬川と共に純希に立ち向かう。
結果は返り討ちでボコボコにされてしまったのだが。

「はぁ、はぁ……」

純希が去った後、二人して床に倒れて息を切らしていた。

「ははっ、あはははっ」

何故か瀬川は笑い出す。

「何で笑ってんだよ……」

「何か良いじゃんこーゆーの」

このまま瀬川はしばらく笑い続けた。



その後、瀬川と快は学内の唯一の友人として過ごしていった。
みんなで集まってやるようなスポーツや遊びも二人だけで行う。

そこで初めて知る、瀬川はとてつもなく能力が高いのだ。
スポーツもゲームも瀬川は上手い。
これなら他の学校の人達とも仲良く遊べそうなのだが。

「お前なら他のヤツらとも仲良く出来そうなんだけどな」

ある日快は瀬川に聞いてみた。
するとこのような返事が来る。

「学校のヤツらなんかみんな嫌いだ!俺たちのこと理解しないで傷付けやがる!」

強い偏見を持ちクラスメイト達を嫌っていたのだ。

「お前は夢叶えろよ。いつかヤツらを見返せるだけの凄ぇヒーローになってやれ!」

そう言ってくれるのは嬉しかった。
だからこそ現在になり思う事がある。





快は釣り堀で魚を釣り他の同じように障害を持った仲間たちから讃えられる瀬川を見ていた。

「人数分釣ってやらぁ!!」

釣りに関しても瀬川は高い能力を発揮している。
側から見ても彼は輝いていた。

『お前は夢叶えろよ。いつかヤツらを見返せるだけの凄ぇヒーローになってやれ!』

そう言ってくれた事を忘れていない。

「(お前だって俺と同じグレーゾーンなのに)」

しかし今の瀬川を見ているとどうしても思ってしまう事がある。

「(お前の方がヒーローらしいじゃないか……)」

輝いて讃えられている瀬川を見て嫉妬心が湧いてしまう快であった。





つづく
つづきます
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