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作者: Ganndamu00
残酷な描写あり R-15
66話:東京首都防衛戦⑨
 地獄の只中で戦いは続いていた。まずは一体、そして二体。間髪入れずに三匹と四匹。街の中で暴れているミドル級を、次々に斬り伏せていく。その速度に、緩みはない。できる限りの速度をもって、最速で敵を倒していった。

「ぎょあああ」
「痛い!! 痛い痛いいいいいいい!!」
「助けて!! 誰かだけか!」
 
 ―――それでも、届かない。通信機から断末魔が聞こえた。周りからは、子供の悲鳴が聞こえる。
 
 また、赤い華が咲いた。灰色のナニかが飛び散る。
 半分になったナニの成れの果てに、誰かの顔が重なった。
 
『うあああああああああっっ!!』
 
 深顯は叫んでいた。泣き出しそうになる自分を大声で叱りつけた。守るべき民間人は死んだ、だけどそれは諦めていい理由にはならなかった。確かに、今は助けられなかった。だけど間に合う人は居るはずだからと。子供を殺したデストロイヤーを渾身の一刀で屠り去った後、間髪も入れずに動き出した。

『撃て!! 撃ち続けろ!! この化け物共に我らの正義の鉄槌を喰らわせてやるんだ!!』
『了解』
 
 守るべき民間人は残っていると、疲労に軋む身体と機体を引きずって、次の要救助者を探しに探し続けた。間もなく発見したのは、民間人に襲いかかろうとしているスモール級だった。座り込んでいる女性は、皺が見えることから、かなり年を取っているに違いない。腰を抜かしたのか、その場から動けないようである。
 
(助けなければ)
 
 思うと同時に判断を下し、実行に移した。だが、その方法も考えなければならない。短すぎる時間の中で、最善の方法でなければ。しかし彼我の距離は遠く、ブレードモードでは間に合わないことが分かった。射撃はできない。射線上にスモール級とお婆さんが重なっている、このまま撃てば巻き込んでしまう。

 それでも、と。深顯は誰とも知れない何かに祈りながら、短距離の噴射跳躍を敢行した。思案から実行に至るまで2秒、素早い行動だと賞賛されるべきものだった。間に合うか――――間に合うはずだと希望的観測に縋ったが、現実はそんな夢想じみたものを泡にして消した。
 
 だけど、どこか納得の色があった。もう飛ぶ寸前には、一歩踏み出した時点で悟っていたからだ。
 
 間に合わないと、しかし。
 
『――――え?』
 
 絶望は形にならなかった。老婆に襲いかかろうとしていたミドル級は、別方向からの射撃によって横薙ぎに倒された。
 
『やった! 間に合った………!』
『副隊長!』
 
 感謝の気持ちをこめて、射手の名前を叫ぶ。同時に安息の息を吐いた。
ああ、ようやく助けられたと、僅かばかりの充実感が胸を満たした。
 
 だけど次の瞬間、モニターの端に映った何かがそれを掻き消した。金色の甲殻と黄色と青色の脳みそを入れたパッド――――それはスモール級とミドル級だった。群れの数は多く、更にその後ろからやって来る敵も見えた。
 
『お婆さん、逃げて!』
『っ、来ます隊長!!』
 
 深顯は副隊長の声を聞くと同時に、返事を聞かないまま前進して突撃銃を構えた。壁となるという、副隊長の意図に同意したのだ。背後にお婆さんを庇うように、正面に向けてありったけの弾丸を撃ち込んだ。その姿勢は、正しく軍人のものだと思える。教官に何度も聞かされた、映像越しの真昼に何度も聞かされた補欠衛士の役割だ。

『補欠衛士になる時から、守るって決めた!! 私は!!』
『市民の盾になろうとも! この身が犠牲になろうとも! 衛士に負けない力があるんだ!! なら戦わないと!!』
 
 守ると、死なせないという叫びが銃撃となって顕現する。補欠衛士であると教えられたが故に。自分は補欠衛士であることを自負するために。そしてこへまで散っていった仲間にも教えられた事がある。だから――――直視をしたくない、思い出したくない光景を分に一つは見せられながらも、膝を折らずに戦い続けるのだ。人間が肉片になる光景、衝撃を受けども立ち止まることは許されない。吐いて止まれば、また間に合わなくなる。

「うあああああ!! 漆黒・紅連射!!」

 深顯は嫌だったのだ。誰であっても、目の前で死なせるのはもうゴメンだった。だからここより後ろには通させない。その意志が尽きることは、きっと無いだろう。遠いどこかで、深顯はその事について確信をしていた。
 
 だけど、弾薬はその限りではなかった。
 無情にも、残弾ゼロを知らせるシグナルが網膜に投影された。
 
『くそ、こんな所で!』
『諦めるな、武器はまだあるわ!』
『っ、分かってる! この黒き鋼は何も何者にも負けはしない!』
 
 銃がなければ近接武器で。弾倉を地面に捨てると同時に、兵装をブレードモードに切り替える。そのまま、群れに突っ込んでいく。互いに攻撃が当たる距離、すなわち互いの命に手が届く距離で戦うのだ。文字通りの死線の中。深顯はそれでも距離を詰めた。近接戦のコツは踏み込むことを躊躇わないことだ。

「ふぅー、ふぅー!」
 
 迷いも禁物。中途半端な距離を保てば、たちまちミドル級の腕に潰されるだろう。そうして深顯は突っ込む。迷いなく致死の距離に一歩を踏み込み、すれ違いざまに一閃を重ねてデストロイヤー達を文字通りに"切り崩して"いった。

「全員、落ち着いて対処せよ!! 私たちはまだ負けてない!! 黒十字の恐ろしさを刻みつけていけぇい!」」
 
 しかし、敵を倒す速度は先程より遅くなっている。長刀は小型種を多く倒すには向いていない兵装であるからして、必然なことである。短刀や長刀はあくまで近接用のもの、間合いの内にいる一体を仕留めるための武器である。それを知りながらも、他に方法はない。あるのは我が身と鍛えた腕のみである。そして、こんな時のためにと工夫を重ねた戦術を行使するだけだ。ここでの戦術とはGE.HE.NA.ラボより提案された対小型種用のそれである。

 機体に負担がかからないよう刃を縦にして唐竹に断ち切るのではなく、刃を寝かせて横に薙ぐ。一振りで多くの敵を巻き込むように刀を振るう。
 
『秘儀、国散骨一閃!!』

 だがこれは従来の長刀より、遥かに多くの小型種を倒せる戦術機動だった。機体にかかかる負担が大きいため多用はできないが、今はそんな事を気にするような場面ではない。ただ一刻も早く、敵を殲滅するのだ。後ろに居る人を守るために。

 ガコン・カシャッ。バキバキ。

 最新式の整備された機体が悲鳴をあげるの耳に届いた。
 ぶわっと、冷や汗が流れるのを感じた。こんな所で機体が壊れてしまえば、死は免れないだろう。しかし深顯は自分の死というリスクを負いながら、それでも背中を流れる冷や汗を、恐怖を飲み干して刀を振るう。

 一薙ぎで数十の小型種を斬り散らかす。見るものが見れば、その撃破の速度に戦慄したことであろう。それだけに早く、深顯は小型種を殺し潰していった。

 巻き上がる血、乾いたコンクリート。
 終わらない戦い。
 崩れゆく東京の景観。
 生き延びた同胞を守りたい。
 
 薙がれ切り払われ、飛ばされ叩きつけられ。蒼色の体液が当たりに散らばる。その数はゆうに100を越えていた。

『まだ! まだまだまだまだ!! 死ねぇ! 駆逐してやる!!』
 
 倒して、倒して、倒しきって――――だけど、すぐにまた別のデストロイヤーが虫のように湧いて出てくる。深顯と副隊長が、殺しても殺しきれない物量に歯噛みする。

 同時に、無意識の内で悟ってしまっていた。もう自分たちには、この続々と増えていく小型種の全てを潰す方法がないということを。

 ループのような悪夢に人は消える。
 存在は消える。
 結果は無情にもすぐにやって来た。
 
 ―――デストロイヤーを潰す音。その中に、耳を押さえたくなるような女性の金切り声。断末魔の悲鳴と呼ばれるものだった。
 
 誰のものかなど、確認するまでもない――――したくないと思いながらも、深顯は誰かを罵倒していた。救いはない。救えなかった。無力な自分と、そして責められるべきである誰かにありったけの呪詛を吐いた。
 そして、また守れなかったことを知った。
 
(くそっ………なんでなの!)
 
 気づけば、唇を噛んでいた。血が出るほどに強く。何故だと、答えのない問いを問い続けた。気が遠くなるほどの訓練をした。反吐が出るぐらいの密度で、工夫をこらした訓練を受け、それを乗り越えた。練度を武器に、仲間と共に戦場で戦い抜いた。気を抜けば死ぬ戦場において死線をくぐり、経験を重ねた。だけどこの結果はどうだ。目の前で二人が死んだ。それ以上の人間が死んでいる。

 今もこの崩壊していく街のどこかで、死ぬべきじゃない誰かがデストロイヤーに殺されている。知っている人も、知らない人も、等しく、差別なく、余す所などなく。
 
 誰も彼も守れず、死んでいく。先程の子供も。お婆さんも。
 そしてこの東京の避難地で、同じ境遇にあったであろう人達も。
 
 ――――そして。
 
『な、ちょっと!! 何突っ立ってるの!?』
『……足が動かない。ここまでのようです、隊長』
「何言ってるの! ………くそ、その子にに群がるんじゃなぁい!」
 
 兵装を短刀に持ち替え、動けない副隊長機に取り付いているスモール級を斬り払った。コックピットに当てるわけにはいかない。慎重に切り払う、だがスモール級は次々に装甲を噛り取っていく。やがて、コックピットの中が見え始めた。
 
 切り払う速度よりも、スモール級がむらがる速度の方が早い。どうにもならないことを思い知らされた。だけど深顯は諦めずに、叫びながら短刀を繰り出し続けた。
 
「仲間なの、私たちの家族なのに、くそ、なんで――――!?」
 
 ぱきん、という絶望の音。短刀が折れた音を聞いた深顯の耳に、通信の声が届いた。

「ああああああああっっっっっっ!!!!」

 貪り食われる前に、副隊長は深顯を押し出し、爆散した。

「そうだ、諦めない」

 訓練で吐いた日々。
 殴り合った日々。
 罵り合った日々。
 あの日見た涙。
 愛しい君はもう、二度と触れられないから。
 狂気と成り行く恐怖を背負って、乗り越えて。

「うわあああああ!!!!! 許さない! この化物共ォォォーーーーッ!!」

 そうして、街での戦闘は終了した。途中に増援としてやってきた部隊を交えての、泥沼としか表せない戦闘は終わったのだ。乱戦に補給に同士討ちに自爆に。夜通し行われた戦争は、凄惨を極めた。
 だがその甲斐があって、一定数以下になったデストロイヤーは撤退をはじめた。今頃は追撃の部隊に殲滅されていることだろう。その中央で愛花と深顯は登る朝日を見ていた。
 
 そうせざるを得なかったとも表せる。少女の身体は、今や小刻みに痙攣しているだけだ。極度の疲労と筋肉痛が全身を苛んでいることは想像に難くない。だけど愛花は、痛みに悶えていなかった。登る朝日を見つめながら、自分の胸と頭を押さえたまま、沈黙を続けていた。
 
『………無事? 愛花さん、深顕さん』
 
 声は夢結のものだ。慎重に、語りかけるようなシノア。愛花と深顕はそれに反応することもできず、ただ黙って瓦礫の背もたれに身を預けていた。
 
『………』
 
 シノアは無視されたことを文句を言わず、意識を別の場所へと傾けた。
 一言で表わせば、こう言えるだろう。何もなかったと。まず、建築物と呼べるものがない。
 そこかしこにアーマードコアの36mmと120mm、機関砲の傷跡が。
 
 そして民間人を守っていた防衛隊の機械化強化歩兵の抗戦の跡が刻まれていた。
 
 倒れているアーマードコアが、民家を潰している。コックピットには、食い散らかされた跡が残るだけ。そんな光景があちらこちらに見られた。住まうに相応しい場所、その集合をもって避難所という。
 
 ――――だが、これはもう避難所ではない。
 
 荒野と同じものだ。そこにある全ては、今回の戦闘で壊されてしまったのだ。あれもこれも分割されて分解されて欠片になっている。原型をとどめているものは一つもなかった。丁寧に、徹底的に壊されている。
 
 死んだ人間も同じだった。元は人であったものが分解されて、そこかしこに転がされている。
 それだけを見れば、それがなんであったのか全く分からないぐらいに、各々の部品として分けられていた。
 
「これが、真昼様の歩んできた戦場。たぶん馴れることはないわね」

 馴れてしまえば、もう人間とは呼べなくなるのだろうが、と。
 こみあげる吐き気に耐えながら、シノアと愛花の戦術機動を見た。
 愛花のボロボロになった戦術機には、一部の装甲がなかった。かじりとられたような跡が見える。腕には刃が一本だけ。銃砲はどこかで捨てたのか。
 
「愛花さん………」
「シノアさん………私………多くの人を連れて………なにも、人が…………何もできなかった………っ!」

 深顕も涙でふとももを殴りつける。

「私も! 何もできず!! 見てるだけでした!」
「いいのよ。今は………いいの」
 
 シノアは黙って頷くだけにした。何も言えずに、ただ頷いた。直後に向こうからすすり泣く声が聞こえてきた。
 
 ――――激戦だったのだ。あの時に付いて来た衛士や防衛隊達も、その半数がこの街に散ったと聞いている。ここにたどり着くまでにも、多くの人間がやられている。無謀といえる突進についてこれなかった部隊、また途中のデストロイヤーにやられてしまった衛士や防衛隊は少なくない。
 
 それでも彼らの死は無駄でなかった。侵攻を止めたのもそうだが、この街の一部の民間人が、無事後方へと避難できたとの報告が上がっていた。
 
 司令部からは『エヴォルヴは撃破された』と報告で知られ、そしてその後の内容をかみしめたシノアは、黙った。
 
 ―――完全なる、敗戦。それを噛み締め、だが夢結は俯かない。
 ただ、空を見た。そこには、眩しいばかりの朝日が登っている。いつもの通りに。だから夢結は、今日もまたいつもと同じように通信を入れた。
 
『基地に帰投する………私達は死んでいない、だから――――帰ろう、みんな』
 
 名前を呼ぶ声は、いつもよりもひどく優しかった。それはまるで、家に帰ろうとささやく母親のよう。それを、愛花はしっかと耳に収めたのであろう。シノアは通信の向こうから、泣き声での返事があったことに、笑みを隠せなかった。
 そして、胸から沸き上がる悔しさに唇を噛んだ。血の水滴が、滴り落ちる。
 
(始めて知った。これが、戦い。真昼様が経験したという戦い)
 
 失われた命と、この光景と。
 シノアはそれを胸の奥に刻み付けると、基地への帰投を開始した。
 そうして、部隊が去っていた街の跡には色々なものが残っていた。
 かつては子供が遊んでいた広場の中央には、紫の体液と肉片が散らかっている。
  巨体から流れる大量の体液は地面に広がり、強烈な朝日に照らされていた。
 その水面が空を写している。
 いうまでもない、青の空で――――しかし、そこには血の赤も混じっていた。
 完全なる青である場所など、一つもない。それは、デストロイヤーに立向い、最後まで戦ったものが居る証拠だった。
 
 
 しかし、事実上の敗戦として、この日は歴史に刻まれている。
 東京の防衛戦を維持していた戦力、その大半が壊滅した日として。
 そして数千人の民間人が、デストロイヤーに虐殺された忌まわしき日として。
 だが、こうも記されている。
 世界の嫌われ者だったGE.HE.NA.の技術が、世界を救う希望の光になると期待された日でもあると。
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