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作者: 山田奇え
残酷な描写あり R-15
第28話「大公ヘルド・フェレライ」


■■【黒箱こくそう城】■■

 

「うわー、キモイなあ」

「はは、流石に近くまで来ると息を飲むものがありますね……」

 
 石の塀と鉄柵に囲われた外周を回り込んで正門をくぐると、視界のほとんどが黒色に覆われていた。

 この変ちくりんな建造物の壁には質感というものが存在しない。

 木材のようなざらつきもなければ、石材のような硬質さも感じられない、色を塗ることそれ自体を忘れ去られたような――うろ

 もう見るのは二度目になるけども、僕にはそれがどうにも瞳の内側の暗闇を想起させるように感じられて、眺めているほどに、得体の知れない怪物に見込まれているかのような不安を覚えた。


「さ、二人ともこちらへ来たまえ」


 ジュンに促されてシアさんと二人で城の外壁に触れる。


「■■■■、オープン」


 淡々とした口ぶりでジュンがなにか唱えると、次の瞬間、僕たちの視界には暖色の魔力灯に照らされた広間が映った。

 この建物は扉もなければ窓も付いていないため、中へ入るにはこうして特殊な方法を取る必要がある。
 
 少々不安はあったが、無事、目的の部屋に来れたようだ。


「……あれ、なんか呪文変わったか」

「ん? ああいや、ボクとフェレライ大公とで、細工というか……ちょっとした開発をしているところでね。不便だろうからあとで教えるよ」

「お前……またなにか画策してるんじゃないだろうな」

「ふはは、まあ、これが上手くいったら君にも甘い蜜を吸わせてやろう」

「やだよ、苦い汁の間違いだろそれ」
 

 軽口を叩き合ってから、目の前の光景に意識を向ける。

 不気味な外観とは正反対の、ところどころに木目調のあしらわれた温かみのある内装。

 内外で印象が丸っきり変わるこのちぐはぐな感覚も含めて、いよいよ【黒箱城】にやってきたという実感が湧いてきた。
 
 そして、どこからともなく――その懐かしい声は響いた。


「――や、よく来たな、勇者ターナカよ」

 
 それは紛れもなくこの城の主、ヘルド・フェレライ大公の声である。
 
 しかし、奇妙だ。

 どうしたことか、その姿だけがどこにも見当たらなかった。


「最後に会ったのは一年以上も前か。ご足労じゃったの」

「ご無沙汰してます、フェレライさん。先日は急に連絡差し上げてすみませんでした――」

 
 挨拶を返しながら、視線を左右させていると、その声は揶揄うように云う。

 
「カッカッカ――これ、目の前じゃ、目の前」

「うおっ……」

 
 目線を下に向けると――。

 ――そこには一人の少年が佇んでいた。

 見た目は一〇代の前半くらいだろうか。シアさんと同じ金髪碧眼を携えた彼は、そのあどけない相貌に柔和な笑みをたたえて、僕を見上げている。


「ああ、これはどうも――」

 
 僕はそのまま中腰になり、その少年に視線を合わせるようにして、云った。

 
「ご壮健なようでなによりです――ヘルド・フェレライ大公」

「うむ。貴公とシアも息災なようでワシは嬉しいぞ」

 
 なにを隠そう。

 この少年こそ、元騎士団長にして【悪食大公】、そして、シアさんのお父君。

 ――ヘルド・フェレライその人である。



▲▲~了~▲▲
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