残酷な描写あり
R-15
第25話「【紅雲】」
■■死体の中心で■■
「解除」
それから数分と経たないうちに戦闘は終了した。
補助魔法とスキルを停止すると、額の汗を手袋の甲で拭いながら、シアさんが僕のもとへ戻ってくる。
「ふむ、どうにも山賊の類ではないようですね。城に着いたら父に伝えて調べてもらうとしましょう」
真っ白な雪の地面はそこかしこが赤色に染まっている。
シアさんはだいぶ長いこと実戦から身を引いているという話だったけれど、いざこういう場面を迎えた際に、あれだけの冴えた身のこなしをできるということは、今でも鍛錬自体は怠っていないということなのかもしれない。
彼女の剣を初めて見たのは、昔、一度稽古を付けてもらった際のことだった。その時は手始めに木剣で岩を叩き割る姿なんかを突然見せられて、随分戦々恐々としたものだ。
結局その後、ステータスを防御方面に振っている僕には模倣できない技術だと悟り、その場は基礎的な剣術指南をしてもらうに留まったが、こうして実際人に対して振るわれている様を見ると、攻撃に特化した剣術を羨む気持ちにもなってくる。
縦方向に真っ二つにされた人間の死体を眺めながら、今後シアさんをからかう際には一旦間合いを確認してからにしようとか考えていると、静かな雪原に突然叫び声が響いた。
「ターナカ、上です!」
反射的に横に飛び退きながら剣を抜く。
ずっと樹上で機を窺っていた怪しげな男たちの最後の一人は、しかしその不意打ちを成功させることはできず、事切れることとなる。
「――なんだ、これ……?」
見上げると、そいつは木の上から飛び降りた姿勢のまま、空中で固定されていた。
その眼が驚きの色を称えたのも束の間、次の瞬間には音もなくその四肢がバラバラに切断され、静かに地面に落下していく。
そして、状況を理解できない僕とシアさんに向かって、一つの声がかけられた。
「――いやあ、なかなかやるねお二方。その手並みに見惚れてしまってボクもつい出てくるのが遅れてしまった」
彼女はいつの間にか僕たちの背後に立っていた。
シアさんは透かさず剣を抜きながら振り返るが、その途中でぴたりと動作が停止する。先ほど空中で固まった男と同じように。
「うわ、おっぱいでっか! 糸ごしにも弾力が伝わってくるぞ、なんだこれはすごいな」
「な、なにを……」
ゆっくり振り返ると燃えるような髪がまず目に付いた。
少年のような中性的な顔立ちに、ウルフカットの赤い髪。
少し不健康に見えるような痩身のそいつは、人を食ったみたいな笑みを口元に貼り付けている。
身に纏っている雰囲気はどこか異質で、人というよりも化生の類が目の前に立っているような錯覚を覚えた。
「この武具……ターナカ、警戒してください。恐らく彼女は【紅雲】です」
「【紅雲】?」
「ええ、あなたと同じ【勇者】ですが――決して気の許せる相手ではありません。噂によれば、数年前の【五大貴族】暗殺に加担したとか……」
僕はその言葉に少し驚いて、眼前の女勇者に確認する。
「――そうなのか? ジュン」
「うーん、どうだったかな。少なくともそんな噂を流したやつには、ちょっとした『痛い目』を見てもらったと記憶しているけれど」
「……た、ターナカ?」
戸惑ったような素振りを見せるシアさん。
あれ。そういえば云ったことなかったっけか。
「とりあえず、拘束を解いてあげてもらってもいいか」
「えー、もう少し感触を味わいたいんだが、駄目……?」
「駄目だ」
「ちぇっ」
急に体が自由になったために体勢を崩しかけたシアさんを受け止める。
彼女は頭上に疑問符を浮かべたような顔をしながら、僕とその女勇者とを交互に見比べていた。
「あ、あのターナカ、これはどういうことです?」
「えーっと、そうだな――紹介するね、シアさん」
僕は【紅雲】と呼ばれた彼女を手で示しながら云った。
「彼女は黒瀬純。前世での僕の――」「ボクは勇者ターナカの妹だよ」「……いや、僕の従妹です」
「は、はい……?」
シアさんは目を丸くしていた。
まあ、悪い噂のある人間が、突然自分の主人の親族だと告げられたのだから、その反応も無理はない。
「……正直僕もこの世界で会った時かなり驚きはしたんだけど、まあ警戒はしなくてもいいよ。別に悪いやつではないから」
「はっはっは。――とのことらしいぜ」
なぜか誇らしげに笑う従妹を他所に、やっぱりシアさんは納得がいかないような顔をしている。
しかし、怪訝そうにこちらを見られても返す言葉が特にない。
だって僕もよく分かんないんだもん。コイツのこと。
「それじゃ、まあ、軽い露払いも済んだことだし、そろそろ行こうか。ボクはヘルド・フェレライのお遣いで君たちを案内しに来たんだ。あの建物、入口間違えると大変なことになるしね」
そう云ってジュンは城が見える方角に向かって歩き始める。
彼女は今フェレライ公のお世話にでもなっているのだろうか。
いまいち話が見えないが、その前に周囲を見回してその背中に問いかける。
「あのー、ジュン? この転がってる死体はどうするんだ。フェレライ公のところに行くなら、持ち帰って検分したりしなくてもいいのか」
フェレライ『公』。
フェレライ『大公』って呼び方へ統一することにしたはずじゃなかったか、僕は。
まあいいや。今後に期待だ。
「ああ、気にしなくてもいいよ。そいつらの身元は割れてる。滞留中に反政府主義者を見つけたから、ちょっと暇潰しに付き合ってもらったんだ」
「暇潰し……?」
「そう。なかなか面白かったぜ。一人殺すと残りの連中も勝手に顔を出してきやがるんだもんな、誘い出されてるとも気付かずに」
そっけなく云うその口振りにそこはかとない邪悪さを感じながら、僕は少し気まずくてシアさんを振り返った。
彼女は先ほどからずっとなにか云いたげな顔で僕を見つめ続けている。
「『本当に悪い人じゃないんですか』って顔をしても無駄だよ。なぜかって? 僕もたった今自信をなくしちゃったからさ」
「…………」
シアさんはそのまま静かに両手で顔を覆った。
ほんのり頬が赤いのは先ほど身体的特徴に触れられたことが尾を引いているのかもしれない。
「ああ畜生、つべこべ云わずにさっさと歩かないか――このでっかおっぱい!」
「ブバッ」
大きくて綺麗な両手の内側で、噴き出す音が聞こえた。
顔を隠したまま「グブッ、ポヒュッ」と異音を鳴らしながら、隠れ下ネタ好き女子ことシアさんが足を動かし始めるのを確認して、僕は改めてジュンの後ろ姿を見やる。
「…………」
【紅雲】の勇者――ジュン・クルオス。
彼女がこの旅路に居合わせたのは、ただの偶然だろうか。
しかし、少なくとも、僕たちの目的を考えれば、もう一人の【勇者】が現れたことは僥倖と云っていいことのはずだ。
その意図がなんであれ、まあ、この機会はいいように使わせてもらおう。
「……アイツがいつも通りなにか企んでるなら、それはそれでいいさ――」
そして、僕はシアさんの後に続いて歩き出した。
▲▲~了~▲▲