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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第21話 魔剣士の成長2
 フォルトは一日のうち、半日以上は寝ていた。
 現在は寝室のベッドの上で、カーミラと身を寄せ合っている。とはいえ二度寝、いや三度寝か。何度かは目覚めていた。
 そういったときは、眠りが浅い。
 何かの刺激があれば、簡単に目覚めてしまう。

「フォルト様」
「ぐぅぐぅ」
「フォルト様」
「ぐぅぐぅ」
「ちゅ!」
「んっ、んんっ!」

 ほほに気持ちの良い刺激を受けたので、フォルトは目覚めた。
 薄く目を開けると、レイナスの潤った唇が見える。確か自動狩りに向かっていたはずだが、もう戻ってくる時間になったか。
 それにしても、彼女の表情は硬かった。

「おぉレイナスか。どうした?」
「少し困ったことになりましたわ」
「え?」

 レイナスからは、自動狩りの最中に起きた出来事を伝えられる。
 それは魔の森の魔物が、フォルトに服従を誓うというものだった。
 さすがに驚いたフォルトは、カーミラを起こして寝室を出る。次に顔を洗って眠気を完全に覚ましてから、ダイニングテーブルを三人で囲んだ。

「各種族の代表者が来ておりますわよ?」
「待たせておけばいい」
「分かりましたわ」
「それで?」
「私が彼ら? を狩り続けるので困っているとの話ですわね」
「どういうことだ?」
「縄張りを守れないと言っていましたわ」
「うーむ。人間の侵入を阻めないってことだよな?」
「はい」

(魔物を倒して数分後にポップするならいいけど、さすがにゲームとは違うか。確かに魔物が人間に負けるのは望ましくないな)

 オークの巣を再生処理場と言った記憶がある。
 随分前になるが、発狂したジェシカとアイナを放り込んだ。
 その目的はオークの子供を大量に産んでもらい、人間を森の奥地まで来させないことだった。もちろん、処分に困ったことも多分にあったが……。

「後はフォルト様に、森の王になってほしいとか?」
「あ……。そういうのはいいから!」

 フォルトに森の王などやる気はない。
 そんな面倒なことがやれるなら、日本で落ちぶれていないのだ。

「俺がグーたらオヤジなのは知っているだろ?」
「オヤジなどと……。フォルト様はフォルト様ですわ!」
「そっそうか」

 自分でオヤジと言っているが、現在は『変化へんげ』のスキルで若者だ。しかしながらフォルトの中身は、おっさんのままである。
 レイナスの言葉には、少しだけ慰められた。

「でも御主人様。どうしますかぁ?」
「森に人間が入ってくるのは困る」
「では?」
「自動狩りは中止だな」
「分かりましたわ」
「レイナスちゃんのレベルが上がらないですよぉ?」
「うーん。それなんだよなあ」

 カーミラの指摘はもっともなので、フォルトは腕を組んで考え込む。
 そして、今さらながら一つの疑問点が浮かんだ。

「裏にある山には何がいるんだ?」
「知能のある魔物はいませんよぉ」
「そうなのか?」
「鳥系の魔物ですねぇ。後は食料になる獣でーす!」
「うーん。残念だな」

(参ったな。俺が降参したいぐらいだ。せっかくレイナスを育成しているのだ。ここで諦めたら興ざめしてしまうじゃないか!)

 実際には自動狩りなので、フォルトは育成していない。
 自身が手を掛けて育てているわけではないが、レイナスの成長は自分が育成した結果だと思っていた。
 これは、ゲーム感覚なので仕方ない。

「まず確認だ。俺は森の王にならん!」
「召喚した魔物じゃありませんしねぇ」
「うむ」

 召喚した魔物は、フォルトに忠実である。
 命令には逆らわず、文句も言わずに働いてくれる。しかも必要が無くなったら送還すれば良いので、とても気軽だった。
 それとは違って、魔の森の魔物は独自に生活している。森の王になったところで、面倒事が増えるだけだ。
 彼らを守る義理も無い。
 こちらのことは気にしないで、勝手に人間を撃退してもらえれば良い。

「なので、もう襲わないと伝えてくれ」
「分かりましたわ」

 レイナスが席を立って外に出ていった。
 それを眺めたフォルトは、再び腕を組んで考え込む。すると、カーミラが何かを思いついたようで問いかけてくる。

「森を出ますかぁ?」
「嫌だ!」
「えへへ。ここと似たような場所があるかもしれませんよぉ」
「あるのか!」
「分かりませーん!」
「だよなぁ」
「でも探すのは有りだと思いますよぉ」
「うーむ。魔物を召喚して探させるか。じゃあ外に行こう」
「はあい!」

 カーミラの意見は的を射ている。
 魔の森の奥地は気に入っているが、他にもある可能性は高い。人間の手が入らない場所も発見できるかもしれない。
 そう考えたフォルトは召喚魔法を使うために、彼女と自宅を出る。外にはレイナスがおり、各部族の長とやらを見送っている最中だった。
 ゴブリンやオーク、オーガが一緒にいるところも珍しい。知能が低くても、自分たちに降りかかる脅威には団結できるようだ。
 なかなか興味深いが、今はそれを置いておく。

「フォルト様」
「帰ったか?」
「渋々でしたわ」
「渋々、か」
「魔人の庇護下ひごかに入れば安全ですからねぇ」

 フォルトは魔人だが、その力を存分に発揮したことはない。と言っても、自身に内包している力は理解しているつもりだった。
 その魔人のところに逃げ込めば安全なのは分かる、が……。

「俺は人間も魔物もどうでもいい。自堕落生活をしたいだけだ」
「さすがは御主人様です!」
「さてと……。どの魔物を召喚するかな」
「御主人様ならケットシーでいいと思いまーす!」
「俺なら?」
「召喚してくださーい!」
「おっおう……」

 カーミラの言葉には、少し戸惑いを感じる。
 それでも、フォルトに対してうそを言ったことがない。彼女が良いと言えば、ケットシーで良いのだ。


【サモン・ケットシー/召喚・猫王】


 フォルトが召喚魔法を使うと、目の前の地面に召喚陣が形成された。何度も見ているので、それ自体に真新しいものは無い。
 ただし召喚したケットシーは、自身が思っていたイメージと違った。

「にゃあ!」
「おおっ!」
「お初にお目にかかるのう。わらわの主になるのはお主かの?」

 ケットシーとは、魔界に住まう猫の魔物だ。
 通常は、猫の形をした黒い影のような魔物である。しかしながら目の前に現れたのは、猫耳と猫の尻尾がある少女だった。

「これは……」

 白いモフモフ付きの黒レオタードを着て、短めの白いマントを羽織っている。
 他にも、猫の手をイメージしたグローブをはめていた。しかも、猫の足をイメージしたロングブーツを履いている。
 小さい王冠をかぶり、高級そうなつえを持っていた。
 そして子供のように小さく、大人の腰ぐらいまでの身長である。

「やっぱり御主人様は最高でーす!」
「どっどういう意味だ?」
「ケットシーは、召喚主のイメージに合わせて姿を変えるんですよぉ」
「何だと!」
「きゃー! モフモフ!」
「おっお主! やめんかっ!」
「いいじゃないですかぁ。ゴロゴロ」
「ゴロゴロ。気持ちがいいにゃ」

 満面の笑みを浮かべたカーミラは、ケットシーに飛びついてじゃれ合う。耳裏に顔を埋めながら、顎をでている。
 なんとも微笑ましい光景だった。

(こっこれが俺のイメージだ、と? 確かに猫の擬人化は好きだったが、こうもリアルに出てくるとビビるな! いや……。可愛いは正義だったか?)

「んんっ! カーミラ、離してやれ」
「はあい!」
「ケットシーには名前があるのか?」
「妾に名など無いのじゃ」

 フォルトは感極まった。
 のじゃロリで猫を擬人化した姿なのだ。自身はロリコンではないのだが、このケットシーは妙にマッチしている。
 とりあえず召喚した目的を伝える。

「そうか。頼み事をしたいのだが?」
「苦しゅうない。話すのじゃ」
「魔の森と同じように隠れ住める場所を探してくれないか?」
「主の頼みなら聞かねばならぬ。が……」
「が?」
「時間が必要じゃのう。ゆえに眷属けんぞくとするのじゃ」
「眷属?」

 眷属という言葉自体は聞いたことがある。
 ただし、こちらの世界の眷属と同義かは分からない。なのでフォルトは、何でも知っているカーミラに視線を向けた。

「ペットですよぉ。ペット!」
「ペットって……。」
「眷属を知らぬとな? ならば教えて進ぜようかの」
「う、うむ」

 ケットシーが答えてくれた。
 召喚魔法で魔物を呼び出すと、同族の中から個体をランダムに呼び出す。
 そして、送還すると召喚されていたときの記憶を失う。だが眷属の場合は、同じ個体を使役するため記憶が残る。
 隠れ住む場所を探すなら、眷属にしたほうが得だろう。
 いちいち同じ命令をしないで済む。

「そういった話なら眷属にしてもいいな」
「じゃろう?」
「眷属にするにはどうすればいい?」
「ちょっと耳を貸すのじゃ」
「いいぞ」
「ちゅ!」
「おわっ!」

 ケットシーが頬に口付けした。
 それに驚いたフォルトは、後ろに大きく飛びのいた。見た目は猫耳少女だが、魔界の魔物なのでまれたと思ったのだ。
 ともあれ、猫耳少女はすまし顔だった。

「妾に名前を付けるのじゃ」
「それと今の行動と、何の関係が?」
「眷属になるための契約じゃ。主の望むことをやっただけじゃぞ」
「うーむ。では名前は……。ニャンシーだ!」
「嫌じゃ」
「へ?」
「もっと可愛らしいのが良いのう」

(何という我儘わがまま。召喚した魔物は命令を聞くんじゃなかったのか? でもニャンシーが駄目だと? 可愛いと思うんだが……)

 フォルトは再び名前を考える。
 自分にネーミングセンスがあるとは思っていない。「ニャンシーが駄目なら他に何があるのだろうか」と腕を組んで空を見上げる。
 なかなか思い浮かばなかったが、簡単な名前を思いついた。

「では……。タ」
「ニャンシーで良いぞ」
「は?」
「お主の困った顔を見たかっただけじゃ」
「御主人様は可愛いですねぇ」

 ニャンシーがニヤリと笑った。
 それを合図にカーミラが、フォルトの腕に抱き着いてきた。次に一瞬遅れて、レイナスも反対側の腕に胸を押し当てる。

「お主は好かれておるのう」
「ま、まあな」

 二人の柔らかい感触に、フォルトは顔の筋肉を緩ませる。
 今は若者の姿だが、おっさんの姿でも愛情表現は変わらない。今までの経緯はともかく、彼女たちに好かれているのは間違いない。
 それが分かるだけに、ニャンシーの指摘が恥ずかしい。

「これで契約は済んだのじゃ」
「では新天地を探してくれ」
「嫌じゃ」
「またか……」
「探しに行くのは良いのじゃが……。そこの人間!」
「わっ私かしら?」

 フォルトの命令を断ったニャンシーが、レイナスに杖を突き付けた。
 いきなり指名された彼女は、呆気あっけに取られている。

「魔法を教えてやるのじゃ」
「魔法、ですか?」
「違うのかの? 主の思念はそう言っとるがのう」
「俺の思念?」
「そうじゃ」
「勝手に思念を読むとは……」

 思念を読まれるということは、フォルトの思考が分かるということ。先ほどの指摘より恥ずかしいので、ニャンシーに抗議した。
 ただし見た目が愛くるしいので、あまり強く言えない。

「読んだわけではないわ! 勝手に流れ込んできたのじゃ」
「勝手にか……。なら仕方ないな」
「妾の姿と同じじゃ。主の望むことなのじゃろ?」
「そうだ。レイナスに魔法を覚えさせたかった」
「思念の強さから、それが先と思ったまでじゃ」

 どうやら、フォルトの懸念した内容と違うようだ。
 眷属の特性かケットシーの特性かは分からない。しかしながら、普段から考えている内容までは分からないらしい。
 強い思念に限って、何となく理解できる程度であった。
 ニャンシーが理解した内容は四個。
 レイナスの成長、新天地の探索、魔族の捜索、そして今の姿だった。

「では、出発は後日でいい」
「そうじゃろう。そうじゃろう」

(棚から牡丹餅だな。こうなることをカーミラは予想していたのか? まぁ俺には分からないことだらけだしな。それにしても……)

 カーミラは提案するだけで、決定はフォルトに任されている。
 それでも満足できる内容ばかりだった。

「ニャンシーちゃん! 眷属への昇格、おめでとう!」
「うむ。お主のおかげじゃな。こっこれ。抱き着くでない!」
「いいじゃないですかぁ。モフモフ! ゴロゴロ!」
「にゃあ。気持ちがいいにゃ……。ではないわ!」

 いったんは離れたカーミラが、ニャンシーに抱き着いてじゃれ合っている。
 確かに、別の意味でも気持ち良さそうだ。フォルトも抱き着きたいという衝動に駆られたが、ロリコンではないので自制した。
 これは大事なことだ。

「ならばニャンシーよ。暫くレイナスのことは任せる」
「うむ。任せておくのじゃ。ちょちょっと! にゃあ」
「可愛いですわ!」

 とうとうレイナスが我慢できなくなったか。
 ニャンシーに抱き着いて、カーミラと一緒にじゃれ合う。モフモフできるところは限られているが、二人なら奪い合いにならないようだ。
 ほっこりしたフォルトは、愛らしい猫眷属に笑みを浮かべるのだった。
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