残酷な描写あり
R-15
【最終話】世界の行く末
「父上、本日のご報告に上がりました。貧民地区ではまた盗難騒ぎが発生し、犯人らはアーサス将軍の部隊によって処刑されました」
ティモンの息子であり、ミチュアプリス王国の宰相でもあるティモリが、玉座に着くティモンに近況報告をした。ティモンはきびきびとした声で情報を提供する息子の話を、静かに聞き届ける。
「もはや貧民地区は限界です。ミチュアプリスの貧民たちは増加の一途を辿っており、皆病気や飢えで苦しんでおります。一刻も早い救民政策が望まれるかと思われます」
「……食料と水源の確保はどうなっている?」
「はい、現在新たな森林地と泉の探索を行っておりますが、依然見つかっておりません。国内の食料と水は未だ減少傾向にあります」
「そうか。ならば食料と水は現在健康に働けている労働者たちに全て回せ。彼らが倒れでもしたら、国の存続はもはや危機的状態になってしまう」
それを聞いたティモリは、一歩詰め寄ってティモンに叫んだ。
「父上ッ! 弱者を切り捨てるつもりですか! 貧民地区の者たちだって、この国で生きる権利を有した国民なのです! それを蔑ろにするなんて、『国家は全ての国民に対して生存を保障する義務がある』というミチュアプリス王国の理念に反します!」
「ティモリよ。理念とは飽くまで民衆を黙らせるための建前でしかない。現実を見ろ。投資しても生産性が全くない者を生かしておく余裕などない」
「ですがッ!!」
ティモリがまた一歩踏み込んで反論を唱えようとする。
だが、その時だった。
「報告ッ!! 報告ッ!! ミチュアプリス城に暗殺者が現れました!!」
ガタリとティモンは立ちあがる。
「その者は今どこにいる?」
「既に捕らえました。人数は一人で仲間はおりません。単身で陛下の暗殺を企てたようです。ティモン陛下、いかがいたしましょうか?」
「……この玉座の間まで連れてこい。その者と話をしてみよう」
そして手を縛られた暗殺者が玉座の間に跪かされる。その暗殺者の両端に槍を構えた兵士が目を光らせて立った。
「……問おう。お前は何故に私を殺そうとした? 私はこのミチュアプリス王国の王であり、私が死ねば国家はまた秩序を失い乱れてしまうだろう。それがわかった上でこのような愚かな真似を仕出かしたのか?」
「黙れ暴君めッ! 民の命を蔑ろにして、ただの駒としてしか見ない王などいらぬわ!」
そう叫ぶと、やにわに男は縛られた体をにじらせながら背を向ける。拘束された手を捻り、自らの手の甲を見せた。
「見ろ! この手の印紋を! 俺は元々は魔術師だった! それで生計を立てて家族を養っていたのだ! だが今はどうだ!? 俺の家族はみんな飢えで死んでしまい、俺自身も生きる希望をなくしてしまった! 貴様がこの世界から魔法を消し去ったせいで、この国は、この世界は滅茶苦茶になったのだ!! 貴様はこの責任をどう考えている!?」
男は再び体をにじりながら、ティモンのほうへ向き直る。
「……私はこの世界から魔法を消したことに何ら責任など感じておらぬ。お前はタナカカクトという男を知っているか?」
「知っているさ! あの狂人の王は己が欲のままに権力を振るい、民を苦しめた。そして大勢の人間も殺めた。だが魔法をこの世から消してしまうほど愚かではなかった。あの男は曲がりなりにも、この世界から魔法がなくなったら不味いと理解していたのだ!!」
「……なるほど。私はタナカカクトよりも愚か者だと言いたいのか」
ティモンはそのまま男に近づく。一歩、一歩、威厳のある冷酷な王の風体が跪く男の前まで迫った。
「父上ッ!! 危険です!!」
「……お前は何ら世界の理についてわかっておらぬ。この世界は元々は神が生み出した世界であり、神が創り出した大地を我々人間は汚したのだ。神はかような人間たちを忌み嫌い、我々を滅ぼすために何度も災厄を起こす存在となった。つまり神を滅ぼさねば、我々人間は滅びの一途を歩むことになっていたのだ。だから我々は神の存在を消すために、この世界からアニバサブ粒子を消したのだよ」
「世迷言を!!」
「世迷言ではない。現に私は神の存在を見た。人間への憎しみも、怒りも、そして絶望すらもまざまざとこの眼で確かめた。私は恐怖を感じたよ。こんなものが本気で我々を殺そうとするのならば、人間など一瞬で滅んでしまうだろうと」
ティモンの眼は静かに狂気で満たされていた。だが決して理性を失ったわけではない。神なる存在が、彼自身の心と信念を変えてしまったのだ。
「アイスストーム!!」
暗殺者の男はティモンに向かって叫んだ。だが何も起こらない。
「アイスストーム! アイスストーム! アイスストーム!!」
「……飽くまで私を殺すつもりか? だが無意味だ。魔法に縋り続けた魔術師など、今や虫けらほどの価値もない」
そしてティモンは短剣を引き抜く。そしてそのまま勢いよく男の喉元を突き刺した。呪文を唱え続けた男の声はピタリと止み、そのまま短剣が引き抜かれると、血を噴出させながら絶命した。辺りにいた臣下たちは騒然とする。
「……父上。これが本当に正義なのですか?」
血塗れのティモンに駆け寄ってきたティモリが尋ねかける。
「ティモリ……『正義』などという言葉に正しい形などないよ。時代や環境によって、そして各個人の信念によって、正義とはいくらでも姿形を変える。正義の形が一つしかないと考える人間こそ、狂気と暴力に陥ってしまうのだ」
ティモンは短剣を袖で拭い、そっと鞘に収める。ティモリにはもはや父の言動が矛盾しているように感じられた。だがティモリは何も言い返せず、すごすごと下がってしまう。
「お伝え申し上げます! ディファイ王国のアラバド様と、オベデンス王国のケンリュウ様が王城にいらっしゃいました!」
階段を駆けあがってきた兵士が伝令をつたえる。その兵士は血塗れになったティモンと死体からはあえて目を逸らした。
「……そうか。あの二人がやってきたか。久しぶりに会うな」
ティモンは血に塗れた顔でニコリと微笑む。
「……私は浴場で体を清めてくる。流石にこんな姿で二人に会うわけにはいかないからな。アラバドとケンリュウには客室で待つように伝えてくれ」
「はっ!!」
伝令兵は即座に踵を返して階段を降りる。そしてティモンは体を清め、賢者会議室に向かった。
「アラバド、ケンリュウ、よくぞ来てくれた。そなたたちともう一度相まみえたことを嬉しく思う」
賢者会議室で三賢者が席に着くと、ティモンは社交辞令的な挨拶を交わす。
「ふん、ティモン。貴様の噂はディファイ王国にも届いているぞ。暴虐の限りを尽くし、民衆たちを虐げているとな」
「……それは表面的な物事しか見えぬ者どもが撒き散らした風評にすぎん。私は民衆を虐げてなどいないよ。私はただ、選別をしているだけだ」
「ふん、どうだろうな? 暴君となった王は、決まって己は暴君などではないと宣うものだ」
「二人ともおやめなさい! ワタクシたちは子供の喧嘩をしにここまできたわけではありませんよ」
ケンリュウが口を挟み、ピリピリとひりついた二人の会話を止める。
「……ふむ、そうだな。我々は談笑を楽しむために集まったわけではない。我々三人は賢者であり、世界が進むべき道程を定めねばならぬ。ならば本題に入るとしよう。ケンリュウ、まずはそなたの国の情勢について教えてくれ」
「……わかりました」
そしてケンリュウは静かに説明に入る。
「我々のオベデンス王国は、今国家存亡の危機に瀕しております。魔術と物資が世界から失われたことで失業者が急増し、飢饉や病も蔓延している。日に日に犯罪者たちが逮捕され、今や革命の兆しすら見受けられます」
「……ミチュアプリス王国と同じだな。我々も民衆たちの飢えや反乱に苦慮している。アラバド、ディファイ王国の情勢はどうだ?」
「同じだ。我々の国も全く貴様たちの国家と同様の問題を抱えている」
「……そうか。やはり世界は、荒廃の一途を辿っているというわけか」
ティモンは自らの顎を撫でる。三賢者はそのまましばらく重い沈黙を続けた。
「……ティモン、折り入って頼みたいことがあるのですが」
時が経ち、ケンリュウはかしこまった態度でティモンに口火を切る。
「何だ?」
「……実をいうと、我々の国では疫病が流行っているのです。医者の見立てによれば、それはあなた方ミチュアプリス王国でかつて流行った疫病と同じものだろうと」
「……そうか。あの恐ろしい厄災がまた蘇ったのか」
ティモンは深く瞼を閉じる。
「それで、あなた方はかつて疫病が流行した時、疾病に対する特効薬を開発したはずです。その生成図と薬を我々に提供していただきたい」
「……わかった。あの疫病が広がれば、そなたらの国だけでなく我々の国も危険に晒されることになる」
だがその時、ティモンはギラリと眼を光らせる。
「ただし、タダで生成図と薬を譲るわけにはいかない。資源が世界から枯渇した今や、薬の生成にも莫大な費用がかかる。我々も国家存続のため、そなたらオベデンス王国と商談をせねばならぬのだ」
「……わかっております。ですからこれを持ってきました」
そこでケンリュウは机の下から冊子を取り出した。表紙には『カトラ元素の物質変換理論』という表題が書かれている。ティモンはその紙束をパラパラとめくり、中を確認して眼を瞠った。
「これは?」
「……大賢者ビスモアが著したものです。大気中のカトラ元素を、火や水、そして食料などあるゆる物質に変換する理論が記されています。そして資源を生成する装置の設計図も」
「大賢者ビスモア……彼は今どうしているのだ?」
「……亡くなりました。我が国で蔓延した疫病にかかって」
ケンリュウは沈んだ表情を見せる。その訃報は、他の二人の賢者にも深い悲しみを齎した。
「大賢者ビスモア……奴はこの世界から魔法がなくなった後のことも考えていたのだな」
アラバドは呟くように声を漏らす。だがすぐに鷹のように眼を光らせ、真っすぐにティモンを見据えた。
「ティモン、幸い我がディファイ王国は、最近になって新たな水脈や食料の栽培方法を発見した。資源的な余裕はお前たちの国よりもある。それらの物資をしばらくの間、できる限り無償で提供しよう。だがその代わり、吾輩にもその資料を見せてくれ」
アラバドは交渉を仕掛ける。ティモンは静かにアラバドを見返す。しばらくするとふいに、老王はフフっと笑みをこぼした。
「……なるほど、どうやら我々はやはり一蓮托生のようだな。三か国が連携せねば、世界は滅びるということだ。神などという存在はもはや消え去ったが、人間の運命の輪というものは残っているのかもしれぬ」
そしてティモンは、大賢者ビスモアが遺した設計図を机の真ん中に置いた。
「……議論しよう。アラバド、ケンリュウ。この世界の行く末を導き出し、我々人間が生き残るために」
(了)
ティモンの息子であり、ミチュアプリス王国の宰相でもあるティモリが、玉座に着くティモンに近況報告をした。ティモンはきびきびとした声で情報を提供する息子の話を、静かに聞き届ける。
「もはや貧民地区は限界です。ミチュアプリスの貧民たちは増加の一途を辿っており、皆病気や飢えで苦しんでおります。一刻も早い救民政策が望まれるかと思われます」
「……食料と水源の確保はどうなっている?」
「はい、現在新たな森林地と泉の探索を行っておりますが、依然見つかっておりません。国内の食料と水は未だ減少傾向にあります」
「そうか。ならば食料と水は現在健康に働けている労働者たちに全て回せ。彼らが倒れでもしたら、国の存続はもはや危機的状態になってしまう」
それを聞いたティモリは、一歩詰め寄ってティモンに叫んだ。
「父上ッ! 弱者を切り捨てるつもりですか! 貧民地区の者たちだって、この国で生きる権利を有した国民なのです! それを蔑ろにするなんて、『国家は全ての国民に対して生存を保障する義務がある』というミチュアプリス王国の理念に反します!」
「ティモリよ。理念とは飽くまで民衆を黙らせるための建前でしかない。現実を見ろ。投資しても生産性が全くない者を生かしておく余裕などない」
「ですがッ!!」
ティモリがまた一歩踏み込んで反論を唱えようとする。
だが、その時だった。
「報告ッ!! 報告ッ!! ミチュアプリス城に暗殺者が現れました!!」
ガタリとティモンは立ちあがる。
「その者は今どこにいる?」
「既に捕らえました。人数は一人で仲間はおりません。単身で陛下の暗殺を企てたようです。ティモン陛下、いかがいたしましょうか?」
「……この玉座の間まで連れてこい。その者と話をしてみよう」
そして手を縛られた暗殺者が玉座の間に跪かされる。その暗殺者の両端に槍を構えた兵士が目を光らせて立った。
「……問おう。お前は何故に私を殺そうとした? 私はこのミチュアプリス王国の王であり、私が死ねば国家はまた秩序を失い乱れてしまうだろう。それがわかった上でこのような愚かな真似を仕出かしたのか?」
「黙れ暴君めッ! 民の命を蔑ろにして、ただの駒としてしか見ない王などいらぬわ!」
そう叫ぶと、やにわに男は縛られた体をにじらせながら背を向ける。拘束された手を捻り、自らの手の甲を見せた。
「見ろ! この手の印紋を! 俺は元々は魔術師だった! それで生計を立てて家族を養っていたのだ! だが今はどうだ!? 俺の家族はみんな飢えで死んでしまい、俺自身も生きる希望をなくしてしまった! 貴様がこの世界から魔法を消し去ったせいで、この国は、この世界は滅茶苦茶になったのだ!! 貴様はこの責任をどう考えている!?」
男は再び体をにじりながら、ティモンのほうへ向き直る。
「……私はこの世界から魔法を消したことに何ら責任など感じておらぬ。お前はタナカカクトという男を知っているか?」
「知っているさ! あの狂人の王は己が欲のままに権力を振るい、民を苦しめた。そして大勢の人間も殺めた。だが魔法をこの世から消してしまうほど愚かではなかった。あの男は曲がりなりにも、この世界から魔法がなくなったら不味いと理解していたのだ!!」
「……なるほど。私はタナカカクトよりも愚か者だと言いたいのか」
ティモンはそのまま男に近づく。一歩、一歩、威厳のある冷酷な王の風体が跪く男の前まで迫った。
「父上ッ!! 危険です!!」
「……お前は何ら世界の理についてわかっておらぬ。この世界は元々は神が生み出した世界であり、神が創り出した大地を我々人間は汚したのだ。神はかような人間たちを忌み嫌い、我々を滅ぼすために何度も災厄を起こす存在となった。つまり神を滅ぼさねば、我々人間は滅びの一途を歩むことになっていたのだ。だから我々は神の存在を消すために、この世界からアニバサブ粒子を消したのだよ」
「世迷言を!!」
「世迷言ではない。現に私は神の存在を見た。人間への憎しみも、怒りも、そして絶望すらもまざまざとこの眼で確かめた。私は恐怖を感じたよ。こんなものが本気で我々を殺そうとするのならば、人間など一瞬で滅んでしまうだろうと」
ティモンの眼は静かに狂気で満たされていた。だが決して理性を失ったわけではない。神なる存在が、彼自身の心と信念を変えてしまったのだ。
「アイスストーム!!」
暗殺者の男はティモンに向かって叫んだ。だが何も起こらない。
「アイスストーム! アイスストーム! アイスストーム!!」
「……飽くまで私を殺すつもりか? だが無意味だ。魔法に縋り続けた魔術師など、今や虫けらほどの価値もない」
そしてティモンは短剣を引き抜く。そしてそのまま勢いよく男の喉元を突き刺した。呪文を唱え続けた男の声はピタリと止み、そのまま短剣が引き抜かれると、血を噴出させながら絶命した。辺りにいた臣下たちは騒然とする。
「……父上。これが本当に正義なのですか?」
血塗れのティモンに駆け寄ってきたティモリが尋ねかける。
「ティモリ……『正義』などという言葉に正しい形などないよ。時代や環境によって、そして各個人の信念によって、正義とはいくらでも姿形を変える。正義の形が一つしかないと考える人間こそ、狂気と暴力に陥ってしまうのだ」
ティモンは短剣を袖で拭い、そっと鞘に収める。ティモリにはもはや父の言動が矛盾しているように感じられた。だがティモリは何も言い返せず、すごすごと下がってしまう。
「お伝え申し上げます! ディファイ王国のアラバド様と、オベデンス王国のケンリュウ様が王城にいらっしゃいました!」
階段を駆けあがってきた兵士が伝令をつたえる。その兵士は血塗れになったティモンと死体からはあえて目を逸らした。
「……そうか。あの二人がやってきたか。久しぶりに会うな」
ティモンは血に塗れた顔でニコリと微笑む。
「……私は浴場で体を清めてくる。流石にこんな姿で二人に会うわけにはいかないからな。アラバドとケンリュウには客室で待つように伝えてくれ」
「はっ!!」
伝令兵は即座に踵を返して階段を降りる。そしてティモンは体を清め、賢者会議室に向かった。
「アラバド、ケンリュウ、よくぞ来てくれた。そなたたちともう一度相まみえたことを嬉しく思う」
賢者会議室で三賢者が席に着くと、ティモンは社交辞令的な挨拶を交わす。
「ふん、ティモン。貴様の噂はディファイ王国にも届いているぞ。暴虐の限りを尽くし、民衆たちを虐げているとな」
「……それは表面的な物事しか見えぬ者どもが撒き散らした風評にすぎん。私は民衆を虐げてなどいないよ。私はただ、選別をしているだけだ」
「ふん、どうだろうな? 暴君となった王は、決まって己は暴君などではないと宣うものだ」
「二人ともおやめなさい! ワタクシたちは子供の喧嘩をしにここまできたわけではありませんよ」
ケンリュウが口を挟み、ピリピリとひりついた二人の会話を止める。
「……ふむ、そうだな。我々は談笑を楽しむために集まったわけではない。我々三人は賢者であり、世界が進むべき道程を定めねばならぬ。ならば本題に入るとしよう。ケンリュウ、まずはそなたの国の情勢について教えてくれ」
「……わかりました」
そしてケンリュウは静かに説明に入る。
「我々のオベデンス王国は、今国家存亡の危機に瀕しております。魔術と物資が世界から失われたことで失業者が急増し、飢饉や病も蔓延している。日に日に犯罪者たちが逮捕され、今や革命の兆しすら見受けられます」
「……ミチュアプリス王国と同じだな。我々も民衆たちの飢えや反乱に苦慮している。アラバド、ディファイ王国の情勢はどうだ?」
「同じだ。我々の国も全く貴様たちの国家と同様の問題を抱えている」
「……そうか。やはり世界は、荒廃の一途を辿っているというわけか」
ティモンは自らの顎を撫でる。三賢者はそのまましばらく重い沈黙を続けた。
「……ティモン、折り入って頼みたいことがあるのですが」
時が経ち、ケンリュウはかしこまった態度でティモンに口火を切る。
「何だ?」
「……実をいうと、我々の国では疫病が流行っているのです。医者の見立てによれば、それはあなた方ミチュアプリス王国でかつて流行った疫病と同じものだろうと」
「……そうか。あの恐ろしい厄災がまた蘇ったのか」
ティモンは深く瞼を閉じる。
「それで、あなた方はかつて疫病が流行した時、疾病に対する特効薬を開発したはずです。その生成図と薬を我々に提供していただきたい」
「……わかった。あの疫病が広がれば、そなたらの国だけでなく我々の国も危険に晒されることになる」
だがその時、ティモンはギラリと眼を光らせる。
「ただし、タダで生成図と薬を譲るわけにはいかない。資源が世界から枯渇した今や、薬の生成にも莫大な費用がかかる。我々も国家存続のため、そなたらオベデンス王国と商談をせねばならぬのだ」
「……わかっております。ですからこれを持ってきました」
そこでケンリュウは机の下から冊子を取り出した。表紙には『カトラ元素の物質変換理論』という表題が書かれている。ティモンはその紙束をパラパラとめくり、中を確認して眼を瞠った。
「これは?」
「……大賢者ビスモアが著したものです。大気中のカトラ元素を、火や水、そして食料などあるゆる物質に変換する理論が記されています。そして資源を生成する装置の設計図も」
「大賢者ビスモア……彼は今どうしているのだ?」
「……亡くなりました。我が国で蔓延した疫病にかかって」
ケンリュウは沈んだ表情を見せる。その訃報は、他の二人の賢者にも深い悲しみを齎した。
「大賢者ビスモア……奴はこの世界から魔法がなくなった後のことも考えていたのだな」
アラバドは呟くように声を漏らす。だがすぐに鷹のように眼を光らせ、真っすぐにティモンを見据えた。
「ティモン、幸い我がディファイ王国は、最近になって新たな水脈や食料の栽培方法を発見した。資源的な余裕はお前たちの国よりもある。それらの物資をしばらくの間、できる限り無償で提供しよう。だがその代わり、吾輩にもその資料を見せてくれ」
アラバドは交渉を仕掛ける。ティモンは静かにアラバドを見返す。しばらくするとふいに、老王はフフっと笑みをこぼした。
「……なるほど、どうやら我々はやはり一蓮托生のようだな。三か国が連携せねば、世界は滅びるということだ。神などという存在はもはや消え去ったが、人間の運命の輪というものは残っているのかもしれぬ」
そしてティモンは、大賢者ビスモアが遺した設計図を机の真ん中に置いた。
「……議論しよう。アラバド、ケンリュウ。この世界の行く末を導き出し、我々人間が生き残るために」
(了)