残酷な描写あり
R-15
亡国カマセドッグ帝国の調査
アーサス率いる魔術調査団が、カクトによって滅亡したカマセドッグ帝国に到着した。巨大な城門が吹き飛ばされており、風が素通りになっている。そこから一望できるのは、無残に破壊された黒い街並みだった。
(……これが、かつてファース大陸で栄華を誇ったカマセドッグ帝国だと言うのか?)
アーサスは息を呑み、入門の令を下す。一団が門をくぐると、夥しい数の黒い死体が転がっていた。ハエの群れが耳障りな音を立てて飛び交っており、死体の眼窩からはウジ虫が湧いている。
その凄惨な光景に、数々の戦場を潜り抜けてきたアーサスでさえ声を失った。これほど大量の死体の群れを目の当たりにしたのは、かつて魔法大戦があった時以来だ。
「ア、アーサス将軍、いかがいたしますか?」
震える声で部下が尋ねる。
「……ひとまず進もう」
冷静な指令とともに、調査団は都を探索する。だがどこを見ても死体ばかりだった。男か女か、老人か若者かもわからない。だが小さな子供の死体だけは、一目見ただけでわかった。そしてここには生存者など一人もいないのだということも。
(……ここに住んでいた人々は、死ぬ前に何をしていたのだろう?)
アーサスがふと振り返ると、調査団の一人が堪えきれなくなって嘔吐していた。仲間の一人が黒い地面に手をつく団員の背中をさする。こんなところにいてはもはや正気など保てない。一通り部下が落ち着くのを確認すると、アーサス一行は足早に歩を進めた。
都市の中央に着くと、大きな井戸があった。そこを覗き込むと、大量の死体が積み重なっていた。井戸の底すら見えないほど山積みに。恐らく火に全身を焼かれた痛みに堪えきれず、皆ここへ飛びこんだのだろう。そして全員が苦しみながら死んだのだ。
(……カクトはこの井戸の中を見てどう思う? 胸を痛めるか、それとも腹を抱えて笑うか)
その答えを直接問い質すことはできない。そんなことをすれば、あの男はきっと自分をこの者たちと同じ姿にするだろう。だが決して、己はこんな最期を迎えるつもりはない。井戸の底から顔をキッと上げると、アーサスは部下たちに振り返った。
「宮殿に向かうぞ! 牢獄を探し出せ!」
それから調査団は焼け崩れた宮殿の中へと入った。
宮殿で牢獄を発見し、石の階段を調査団は降りた。アーサスは自分に下されたティモンの命令を改めて思い返す。
〝大賢者ビスモアの死体を探し出せ〟
ティモン自身もレクリナ直々に同じ命令をされたのだという。無茶な要請だった。だがそれをやらねば国が滅びることは明白だ。何か二人には考えがあるのだろう。
檻の中で死体が転がっている。やはり真っ黒に焼けた死体だった。調査団の魔術師たちは『マジックマジュレメント』を唱え、死体の体内にある残留魔力を調べる。調査団の手から放たれた白い光の球体は、特に反応を示さない。
「どうやらこの者は魔なしのようです」
「よし、次だ」
次々と檻の中に入り、死体の魔力を調べる。だがこれといった収穫はない。魔なしの者ばかりであり、魔力がある者を発見しても、大して球体の光は強くならなかった。
(大賢者ビスモアは偉大な魔術師だ。体内に宿る魔力も絶大なものだろう。彼の死体を測定すれば、球体は強い光を放つはずだ)
そして調査団は牢獄の最深部に降り立つ。相変わらずここも死臭が激しい場所だった。だが一番奥の大きな鉄の扉を調べてみると、そこには魔鉱石でできた呪いの印が施されていた。表面には厚い魔法障壁が張り巡らされており、通ることができない。
「この扉を開けられるか?」
「……やってみましょう。我々が解呪魔法を唱えてみます」
そして調査団の魔術師たちが4人力を合わせて解呪魔法を唱える。しばらくすると魔法障壁が消え、魔鉱石の呪いの印も輝きを失った。
それを確認すると、アーサスは調査団の兵士たち4人に開扉を命令する。兵士4人が両手で取っ手を引っ張り、力任せに鉄の扉をこじ開けた。どうやらその扉はとても重いらしく、鍛錬を受けた男4人がかりでやっと開いた。
扉が開くとアーサスは先頭に立ち、慎重な足取りで中に入る。
「これはっ!?」
見るとそこは豪奢な部屋だった。牢獄とは思えないほど高価な家具が揃っており、広々としている。室内は燃えた痕跡もなく、煤汚れすらない綺麗な状態だった。だが壁際に置かれたベッドのシーツだけは雑然としている。
「死体を探し出せ! 恐らくここが大賢者ビスモアが捕らえられていた部屋だ!」
調査団は部屋を隅々まで調べる。腐った食べ物が入った袋と、下水管が通された清潔なトイレを発見した。トイレ近くにあった洗浄用の水槽には、まだ半分ほど水が残っている。だがどこにも死体はなく、もちろん生存者もいなかった。
その報告を受けると、アーサスは疑問に思う。
(……おかしい。ここには大賢者ビスモアがいたはずだ。わざわざこんな場所にこれほど設備が整った場所があるのだから、少なくとも高貴な身分の者がここにいたことは確かだ。生活の痕跡だって残されているのだからな)
アーサスは部屋を見渡しながら、思考の渦に飲みこまれていく。
(だが人の姿がないとなると、一体部屋の主はどうやってここから消えたというのだ? この部屋の扉には強力な封印魔法が施されていたし、それ以外に出口なども見当たらない。仮に部屋の主が解呪魔法を唱えて脱出したのだとしても、それでは何故扉の魔鉱石の輝きが残されたままになっていたのかを説明できない。魔鉱石は一度魔力を失うと、二度と魔力が復活することがない消耗品だからな。
もし仮に部屋の主が釈放されていたのだとしても、それではわざわざ改めて扉に厳重な封印魔法を施す必要性がない。鉄の扉も破壊された形跡はなく、彼がよっぽどの怪力でなければ自力で開けられるはずもない。やはりここには、誰かがずっと閉じこめられていたことは確かだ)
そこまで考えた瞬間、アーサスの頭脳に閃きが走った。ひとつの結論が導き出される。
(もしや、彼は何らかの方法で扉を開けることなく、自力でここから脱出したのではないのか? 彼は大賢者と呼ばれるほど魔術の研究に没頭していた男だ。そんな魔法を使えたのだとしても何ら不思議ではない。そうであれば、彼はまだ生きている可能性があるということだ!)
(……これが、かつてファース大陸で栄華を誇ったカマセドッグ帝国だと言うのか?)
アーサスは息を呑み、入門の令を下す。一団が門をくぐると、夥しい数の黒い死体が転がっていた。ハエの群れが耳障りな音を立てて飛び交っており、死体の眼窩からはウジ虫が湧いている。
その凄惨な光景に、数々の戦場を潜り抜けてきたアーサスでさえ声を失った。これほど大量の死体の群れを目の当たりにしたのは、かつて魔法大戦があった時以来だ。
「ア、アーサス将軍、いかがいたしますか?」
震える声で部下が尋ねる。
「……ひとまず進もう」
冷静な指令とともに、調査団は都を探索する。だがどこを見ても死体ばかりだった。男か女か、老人か若者かもわからない。だが小さな子供の死体だけは、一目見ただけでわかった。そしてここには生存者など一人もいないのだということも。
(……ここに住んでいた人々は、死ぬ前に何をしていたのだろう?)
アーサスがふと振り返ると、調査団の一人が堪えきれなくなって嘔吐していた。仲間の一人が黒い地面に手をつく団員の背中をさする。こんなところにいてはもはや正気など保てない。一通り部下が落ち着くのを確認すると、アーサス一行は足早に歩を進めた。
都市の中央に着くと、大きな井戸があった。そこを覗き込むと、大量の死体が積み重なっていた。井戸の底すら見えないほど山積みに。恐らく火に全身を焼かれた痛みに堪えきれず、皆ここへ飛びこんだのだろう。そして全員が苦しみながら死んだのだ。
(……カクトはこの井戸の中を見てどう思う? 胸を痛めるか、それとも腹を抱えて笑うか)
その答えを直接問い質すことはできない。そんなことをすれば、あの男はきっと自分をこの者たちと同じ姿にするだろう。だが決して、己はこんな最期を迎えるつもりはない。井戸の底から顔をキッと上げると、アーサスは部下たちに振り返った。
「宮殿に向かうぞ! 牢獄を探し出せ!」
それから調査団は焼け崩れた宮殿の中へと入った。
宮殿で牢獄を発見し、石の階段を調査団は降りた。アーサスは自分に下されたティモンの命令を改めて思い返す。
〝大賢者ビスモアの死体を探し出せ〟
ティモン自身もレクリナ直々に同じ命令をされたのだという。無茶な要請だった。だがそれをやらねば国が滅びることは明白だ。何か二人には考えがあるのだろう。
檻の中で死体が転がっている。やはり真っ黒に焼けた死体だった。調査団の魔術師たちは『マジックマジュレメント』を唱え、死体の体内にある残留魔力を調べる。調査団の手から放たれた白い光の球体は、特に反応を示さない。
「どうやらこの者は魔なしのようです」
「よし、次だ」
次々と檻の中に入り、死体の魔力を調べる。だがこれといった収穫はない。魔なしの者ばかりであり、魔力がある者を発見しても、大して球体の光は強くならなかった。
(大賢者ビスモアは偉大な魔術師だ。体内に宿る魔力も絶大なものだろう。彼の死体を測定すれば、球体は強い光を放つはずだ)
そして調査団は牢獄の最深部に降り立つ。相変わらずここも死臭が激しい場所だった。だが一番奥の大きな鉄の扉を調べてみると、そこには魔鉱石でできた呪いの印が施されていた。表面には厚い魔法障壁が張り巡らされており、通ることができない。
「この扉を開けられるか?」
「……やってみましょう。我々が解呪魔法を唱えてみます」
そして調査団の魔術師たちが4人力を合わせて解呪魔法を唱える。しばらくすると魔法障壁が消え、魔鉱石の呪いの印も輝きを失った。
それを確認すると、アーサスは調査団の兵士たち4人に開扉を命令する。兵士4人が両手で取っ手を引っ張り、力任せに鉄の扉をこじ開けた。どうやらその扉はとても重いらしく、鍛錬を受けた男4人がかりでやっと開いた。
扉が開くとアーサスは先頭に立ち、慎重な足取りで中に入る。
「これはっ!?」
見るとそこは豪奢な部屋だった。牢獄とは思えないほど高価な家具が揃っており、広々としている。室内は燃えた痕跡もなく、煤汚れすらない綺麗な状態だった。だが壁際に置かれたベッドのシーツだけは雑然としている。
「死体を探し出せ! 恐らくここが大賢者ビスモアが捕らえられていた部屋だ!」
調査団は部屋を隅々まで調べる。腐った食べ物が入った袋と、下水管が通された清潔なトイレを発見した。トイレ近くにあった洗浄用の水槽には、まだ半分ほど水が残っている。だがどこにも死体はなく、もちろん生存者もいなかった。
その報告を受けると、アーサスは疑問に思う。
(……おかしい。ここには大賢者ビスモアがいたはずだ。わざわざこんな場所にこれほど設備が整った場所があるのだから、少なくとも高貴な身分の者がここにいたことは確かだ。生活の痕跡だって残されているのだからな)
アーサスは部屋を見渡しながら、思考の渦に飲みこまれていく。
(だが人の姿がないとなると、一体部屋の主はどうやってここから消えたというのだ? この部屋の扉には強力な封印魔法が施されていたし、それ以外に出口なども見当たらない。仮に部屋の主が解呪魔法を唱えて脱出したのだとしても、それでは何故扉の魔鉱石の輝きが残されたままになっていたのかを説明できない。魔鉱石は一度魔力を失うと、二度と魔力が復活することがない消耗品だからな。
もし仮に部屋の主が釈放されていたのだとしても、それではわざわざ改めて扉に厳重な封印魔法を施す必要性がない。鉄の扉も破壊された形跡はなく、彼がよっぽどの怪力でなければ自力で開けられるはずもない。やはりここには、誰かがずっと閉じこめられていたことは確かだ)
そこまで考えた瞬間、アーサスの頭脳に閃きが走った。ひとつの結論が導き出される。
(もしや、彼は何らかの方法で扉を開けることなく、自力でここから脱出したのではないのか? 彼は大賢者と呼ばれるほど魔術の研究に没頭していた男だ。そんな魔法を使えたのだとしても何ら不思議ではない。そうであれば、彼はまだ生きている可能性があるということだ!)