残酷な描写あり
R-15
カクト打倒の手がかり
「では、会議を始めましょうか? 私たちがタナカカクトを殺すために、何をするべきなのか。まずはティモン、あなたの考えをお聞かせくださいな」
真夜中を過ぎた頃、ティモンとレクリナは早速密談を交わした。ティモンは緊張で息を呑み、それでもレクリナの企み深い眼光を真っすぐに受け止める。
「タナカカクトを倒すためには、まずあの男の『パーフェクトガード』を何とかしなければならないでしょう。『パーフェクトガード』はカクトに危害を加えるあらゆる攻撃を自動で防ぐ防御魔法。あの魔法がある限り、奴を傷つけることはできません」
「なるほど、私は魔法については全くの素人ですが、カクトの『パーフェクトガード』の能力については市井にも広まっております。その突破方法さえ見つかれば所詮カクトもただの人間。後は暗殺するなりなんなりすれば私たちの目的は達成できますわ。その話はもっと深堀りする必要がありますわね」
二人はまず『パーフェクトガード』について議題を持ち上げる。そのままティモンは自らの考えを述べた。
「あれほど強靭な魔法は、今の時代では類を見ないものです。恐らくかつて魔術が栄えていた時代に発明された古代魔法でしょう。確か過去の文献にも似たような記述があったと思われます」
「へぇ、随分と魔法にお詳しいのですね」
「実を言えば、先の魔法大戦以来封印しているのですが、私自身も魔力の資質があり大魔導士の称号も持っております。ですがカクトの古代魔法は私などよりも遥かに強大なもの。魔法というのは、術者の生まれつき備わる魔力量によって使用できる魔術も決定されるものです。あれほどいくつも強大な魔法が使えるということは、カクトの魔力は計り知れないものでしょう」
静々と話すティモンは、そこで疑問が浮かぶ。
「……しかし、奴はどうしてあれだけの魔力が備わっているのでしょうか? 基本このファース大陸の住民なら、生まれた時に魔力測定がなされ、魔力の資質がある者なら国内にも記録が残るはずです。しかし、そんな古代魔法が操れるほど絶大な魔力を持つ者など、少なくともミチュアプリス王国ではどれだけ過去を遡っても記録がない。奴は一体、どこの出自のものなのでしょうか?」
「それについては心当たりがありますわ」
レクリナの意外な返答に、ティモンは目を丸くする。正体不明だと思われたあの男の素性を、この女は知っているというのか?
「レクリナ様、それは本当ですか!?」
「ええ、嘘をついてどうするのですか? あの男自身がベッドの中で嬉々として話していたことですわ。殺意と反吐を抑えながら聞いたところによると、タナカカクトは『チキュウ』というこの世界とは別の世界からやってきたのだそうです。そしてこの世界の神によって死んだ自分が復活させられ、その時にチート魔法をもらったんだとか」
ティモンは頭を抱える。そんな話を聞かされても、狂人の戯言としか思えなかった。だがレクリナの眼は真剣そのものだった。
「に、にわかには信じられん……確かにカクトは自分が異世界から来たなどという話を仄めかしていたが、本当に神なる存在がこの世界にいるというのか?」
「ええ、そうですわね。私だって最初は愚か者の戯言だと思ってましたわ。ですがその戯言を証明するようにカクトは次々と人間離れした魔術で世界を蹂躙した。この事実は紛れもなく真実ですわ。だから、私はカクトの話が本当だという前提で物事を進めるべきだと思います。そうでなければ、カクト打倒の方法の手がかりなど永遠に見つかるはずもありませんから」
ティモンは逡巡したが、やがて静かに頷きを見せる。それでも完全にレクリナが提示した前提を飲みこめたわけではなかった。
「ねぇティモン、あなたは何か神についての情報を知っていますの? 神の存在を証明するような有力な手がかりなど」
「い、いえ、私自身無神論者なので、王都学園では神話などの研究はいたしませんでした。私が研究していたのは専ら政治学でしたから。ですが――」
「ですが?」
「……その、神に詳しい人物の心当たりならございます」
歯切れ悪くティモンは答える。レクリナは興味を惹かれ、前のめりになって話を促す。
「その人物とは誰ですの?」
「……それは、大賢者ビスモアでございます。彼は確か神を殺す研究をしていると噂されておりました」
「へぇ、それは……なかなか面白そうですわね」
レクリナの青い瞳がギラリと光る。まるで獲物に狙いを定めた鷹のようだった。
だが――
「は、はい。ですがその、彼は恐らくもうこの世にはいないと思います」
ティモンは歯がゆそうに告げる。意気消沈して、また諦めの表情に戻る。レクリナ自身もすぐに顔が険しくなった。
「何故そう思いますの?」
「大賢者ビスモアは元々軍事大国・カマセドッグ帝国の宮廷魔術師でした。そして宮殿の中に居住を構えられるほど皇帝ギスタルの信任も得ておりました。ですが、そんな彼も魔法大戦後に締結された国際条約を破り、攻撃魔法の研究を内密にしていたらしいのです。その結果彼は帝国に捕らえられ、ずっと投獄されたままになったと聞きます」
「……なるほど、つまり大賢者ビスモアは既に全身を焼かれて死んだとあなたは考えているのですね」
レクリナの飲み込みの早い指摘に、ティモンは項垂れる。
「……はい、そうです。レクリナ様も既にご存じの通り、カマセドッグ帝国はカクトの『ファイアボール・ギガント』によって滅ぼされました。実際にあの魔術を目の当たりにした私としても、あの国にはもはや生存者などいないだろうと考えております。それは大賢者ビスモアとて同じです」
「……わかりました。ですが、死体が残ってる可能性はあるのですね?」
そこでレクリナは不敵に笑うと、スクっと立ち上がる。そしてビシリ、とティモンに指を突きつけた。
「だったらティモン、王妃としてあなたに命令しますわ。今すぐビスモアの死体を探し出しなさい」
「っ!!!」
驚愕でティモンは目を丸くする。まるでレクリナの真意が掴めなかった。
「し、死体など探し出してどうするつもりですか?」
「ビスモアを生き返らせるのですわ。カクトは神によって復活しました。ならばこの世には人間を復活させる術が必ずあるということですわ。ビスモアを蘇らせ、彼からカクト打倒の手がかりを聞きだすのです」
「め、滅茶苦茶だッ!! 死んだ者を蘇らせる手段など、過去の文献をいくら読み漁ろうと見当たらない!!」
「滅茶苦茶な男を殺そうとしているのですから、滅茶苦茶なことをしなければなりませんわ。この国で死体に詳しい者はいますの?」
ティモンはあまりに突飛なレクリナの考えに気圧され閉口してしまう。だがそんな強引な主張ですら、今は縋らねばならない状況に陥っていた。ティモンはけっきょくレクリナの質問におずおずと答える。
「……アーサス将軍なら、かつて行方不明者の捜索任務などを請け負い、死体検分の知識もありますが……」
「ならアーサスを今すぐ叩き起こしてカマセドッグ帝国に行かせなさい。秘密裡にビスモアの死体を探し出し、秘密裡に彼を復活させるのです」
改めてティモンはレクリナに無理難題を押しつけられる。果たしてビスモアの死体など発見できるのか? そもそも発見できたとして、それがカクト打倒の鍵になるのか? 皆目見当などつかないが、それでもこの死体調査に一縷の望みを託すしかなかった。
真夜中を過ぎた頃、ティモンとレクリナは早速密談を交わした。ティモンは緊張で息を呑み、それでもレクリナの企み深い眼光を真っすぐに受け止める。
「タナカカクトを倒すためには、まずあの男の『パーフェクトガード』を何とかしなければならないでしょう。『パーフェクトガード』はカクトに危害を加えるあらゆる攻撃を自動で防ぐ防御魔法。あの魔法がある限り、奴を傷つけることはできません」
「なるほど、私は魔法については全くの素人ですが、カクトの『パーフェクトガード』の能力については市井にも広まっております。その突破方法さえ見つかれば所詮カクトもただの人間。後は暗殺するなりなんなりすれば私たちの目的は達成できますわ。その話はもっと深堀りする必要がありますわね」
二人はまず『パーフェクトガード』について議題を持ち上げる。そのままティモンは自らの考えを述べた。
「あれほど強靭な魔法は、今の時代では類を見ないものです。恐らくかつて魔術が栄えていた時代に発明された古代魔法でしょう。確か過去の文献にも似たような記述があったと思われます」
「へぇ、随分と魔法にお詳しいのですね」
「実を言えば、先の魔法大戦以来封印しているのですが、私自身も魔力の資質があり大魔導士の称号も持っております。ですがカクトの古代魔法は私などよりも遥かに強大なもの。魔法というのは、術者の生まれつき備わる魔力量によって使用できる魔術も決定されるものです。あれほどいくつも強大な魔法が使えるということは、カクトの魔力は計り知れないものでしょう」
静々と話すティモンは、そこで疑問が浮かぶ。
「……しかし、奴はどうしてあれだけの魔力が備わっているのでしょうか? 基本このファース大陸の住民なら、生まれた時に魔力測定がなされ、魔力の資質がある者なら国内にも記録が残るはずです。しかし、そんな古代魔法が操れるほど絶大な魔力を持つ者など、少なくともミチュアプリス王国ではどれだけ過去を遡っても記録がない。奴は一体、どこの出自のものなのでしょうか?」
「それについては心当たりがありますわ」
レクリナの意外な返答に、ティモンは目を丸くする。正体不明だと思われたあの男の素性を、この女は知っているというのか?
「レクリナ様、それは本当ですか!?」
「ええ、嘘をついてどうするのですか? あの男自身がベッドの中で嬉々として話していたことですわ。殺意と反吐を抑えながら聞いたところによると、タナカカクトは『チキュウ』というこの世界とは別の世界からやってきたのだそうです。そしてこの世界の神によって死んだ自分が復活させられ、その時にチート魔法をもらったんだとか」
ティモンは頭を抱える。そんな話を聞かされても、狂人の戯言としか思えなかった。だがレクリナの眼は真剣そのものだった。
「に、にわかには信じられん……確かにカクトは自分が異世界から来たなどという話を仄めかしていたが、本当に神なる存在がこの世界にいるというのか?」
「ええ、そうですわね。私だって最初は愚か者の戯言だと思ってましたわ。ですがその戯言を証明するようにカクトは次々と人間離れした魔術で世界を蹂躙した。この事実は紛れもなく真実ですわ。だから、私はカクトの話が本当だという前提で物事を進めるべきだと思います。そうでなければ、カクト打倒の方法の手がかりなど永遠に見つかるはずもありませんから」
ティモンは逡巡したが、やがて静かに頷きを見せる。それでも完全にレクリナが提示した前提を飲みこめたわけではなかった。
「ねぇティモン、あなたは何か神についての情報を知っていますの? 神の存在を証明するような有力な手がかりなど」
「い、いえ、私自身無神論者なので、王都学園では神話などの研究はいたしませんでした。私が研究していたのは専ら政治学でしたから。ですが――」
「ですが?」
「……その、神に詳しい人物の心当たりならございます」
歯切れ悪くティモンは答える。レクリナは興味を惹かれ、前のめりになって話を促す。
「その人物とは誰ですの?」
「……それは、大賢者ビスモアでございます。彼は確か神を殺す研究をしていると噂されておりました」
「へぇ、それは……なかなか面白そうですわね」
レクリナの青い瞳がギラリと光る。まるで獲物に狙いを定めた鷹のようだった。
だが――
「は、はい。ですがその、彼は恐らくもうこの世にはいないと思います」
ティモンは歯がゆそうに告げる。意気消沈して、また諦めの表情に戻る。レクリナ自身もすぐに顔が険しくなった。
「何故そう思いますの?」
「大賢者ビスモアは元々軍事大国・カマセドッグ帝国の宮廷魔術師でした。そして宮殿の中に居住を構えられるほど皇帝ギスタルの信任も得ておりました。ですが、そんな彼も魔法大戦後に締結された国際条約を破り、攻撃魔法の研究を内密にしていたらしいのです。その結果彼は帝国に捕らえられ、ずっと投獄されたままになったと聞きます」
「……なるほど、つまり大賢者ビスモアは既に全身を焼かれて死んだとあなたは考えているのですね」
レクリナの飲み込みの早い指摘に、ティモンは項垂れる。
「……はい、そうです。レクリナ様も既にご存じの通り、カマセドッグ帝国はカクトの『ファイアボール・ギガント』によって滅ぼされました。実際にあの魔術を目の当たりにした私としても、あの国にはもはや生存者などいないだろうと考えております。それは大賢者ビスモアとて同じです」
「……わかりました。ですが、死体が残ってる可能性はあるのですね?」
そこでレクリナは不敵に笑うと、スクっと立ち上がる。そしてビシリ、とティモンに指を突きつけた。
「だったらティモン、王妃としてあなたに命令しますわ。今すぐビスモアの死体を探し出しなさい」
「っ!!!」
驚愕でティモンは目を丸くする。まるでレクリナの真意が掴めなかった。
「し、死体など探し出してどうするつもりですか?」
「ビスモアを生き返らせるのですわ。カクトは神によって復活しました。ならばこの世には人間を復活させる術が必ずあるということですわ。ビスモアを蘇らせ、彼からカクト打倒の手がかりを聞きだすのです」
「め、滅茶苦茶だッ!! 死んだ者を蘇らせる手段など、過去の文献をいくら読み漁ろうと見当たらない!!」
「滅茶苦茶な男を殺そうとしているのですから、滅茶苦茶なことをしなければなりませんわ。この国で死体に詳しい者はいますの?」
ティモンはあまりに突飛なレクリナの考えに気圧され閉口してしまう。だがそんな強引な主張ですら、今は縋らねばならない状況に陥っていた。ティモンはけっきょくレクリナの質問におずおずと答える。
「……アーサス将軍なら、かつて行方不明者の捜索任務などを請け負い、死体検分の知識もありますが……」
「ならアーサスを今すぐ叩き起こしてカマセドッグ帝国に行かせなさい。秘密裡にビスモアの死体を探し出し、秘密裡に彼を復活させるのです」
改めてティモンはレクリナに無理難題を押しつけられる。果たしてビスモアの死体など発見できるのか? そもそも発見できたとして、それがカクト打倒の鍵になるのか? 皆目見当などつかないが、それでもこの死体調査に一縷の望みを託すしかなかった。