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残酷な描写あり R-15
凱旋と浄化
 ミチュアプリス王国がディファイ王国との戦争で勝利した翌日、ミチュアプリスの城下町では凱旋パレードが行われた。行列の最前線では、御輿に担がれたカクトが民衆の祝福を受けている。

〝カクトさまー!! カクトさまー!!〟

 街道の左右に並ぶ民衆は大手を振ってカクトに歓声を上げた。カクトはパレードの一番前で先導しているティモンに声をかける。

「ほら見ろよティモン! 民衆どもが俺を讃えてるぞ!! かぁーッ!! やっぱ戦争して正解だったなぁ!」

 自分が持て囃されてカクトは単純に喜びを見せる。だがティモンはそんなカクトを冷たい目線で見上げていた。

(……この男は、本当に周囲が見えていないのだな。ディファイ王国との戦争が断行された時、城下町は反戦運動で騒がれていたことすら知らないのだ。戦争のために莫大な臨時徴収が執り行われたせいで)

 ティモンは周りの民衆を見渡す。すると中にはカクトを讃えず、ただじっと睨み、石を握りしめる者がいた。きっと彼は怒り心頭に発しており、今すぐにでもカクトに石をぶつけたい心持ちなのだろう。だが彼はけっきょくパレードが通りすぎても、石を投げることができなかった。

「おいティモン! このまま城下町を練り回るぞ! 俺のおかげで戦争に勝ったってこと民衆どもにもっと知らしめねぇとなぁ」

 そしてパレードはカクトの命によりミチュアプリスの国中を凱旋する。笑顔の裏に殺意を隠した民衆たちがパレードを出迎えた。ますますカクトの気分がよくなっていく。だが城下町の最下層に差し掛かった時、そこで一団は粗末な集落を目の当たりにした。

 ボロ小屋の壁に背中を預けて座る人々が大勢いた。パレードの行列が訪れても、その者たちは全く見向きもしない。カクトはそんな自分を無視する者たちを見て途端に機嫌が悪くなる。

「おいティモン、何でこいつら俺が戦争に勝ったのに誰も祝わねぇの? わざわざ王さまの方から顔を出してやってるってのによぉ」

「こ、ここは貧民地区でして、2年前の疫病でまともに歩くことすらできない者たちばかりなのです。彼らは今でも病気や障害に苦しみ、この国の救民政策によってやっと生き永らえております。だから、我々を祝福する元気すら残されてないのです……」

「ふ~ん、そう。そういやお前、この国じゃ今失業者とか病人が溢れて金に困ってるとか言ってたなぁ」

 珍しくティモンの説明をカクトは覚えていた。ふいに御輿から降りると、キョロキョロと辺りの住人たちを見渡す。その眼はいつになく影を帯びており、何か考えを巡らせている様子だった。

(もしや、この貧民地区の現状に少しでも興味を持ってくれたのか?)

 ティモンはわずかな活路を見出し、思い切ってカクトに打ち明けることにする。

「私も、疫病が流行する前は、貧民地区の救民政策に力を入れておりました。その頃はミチュアプリスの財政もまだ余裕があり、何とか彼らを犯罪や飢えに招かないように食い止めることができておりました。ですが2年前の疫病の流行以降、ミチュアプリスの財政は逼迫し、アルマデス陛下は次々と福祉政策を打ち切ったのです。それで私は、懸命に救民政策の再開を陛下に訴えたのですが、聞き入れてもらえませんでした」

「アルマデス? ああ、俺が殺した悪い王ね。にしてもやけに拘ってんなお前。なんでそんなにこいつらのこと気にかけてるの?」

 カクトが住民たちを指差しながら振り向く。

「……その、実を申しますと、私はこの地区の出身なのですよ。生まれた頃から両親に捨てられて、皆に拾われて育てられたのです」

「あっ、そうなの? お前いっつも偉そうだから、てっきり貴族のお坊ちゃんかと思ってたわ」

「い、いえ。貴族などではありません。私はこの貧民地区で懸命に勉学に励み、やっとミチュアプリス王国に仕えることができるようになったのです」

「……ふ~ん」

 カクトはどこか遠い目をする。その顔つきはいつものヘラヘラしたものではなく、物思いに耽っているように見えた。カクトに少しでも関心を持ってもらえるようにと、ティモンは思い出を語り続ける。

「……私も、本当に昔は苦労しました。日々碌に食べるものもなく、水を飲むことさえままならない貧しい子供でした。ですが貧民地区の皆は子供の私を支えてくれて、自分たちのお金を少しずつ私のために使ってくれました。文字を教えてくれたのも彼らでしたし、住まいや食事を提供してくれたのも彼らでした。

 それで、私には存外に勉学の才能があったので、国家へ立身出世しようと夢見たのです。そしてその願いは叶いました。だから私はここまで育ててくれた貧民地区の人々の恩に報いるために、彼らへの救民政策に力を注いでいるのです」

「……あっそ。ファイアボール」

 突然カクトが呪文を唱えた。ボロ小屋の一軒が燃え盛り、中から怪鳥のような悲鳴が聞こえてくる。

「ファイアボール。ファイアボール。ファイアボール」

 次々と民家が焼き払われる。壁で項垂れた者たちも悲鳴を上げて逃げ惑う。けれど足が不自由なために足がもつれて倒れ、芋虫のように這うことしかできない。カクトはそれを目撃すると、つまらなそうな顔をしてまた『ファイアボール』を打った。

〝ギャアアアアアアアッ!!〟

 一瞬で貧民地区は阿鼻叫喚となる。病人だろうが障害者だろうが、容赦なく焼き殺され、住処すらも奪われる。ティモンはカクトの暴走に絶句し、微かにカクトに対して抱いた希望も打ち砕かれた。

「何故貧民地区の者たちを殺したのですかッ!!?」

 ティモンは己の故郷を踏みにじられ、思わずカクトに声を荒げる。だがカクトは冷淡な眼差しでティモンを横目で見ながら答えた。

「だってこいつら生きてる価値ないじゃん。働いてもないみたいだし、どうせ生きてたって国の税金を食い潰すだけだろ。そんなゴミクズの失敗作なんて、さっさと殺してやるのが優しさってもんだろ?」

 カクトは淡々と殺戮の理由を述べる。自分を育ててくれた町を何の慈悲もなく破壊され、ティモンは人生で最大の殺意を抱いた。

(貴様ぁッ!!)

 かつてアルマデス王を手にかけようとした時と同様に、懐に忍ばせた短剣の柄を握りしめる。

 けれど、カクトには『パーフェクトガード』があり、殺害など不可能だった。そんなことはギラム将軍が公開処刑された時に散々思い知らされたことだ。そして何より、ティモンにはカクトに逆らえるだけの勇気を持つことなどできなかった。

「……さっさと行くぞジジイ。それと、二度と俺の前でてめぇの自慢話すんじゃねぇ」

 カクトはティモンの異変にも気づかず、背中を向けたまま御輿に戻る。
けっきょくティモンは短剣から手を離し、ただ炎上を続ける故郷を無力な眼差しで眺めることしかできなかった。
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